マレーの虎ハリマオ伝説 (文春文庫 な 23-2)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167279073

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  •  60年代に”怪傑ハリマオ”という一世を風靡したテレビドラマシリーズがあった。観たことはないが、大人気だったようだ。そのテレビヒーローのモデルとなったのが”マレーの虎”と呼ばれた谷豊だ。

     豊は2歳のときに家族でマレーシアに移住した。しかし教育は日本人として受けさせたいとの両親の考えから、今の小学生の年代になると、一度帰郷し、福岡県の祖母のもとから学校に通うようになる。しかし、日本語が上手ではなかったため、いじめというか、仲間はずれにされることも多かったようで、あまり良い思い出はなかったらしい。再びマレーシアに戻った豊は、以来マレーシアで青年時代を過ごす。日本人とはいえ、やはり幼少期を過ごしたマレーシアのほうが性に合ったようだ。
     徴兵適齢期になったとき検査のため再び日本の土を踏んだ。しかし、身長が足らなかったために不合格となった(正確に言うと丙種合格で兵役には適さないとされた)


     そして、彼が日本にいる間に悲劇が起きる。満州事変により悪化した日中関係の煽りを受けて、マレーシアの華僑社会にも反日暴動が起き、彼の家も襲撃された。家人はいち早く逃げ難を回避できたが、風邪で寝ていた豊の幼い妹が取り残されてしまった。襲撃した中国人は妹の首を斬り落として殺害、さらしものにした。
     この報を聞いた彼は激昂しマレーシアに戻ると、暴徒への厳罰を求め、当時支配していたイギリスの官憲に訴えるが相手にされなかった。(妹を殺した暴徒は逮捕はされたらしいが、後に無罪放免されたらしい) この不条理がきっかけで彼はアウトロー集団を組織し、権力に対して戦いを挑むようになった。富裕層を襲い、強盗を働くようになった。そして奪った金品食料は貧困層に惜しみなく配った。義賊の頭目となった彼のことを人々はマレー語で”HA・RIMAU”日本語に訳すと”虎”と呼んだ。 
     ハリマオの誕生だ。


     そんなハリマオに目を付けたのが、マレー進出の機会を伺っていた日本軍の「F機関」だった。藤原中佐を長とした中野学校出身者により組織された諜報工作部隊は、義賊としてイギリスと戦っている日本人ハリマオの噂を聞きつけ、彼をイギリス軍の後方を撹乱させる部隊に組みこめないか画策する。
     様々な葛藤があったようだが、ついにハリマオは説得に応じ、日本人・谷豊として反英戦争への参加を決意する。そしてF機関とともに後方撹乱工作員として活躍していくようになる。


     と、ここまでが一般的に知られているハリマオ伝説。


     この本の中では、このハリマオ伝説を検証し、虚像と実像のギャップを埋めていく。豊の兄弟や親類に取材したり、元工作員に取材したりで、特に彼の死後に戦意高揚ののために軍部が誇大宣伝した彼の業績の実態を浮き彫りにしている。ハリマオには部下が3000人いたという話もあるが、実際は100人前後だったらしい。
     著者は藤原中佐にも接触したようだが、肝心なことを聞く前に、中佐が病死してしまった。そのためハリマオがどこまで戦略的、戦術的に効果的な働きをしたのかはよくわからず謎として残ってしまったが、マラリアに感染し、衰弱しながらも祖国日本のためにと動き続ける彼の心情に想いを馳せると、とてもせつない。
     おそらく日本には嫌な思い出しかないはずなのに、それでも日本人としてのアイデンティティを誇りとして命を懸けるなんて、因果な気もするし、美しくも感じる。
     最終章で作者は、彼の墓碑探しの旅に出ている。しかし日本では有名なハリマオも現地ではもうだれも知らない。それもなんだかせつない。


     ちなみに”あしたのジョー”にも”ハリマオ”というボクサーが出てくる。こちらはマレーのジャングルで育った完全な野生児で、トップロープで宙返りを繰り返しながらパンチを放つと言う猿回しの猿のような描かれ方だった。
     あのイメージが残っている人には、ぜひこの本を読んで、虚像を払拭してもらいたいと思う。

