大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)

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  • 文藝春秋
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レビュー : 55
  • Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167274023

作品紹介・あらすじ

「太平洋各地での玉砕と敗戦の悲劇は、日本軍が事前の情報収集・解析を軽視したところに起因している」-太平洋戦中は大本営情報参謀として米軍の作戦を次々と予測的中させて名を馳せ、戦後は自衛隊統幕情報室長を務めたプロが、その稀有な体験を回顧し、情報に疎い日本の組織の"構造的欠陥"を剔抉する。

感想・レビュー・書評

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  • 大本営の情報参謀による、日本軍が先の大戦中に情報面で何をやっていたのかを中心に、敗戦までの絶望的な流れやその後の自衛隊入隊後のエピソード(ドイツの大使館付武官としてのくだりは圧巻!)が描かれています。
    太平洋戦争中のエピソードは、後から振り返る本だからこそ余計に、そりゃ負けるわ的な面がクローズアップされている感。

    序盤は少々退屈に感じたところもありましたが、中盤の山下方面軍の情報参謀になるあたりからは一気読みでした。
    専門的教育も受けていない(日本陸軍の参謀教育には情報の収集・分析はそもそも含まれていないとか)著者が、体制が整っている訳でもないフィリピンで、無茶な命令を出す大本営作戦部にも振り回されながら、それでも米軍がいつ・どこに来るのかを予想し当てていく様や、大本営に帰任してからも米軍の本土上陸地点・時期・兵力を推定していく様は非常に興味深く読めました。
    しかし、結局情報だけで戦争に勝てることはなく、戦略的な失敗や物量の圧倒的な差、能率の悪さ、精神論等々、無理ゲー感満載のまま終戦を迎えてしまう訳です。
    こういう仕事のプロジェクト、今でもあるよなぁ。。
    特に現場の戦果報告を鵜呑みにして確認もしない空気を作ってしまい、誤った情報を元に次の作戦が立てられてしまうあたりは、読んでいてゾッとしました。

    著者は本著の終盤で、「米ソの情報部はとうに宇宙へ引っ越してしまった」と言っていたけれど、今はもはやサイバー空間が戦場になっている状況。
    本著で書かれていたような、過去に諜報や航空といったトレンドの変化と本質的に向き合わず、中途半端な環境や戦術での対応にとどまってしまったのと同じことが、今起きていないことを祈るばかりです。

    学ぶべきことが体系化されている訳ではないのですが、日本人がやってしまいがちな失敗例が詰まっているような感があり、非常に参考になりました。

  • ☆4(付箋26枚/P348→割合7.47%)

    ・将軍(土肥原中将)は和服にくつろいで、物静かな柔らかい口調で、「親父さんから聞いたよ、再審を受けるんだそうだね、そこで戦術はどう勉強するかということだな…?」と開口一番、ずばり堀の心中を見抜いて言った。そして、
    「戦術は難しいものではない。野球の監督だって、碁打ちだって、八百屋の商売だってみんな戦術をやっているのだ。ただ兵隊の戦術は軍隊という駒を使って、戦場という盤の上でやる将棋だ。だから、いまこの場面で相手に勝つには、何をするのが一番大事かを考えるのが戦術だ。要するに駒と盤が違うだけで世の中の誰もがやっていることだ」
    堀はまったく毒気を抜かれてしまった。もっと高邁な戦理が聞けると思っていたのに、実に平凡な話であった。
    「そのためには枝葉末節にとらわれないで、本質を見ることだ。文字や形の奥の方には本当の哲理のようなものがある、表層の文字や形で覚えないで、その奥にある深層の本質を見ることだ。世の中には似たようなものがあるが、みんなどこかが違うのだ。形だけを見ていると、これがみんな同じに見えてしまう。それだけ覚えていたら大丈夫、ものを考える力ができる」

    ・とかく自分に有利に進展しているときには、自分のレンズで相手を見て我田引水の結論を導き出すことが多い。そのために作戦と情報とは厳に仕事が区別されているのだが、作戦は往々将棋指しのように、一人で考えて一人で駒を動かそうとする(これが大きな失敗だと気づいたときには、何百万の兵隊を戦死させ、日本を亡ぼしてしまっていた)。

