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Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784167309909
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
家族の歴史と個々の運命が交錯する深い物語が描かれています。著者は、死刑判決を受けた兄の行動を探るため、ギルモア家の過去を掘り下げ、血脈の呪いと家族の影響がどのように人を形作るのかを追求します。ノンフィ...
感想・レビュー・書評
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私の積読本は、ふだん机の片隅で猫のようにおとなしくしているのですが、ときどき思い出したようにぶつぶつ言いだします。
「ねぇ、いつ読むの?」
「あれれ、ごめん、ごめん……」
と言いながら、装丁のセピア色の写真をしげしげながめたのがこの本!
いやはや凄い、のっけからわずか数ページで、これは……汗
あっというまに本に捕まってしまい、寝食忘れて一気に読んでしまいました。ギルモアの卓越した筆力と真実の力に唖然としてしまう、すさまじいノンフィクション本です。オリジナルタイトル『Shot in the Heart』も、邦題『心臓を貫かれて』も素晴らしい!
作者のマイケル・ギルモアは、フランク・ギルモア(父)とベッシー(母)の四男。ほかに長男フランク・ジュニア、次男ゲイリー、三男ゲイレン、そして彼らの祖父母も含めた三代にわたる長大なクロニクル。
開拓時代から連綿と続く宗教と家系、血のあがない、安寧と呪縛の因習、安全柵を乗り越えた先に広がる荒野、自由と家庭、暴力と愛、善と悪、ギルモア家の幽霊、家族とは? 人間とはなんぞや?
あらゆるものが綯交ぜになって、有機的に運命的に絡まっています。レビューはちょっと難しいですね……とにもかくにも私はびっくり仰天の連続で、変な話、ノンフィクションのはずなのに、まるで叙事詩のような物語性にも圧倒されてしまったのです。
しかも村上春樹の翻訳が冴えています! 作者ギルモアに寄り添い、静かに淡々と呼吸をあわせていこうとする、敬虔な息づかいのようなものが伝わってきます。ここでは「作家・村上春樹」モードではありません(笑)。
作者ギルモアの目をとおした人々だけではなく、ギルモア自身の魂に巣食ったとほうもない闇と孤独、そしてこれからも涙の谷で生きていかなければならない……この張り裂けそうな哀愁をみごとにとらえていると思います。素晴らしい読み手にして伴走者です♪
この本を眺めていると、その後に書かれた村上春樹の『海辺のカフカ』がますます親和性をもって理解できるようになりました。冒頭から共鳴しているような書き出し……私にとって嬉しい発見のひとつでした♫詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
40冊目『心臓を貫かれて 上』(マイケル・ギルモア 著、村上春樹 訳、1999年10月、文藝春秋)
1976年に死刑判決を受けた殺人犯ゲイリー・ギルモア。
死刑になることを望み殺人を犯したゲイリーの存在は、当時のアメリカで死刑の正当性についての大きな議論を巻き起こしたらしい。
本書は彼の実弟マイケルが、なぜ兄が凶行に走ってしまったのかを探るべく、一族の歴史を紐解いていくというノンフィクション小説。
白日の下に晒されるギルモア家の歴史は凄惨の一言。
「おまえたちは俺の最後の殺人を幇助しくれるわけだ」 -
シリーズ
「あのころブクログが欲しかった。ステイホーム対応、記憶頼みで昔の本をクイックレビュー」
(上下巻で同じ感想を投稿します)
たぶん2000年代半ば読了。
細かいことは憶えていない。のだが。
合理性を前提とした社会において、裁判で明らかにされる殺人事件の「動機」は、我々が合理的に理解できるものでないと納得できない。
保険金、だとか、恨み、だとか。
もし動機の根源が、「血脈の呪い」「家族の呪い」だ、と言われてもなんだそれは、となるだろう。
でも確かにそういうものはあるのだ、と感じさせられる作品(だったと思う)。
もちろんオカルト的な話ではない(そういう恐怖感も読んでいるときは味わったが)。
「合理的」な言葉で言うなら、劣悪な家庭環境が子どもの心の内奥をいかに損なうか、というようなことかもしれない。でもしつこいようだが、そういう「合理的な」理解を簡単には許さない深い闇がこの本にはある。
