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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784167271046
作品紹介・あらすじ
死にゆく者たちは、その瞬間、自分の人生の意味を悟り、未解決のものを解決し、不和を和解に、豊かな愛の実現をはかる。死にゆく者の最後の言葉こそ、残された者への愛と勇気である。
みんなの感想まとめ
人生の終焉を見つめることで、愛や感謝の大切さを再認識させる一冊です。死にゆく者たちの言葉を通じて、彼らがどのように人生の意味を悟り、未解決の思いを整理していくのかが描かれています。短いお話の中には、深...
感想・レビュー・書評
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前回読んだ時の印象が無かったので、再読しました。宗教感が気になりましたが、一つ一つのお話はとても短いのですが、内容が凝縮されています。人間亡くなる時に、その人の生き様が現れるのだと思います。
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よく「三途の川」を見たととか、病に伏していた人が、急に元気になったと思ったら、翌日亡くなったとか、性格の悪かった人が亡くなる前にはとっても穏やかでいい人になったとか良く聞く話だ。
母も今元気でいるけれど、昔「三途の川」を見たそうだ。
それは綺麗だったらしい。
ただ呼ばれて川向うに行かれなかったと・・
私はそういう経験はないけれど、事故にあった時、倒れるまでの間まるでスローモーションのように周りを見ていた。
周りからしたらあっという間の時間だったろうけれど、私には結構長い時間だった。
「パンドラの匣」を読んでいて、自分の思いと重なった。
昔「自分はとっても幸せだけど、このまま人生が終わるわけがない。どこかでどんでん返しがきっとくる」と思うようになって、いつもそのことが頭にあった。
最近になってある占い師さんから「あなたは念の強い人ですから、何かを考えるときは気をつけてくださいね。そうなってしまいますから」と言われたことがある。
今思えば、あのころ「私はこんなに幸せで恵まれていてありがたいことだ。ずっとこの幸せが続きますように」と思っていれば良かったものを、「いつか・・」と思ってしまったその時からどんでん返しが始まったんだと思う。
長い年月だった。
でも、今は今こうしていられることがとても幸せだと思う。
もう余計なことは考えずに、あるがままに生きて行こうと・・
誰でも迎える死を自分はどのように迎えるんだろうか。
穏やかに、愛に満ち溢れてその時を迎えられるだろうか。
想像もできないけれど、叶うなら「あぁ、楽しかった」と終りたいものだ。
とても心に響く一冊でした。 -
どんなに親しい人でも、いつかお別れのときはきてしまう。
近い人であればあるほど、本心を隠して、無理に励ましたり、気を張って接してしまって、大切なことを伝えられないまま、その時を迎えてしまう。
そんなことが書かれていて、胸に刺さった。
生は死の延長だとも書かれていたけれど、まだ自分はそんな境地には至れない。
いま、母がガンになり、まだ諦めるときではないものの、それを聞いたときには、何か見えない大きなものに頭を殴りつけられたような気分がした。
それでも、諦めない、帰りたい、という母に、「大丈夫。治るよ。」と、聞こえの良い言葉をかけようとしたところで、この本を思い出した。
もちろん母には安心してほしいけれど、それも大切だけれど、伝えたいことがある。
面と向かって、感謝を伝えたい。
そう思える本だった。
大切なことは、伝えられるときに、伝えられるうちに。 -
第4回ビブリオバトル全国大会inいこま準決勝Cで紹介された本です。
2019.3.9 -
荒井優先生 おすすめ
97【一般】916-S
★ブックリストのコメント
日本文学史研究者にして修道女であった著者は、ある日突然見舞われた「臨死体験」を境として、その後、死にゆく人々の死に立ち会い、寄り添う、そういう縁に出会うことが多くなったという。これは、出会った人たちの最期の言葉を綴った本である。悲しいが、暖かい感動が身を包んでくれる、味わい深い本である。 -
折にふれて読み返し、死を迎えることがどういうことなのか、死の受け止め方、死の迎え方について思索を深めたい一書。
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人は死ぬ直前に、最期に急に元気になったり、何かを伝えようとしたりするようだ。
死に対峙したとき、過去を肯定し、周囲を、自分を肯定し、穏やかに向かっていけるには、この著者のような、ただ一体になってくれる人が必要なのかなと感じた。
一人一人のエピソードが重くてさらさら読み進められない。
小児がんの男の子が、せめて最後の時間はと、家に帰るときの寝床のエピソード。弟や妹の頭を撫で、母の服に手を入れてお母さんと呟く。わたしは電車に乗っていたけど涙が出た。 -
命って
本当にやりたいことに気づくって
愛って
すごいや。 -
多くの方の死の間際に立ち会ってきた著者の体験談。
病や死と聞くと、悲しみや辛さなどマイナスのイメージが真っ先に思い浮かぶけど、この本に出てくる方々は、歩んできた人生は様々だがみなさん穏やかで温かい最期を迎える。
重いけれども、優しさに満ちた一冊でした。 -
筆者は階段からの転落事故で臨死体験をし不思議な至福感を体験する。その瞬間に感じた慈愛と叡智が彼女の人生を変えた。色んな人の最後の時間を一体となって過ごし、その人が穏やかな心に変わって旅立ってゆく様子が感動的に書いてある。人は間近の死を直感し、死に際して他人からの誤解および自分の誤認識を解き、開放されて安心して彼岸に行くことを望んでいる。しかしそのためには、それを理解して支える人が必要であることを教えられた。最後の四通の手紙には感動する。
