臨死体験 下 (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2000年3月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (528ページ) / ISBN・EAN: 9784167330101

みんなの感想まとめ

臨死体験についての深い考察が展開される本作は、科学と哲学の交差点に立ち、読者に多様な視点を提供します。上下巻で構成され、上巻では臨死体験の実態を探り、下巻ではその説明に焦点を当てています。体外離脱や脳...

感想・レビュー・書評

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  • 単行本は上下2冊で1994年刊。いま読んでも、読みごたえがある。
    上巻は臨死体験とはどういうものか。本書、下巻は臨死体験をどう説明するか、こちらが本丸。体外離脱、感覚遮断実験など、そして脳の話が展開する。
    科学的なエビデンスだけからいえば、結論はほぼ予想がつく。しかし、哲学好み・神秘好きの立花隆はそこで躊躇する。聡明であった頃のペンフィールドの脳の刺激実験(臨死体験に似た体験を起こさせる部位の発見)を紹介しておきながら、最後では、晩年の耄碌したペンフィールドの脳≠心の考え方を採用する。一元論から二元論への乗り換え。なにごとも、ミスティカルなものを残しておいたほうがよいという作戦なのか。

  • 2000年に第1刷ということだが、この頃から2014年の現在まで、さまざまな研究がさらに進んだのではないだろうか。脳の研究も進んだと思うが、精神世界についての認識も、より一般化されているような気がする。”臨死体験”ということ自体も、魂の体験ととらえるか否かは別にして、一般的に受け入れられてきているように思う。筆者は脳内現象説が正しいだろうということで終わっているが、現在の筆者はどのように思っているのだろうか。
    脳内現象であったとしても、それを認識しているものは何なのだろうか、と考えると、やはり”自分”を形成する肉体以外の存在、”魂”のようなものがあるように思う。
    体外離脱できるなら、宇宙のかなたに行ってみたいな。宇宙から地球の歴史も見てみたい。

  • タイトル通り臨死体験を検証した本。
    内容としては上下ともに充実しており、様々な角度から論じられている。体験者からのインタビューに始まり脳神経学の見解、または擬似臨死体験を著者の立花隆氏自身が体験するといった形で多岐に渡っている。
    著者自身は最終的に臨死体験とは脳内現象といったほうが無難で、ただ科学で証明できないようなことも存在するという立場で結論づけている。
    私自身読後の感想としては、おもしろいという一言につきそうだ。本文にもあるが、やはり現在の科学ではまだまだ人体の神秘や脳の複雑なメカニズムははっきりとわかっておらず、臨死体験は脳内現象であるとはっきりいえない。わからないからおもしろいということで、ざっくばらんに言えば、わからない死後のことより今の瞬間や今の生を大切にしようと思わされる。ただわからないからといって探求を諦めるのではなく、自分のできる範囲で興味のあることへの挑戦は続けて行きたいと思うのである。色んな見解や実験などを知れて面白かった。

  • 臨死体験 上下 立花隆 文藝春秋

    リアリティがこの世と臨死体験が
    近すぎて
    死の世界としては違和感があったけれど
    キュープラロスの三段解説
    物理世界とスピリチュアルな死の世界の間に
    サイキック空間があると言う提案がしっくりくる
    さて「下」を読んでみると
    科学者が自分の信じる客観性と言う
    狭い範疇に取り込もうと躍起になって
    粗探しをしている愚かしさを感じざるを得ない状態に
    うんざりしながら読み終わった
    一方で体外離脱とは別の
    この本の題名でもある臨死体験における
    川やお花畑やトンネルなどについては
    あまりにこの世的なお話で受け入れ難く
    私自身懐疑的である

  • ・これだけ多くの体験者の証言が一致しているのだから、たぶん、私が死ぬときも、それとよく似たプロセスをたどるのだろう。だとすると、死にゆくプロセスというのは、これまで考えていたより、はるかに楽なきもちで通過できるプロセスらしいことがわかってきたからである。現実体験説のいうようにその先に素晴らしい死後の世界があるというなら、もちろんそれはそれで結構な話しである。
    ・しかし、脳内現象説のいうように、その先がいっさい無になり、自己が完全に消滅してしまうというのも、それはそれでさっぱりしていいなと思っている。もっと若いときなら、自己の存在消滅という考えをそう簡単には受け入れられなかったかもしれないが。いずれにしても受け入れなければならないものを受け入れまいとジタバタするのは、幼児性のあらわれであり、あまりみっともいいことではないから、しないですませたいと思うのである。
    ・どちらが正しいかは、そのときのお楽しみとしてとっておき、それまでは、むしろ、いかにしてよりよく生きるかにエネルギーを使った方が利口だと思うようになったのである。
    ・生きている間に、死について、いくら思い悩んでもどうにもならないのに、いつまでもあれこれ思い悩み続けるのは愚かなころである。生きている間は生きることについて思い悩むべきである。