  •  ノンフィクションとしては少し物足りなかったのですが、読みやすかったです。

     アジア好きな人は楽しめると思います。

  • マレーの虎と呼ばれたハリマオは、昭和の初めに、マレーシアで三千人の手下を連れて密林を駆け巡る盗賊の頭になり、その後、太平洋戦争中は日本軍に利用され諜報員となった実在の人物で、福岡県出身の本名を谷豊といいますが、その彼がシンガポールで30歳という若さでマラリアで死んだのが、今から68年前の1942年3月17日です。

    何も知らない父たちの世代は、1960年から1年以上続いたテレビドラマ『怪傑ハリマオ』で、勝木敏之という俳優が演ずるハリマオの格好良さに熱狂し虜になって、自らもハリマオごっこを興じたといいます。

    生きているときに充分過ぎるほど戦争の道具にされたはずなのに、死んでからも戦意高揚のために、それこそ死んでもラッパを放しませんでしたという日露戦争のときの木口小平二等卒よろしく英雄に祭り上げられ、それが高じて敗戦後にはマンガやドラマ化されるまでに到ったというのが、ことの真相です。

    盗賊になるそもそものきっかけは、子供の頃から住んでいたマレーシアで、反日運動のさなか在中国人によって彼の妹が殺されたからですが、そして盗賊といっても、中国人から奪った略奪品を貧しいマレー人に手渡したというから一種の義賊だったんですね。

    それもこれも、英雄ハリマオ伝説を解き明かすために福岡とマレーシアにおよぶ現地調査や綿密な取材を敢行した著者・中野不二男の強烈な分析力の成果です。

    1989年に『レーザー・メス・・・神の指先』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した中野不二男は、今や最先端科学を解り易く解説する第一人者で科学・技術ものを得意とするノンフィクション作家の感がありますが、私はどちらかというと本書や『カウラの突撃ラッパ・・・零戦パイロットはなぜ死んだか』や『アボリジニーの国・・・オーストラリア先住民の中で』という取材ルポ・ドキュメントふうのものが好きです。

    あっ、そうだ。言い忘れましたが、たまたま父がこっそり蒐集している『怪傑ハリマオ』のDVDを発見して見てしまいましたが、もちろん古臭いですけれど、これはなんか案外いけるんじゃないかと思いました。

  • 古本屋で見かけてそういえば名前だけは知っているハリマオって…?と思い購入しました。

    自分の世代ではハリマオの紙芝居や映画、漫画もリアルタイムではないので名前だけ知っているヒーローの実像ってこういう人だったんだ、と言う感想でした。
    ただハリマオと言うよりは戦前の日本での帰国子女は想像に絶する苦労をしただろうな、と言うことは理解できました。

    著者が日本人としての自覚云々を作中かかれておりましたが私は海外に行って始めて自分が日本人だということを自覚したように思います。日本国内にいたらそれほど自分のアイデンティティと言うものを実感しなかっただろうなと思うのです。
    異国にいればどうしても外国人な自分をいやでも毎日、24時間とは言いませんが異文化と接するとき自覚する訳なのでそれじゃあ日本ってなんぞや?と思ったりするわけです。そんなわけで今では大分鈍感になってしまっておりますが日本文化に対する自分の無知さ加減に恥ずかしいなあと思うことだらけです。

    勿論、ハリマオが同じことを考えていたとは思いません。作者も一方的にハリマオの心情を想像するのではなくもう少し裏づけがあればな、と思いました。取材が谷豊氏がその人生の半分も過ごしていない日本側からだけでマレーや現地の方の取材がなく作者の想像だけなのはそれこそ異文化を理解する能力に欠けている、と作中かかれていた戦時中の日本と同じアプローチなのでは?と思いました。

    そんなわけで最終章はちょっと自分的には…?でした。ろくに取材も下準備もなく海外に行ってハリマオが居た頃のマレーやシンガポールはどうだったろう?と思うだけならば普通の観光客でもできたのではないかと。今まで取材を重ねられて来た方なのだからもう少し何か…と思うのは期待をかけすぎでしょうか?
    そしてできれば地図や写真を入れてほしかったかな、とも思いました。

  • obtnd

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