ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2003年5月9日発売)
3.39
  • (22)
  • (42)
  • (107)
  • (10)
  • (2)
本棚登録 : 585
感想 : 51
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784167330156

みんなの感想まとめ

多様なジャンルの本を短く紹介し、読者の興味を引き立てる内容が特徴的な作品です。立花隆氏の「私の読書日記」を基にしたこの本は、文系・理系を問わず幅広いテーマを取り上げており、各書評は分かりやすく、深い洞...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • まず目次でびっくり。脈略のない単語の羅列に出鼻をくじかれた思いでした。本書は週刊文春に連載された立花隆氏「私の読書日記」の '95/11 〜 '01/02 約五年分をまとめたもの。「ぼくはこんな本を読んできた」の読編です。一回につき三冊から五冊のペースで当時の新刊が紹介されているものをそのまま並べたので、目次が意味不明な単語の羅列に見えたのでした。序章では、著者が読書についてどのようなことを考えてきたか、いかにしてたくさんの本を速く読んできたか、についてまとめられています。

    「生涯、情報の海にひたり、一箇の情報体として、情報の新陳代謝をつづけながら情報的に生きる」が信条の立花氏。

    そもそも全文通読が基本的必要条件となっているたぐいの本 (すなわち、長編小説、ミステリー、時系列に沿って読むノンフィクション... ) を読むことが少ない、とのこと。ヒマ人向きの本を書評に取り上げる文人墨客、趣味人は他にいくらでもいるのだから、立花氏は「読書日記」では、知識を得られる本について、その本が読む価値があるか否かに要点をしぼり、批評は控え、簡潔に書評をまとめることを心がけたそう。そして目標は、的確で魅力的な引用を紹介し、読者に思わずその本を手に取ってみたいと思わせること。

    速読術については、立花氏が必要に迫られて自然と身につけたものらしい。彼は読書には音楽的読みと絵画的読みがあるとしています。音楽は時間芸術。シグナルを時系列的 (読書なら逐語的に) に聞きとっていくことではじめて意味把握が可能になります。一方で絵画は空間芸術。少し離れたところに立って、パッと全体像をとらえるもの。読書にそれらを応用し、絵画読みで全体的な本の構造をつかみ、音楽的読みは、細部を読み込む際に取り入れる。絵画読みの時点でつまらなかったり、易しすぎたり、難しすぎたりしたら、潔くその本を読むのを辞めるべし、と説いています。

  • 週刊文春に収められた立花隆氏の「私の読書日記」の1995年11月30日号〜2001年2月8日号までの約5年分をまとめたもの。巻末にある捨てる技術を一刀両断する、という断捨離に対する立花氏の痛烈な批判がいい。
    文系、理系問わず集められた本を短く紹介しているのだが、実に内容をよくわかる形で書かれている。こういう本を読みたかった。もし、ここに紹介されている本を個人で全部読めと言われても到底無理である。金銭的にも場所的にも。時間的にも。この本を読んで興味が湧いたら、原著に当たるのがもっともいい方法だ。何冊か、読みたい本を拾い出している。

  • 『ぼくはこんな本を読んできた』の続編的な位置付け。

    立花氏の考えの全てに同調できるわけではないが、勉強に対する姿勢は大いに見習うべき。

    最後に収録されている“『「捨てる!」技術』を一刀両断する”には完全に同意。私も職業柄“いつか”はしょっちゅうやってくる。

  • 文学
    思索

  • 3.5
    ノンフィクション中心に多岐にわたるジャンルの本を紹介。目次、段落一分目読みなどて大枠を掴みつつ気になる場合は数回読むという速読術は参考になった。最後に、捨てる技術に対する痛烈な批判があるが、本や思い出の品に対する感覚が近く納得した。本紹介の中にはいくつか読んでみたい本もあり、なかなか面白い。

  • 二回目。立花隆さんの書評集。これを読むと、読みたい本がたくさん増える。政治、経済、歴史関連は言わずもがな、理系まで幅広いジャンルの本が紹介されている。理科系は生命工学と宇宙が多いのは立花さんらしい。