    ・在ソ連の駐在武官や大使が、容易にクレムリンに出入りして、スターリンやモロトフや軍の首脳と和気藹々と話をすることは、ドイツと違って至難中の至難であったから、止むを得ず権力の中枢の考えている意中がソ連国内のどこかに、何かの形で兆候として出ていないかを、虎視眈々克明に探して分析していくことになる。

    ・「百二十年昔のクラウゼヴィッツの時代でさえも、戦場で制高点を占領することが、戦勝の要諦だと戦争論で述べている。戦争は昔から高いところの取り合いであった。高所から見下ろす優越感と安心感、低地にいて見下ろされる者の無力感と不安感、飛行機もないあの時代にクラウゼヴィッツはそう書いた。その時代の高所は山であった。
    …制空権を維持して相手に奪われないようにするためには、後から後から新しい飛行機を作って、新しい操縦手を作って送り出してこなくてはならない。日本が高度7千メートルの飛行機を持っていたら、米国は高度8千メートルまで行ける飛行機を作る。9千メートルになったら1万メートル、1万メートルになったら1万2千メートルと、日本軍の上昇能力の上へ、上へと作ってくる。日本軍の零戦、一式戦ともに最初は米軍より優秀であったが、そのあとが続かない。
    要するに制空権を維持させるには、後方の国力が物をいう。軍の主兵は航空なり、というのは国力の裏付けが必要になってくる。それなくして戦争は勝てないのだ」

    ・わが第四航空軍も随分米軍の船団攻撃に出たが、その護衛船の発射する防空弾幕は筆舌に尽くし難い。空が真っ黒になる面の幕だ。一機といえどもこの幕の中へ突入することは出来ない。しかもレーダーで見ているらしく、こちらが接近すると、一機一機なんか目標にしないで、その前に弾の幕を立てるんだ。一体何万、何十万発の弾丸を使うのか、戦場で見たもの以外にはわからない。それを海軍航空隊が潜っていって、ブーゲンビル島沖航空戦で戦艦四、航空母艦八隻を轟撃沈している。よくもこんな戦果が挙げられたものだ。

    ・第一線の軍としては訓練以外に方法がないのだ。中央から送ってくるものは、激励と訓示と戦陣訓と勅諭だが、第一線の欲しいものは、弾丸だ、飛行機だ、操縦手だ、燃料だ、食料だ。中央には中央としてやることがある。第一線の参謀と中央の参謀とは、やることも考えることも違わなくてはならない。

    ・大本営作戦課は、その後も一貫してそうであったが、任務は与えるが、対米戦闘に必要な陣地用の資材や糧食や弾丸を十分に与えることはなかった。それにもう一つ、一番大事なものを与えることを失念していた。“時”である。絶対国防圏が決定されてから、第四十三師団を守備につかせるまでに、八ヶ月かかっている。防禦が攻撃に優るのは、地形の利用、資材の準備と時間である。そのどれもが、「ゼロ」であった。

    ・しかしここで、戦法の研究を通して見てきた太平洋やニューギニヤの戦闘で、最後に述べなくてはならないことは、中川連隊やその他の諸々の戦場での勇戦奮闘と殉国の精神とを称える一方、しょせん戦略の失敗を戦術や戦闘でひっくり返すことは出来なかったということである。

    ・堀は、ピストでの報告を終って出てきた海軍パイロットたちを、片っ端から呼び止めて聞いた。
    「どうして撃沈だとわかったか?」
    「どうしてアリゾナだとわかったか?」
    「アリゾナはどんな艦形をしているか?」
    「暗い夜の海の上だ、どうして自分の爆弾でやったと確信して言えるか?」
    「雲量は?」
    「友軍機や僚機はどうした?」
    矢継ぎ早やに繰り出す堀の質問に、パイロットたちの答えは徐々に怪しくなってくる。

