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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784167316044
作品紹介・あらすじ
中国の奥深くへ旅した日本人商社マンは、いつのまにか五千年の歴史をもつ「桃花源村」すなわち「桃源郷」に足を踏み入れていた……。芥川賞受賞作に「犬かけて」を併録。(千石英世)
みんなの感想まとめ
異国の地での不思議な体験を描いた作品は、主人公が中国の奥地にある「桃花源村」に足を踏み入れ、徐々にその村の秘密に引き込まれていく様子を描いています。独特の写実的な文体にはユーモアが交じり、物語の雰囲気...
感想・レビュー・書評
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2つの中編収録。
表題は日本の商人が中国奥地で村に呑まれる、少し異質な芥川受賞作。
比喩表現の少ない写実的で若干ユーモアの入った文体が独特だが、個人的に話の雰囲気と意図が複合された物語構造はかなり好み。吉行淳之介の選評が非常に参考になる。
『犬かける』は作者のデビュー作らしく、感覚的すぎて上手く掴めない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この本との出会いは、同居人がタイの古本屋で買ってきたお土産でした。このタイからのお土産は今までに読んだことのない、現代のおとぎ話でした。
桃源郷の名をもつ村はその牧歌的なイメージとは裏腹に身震いするような奇想天外なことが起こります。主人公は村の歓迎を受けるうちにだんだんと村の秘密へと引きずり込まれていきます。
ジメジメとした中国の農村の描写が妖しげな魅力を放つ作品です。
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異国の地でどんどん調子が狂い、判断力も失われ、新境地に達したかと思えば、最後は現実に引き戻されて終わる。夢か現実か間なのか。不思議な感覚になる作品。
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商社マンの橘は、畳にする藺草の買い付けのため、畳屋の加藤と共に中国の奥地に出張する。たどりついた村の名前は桃源県桃花源村。桃源郷を思わせるその村の名前とは裏腹に、橘は次第に陰謀の妄想にとりつかれてゆき…。
1990年の芥川賞受賞作。辻原登は『闇の奥』(https://booklog.jp/users/yamaitsu/archives/1/4167316110)がとても面白くて他の作品も好きだったので、これも闇の奥のような民族的な話かなと期待したのだけど、なんだか思っていたほど幻想的な感じではなかった。
序盤の、駅ごとにいる西瓜売りがみな同一人物に見えるとか、少年にしか見えないのに老人だったとかそういう部分は好きだったけど、現地の女性に興味を抱くくだりが生理的に嫌だったのかもしれない。まあ現実的な話だと思うけど、美しい女性と出会って恋に落ちたというよりは、お金か接待でなんとかなる(つまりやりたいだけ)みたいなところがなんか気持ち悪くて、主人公自身が気持ち悪くなってしまった。結局全部妄想で実はどんくさい主人公は現地の人々にていよく騙されただけだったのか。
1985年のデビュー作「犬かけて」も収録。妻の浮気を疑い意味不明の調査をするミシンのセールスマンの話で、こちらも結局全部主人公の妄想(あやしい組織も陰謀もない)みたいな感じだけれど、こちらのほうが表題作よりはとっつきやすかった。それにしてもやたらと犬を食べたがるのはなんなのか…(村の名前のほうでは実際に食べてしまうし) -
1990年の芥川賞受賞作「村の名前」を読了。「村の名前」と「犬かけて」の二作が収められている短編集になっていて著者辻原登氏の出世作だ。
二作品とも読んでわかりやすい物語かというと残念ながら両方とも難解とはいえないがわかりにくい小説だ。理由としてはストーリーの中でファンタジー作品ではないのに現実と妄想・夢想の非現実が同レベルで語られる文章のスタイルになっているので、ゆっくり読んだとしても著者の意図が簡単には伝わっては来ない形になっている。
「村の名前」は藺草を求めて中国奥地にまでメーカーの方と買い付けに行く商社マンが出会う非日常のお話で、「犬かけて」は自分の妻の過去にこだわりを持ってしまっているミシンのセールスマンの話であるが、ストーリー展開で読者をたのしませる形ではなく著者の文学的作文チャレンジが優先されているからだ。
1990年代の芥川賞作品は1990年後期に授賞した小川洋子氏の『妊娠カレンダー』以外辺見庸氏の『自動起床装置』や多和田葉子氏の『犬婿入り』や1993年授賞の大学の先輩奥泉光氏の『石の来歴』など基本的に純文学でありエンターテインメント性より文学としてのチャレンジが評価されていた時期であった。なぜなら多分だが大江健三郎とか丸谷才一、水上勉などのご歴々が選考委員の中心にいたためと思われる。
そんなちょっと小難しく、知性を試されているような純文学作品を読むBMGに選んだのがHerbie Hancockの"FutureShock"。もう古くさいけど微笑ましいエレクトリックサウンドだ。 -