  • 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』(文春文庫)の続編です。

    「宇宙・人類・書物」というタイトルを持つ、やや長めの序章に加えて、『ぼくはこんな本を読んできた』の続きに当たる、『週刊文春』で連載された読書日記、さらに辰巳渚『「捨てる!」技術』(宝島社文庫)を批判した文章などが収められています。

    人類史的な、あるいは宇宙史的な広大な視野のもとで読書という営みを考えるという試みには興味を覚えます。本書での考察にも啓発されるところも多かったのですが、ただ個人的には、この手の壮大な読書論を語らせるならば、松岡正剛の右に出る者はいないのではないかと思います。

  • 『ぼくはこんな本を読んできた』(1995年単行本発刊)に続く、『週刊文春』の連載『私の読書日記』の1995年11月~2001年2月分をまとめたもの。
    まえがきでは、「少なくとも毎週一度は大手の書店の店頭に行って、相当丹念に新刊本を見てまわるようになった。それをするとしないで、世の中の見え方がちがってきたのである。やはり書店というのは、一国の文化の最前線の兵站基地みたいなものだから、そこでの物流(情報流)を見ていると、一国の文化、社会の全体像がよく見えてくる」、「どのような一冊の本も、一枚のチャートにすることができる。・・・大事なことは本を読むときに、逐語的に文章を読み、逐文章的に本全体を順次読んでいこうとしないで、本全体の構造がどのようにできているか、その流れだけをとりあえずつかもうとすることである」などの実践的ノウハウが語られている。
    また、終章では、2000年にベストセラーとなっていた辰巳渚の『捨てる!技術』を一刀両断し、「ヒトが他の生物とちがう最大のポイントは何かというと、・・・はじめて本格的にストックを作り出して利用する、ストック依存型生物となったことである。・・・人類社会史の中核には、いつもどのようなストックをどのように生産し、どのように保存し、どのように分配するかという問題があった。その問題をめぐって、技術が発展し、文化が生まれた。・・・このような人類史的バックグラウンドを持つ人間にとって、「捨てない」は最も大切な基本価値である」と述べており、立花氏の面目躍如である。
    (2007年8月了)

  • 今まで断捨離という言葉に何だかモヤモヤしていて「本当にそうなのかなー...」なんて思ってた。みんな当然のように捨て始めてそれが素敵なことで素晴らしい生活を送るためには必要なことで本当にその通りなんだと、そんな風潮にどうしても違和感を覚えていた。
    この本の最後に筆者が断捨離について痛烈に批判しているページがある。これを読んで、「あー、やっぱり僕の考え方もそんな間違ってなかったんだなー」って素直に思った。
    僕は自分が大切にしていたものを簡単に捨てたくはない。そのとき大切にしていた物と気持を、いつまでも大切にしていたい。たとえそれが自分にとって痛いものでも、その痛みも変えることなく一緒に生きていきたい。

  • 人生は有限だから、これほどの博覧強記を誇る人物であっても、いや、そういう人こそ取捨選択を大事にしている、というのは参考になる。
    読書の仕方をちょっと変えてみようかなと。

  • 立花隆は『臨死体験』で始めて知った。NHKの特集なんかにも出ていて、膨大な本や資料に囲まれていた。なんだか、すごい人がいるんだなと思った記憶がある。最近、立花さんの『読書脳』を読んで、恥ずかしながら本書の延長にあるんだと初めて知った。

    ボクがこの『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本・そしてぼくの大量読書術・脅威の速読術』を読んだのは2007年。記録を見返してみると、ボクにとっての2007年は転機の年だったように思う。勝間和代さんの本に共感し、フォトリーディングの講習に行き、そしてISIS編集学校を受講した。何か新しい価値観なり、体験を求めていたのかもしれない。そんなときにこの本を読んでいた。

    ボクがこの本を読んだとき、気になる本をエクセルに一覧表にしている。いま見返してみると、一覧表にある本で読了した本って少ないなぁ。今だったら、もう少し読んでみようとするだろうか。当時と今では、世の中の常識、会社の常識、そして本に対する見方や接し方も違う。今から7年前の2007年。ボクがまだ、今のボクになる前のころ。若いなぁ、と思うとともに、ほろ苦さを感じる。