    ・あちらこちらで米軍がばら撒く紙幣は、単なるゲリラの軍資金ではなく、かなりの偽札が故意に混入されているらしく、ルソンは急速に極端なインフレになっていった。そのために、日本守備隊の現地調達が、朝2ドルといったものが昼には4ドルに、次の日は5ドルと跳ね上がる始末で、明らかな米軍の市場攪乱を狙う計画的謀略であった。

    ・米軍の飛行機は飛び立つと必ず電信を打つ、その電信には発信者の呼び出し符号と宛先があるから、それを丹念に集めていると、どこからどこへ、どんな機種が、何機、ということまで判明する。

    ・それまでの堀は、頭の中で目の前の現象を追い回して、思索の堂々めぐりをしていた。―特殊性と普遍性を区別すること。哲理とはただそれだけ、枝葉と根幹とを見極めることであった。

    ・太平洋の島では、米艦隊が島を取り巻いて四方八方から日本軍を袋叩きにしたが、レイテでは島の中央にある山脈に阻まれ、全島を艦砲で袋叩きにはできなかった。今度のルソン島は、艦隊で取り巻いても島が大きいので、島の内部まで艦砲で制圧することが出来ない。

    ・大将は「もう車は走り出した」という態度でゆったりとしていた。車とは三大拠点による戦略持久のことである。山から転がした大石の方向は変えられない。戦略とはそのようなもので、転がすときに斜面と方向を決めなければならない。

    ・米軍に関する話の中で、堀が大将に特に強調したのは、まず彼我の戦力の比較であった。日本の一個師団と米軍の一個師団では、火力(鉄量=弾丸の量)の差で、日本の師団が完全であっても、当時われわれが計算していたところでは一対三ぐらいの違いがある。
    …「それでは米軍には弱点がないではないか?」
    「いや、あります。米軍は山がきらいです」

    ・「日本は漢字をやめて、ローマ字か片仮名を採用しない限り、将来戦争はできない」と言ったのである。考えてみたら、あんなことを喋っていまさらどうなることでもなかったのに…と思うが。しかし日本軍の暗号の非効率さは、どんな角度から見ても第一線戦力の減殺であって増強にはなっていなかった。
    …方面軍で100名、軍が50名、師団が30名、連隊が10名と仮定しても、満州から中国大陸を経て太平洋に展開した日本軍の中で、暗号に従事した人員は、恐らく5、6万名、ざっと4、5個師団分に相当したのではなかろうか。

    ・予備知識の程度でも、また原爆の「ゲ」の字のかけらでも、われわれの知識の片隅にあったら、また米国国内の諜報網が健在していたら、通信諜報のコールサインだけでなく、一部でもよいからB-29、なかんずくV600番部隊の暗号の解読が出来ていたら、あるいはスウェーデンを経て入手したM-209暗号機での解読が、もう一ヶ月早く完成していたら、あの不明機の正体は必ず判明していたであろうに。V400番、V500番、V700番とあって、V600番が最初からテニアンで欠番であったことは、米軍ではB-29戦略爆撃部隊がマリアナに進出した昭和19年8月頃から、すでに原爆投下部隊を使用する計画があったと推量されたからである。

    ・よほどのことがない限り、今までの世界戦史では、上陸しようとする攻者が、守備する側の防者に勝っているのは、防者に、「どこへ攻者が来るか分からない」という迷いと弱みがあるからである。

    ・情報に表れた徴候の中から、残った数個のダイヤモンドの真偽の区別に迷いに迷った末、最後は原則の哲理に戻って考えたことは前に記述したが、米軍の将校たちには、こうした思考過程が遂に理解されなかった。挙句の果てには、上旬末は6、7、8、9、10の5日である。お前の記憶を呼び起こして、それぞれの日をパーセントで示せ、ということになった。堀は米軍の上陸した9日を70%にして、あとの30パーセントを残った日に適当に、実にインチキに割り当てて示すと、「わかった、OK!」と言われて釈放された。
    米軍将校の考え方は、戦術的な思考よりも、数字的な実証に傾いていると感じたのはこのときである。また反面から言うと、この数字的思考が、記述の鉄量計算のように日本軍には欠けていた。それが日本軍の思考を常に精神主義の方へ走らせた原因でもあった。