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死を前にした者たちは自身の死が迫るのを察知するという。自身の人生を振り返り、命ある者に大切なことを伝え残し人生の幕を閉じる。死を目前にした人との対話や自身の臨死体験を通し、“死”との向き合い方を説く。
“死”は遠ざけるものではなく寄り添うもの。そういった姿勢で過ごすことが、結果的にずっと生きやすく、“生”を謳歌することにも繋がっていく。“死”に対して漠然した重荷を下ろすために、“生”に対して真剣になるために、限りある『命』について考えようとしている人に読んでほしい1冊。 -
「死して生きる」
父を亡くして初めて、死が悲しいものではなく、新たな生命を持って胸の中でイキイキとすることを知ったが、その感覚が私固有の感覚では無いことがわかった。
リルケや太宰治の引用などからもわかる通り、先人達がすでに知っていたことだったとは、なんだか感動でもあり、個々の人生のなんと小さくて輝かしいことだろうか。
そして、この本を読みながら、亡くなった父の言葉などが温かく、心の奥深くからこんこんと湧いてくるのを感じて、父をゆっくりと正しく、暖かく振り返ることができました。これは、一人ではできなかったことで、この本の存在に感謝である。 -
Title [死にゆく者からの言葉]
Author [鈴木秀子]
Publisher [文藝春秋]
Reading Date [2006.12.15]
Impressions
形而上、形而下、偏見を持たずに両方の世界を知っていくことが
大切だと思う。現実、「知らない」ことが多過ぎる世界に生きている
からだ。
Contents
・「回光反照」 蝋燭が燃え尽きる寸前、大きく炎が燃え上がります。
このように死の迫っている人たちに訪れる、「すっかり元気になったよう な時間」、この時間に、人々はこの世を去る準備として人生最後の仕事 をするようです。
・光は生命そのものでした。まばゆいほどに輝く黄金の光ですが、けっし てまぶしすぎはせず、私の全存在を包む温かい光でした。私はその光 に包まれて、自分の命が、自分の全存在が、完全な生命そのものによ って満たされているのを感じたのです。光は命の充満であり、来ている 完全な人格を持つ方でした。「光そのものの方」は、私をとことん知りつ くし、私の全てを理解し、許し,私を私としてあるがままに受け入れてく れる生命そのものでした。私は深い一体感に満たされていました。
・「覚えておきなさい。最も大切なことは、『愛する』ことと『知る』ことで す。」 「愛する」と「知る」は、「慈愛」と「叡智」に近い感じでした。
・その時、私は田んぼや稲や風や樹木やありとあらゆるもの、大宇宙と の一体感を感じたのでした。あの「生ける光」の中で体験した一体感 が、私の中に強く働いていました。
・「奉仕のない人生は意味がありません。奉仕には犠牲が伴います。犠 牲の伴わない奉仕は真の奉仕ではありません。犠牲とは自分にとって 大切なものを他の人のためにそっと差し出すことです。」
・もし悲しみがその人自身のものとして受け入れられ、その人の存在の 中核で感じとれるならば、そのとき、苦しみは他の人間や、すべての生 きるものへの情けへと成長する。苦しみによって心が開かれ、悲しみの 中から陽気さと歓喜の新しい感情が起こってくる。
・千咲斗さんの言葉。「私は自分の一生の人生を全部もう一度生き直し、 全生涯をはっきり見たのです。でもそれはいい感じなんです。なにか楽 しく明るくて温かいものに包まれているって感じなんです。「現実の体験 はとても辛いものだったのに、再体験しているときはいい印象なんです ね。」「そうなんです。そこに出てくる人の気持ちが初めて理解できて、 自分のことも、ああそうだったのかといいながら、受け入れているので す。それが当然のことで楽しいのです。」 「私の中で根源的なものがま ったく変わってしまったのです。私は、大宇宙と一体感を味わっていま す。みんな一つなんだって。」「私は大なるものに自分をゆだねたので す。日常の当たり前のことがとてもすばらしいと感じられるのです。生き ていることがとてもうれしいのです。全宇宙は一つであり、すべてが愛と 調和の中にあることがよくわかるのです。誰に対してもどんなものにた いしても温かい気持ちがひとりでに湧いてくるのです。」
・メーテルリンク『智慧と運命』
・『梵火』には志賀直哉の友人の身に起こった不思議な話が記されてい ます。
・体力が弱っていくにつれ、かえって今まで考えたこともない、研ぎ澄まさ れた力が、私の存在の奥深い核のようなところから、湧き上がってくる のを、私は体験したのだ。それは、、長年仕事をしてきた専門の知識と 経験が融合し、高いレベルの力になったということだけではない。矛盾 するようだが、身体が衰弱していくにもかかわらず、私の中の全ての機 能が、つまり、感受性や、感覚や感情、思考力、理解力、観察力、その 他全てが統合され、全体として豊かに調和を保っているという感じなの だ。私は、死を前にした凝縮した時間の中で、人間や生きることについ ての新しい視点と理解を与えられたような気がする。 -
私は最後、何を言葉として残すのだろうか。
私の感性の中では、すんなり本の内容を受け入れたにとどまっている。
最後の時は生きているときの凝縮として現れているのだろう。
この本は不思議な体験とごったで読むのではなく、生きるあり方を再度見直すようにと呼びかけているものと私は感じた。 -
作者が出会った人たちの死ぬ間際のことが書かれてある。百人いれば百通りの生き方があるように、それぞれの人たちの死への臨みかたが厳かに温かく語られている。この本を読むまでは死ぬことに意味なんかないと思ってた。でも、意味はきっとあって、真摯に探せば見つけられるだろうと思った。
著者プロフィール
鈴木秀子の作品
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