下下戦記 (文春文庫 よ 12-1)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (430ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167341022

感想・レビュー・書評

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  • 村人から蔑視され身体は苦痛に苛まれ若さ故のエネルギーを発散する場所も人間関係もなく、ひたすら鬱屈していた水俣病の若者たちに寄り添った作者によるドキュメンタリー。ただただ熊本弁が押し寄せる圧倒的な一冊。

  • 本書を読んでまず感じたのは、私たちが現在、そしてこれからも本当の「幸せ」って何だろうと考えるときに、きっとここに登場してきた水俣病の若衆患者たちが発したむき出しの言葉に耳を傾けることは「幸せ」に一つの回答を与える事になるだとうということだ。そして著者が語ろうとした聖俗入り混じった赤裸々な水俣の姿を考えるにつけ、その意味はさらに倍加する。
    水俣地区や病の人々のむき出しの言葉や何が聖と俗なのか?
    それはまだ水俣病と明らかにされず、チッソが垂れ流す水銀汚染が明らかにされていなかった時代にさかのぼる。水銀で汚染された魚を食べたことによって手足の震えや硬直を発症した患者たちは、「奇病」、「伝染病」と言われた。車いす生活や家での寝たきり生活を余儀なくされた患者の存在そのものが、地域や人々から消されていった。自分の家で原因不明の「奇病」を発症した患者がいたら、隔離させられたり自死した人々も相次いだという。
    そのため水俣病患者たちが、病院や学校、日常生活の一切を送るために地域に出る事さえ人目を避ける道、「患者道」が作られたという。表通りを歩けば「奇病人」が来たとシャッターを閉められたり、お金を手で受け取らずに柄杓で返すなどした行為そのものとして現れたからだ。
    先天性の障がいを発症した患者たちが、学校の生徒や先生、地域住民からさげすまされた結果、見えない存在を自ら選ぶという切なさ、孤独と怒り、そこから生まれた世界や言語を私は想像さえもできなかった。むしろ、無いものとして考えていたことだったのかもしれない。
    大人患者たちが補償金を求めれば「普通の生活がしたいだけだ」と主張する先天性障がいにおかされた若衆たちの主張は「運動のためにならない」と相手にさえならなかったのだ。これでは、地域住民たちが患者を抹殺されていったという差別性と同じことが患者たちの間でも行われていたということではないだろうか。住民たち患者たちをさげすんだ結果、たった一人ぼっちで考えた言語感覚から絞り出される「水俣病患者弁」。
    「若衆宿(水俣病患者たちの若者たちが自立した生活をしていこうと建てられた家)」に登場するのその言葉の中に、人々と違う響きやどことなく辛く、切なく私たちの胸に刺々しく突き刺さる。
    その言葉は、はたして最終的にチッソに届いたのだろうか?まだ水俣病の関連の本は読んではいないが気になる。頂点に水俣地域の雇用や生活そのものを奪う権力を持つチッソがあり、地域が患者を抹殺し、患者の若衆たちの主張を大人の患者団体が「政治的」に抹殺する。
    同時に、水俣病患者ではなくとも私たちが今生活する地域で障がいをもった人たちと実際に遭遇することもある。では、翻って、私たちが聞こえの良い障がい者たちとの「共生」なる言葉を素通りする前に、どれだけの障がい者たちと私たちとは関わろうとしているのか。当たり前のようだが、当たり前ではない。障がい者たちが「見えない」存在として私たちが過ごすということは、私たちも実は障がい者以上に「見えない」存在として日常を送っていないか良く考えなくてはならないのではないか?排除されていく人を生み出すことは、自分さえもやがては圧殺されて、本当の現実さえも見えないまま終わっていくことにならないか?本書を通じて「患者道」を作らせない、私たちの想像力と優しさが現在の私たちが感じる「幸せ」に通じる何かなのだと思う。その「何か」を恐らくこれからも求めて、本を読み、旅に出るのだろう。

  • 1980年頃に事後経過として刊行された水俣病ルポ。
    熊本弁が脳内再生しないかたは、ほとんど途中で投げ出すと思います。
    公害認定されるまでは「奇病」「伝染する」と忌み嫌い、認定後は「賠償金成金」と陰口を叩きながら大金めあてに擦り寄る人びとを、当事者の発言として醜悪に記録しています。
    気の滅入る下世話な話がたくさん出てきます。
    青春グラフティ、などと持ち上げる向きもあるようですが、そんな甘酸っぱい読後感など感じませんでした。

    田舎者の俗物根性を見下ろし目線で嘲笑いかたなら。

  • ¥105

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1945年山形県生まれ。
早稲田大学中退。
著書『下下戦記』(大宅壮一ノンフィクション賞受賞、文春文庫)『王道楽土の戦争』
(戦前・戦中篇、戦後60年篇、NHKブックス)『新宗教の精神構造』(角川書店)
『宮澤賢治殺人事件』(文春文庫)『増補新版 ひめゆり忠臣蔵』(太田出版)
『そして、憲法九条は』(姜尚中との共著、晶文社)

「2008年 『資本主義はどこまで暴走するのか 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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