訳者は村上春樹。彼の文学的テーマとも共鳴しあう。
再読したいと手元には持ち続けているが、しんどくてやれていない、そんな本。 -
書き方がまどろっこしいが、ノンフィクションであり、事件を巡っての家族の歴史である。まどろっこしく感じるのは、その歴史の説明が何世代にも渡り、尚且つ、登場人物がコロコロ名前を変えるからだ。また、この家族は、モルモン教という、きちんと理解していなければ、カルト色を強く感じるような生活習慣を持つ。いや、理解したとしてもいかがわしいものかも知れないが。
まどろっこしさは、後半には落ち着くのでご安心。
ジャックケッチャムやスティーブンキングのホラーにはまった時、確かこの本を入手したのだと思う。その頃には、イヤミスというジャンルがある事を知り、より深みに嵌るに連れ、北九州殺人事件などの猟奇殺人モノにも手を出したものだ。
そういう理由が先だったから、本著が村上春樹の翻訳である事には後から気付いたのだ。ファンには嬉しいのではないだろうか。私も彼の翻訳本はレイモンド・カーヴァーやスコット・フィッツジェラルド以来だった。
さて、物語はそのコロコロ名前を変える亭主に引っ張り回される女(著者の母)にスポットを当てる事により、ようやく感情移入しながらストーリーを追えるようになる。その後、母から父へ。父から子へ視点を変えながら、物語は進む。著者の兄が事件の主役なのだが、強烈なアウトローである。 -
アメリカで死刑復活のきっかけとなった犯罪者の、弟による回想録。
この家庭には子育てにおいてやってはいけないとされることが全てある。
みな傷ついているが、犯罪に走った者と走らなかった者がいる。
その差は何だろう。 -
殺人を犯した兄のことを描いたノンフィクション。著者のマイケル・ギルモアは、アメリカの元死刑囚ゲイリー・ギルモアの弟。村上春樹が日本語版の翻訳を担当しているということで、読んでみた。
・家族の過去、生い立ちが語られる。単に殺人を犯したゲイリー・ギルモアの幼少期などに止まらず、両親の出会いから始まる。
・この家族は、普通では考えられない波乱万丈な生活を送っていたようだ。多くの離婚歴を持つゲイレン、詐欺のために転々と街を移動、ゲイリーの少年院での様子、etc...
・人名がいくつも出てきて、若干混乱する。
・モルモン教に関しての話が難しい。前提知識を持っていないせいもあるかもしれない。ユタ州の公開処刑の描写には驚いた。
・殺人犯ゲイリー・ギルモアは、自ら死刑を望んだとある。死刑執行することは、ゲイリーに救済を与えることになる。死刑が罰にならない。附属池田小事件の時にも、そんなことが話題になったのを思い出す。
なぜ、この家族はこれほどの問題を抱えていたのか?何が悪かったのか?
単に殺人を犯した犯人のことを身内が描いたものと思っていたが、犯人の話になる前にその両親の若い頃の話から始まっている。そこまで遡らないと見えてこないということか。 -
殺人を犯し、自ら死刑を望んだ男とその家族について末弟である著者がまとめた作品。
わたしは結構犯罪マニアというか犯罪者心理や犯罪そのものに関心があるが、この事件と犯人については知らない。
何十人と殺害したり死体の一部を記念として集めたりといった猟奇的な犯人に比べればこの犯人の起こした事件は珍しいものとは言えないから日本での報道は余り無かったのではないかと思う。報道があったかどうかさえ知らない。
この犯人の特異性と言えば、自ら処刑を望んだことだろう。
著者マイケルはモルモン教徒の多い地域で、非モルモン教徒である父親とモルモン教徒である母親とフランク・ジュニア、ゲイリー、ゲイレンの三人を兄としてギルモア家に生まれる。
事件を起こした兄はゲイリーである。
モルモン教とモルモン教徒についてはじめにページを割いて書かれている。
日本人は信仰について関心のないひとが多いようで、キリスト教徒であることを話すだけで、輸血しちゃダメなんでしょと言われたりで、何かとゴッチャになっているひとも多いし、カトリックとプロテスタントの区別もよくわからないひとも多い。そういうことはもう慣れているので構わないけれど(ちょっと面倒ではある)。
そんなこの国でひとりだけモルモン教徒のひとと話したことがある。正直モルモン教自体がよくわからないでいるのに、キリスト教徒であるとウッカリ漏らしたのが良くなかったのか自身の信仰について長々話されたことがあり、戸惑った憶えがある。
モルモン教徒のかたはとても熱心な信者が多いのか、そのときもキリスト教に比べいかにモルモン教が素晴らしいかを語られ、どう対応したら良いのか悩み、内心ムッとするところもありながら日本人的に曖昧な笑顔で終始流した。
