収容所から来た遺書 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (1992年6月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784167342036

作品紹介・あらすじ

戦後十二年目にシベリア帰還者から遺族に届いた六通の遺書。その背後に驚くべき事実が隠されていた! 大宅賞と講談社ノンフィクション賞のダブル受賞に輝いた感動の書。(吉岡忍)

みんなの感想まとめ

シベリア抑留という過酷な環境で生き抜いた日本人捕虜たちの物語が、主人公の遺書を通じて描かれています。著者は、極寒の地で命を落とした山本幡男氏の生涯を中心に、彼が残した遺書がどのように家族のもとに届けら...

感想・レビュー・書評

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  •  本書が原作の映画『ラーゲリより愛を込めて』が昨年末公開され、映画ノベライズも刊行されました。私は未鑑賞・未読ですが、「ここはやはり原作を」と思い、本書を手にしました。
     単行本は1989年刊です。まず本書の目次の次ページにある、見開きの「旧ソ連領内抑留日本人収容所分布図」を見て驚きを隠せません。広大な土地に記された夥しい数の収容所。そこに60万人が俘虜となった‥。唖然とします。

     物語では、戦争が産んだ悲惨で過酷な収容所生活、仲間との絆、家族への想い等が描かれます。
     読み進めるのが辛く感じるほどの重苦しさです。しかし、私たちはこの事実を知らねばならないでしょう。なぜなら、過去の歴史と多くの犠牲の上に生きているのですから。(偉そうですけど‥)

     しかし本書の肝は、戦争の悲惨さを背景にして、どんなに理不尽でも絶望せず、置かれた状況下で喜びや楽しみを見出し、それを他人へも波及させてしまう精神の強靭さと凄さを持ち合わせた一人の人物の生き様です。この山本幡男さんの存在を広く知らしめ、その崇高さを存分に謳いあげた物語と言えるでしょう。
     山本さんの、(個人の遺書を超越し)亡き収容所の仲間を代表した、祖国日本人宛の願いに通じる遺書を、仲間が分担し「記憶」の形で届けるという、奇跡的な帰還を果たした事実に、涙します。
     感動などという、ありふれた薄っぺらい言葉では伝えられないほどの深い感銘を覚えました。

     戦争、極寒、飢え等のマイナスイメージから敬遠されそうですが、若い世代の皆さんにほど、おすすめしたい一冊だと思います。
     ロシアのウクライナ侵攻からまもなく1年になります。一日も早い終結を願うばかりです。

  • 第二次世界大戦の敗戦のあと、シベリア各地の収容所で12年もの長い年月を送らねばならなかった日本人捕虜たちの群像を、主人公である山本幡男氏の生涯を描いたノンフィクション。

    著者によると、シベリアに抑留された日本人捕虜は60万人。収容所の数は1200ヶ所。酷寒と飢えと重労働のせいで亡くなったのは70000人超。

    山本が書き残した遺書を記憶し、日本に持ち帰って遺族に渡そうとした元捕虜たちの物語である。

    本書を通じて戦争について、また人間としての壮大な思想や友情、あらゆる事を考えさせられる作品でした。

    • aoi-soraさん
      TOMさん、こんばんは

      昨年末に映画「ラーゲリより愛を込めて」を鑑賞後、この本を買って帰りました。
      感情の高ぶりが落ち着いてから読もう。
      ...
      TOMさん、こんばんは

      昨年末に映画「ラーゲリより愛を込めて」を鑑賞後、この本を買って帰りました。
      感情の高ぶりが落ち着いてから読もう。
      と大切に積んでおいて、まだ未読です(^_^;)
      捕虜60万人って、すごい数ですね。

      早く読もっ(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)
      2023/03/21
    • TOMさん
      aoi-soraさん
      コメントありがとうございます♪

      私はまだこの映画を観てないんですよ。
      過酷で酷寒な地での収容所生活がどう描かれている...
      aoi-soraさん
      コメントありがとうございます♪

      私はまだこの映画を観てないんですよ。
      過酷で酷寒な地での収容所生活がどう描かれているのか、ただ本を読んで、この先にある希望や絆、そして愛情がとても深く感じられる作品に仕上がってるんじゃないかなって想像しちゃいます。

      早く観てみたいですっ!!!
      2023/03/21
    • aoi-soraさん
      映画、とっても良かったですよ。
      でも私は、たいした予備知識もなく観たのでめちゃくちゃ感動しましたが、原作を知っているとどうなのかは分かりませ...
      映画、とっても良かったですよ。
      でも私は、たいした予備知識もなく観たのでめちゃくちゃ感動しましたが、原作を知っているとどうなのかは分かりません(^.^;

      そうそう、以前TOMさんに教えて頂いた「螢草」を借りてるんです。
      いま読んでる本を終えたら次に読む予定♪
      2023/03/21
  • 良作の一冊。