    ・在京外国武官は全部首をひねるだけで返事がない。こんなとき必ずといっていいほど、連中は貝になる。たった一国の武官だけが、「(戦争は)やれないんじゃないか」と、堀に囁いた。この情勢で一番、鵜の目鷹の目になって耳を澄ましているのは、米ソの谷間にあって、大国の動向に敏感な小国であった。彼の言葉の裏に、本国の参謀本部の匂いのようなものを、堀は嗅ぎとった。

    ・「情報の究極は権力の中枢から出てくる。ソ連のような国では権力の中枢に近づけないから、中枢の外周で兆候を見て廻ることになる」

    ・「堀大佐、軍人や警察官がこう敬礼するのはなぜか、知っていますか?…騎士がブルグに帰ってくる。王様の前に進み出る。あの冑のままでは顔を覆っているから誰だかわからないでしょう。そこで騎士は顔の前の鎧戸のような部分を、こうやってずり上げるんです。それが起源よ」

    ・北部方面隊の考えは理解出来ます。だからといってわれわれ中央部までが遊撃戦を研究するのはどうでしょうか?遊撃戦は戦力がないから仕方なしにやる戦法です。第一線部隊は、きめられた兵員ときめられた兵器で戦うのですから、北部軍としては遊撃戦以外に方法がないというのであれば、中央部の幕僚は、第一線部隊が遊撃戦などでなく、正々堂々の戦いの出来るように様々な工夫をしてやるべきではないか、中央と第一線との違いはここにあります。

    ・太平洋戦争では、米国は英、仏、ソ、支を支えた5ヶ国分の国力を維持して戦ったのだ。こんな簡単なことが、日本の大本営にどうして判らなかったのだろうか?およそ戦争に限らず、どんな闘争でも相手の力を無視して勝てるはずがない。

    ・情報部は毎年一回、年度情勢判断というかなり分厚いものを作って、参謀総長や各部に配布していたが、堀の在任中、作戦課と作戦室で同席して、個々の作戦について敵情判断を述べ、作戦に関して所用の議論を戦わしたことはただの一回もなかった。
    そう告白したら、大本営の作戦と情報の本当の関係を知らない一般の人々は、さぞかしびっくりするであろうが、残念ながら事実である。作戦課の作戦室に出入りを許される者は、大本営参謀の中でも一握りに限られていた。

    ・日本は敗戦の教訓から、情報には手をつけないで、ようやく一つだけ自衛隊に陸海の航空を統合して空軍を創った。これで世界列強並みの新軍体制が出来たと思っている間に、時代は追いつきようもないほど変わっていってしまった。
    もし第三次世界大戦が勃発したら、米ソはその第一撃をどの目標に向けるであろうか?もはや、日本が実施した真珠湾攻撃のような第一撃とは、誰も考えないであろう。昭和32年10月のスプートニックの打上げ以来32年、米ソの情報部はとうに宇宙へ引っ越してしまったのである。

  • 色々と自分の原点になっている本。軍事と情報を考えるきっかけを与えてくれた本である。歴史モノとしては戦争の裏方を覗ける面白さがあると思う。

  • 情報収集の大切さを学びたい人は、これが大切。
    情報は知っているほうが強い。それは、どういうことなのか?