  • 前回読んだ著者の「宇宙からの帰還」が相当面白かったので、本作もだいぶ期待して読み始めてしまったせいか、面白さはそれほどでもなく。
    臨死体験およびそれに関連する体験について事例紹介をしながら「現実体験」なのか「脳内体験」なのか白黒つけようと考察しているのだが、結局結論は「わからない」で終わっており、それにしては事例紹介が冗長すぎると感じた。

  • 面白い。必ずしも科学的に取り扱えないこのテーマを、ここまで公平性と客観性を保ちながら緻密に論じられる立花氏の力量はさすが。豊富な資料と自身によるインタビューによって「臨死体験」を考察している。臨死体験を、実際に「あの世」があってそれを垣間見ているのか(現実体験説)、それとも単なる脳の中で起こっている非日常的な現象なのか(脳内現象説)。立花氏もこの間で揺れている。

  • 立花隆が膨大な取材を基に”臨死体験”という途方もない現象にメスを入れた力作(上下巻まとめてのレビューになります)

     田中角栄や宇宙、石油と様々な対象を徹底取材してきた立花だが、この臨死体験は踏み込んではいけない領域かもしれないと思って読み始めた。だって臨死体験だよ。どう考えてもオカルトチックでなく本を書き上げるのは無理がある。
     しかし、立花は決してオカルトに染まることなく、かといってそれを無視することなく、絶妙な立場で取材を進めていく。あくまで科学的に見て、どんな事実があるのか、どんなことが考えられるのかを追求していく姿勢が、臨死体験というキワモノを一つのノンフィクションに仕上げていく。
     死の受容として世界的に有名な心理学者キューブラーロスが後年死後の世界の実在を熱心にとなえていたことに始まり、ロバート・A・モンローやジョン・C・リリーといったこの世界のスター達の名前がこれでもかこれでもかと出てきて、いよいよ佳境へ。
     結局、臨死体験は脳内の出来事である可能性が高いが、それでは説明できない部分をいくつか残している。謎は解けきらないまま本は終える。
     果たして死後の世界があるのか。死の時を迎えれば誰でもわかることだ。
     臨死体験のをした人のほとんどが、自身の生を深く考え直したと言う。人は死を考え、そこからまた生を考えていくのだと思う。

  • 【文章】
    すこし読みにくい
    【ハマり】
     ★★★・・
    【気付き】
     ★★★★・

    人間の視覚系は、一定の条件下では幻覚が見えるメカニズムが備わっている。水晶玉を使った瞑想も、潜在意識にアプローチする一つの手段になりえる。

    脳が正常に働くためには、一定以上の外部刺激が必要で、感覚が遮断されると脳は暴走し、幻覚が現れる。

    007のモデルは、エリザベス女王に仕えていた「ジョン・ディー」という占い師。

  • ふむ

  • わたしはなにを読んでいたんや…

  • 臨死体験について、さまざま実験や仮説に基づき、科学的に解明を試みていることを、立花隆氏は徹底的に追求。
    脳内現象説なのか、現実体験説なのか、立花隆氏は、自分の死と出会うまで分からないとしている。果たして、氏は、死に際して、どのように感じたのか。おそらく、死に際してまで、その知識欲をたかめていたに違いない。
    僕が思うに、いずれ、立花隆氏の生まれ変わりの人が登場し、僕達のためになる何かを成し遂げるに違いない。

  • 非常に面白かった。
    死んだらどうなるか?永遠に不明だと思うが、興味が湧くテーマ。
    本書では脳内現象説的な立場を取りつつ、現実体験説も残した感じだが、いずれにせよ解明出来ていない。
    誰も真理を見出せない。死んだら誰も教えてくれないからである。
    死を考えるより、生きることを考えた方が確かに合理的である。
    死はこれから必ず必然的にやって来るのだから。

  • 著者が検証をすればするほど著者自身が混乱していくが、そもそも検証できる類のものではないのだから当然の帰結。死後の世界の有無は現在の人間の科学力や言語力では検証も説明も不可能で、一部の超能力なり臨死体験をした人だけが感覚的に信じられるもので、死はそれほど遠い先にあるということ。