  • 前半は立花さんの速読術について、後半は書評。

    速読術についてのコツ
    ・速読にはチャートを作れ
    ・全体の流れとキーワードをつかめ

    書評の部分では興味のある本が紹介されているページ番号を書きとっておいたら102冊にもなりました。1年間で読み切れるかしら。
    とりあえずエクセルで表にして、図書館でかりれるかを調べようと思います。

    この本を読んで立花さんの多読に驚くばかりです。私もできるかぎり本を読もうと努力していますが、彼の比ではないでしょう。

    この本を読んで思ったこととしてやっぱり人の読んだものをみるとその人の性質というか好みがでるなぁ~ということです。
    立花さんの好みが大体わかる。っといっても、この人の守備範囲の広さがすごいことをあらためて思い知ります。
    でも小説のたぐいは読まないらしいというのは、残念な気もします。まぁこの人の本の内容からしてそんな気はしていましたが。

    細かな書評の後に「『捨てる』技術」をフルボッコにしてたのは、小気味が良かったです。

  • 立花氏の圧倒的な読書量に圧倒される。しかし速読術は私も同じだと思いました。というのは難しい本ほど、飛ばし読みが出来る、読んで楽しむ本はゆっくり読むということ。毎月のように豊富な本を紹介しているが、考えてみれば読んでいるのだから驚き。そして、ほとんど買っているようなので本の保管のための3階建物建設というのも納得。氏の読書傾向もなんとなく似ているように思いました。宇宙、日本文化、歴史、古代キリスト教などは、私も好きな領域です。

  • 豊かな人間存在であるために最も必要な条件は情報のスループットを高める事。で、そこで問題となるのが情報の質と量なのだが、著者は電子書籍を徹底批判する。たしかに、電子書籍は入手の容易性・保管場所・持ち運び・価格といった面での優位性はあるが、書籍本来の持つ役割・価値(情報インプット)は毀損しているのかもしれない。読まないよりはマシなのだが、読まない人は電子だろうがなんだろうが読まないのであって、電子書籍の優位性により読者が増えるとも思えず、媒体変化するだけであり、電子書籍の隆盛が起こるのであれば、豊かな人間存在の実現は困難になっていくでは?と感じた。が、これは著者の好みとるする飛ばし読み(絵画的読書)が可能な書籍に言える事であって、その他のタイムコンシューミングな書籍には当てはまらないのかもしれない。
    著者は小説の類(音楽的読書を必要とするタイムコンシューミングな書籍)は暇人の暇つぶし消費と定義づけて殆ど読まないらしいが、それで豊かな人間存在が可能なのか?というのは甚だ疑問。「豊か」の定義の違いだろうが。
    「書物は万人の大学」には同意。大学で学べる事は質量ともにごくわずか。学費とのパフォーマンスを考えると大学通うより近所の図書館に通ったほうが断然いい(一部理系学部は違うと思うが)。大学受験は根性と集中力の検定試験であって、それが社会的にはステイタス化されているだけの事であり、それ以上でもそれ以下でもない。
    「本に書いてある事を信用するな」も教訓としたい。

  • 以下の3部構成となっている。
    ①著者の書評方針や読書術の紹介,出版文化論等
    ②読書日記――本書のメイン。一番ページを割いている
    ③『「捨てる!」技術』の批評(酷評?)

    あれだけの大量の本をどうやって読み捌いているのか,
    立花隆の読書術に興味があり本書を借りた。
    メインの書評(本の紹介)は,気になったところを
    軽く読み流す程度。

    読書術自体は,
    どこかで聞いたようなものばかりで特に目新しいものはなかった。

    筆者は,
    「絵画読み」と「音楽読み」を使い分けが有用である,
    と書いている。

    要するに,概観を意識しつつ,
    気になったところはちょっと時間をかけて読む,
    ただそれだけのことです。

    穿った表現をすれば,
    ザッピング読書。

    第3部の『「捨てる!」技術』の批評ですが,
    レッテル張り,曲解等のレトリックや,論理破綻等があり
    ちょっと酷かったかなぁ…――一理あるところもあるけど…。
    自分の思想と相容れないから,ここまで酷評したのだろうか。

