臨死体験 下 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 22
  • Amazon.co.jp ・本 (526ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167330101

作品紹介・あらすじ

科学はどこまで臨死体験の核心に迫りうるのか。生物学者や神経学者は、様々な実験や仮説によってそのメカニズムの解明に挑み、成果をあげてきた。しかし、なお謎は残る。蘇生した人々はなぜ、本来、知るはずのない事実を知ってしまうのだろうか…。構想、取材、執筆に五年。発表と同時に大反響を呼んだ著者渾身の大著。

感想・レビュー・書評

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  • ・これだけ多くの体験者の証言が一致しているのだから、たぶん、私が死ぬときも、それとよく似たプロセスをたどるのだろう。だとすると、死にゆくプロセスというのは、これまで考えていたより、はるかに楽なきもちで通過できるプロセスらしいことがわかってきたからである。現実体験説のいうようにその先に素晴らしい死後の世界があるというなら、もちろんそれはそれで結構な話しである。
    ・しかし、脳内現象説のいうように、その先がいっさい無になり、自己が完全に消滅してしまうというのも、それはそれでさっぱりしていいなと思っている。もっと若いときなら、自己の存在消滅という考えをそう簡単には受け入れられなかったかもしれないが。いずれにしても受け入れなければならないものを受け入れまいとジタバタするのは、幼児性のあらわれであり、あまりみっともいいことではないから、しないですませたいと思うのである。
    ・どちらが正しいかは、そのときのお楽しみとしてとっておき、それまでは、むしろ、いかにしてよりよく生きるかにエネルギーを使った方が利口だと思うようになったのである。
    ・生きている間に、死について、いくら思い悩んでもどうにもならないのに、いつまでもあれこれ思い悩み続けるのは愚かなころである。生きている間は生きることについて思い悩むべきである。

  • 2000年に第1刷ということだが、この頃から2014年の現在まで、さまざまな研究がさらに進んだのではないだろうか。脳の研究も進んだと思うが、精神世界についての認識も、より一般化されているような気がする。”臨死体験”ということ自体も、魂の体験ととらえるか否かは別にして、一般的に受け入れられてきているように思う。筆者は脳内現象説が正しいだろうということで終わっているが、現在の筆者はどのように思っているのだろうか。
    脳内現象であったとしても、それを認識しているものは何なのだろうか、と考えると、やはり”自分”を形成する肉体以外の存在、”魂”のようなものがあるように思う。
    体外離脱できるなら、宇宙のかなたに行ってみたいな。宇宙から地球の歴史も見てみたい。

  • 著者が検証をすればするほど著者自身が混乱していくが、そもそも検証できる類のものではないのだから当然の帰結。死後の世界の有無は現在の人間の科学力や言語力では検証も説明も不可能で、一部の超能力なり臨死体験をした人だけが感覚的に信じられるもので、死はそれほど遠い先にあるということ。

  • 前回読んだ著者の「宇宙からの帰還」が相当面白かったので、本作もだいぶ期待して読み始めてしまったせいか、面白さはそれほどでもなく。
    臨死体験およびそれに関連する体験について事例紹介をしながら「現実体験」なのか「脳内体験」なのか白黒つけようと考察しているのだが、結局結論は「わからない」で終わっており、それにしては事例紹介が冗長すぎると感じた。

  • ⭐️⭐️⭐️

  • 結局、臨死体験は脳内の現象として大方は説明できてしまう、ということなのかなあ。インドの閻魔大王(ヤムラージ)の話など、臨死体験のストーリーが地域の宗教や文化に依存して大きく異なるというのでは、現実体験説はちょっと信じがたいなあ。「奇跡の脳」も、左脳から解き放たれた右脳の働きが幸福感や宇宙との一体感などをもたらした、って書いてあったっけ。ただ、体外離脱の中には、離脱していなければ見えない(分からない)ことが見えていた、という事例があるので、もしかしたら人間にはテレパシーのような潜在的な知覚能力があるのかもしれない。

  • 宗教学のレポートのネタ集めに。ブレインバレーのサイド本『神に迫るサイエンス』で、瀬名氏が紹介していたので読んでみた。
    日本では臨死体験というと、オカルトめいていて敬遠しがちな印象を持ってしまう。
    それにしても死というものは何か、頑張ってアプローチしようとしているが、どう頑張っても臨死は死ではないのだからわかるわけない。
    臨死は実際にあるのかないのかという議論もあったが、脳でみたものは現実ではないのだろうか。この人は一体何を明らかにしたいのかよくわかっていないのかもしれない。