中編2本が含まれる純文学系小説。
1本目の表題作は、オビに「芥川賞受賞」と書かれているやつだよね。中国にい草の買い付けに行った青年が連れて行かれた桃源郷で、中国共産党と既に崩壊した村から脱出したがる家族と出会う。
こちらは、ゆるい開高健と言った感じで、1ページくらいに渡って記載される、一切拾われない伏線(になってない)が気になる程度で、ストーリーの中にある葛藤などもわかりやすい。賞をとるほどの作品とは思えなかったが。
問題はもう一本「犬かける」なんだよな。10年以上前に失踪した弟を探すという名目で東京に出た男と、既に痴呆がはいった母親と板挟みになる嫁。
大きなストーリーは、途中で反故にされるわけではないし、たまにちゃんと拾われる伏線もあるのだが、普通の人が読んだら支離滅裂にしか取れない。どうせ見つからない弟を探すという辺りは、安部公房を意識しているんだろうけど、だったらその意味合いを掘り下げるなりなんなりすればいい。
文と文の途中に、全く関係のない描写を挟み込んだりして、勘違いした人が「幻想的」という感想を書きそうだが、個人的には評価する気は無い。
一つだけ面白いのは、この手の純文学に珍しく、ほとんど比喩表現らしいものはないこと。そこは読みやすいので評価できる。しかし逆に、その分グイグイとストーリーを展開しないと進まないのに、両作品とも一進一退を繰り返す程度というのが気になった。 -
2015/8/6購入
2016/6/12読了 -
平凡な授賞作。でも嫌いじゃない。
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いったい何を読んだのか。そもそも何かを読んだのか。『村の名前』でさえ妙な世界に引きずり込まれて溺れそうだったのに、『犬かけて』にいたっては一光だに目にできなかった。村の名前は桃花源村。藺草を求めて中国に渡り、西瓜売りに出会い、犬肉を食らって給士の女と交ぐわう。ここに何も残らず、何も浮かばず。
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私はこの本が世に出たばかりのころに読みました。今も「何かを読んだ」感じが残っています。やるせなさ、というものでしょうか。私はこの本が世に出たばかりのころに読みました。今も「何かを読んだ」感じが残っています。やるせなさ、というものでしょうか。2015/02/16
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1990年上半期芥川賞受賞作。同時期には、その後同賞を受賞した奥泉光、小川洋子、荻野アンナが名を連ねていた。そうした中での受賞なのだが、この作家と編集者には本を売る気があるのだろうかと思う。『村の名前』―こんなタイトルに誰が魅かれるだろう。内容を読めば、それが世にも名高い村であったことがわかるのだが。作品には現代中国の寒村にまで及ぶ権力構造と、村の様子が強いリアリティを持って描かれている。シュールと評する委員もいたが、この小説はあくまでもリアリズム小説の、これまでとは違った方向からのアプローチなのだ。
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言葉が通じない、風習がまるで異なる、日本の常識も通じない。そんな異国で自己を保つのは難しい。外国に行ったことがないから想像だけど。弟は本当に存在するのだろうか。錯乱した母親の妄想が息子に浸透し、居もしない弟との思い出を捏造したのではないか。記憶は常に改竄される。しかし結局は現実を直視できないから、有りもしないものを見ることで逃避しているのではないか。という考え方はきっと底が浅いのだろう。探している弟かいつの間に自分自身になっているような危うさは、誰だって持っていると思う。
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和歌山などを舞台とした作品です。
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桃源郷? 一歩先には何が映ったのか。ミステリアスな結末。
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読んでてのどが渇いた・・・
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100422(s 100502)
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この物語は絶対に読んで欲しい。
これ初期の作品だもの、そりゃいまだにバリバリいけるわけだよ。
これが基礎なんですよ。
この小説読んで欲しいな。
何かを追うという、物語、小説、文学の基本がある。
憧れ、追憶、女性、桃源郷、キーワードをあげるだけでちょっと読みたくなりません?感じません?体の真ん中へんが・・・ん?右下腹がイタイ?それは盲腸だね。
この作家を読んで欲しいな。
いまでも現役で、第一線を走り続けている永遠の若手。
これが、僕らの先生なんですよ。
ぜひ、ここからはじめてください。
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