  • ⭐️⭐️⭐️

  • 結局、臨死体験は脳内の現象として大方は説明できてしまう、ということなのかなあ。インドの閻魔大王(ヤムラージ)の話など、臨死体験のストーリーが地域の宗教や文化に依存して大きく異なるというのでは、現実体験説はちょっと信じがたいなあ。「奇跡の脳」も、左脳から解き放たれた右脳の働きが幸福感や宇宙との一体感などをもたらした、って書いてあったっけ。ただ、体外離脱の中には、離脱していなければ見えない(分からない)ことが見えていた、という事例があるので、もしかしたら人間にはテレパシーのような潜在的な知覚能力があるのかもしれない。

  • 臨死体験者へのインタビューと,様々な研究者へのインタビューを基に,臨死体験という現象に迫る。体外離脱,トンネル体験,神々しい光や,死んだ人たちとの出会い。そのような要素体験で構成される臨死体験は,脳内で起きている現象なのか,それとも現実に体験していることなのか。その解釈をめぐって,膨大な資料とインタビューから,吟味を重ねていく。時には現実体験説を擁護し,時には脳内体験説を支持する。最初から結論があったり,自らの信念や思想に沿うよう物語が構成されていたりはしないので,読み進める中で筆者の思索を追体験できるのが面白い。

    さて,そのような思索を重ねた末に筆者が出した結論は,現時点では,脳内体験説に軍配が上がる,というもの。現実体験説では,あまりに説明に無理・矛盾が生じる点が多いからである(詳しくは下巻pp.461~463にまとめがある)。とは言え,脳内体験説で全てが説明し尽くされるかというと,そうでもない。22章のサリバンさんの例のように,手術中で見ることのできない事実を詳細に知っていたりする例があるからである。そのような事実を認めつつ,それでもやはり現時点で最も合理的な説明が可能なのは,脳内体験説であろう,というのが立花氏の立場である。

    「では,私はどう考えているのかというと,先に書いたように,基本的には,脳内現象説に立っている。つまり,基本的には,物質的一元論で,この世界は説明できるだろうという科学的世界観の側に立っている。しかし一方で,本当にそうだろうかという懐疑心も常に持っている。」(下巻p.471)

    しかし,脳内体験説が有力であろうという予想は立つものの,現在の脳科学が臨死体験のメカニズムを完全に解明しているかというと,そうではない。下巻p.421の「サヴァデラ・アギレル」モデルは側頭葉てんかんと臨死体験の類似性を説明する有力なモデルではあるものの,脳内体験説と現実体験説の対立に決着をつけるために必要な,「意識は脳内でどのように生み出されているのか」という点については,現在の科学は全く未解明というのである。

    「脳には,視角系が集めた情報を受け取る認識主体がどこかにあるはずである。手足を動かす前に,手足を動かして何をどうするのかという意志的決断をくだす意志の座があるはずである。ところがそういう肝腎かなめのところが全然わからないのである。いくら研究しても,わかってくるのは下位システムの局在的メカニズムでしかないのである。」(下巻p.472)

    最終的に,筆者は,この問題にこれ以上頭を悩ませる必要は感じないと言っている。つまり,現時点では解明不能な死の問題に頭を悩ませるよりも,いかに生きている間のQOL(quality of life)を上げるかを考えた方が,合理的だと言うのである。

    筆者の結論に対して,私も全く同感である。
    もともと死への恐怖などを抱いていたわけではないが,不確実な将来に思い煩って,下を向いて歩き続けるような生き方はしたくない。

    筆者が引用している古代ギリシャのエピクロス学派の次の言葉は,なかなか的を射ている。

    「あなたが死を恐れているうちは,死はまだ来ていない。本当に死がやってきたときには,あなたはもういない。従って,あなたと死が出会うことはない。死について,悩み恐れるのは意味がない。」(下巻p.469)

    本書を読み終えて,死の問題よりも,自分の意識がどのように生まれているのかという問題の方に,強く関心を惹かれるようになった。脳科学は人間の意識の問題にどこまで踏み込めるのか。今後,そのような文献をフォローしていきたいと思う。

  • 2011 05 12
    老いと死は必ずやってくる。だからこそみんなの興味の対象。いつまでも子供みたいな人でいたい。

  • 請求記号 147/Ta/2

    ※上巻のレビューをご覧ください

  • まだまだ謎に満ちている。ただそう思います。
    しかし体験者の言う通り、生きることそのものを大事にしてゆきたいですね。

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著者プロフィール

評論家、ジャーナリスト、立教大学21世紀社会デザイン研究科特任教授

「2012年 『「こころ」とのつきあい方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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