  • 臨死体験者へのインタビューと,様々な研究者へのインタビューを基に,臨死体験という現象に迫る。体外離脱,トンネル体験,神々しい光や,死んだ人たちとの出会い。そのような要素体験で構成される臨死体験は,脳内で起きている現象なのか,それとも現実に体験していることなのか。その解釈をめぐって,膨大な資料とインタビューから,吟味を重ねていく。時には現実体験説を擁護し,時には脳内体験説を支持する。最初から結論があったり,自らの信念や思想に沿うよう物語が構成されていたりはしないので,読み進める中で筆者の思索を追体験できるのが面白い。

    さて,そのような思索を重ねた末に筆者が出した結論は,現時点では,脳内体験説に軍配が上がる,というもの。現実体験説では,あまりに説明に無理・矛盾が生じる点が多いからである(詳しくは下巻pp.461~463にまとめがある)。とは言え,脳内体験説で全てが説明し尽くされるかというと,そうでもない。22章のサリバンさんの例のように,手術中で見ることのできない事実を詳細に知っていたりする例があるからである。そのような事実を認めつつ,それでもやはり現時点で最も合理的な説明が可能なのは,脳内体験説であろう,というのが立花氏の立場である。

    「では,私はどう考えているのかというと,先に書いたように,基本的には,脳内現象説に立っている。つまり,基本的には,物質的一元論で,この世界は説明できるだろうという科学的世界観の側に立っている。しかし一方で,本当にそうだろうかという懐疑心も常に持っている。」(下巻p.471)

    しかし,脳内体験説が有力であろうという予想は立つものの,現在の脳科学が臨死体験のメカニズムを完全に解明しているかというと,そうではない。下巻p.421の「サヴァデラ・アギレル」モデルは側頭葉てんかんと臨死体験の類似性を説明する有力なモデルではあるものの,脳内体験説と現実体験説の対立に決着をつけるために必要な,「意識は脳内でどのように生み出されているのか」という点については,現在の科学は全く未解明というのである。

    「脳には,視角系が集めた情報を受け取る認識主体がどこかにあるはずである。手足を動かす前に,手足を動かして何をどうするのかという意志的決断をくだす意志の座があるはずである。ところがそういう肝腎かなめのところが全然わからないのである。いくら研究しても,わかってくるのは下位システムの局在的メカニズムでしかないのである。」(下巻p.472)

    最終的に,筆者は,この問題にこれ以上頭を悩ませる必要は感じないと言っている。つまり,現時点では解明不能な死の問題に頭を悩ませるよりも,いかに生きている間のQOL(quality of life)を上げるかを考えた方が,合理的だと言うのである。

    筆者の結論に対して,私も全く同感である。
    もともと死への恐怖などを抱いていたわけではないが,不確実な将来に思い煩って,下を向いて歩き続けるような生き方はしたくない。

    筆者が引用している古代ギリシャのエピクロス学派の次の言葉は,なかなか的を射ている。

    「あなたが死を恐れているうちは,死はまだ来ていない。本当に死がやってきたときには,あなたはもういない。従って,あなたと死が出会うことはない。死について,悩み恐れるのは意味がない。」(下巻p.469)

    本書を読み終えて,死の問題よりも,自分の意識がどのように生まれているのかという問題の方に,強く関心を惹かれるようになった。脳科学は人間の意識の問題にどこまで踏み込めるのか。今後,そのような文献をフォローしていきたいと思う。

  • 面白い。必ずしも科学的に取り扱えないこのテーマを、ここまで公平性と客観性を保ちながら緻密に論じられる立花氏の力量はさすが。豊富な資料と自身によるインタビューによって「臨死体験」を考察している。臨死体験を、実際に「あの世」があってそれを垣間見ているのか(現実体験説)、それとも単なる脳の中で起こっている非日常的な現象なのか(脳内現象説)。立花氏もこの間で揺れている。

  • 2011 05 12
    老いと死は必ずやってくる。だからこそみんなの興味の対象。いつまでも子供みたいな人でいたい。

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著者プロフィール

1940年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、文藝春秋入社。66年退社し、東京大学文学部哲学科に学士入学。その後ジャーナリストとして活躍。
74年、『文藝春秋』誌に「田中角栄研究 その金脈と人脈」を発表。79年『日本共産党の研究』で第1回講談社ノンフィクション賞受賞。83年、第31回菊池寛賞、98年第1回司馬遼太郎賞を受賞。
著書に『中核vs革マル』『宇宙からの帰還』『「知」のソフトウェア』『サル学の現在』『臨死体験』『ぼくはこんな本を読んできた』『天皇と東大』など多数。

「2020年 『自分史の書き方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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