この本で少しモルモン教を知ったが、熱く語られたときに感じた奇異さのようなものの正体がわかったような気がする。
本書では殺人犯の兄を持つ弟という立場であるマイケルが、出来るだけ冷静な視点で家族を描いている。母親の生育過程に始まり、母親が父親と出会い結婚し、家庭を持つといった一連の経過が丁寧に描かれている。マイケル自身は末弟であるので、実際に目にしたことよりも、恐らく多くは母親から聞いたことが大部分だろうと思うが、特定の誰かに肩入れしている様子は余り感じられないところが作品として良いと感じる。
ギルモア家のことや全体の感想は下巻にて記載する。 -
胸をえぐられる。
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村上春樹、河合隼雄に会いに行くより
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怒りと暴力につつまれた家族の歴史を、その末弟がつまびらかにした手記。あまりの重さに言葉を失いつつ、下巻へ。
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村上春樹の作品が生理的レベルで受け付けない人、ってのはかなり大勢いると思うんだよね。
かくいう僕もその1人。嫌いだっていいつつやっぱり読んじゃう、みたいなことも一切ない。「風の歌を聴け」「ノルウェイの森」が僕にとっては0点だったから、もういいかなと思って。
ただその無風状態に、小さからぬ風穴を開けたのがこのノンフィクション小説「心臓を貫かれて」だった。
村上さん自らが見出して翻訳を手がけたというこの作品は、たしかに紛れもない名品。こんな作品を見つけ出してくる村上さんはたしかに慧眼としかいいようがない。翻訳も変に春樹テイストを混ぜ込んでくるようなこともなく、首尾一貫した文体の優れた日本語。
なんだ村上さんできるんじゃん(翻訳は)、と思わせてくれたとあって、僕にとってはまさに記念碑的な作品です。
村上春樹に無関心な人にこそ、この作品ばかりはお薦めしたい。読む価値はあります、確実に。
ほかにも村上さんによる翻訳作品はけっこう出てるみたいだから、そのうち読んでみようかな、と考えている。 -
本書をカテゴライズするなら、ノンフィクション小説というものになるのだと思う。1977年に銃殺刑に処されたゲイリー・ギルモアという人物に関する実話だ。
読むまで詳しく知らなかったのだけど、このゲイリーという人物、合衆国の死刑制度に強烈な影響を与えた人物だそうだ。死刑に処される権利――それも、わざわざ自分を傷付ける銃殺刑――を主張し、実際その通りになったという。日本ではあまり知られていないけれど、合衆国においては、特にユタ州においては、かなり"時の人"だったよう。
筆者はそのゲイリーの実弟マイケル・ギルモア(本職;音楽ライター)である。つまり本書は、死刑に処された犯罪者の肉親がその犯罪者のことを書いたもの、ということになる。
ゲイリーがやがて何の恨みもない人を二人も殺すほどまでおかしくなってしまったこと、さらには自ら死刑を懇願したことの背景には何があったのか。それを解明したいというのが、筆者が本書を執筆した動機だという。
ゲイリーの中に犯罪者の因子が植え付けられたのは、彼の幼少期であろう。そのことは、冒頭から明らかにされている。
家庭環境は悲惨だったようだ。両親が日常的に罵り合い、父親は暴力を、母親はヒステリックを、お互いに対してのみならず子供達にまで向ける。そういう狂気と憎悪と暴力が連日繰り返される家庭。
幼少期を通してずっとそんなところに居たら、たぶん誰だって心のどこかに歪みが生じざるを得なくなるだろう(中でも父親から暴力の対象にされることが圧倒的に多かったのが次男のゲイリーだったという)。その歪みがどのように現れるかは兄弟達によって様々ではあるのだけど、ゲイリーの場合殺人にまでエスカレートしてしまった。
筆者マイケルは、自分達四兄弟は"呪い"の中にいると記している。
例えば、ある夫婦がいるとする。彼らはいくつかの解決困難な問題を抱えていて、傍から見れば不幸な家庭を築くことが容易に予想できるとする。
そんな夫婦の間に生まれた子供は、生まれる前から、不幸な家庭で育つことが決定されていたことになる。
それはまさに"呪い"としか言いようがないのかもしれない。
しかし、本書の筆致は、さらに根源を巡っていく。それは、マイケルが自分の両親の出生にまで遡って家族の物語を書き始めていることが示している。