    ザッピング読書,つまり,気になるところだけを
    つまみ食いしているから,
    たまに,ちょっとヘンテコな書評を書いてしまうのかもしれない。

    第3部を除けば,いい本だと思うんですけどね。

    読書術としては下記の本が参考になると思う。
    ■木山泰嗣『膨大な資料を迅速・正確に処理できる 情報をさばく技術』
    ■倉島保美『論理が伝わる 世界標準の「書く技術」』
     パラグラフ・ライティングの本だけど,
     本書を読めば,
     『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本
     そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』でも紹介されている,
     パラグラフの第一文だけを読み進めることの意味が理解できる。

  • 週刊文春の連載を中心に文庫化。知識欲を刺激する。捨てないことの重要性には納得。

  • 週刊文春に連載の読書日記をまとめたもの。ベストセラーや小説は対象外。芸術・哲学、サイエンス、歴史、オカルトまで幅広く且つマニアックな良書の紹介。私が読んだことがあるのはほんの数冊でした。一方Amazonの欲しいものリストも10冊...ばかり増えました。折を見て買い揃えようと思います。
    大量読書・速読術のほうは数をこなすプロ向き、私のような読書を楽しみ派には向きません。

  • ●書店は、その時の時代を表すメディア。定期的にチェックしろ。

    ●小説などのタイムコンシューミングな本は読まない。

  • 立花隆の読書に関しては、いつも圧倒される。
    「知の巨人」として、
    貪欲に本を読んでいく。

    私が読もうとしている趣味的な読み方を
    はるかに圧倒している。
    なぜ読むのか、それは、知的な好奇心に他ならない。
    新しいことを知る喜びを本に接する中で感じている。
    問題意識の進化をしっかりとやっている。

    今回出されている本を見て、
    こうやって本を読むのかということが
    ある意味では、よく見えた感じがしている。

    立花隆の父親が、
    「週刊読書人」「読書タイムズ」
    「全国出版協会新聞」の仕事をしていた。

    「書評とは、その本が読む価値が
    あるのかどうかの情報である。」と指摘している。
    問題に関して、
    本の位置づけという感じがあるのである。

    情報圧縮は視覚化が最大の鍵である。
    キーワードの拾い出しと、論理の流れである。
    音楽的な読みから、絵画的な読みへの転換

    「全体的に音楽読み、局部的に絵画読み」から
    「全体的に絵画読み、局部的に音楽読み」へ

    仮想的なテーマを設定しては、
    トライアルを何度も繰り返す。

    これからの時代、人間が生きるとは
    どういうことかというと、
    「生涯、情報の海にひたり、
    1箇の情報体として、
    情報の新陳代謝を続けながら、
    情報的に生きる。」
    ことだ。

    人間の脳は、正常でないものを
    素早く見つけるようにプログラムされている。
    定説でないことに対して強い関心を持つことは、
    人間の柔軟な適応力を養う上で最重要なことである。

  • 立花隆はいったいどういう人なのか、この本を読むまでよく知らなかった。なんだか色んなところに脳とかサルとかインターネットとかの話を書いている人、みたいな印象で。結局、評論家、ジャーナリスト、著述家?ということはわかった。東大の教授でもあるらしい。
    博学であることは間違いない。だってすんごい量の本を読んでるんだから。
    この本では序文でどうやったらたくさん本を読めるかについて語り、最後に突然、「捨てる技術」(一時期はやったテーマ)に異議を唱える(というか、ほとんど罵倒)。この部分はなかなか面白かった。書評も、無駄なく、本を選ぶときの参考に即しており、非常に合理的である。読書術は、本をたくさん読む人なら誰しもが無意識にやっていることだろうな、と思った。

    立花隆は情報収集と要約が仕事のような人なんではないかと、この本を読んで思った。自分が興味を持った分野の専門書などあらゆる類の本を読んで、それをうまく体系として確立して人に伝えることができる。読者はそれを読んでその分野がわかった気になる。
    だから私も、わかった気になりたいので立花さんの著作、読みます。

全46件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

評論家、ジャーナリスト、立教大学21世紀社会デザイン研究科特任教授

「2012年 『「こころ」とのつきあい方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

立花隆の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×