    それは歴史が証明しています。
    歴史から学び、いま知るべき情報は何かを考えるために最適な一冊です。

  • 今では戦略というのはすっかり「ビジネス上の」という文脈で使われるようになったが、もともとは戦争(というか国家間の取り組み)で勝利を得るための考え方であり、僕はこちらのほうが戦略が好きでそういった内容に関係のありそうな本を見つけたらとりあえず手に取るようにしている。とはいえ、ハズレも多いのだが。

    こういった類の本がハズレになる理由はだいたいは、

    自分のことを大きく書きすぎる(俺はこうやった)
    浅い考察が延々と並べられる(○○に勝つためのXX)
    神の視点からの考察(あの時、こうやってれば買った)
    の3つで、いずれも当時の手触りがまったくなくなってしまっている。


    一方でこの本はまったく反対で、自分が実際の仕事や体験から感じたこと、学んだこと、考えたことを中心に記述が進められていて、それでいた示唆に飛んだメッセージが多い。例えば、以下の部分。

    戦後沢山の戦史家や軍事評論家と称する人々が、「日本は飛び石作戦でやられた」と書いているが、米軍の飛び石作戦は占領空域の推進であり、日本軍の飛行場守備は、米海軍艦隊の攻撃が主目的であって、空域の占領は念頭になかったことを記述しているものは少い。挙句の果てに、日本の作った沢山の飛行場は、まるで米軍のために作ってやったような形になってしまった。

    太平洋戦争において、日本軍の戦線が押し下げられて個々の拠点が玉砕していった理由と、米軍の意図を極めてシンプルに記述している。


    全体を通じては著者は声だかには言わないものの、現代日本の情報への感度、もっと言えば「外の世界のへの関心の低さ」に対してかなり悲観的なメッセージを発している。ただ、個人的には戦争期間中でさえ変えることができなかった国民性というのは、そう簡単には変わらないわけで、こういった特性というのは今後も変わらないという前提において、個人がどのようにsurviveするのかを考える方がいいのではないか・・と、そんなことを考えた。

  • 大本営参謀といえば随筆家半藤一利氏が「絶対悪」と評した辻政信氏や戦後政財界の重鎮として活躍した瀬島龍三氏といった高い能力ながら曲者揃いの印象が強い。しかし堀栄三氏は表舞台に登場する「大本営参謀」とは異なる。あくまで自身は「情報分析」が生業であり、実直に参謀の役目を果たそうとする姿が印象的だ。自己の至らなさを棚に上げるでもなく、他方で日本のインテリジェンスに対する理解不足を剔抉する。その分析力の正確性から「マッカーサー参謀」とあだ名され、真の情報分析のプロとは何かを感じさせられる。

    堀氏自身望んでというより結果的に表舞台に駆り出され恰好だが、秋山真之のようにまだまだ隠れた日本史の英雄はいるのだなと思った。

  • 名著です。
    情報を戦時中上手く活かせなかったという話は幾つかありますが、その中でも特に台湾沖航空戦の話は有名です。組織全体がバイアスにかかっていく中、正しく情報を読み取ろうと意見しますが結局握りつぶされました。情報を上手く扱えない悲劇を感じます。
    戦後の話だったと思うが諜報活動は決して派手でなく、新聞を念入りに読み、コンテクストを読み取るのが仕事であると明確に書かれていて目からウロコです。

  • 台湾沖航空戦、誤った戦果を鵜呑みにしてそのままレイテ決戦に導いてしまった。

    ⚫いかなる場合も、結果(戦果)を定性、定量的に測定できるようにしなければならない。結果を測れない場合は誤解へと導く
    ⚫プロの感というものは、複数の情報の交差点のなかに生まれるものである。情報の中には現場へといかない限り分からないものがある。

  • 情報とは華やかな世界ではなく、事実の積み重ねだ

  • 「たまに当たるから弾丸(たま)」と言った中隊長が無防備すぎる。やっぱり現実はこうなんだと絶望する。たった一回当たっただけで命が終わることもあるのに。
    読んでいるうちに、勝つための思考・負けるのは不服という気持ちが出てくる。平和を愛していてもこんな思考が出てくるのだ、戦争とは罪深く残酷なものだ。
    武器や物資の補充も、情報もないのに後退を許されないのはあまりに非情で、そうやって亡くなっていった第一線の人々の事を思うと本当に悲しくなる。
    団体の中で自分だけは違う捉え方をしたといった方向の表現が多いので、後半なんとなく読むのが億劫になった。堀氏の父親の言葉に同意してしまう自分がいる。

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