この実話が本当に恐ろしいのは、ある家族の悲劇は、その家族が出来るよりもずっと以前、遥かに根深いところにその因子が潜んでいる、ということだ。
というのも、家族を築いた張本人である母親や父親の出自について遡っていくと、この二人すら"呪い"の被害者であることを痛感させられるのだから。
ユタ州の、特異な教義に基づいて生きるモルモン教徒達のコミュニティに産まれた母親の過去も十分に戦慄的なものだが、それ以上に闇を感じるのは父親の出自についてだろう。
出生記録すらなく、誰に育てられたのか、本当の親が誰であり本名が何であるかもわからないという、正真正銘の闇である。
生まれ落ちた瞬間から誰からも受け入れられなかった子供が成長して大人になり、故郷を捨てたモルモン教徒の不良娘と出会い、結婚し、子供を産む。
もしも、そのトラウマを抱えた子供が、大人になるまでに自分の出自や幼少期の出来事に関するトラウマを克服することが出来ていたならば、不幸はその時点で終わるのかもしれない。
でも、そうならない場合もある。
その場合、歪んだ精神の人物が子供を産んだことになる。その人物が、子供達の精神まで歪ませてしまう可能性は、おそらく極めて高いというしかない。
そうして歪んだ精神が世代から世代へと受け継がれてしまうのだとしたら、それはもう”呪い”以外の何物でもない。
本書を評した村上春樹の”トラウマのクロニクル”という言葉は、いかにも言い得て妙だと思う。 -
世界が怖くなった。自分もほかの人も、誰かに価値を認めてもらいたいと思っていると思う。その実感が得られないなら、地道に生きていって、少しでもいいから、幸せな瞬間を持ちたい。
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★評価は読了後に。
うーむ、重い。綺麗な文章でないことも手伝っているかもしれないけれども、他の本よりも注意深く読まざるを得ない重力感。誰がこの悪夢を引き起こしたのか、当事者は確かに明確なのだが、その行為に至るまでの過程がとてつもなく暗い。
被害者にとっては堪らんことこの上ないけれども、この負の連鎖とも言うべき状況は、人間が「動物」であることを思い出させてくれる。
とにかく目を凝らして下巻に進みましょう。 -
より良き世界においては、僕はこんな物語を語ることもなかっただろう。より良き世界においては、僕の両親は出会うこともなかっただろう。つまりより良き世界においては、僕はこの世に生まれてはこなかっただろう――。そして「――もう何も良くなんかならない」
1976年、2人の人間を殺害し、自ら銃殺刑を求めた殺人犯・ゲイリー・ギルモア。その末弟・マイケルが紐解く、暗い秘密に覆われ、絶望と暴力に満ち、呪われた家族の歴史。
さすらいの年月とその後の定着。一族につきまとう「ゴースト」。ゲイリーは愛を乞い、その願いは暴力で購われた。 開拓時代以降、連綿として続く血の流れの裔に殺人者を生み出すに至る、血と伝承の物語。 -
暴力的な一族を過去から紐解いてゆく部分は、納得できるのですが、ちょっと退屈でした。
氏より育ち。
でもこういう家庭って、アメリカにごまんといたし、いまもいるでしょう。
それって結局一族の過去から連綿と受け継がれるものなので、やはりこの小説の手法は正しいのかな。
14.09.20 -
運命の鎖のおぞましい連結部を検証していくしかないのだ。もしこの歴史を変えられるなら、いったいどの地点で変えることが可能だったろうか?
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20140904読了。
殺人を犯し死刑となった兄について、弟が語っていくノンフィクション。兄が犯罪を犯すことになった経緯と、ベースとなった家族の話なのだが、兄について語るには自分の祖父まで遡らなければならない複雑さがある。
信仰している宗教の戒律を守ること、そこから生まれる事件や誤解、父の暴力による支配、犯罪を重ねて生活する毎日など、どうにもやりきれない場面が次々と描写され、読んでいて本当に辛い。
下巻がどう展開されていくのだろうか。 -
暴力的でしかありえない人、という人が存在することに衝撃を受けた本。
漠然と覚えている印象はこんな感じ。
・子どもの頃から暴力的であった
・大人になってからも暴力的であった
・一旦改心しようとしたがやはり暴力的であった
・とはいっても、そんな自分を好きだと思っているわけではなく、死刑を望んだ。
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