    シベリア抑留という理不尽かつ過酷な日々を描き、命を落とした一人の日本人、山本が死の間際に渾身の思いでしたためた遺書が心を力強く打つ物語。

    この時代、極寒の地でいつか祖国の大地を踏むために俳句を通じて希望という灯を灯し続けた日本人の底力に、仲間の力に、優しさに心揺さぶられてやまない。

    手紙一通がどれだけの生きる希望になりその手紙にどれだけの防御が必要だったか、平和ボケの自分をまた思い知った。

    "言葉の旅"、仲間、犬との絆まで…人は常に支え合いつつ生きていることを痛感した11年間の"時"が心に残る良作。

  • 第二次大戦終戦後、俘虜(捕虜)として、収容所で強制労働を強いられた日本人達を描くノンフィクション小説。登場するご本人たちへの取材を行い、書かれた本だ。

    戦争を知らない、ましてや捕虜になどなったことがない。
    私は、この物語を通じて何を想うか。
    語ることなど決して出来ようもない。
    今はこの本から、知ることだけで精一杯だ。

    山本さんの放つ生命力。国へ帰ることを決して諦めず、囚われの身ながらも前向きに生きた男だ。
    最後に彼は、病のために生きて日本へ帰ることが、叶わないことを悟り、家族へ遺書を残す。

    厳しい検閲を潜るために、遺書は複数の有志に託され、記憶として日本へ持ち帰られる。山本さんを慕った男達は、山本さんの妻モミジさんに、各々の方法で遺書を送る。こうして戦争の時代から、新しい時代へと一歩踏み出していった。

    読了。

    • nejidonさん
      ツカチヨさん、こんばんは(^^♪
      コメント欄でははじめまして。
      いつもお読みいただいてありがとうございます。
      これは、良い本ですよね。...
      ツカチヨさん、こんばんは(^^♪
      コメント欄でははじめまして。
      いつもお読みいただいてありがとうございます。
      これは、良い本ですよね。
      何度読んでも泣けてしまいます。特に必死で遺書を書く場面。すごい精神力です。
      私が読んだのはずいぶん前ですが、これを紹介したくてブクログを始めたようなものです。
      レビューを見て、つい嬉しくてコメントしました。失礼しました。
      2020/09/03
    • ツカチヨさん
      コメントありがとうございます。

      戦後の省略された記憶であり、目を逸らしてきた現実だったのかもしれません。
      日本の終戦が、彼らの終戦では無か...
      コメントありがとうございます。

      戦後の省略された記憶であり、目を逸らしてきた現実だったのかもしれません。
      日本の終戦が、彼らの終戦では無かったのでしょう。
      敗戦がもたらした一つの事実を知ることは意義がありました。

      2020/09/03
  •  シベリア抑留中に亡くなった男の遺書はある方法をによって厳しいソ連の監視網を潜って家族のもとに届けられた、真実の物語。

     映画「ラーゲリより愛を込めて」を観てとても良かったので、原作を手にしてみました。

     映画との違いに初めは戸惑いましたが、事実に迫る描写に捕虜生活の過酷さを読み取ることができました。

     そして、俳句という日本の文化がこの捕虜生活の中でとても重要な救いであったことも強く伝わってきました。

     家族のもとに届けられた遺書が全文残っており、涙なしでは読めない内容でした。

     これらのことから、俳句をはじめ、日本語の表現や文化がこの過酷な捕虜生活を支えていたのではないかと感じました。

     日本語という言葉の力の素晴らしさを再認識することができたと思います。

  • 歌人でもあり、ノンフィクション作家でもある辺見じゅんさんは、角川書店の創設者・角川源義の娘さんです。
    この『収容所から来た遺書』で、89年に講談社ノンフィクション賞、翌90年には大宅壮一ノンフィクション賞とを、ダブルで受賞しています。

    『収容所』というと、囚人や捕虜を強制的に入れる施設のこと。
    『遺書』とは、死後のことを考えて書いた手紙や文書。
    さて、どんなひとがどんな経緯でどんな遺書を書いたのでしょう?

    その前に、この実話の背景を、簡単におさらいしてみます。

    終戦前、もう戦争はやめるとロシアに伝え、やめる際の仲介役を頼んでいました。
    日本が戦争をやめるのを、ロシアは予め知っていたのです。
    その頃ロシアは他の国と、日本の領土のどこをぶんどるか、相談をしていました。

    しかし、米国のルーズベルト大統領が急死して、千島列島と北海道を半分もらう約束がご破算になりそうでした。
    後任の米国大統領・トルーマンが、千島列島も北海道もロシアには与えないと言ったからです。

    そこでロシアは、「日ソ中立条約」をかわしていたにもかかわらず、また終戦となるのを知っていたにもかかわらず、8月9日突然宣戦布告をして満州に突入したのです。

    その後のことは、戦争ですからここで書くのもおぞましいほどです。
    満州や朝鮮にいた多くの日本人が虐殺され、女性たちは犯され、赤ん坊までが殺されました。
    中国にいた日本人も、同じような運命をたどりました。

    このことは、あまり日本国内では語られることがありません。
    わたしはたまたま学生のときに、同級生の祖父にあたる方から聞きました。
    その方はシベリア抑留から帰還された方でした。

    その後、およそ50万人とも60万人とも言われる日本人が、捕虜としてシベリアに送られたのです。
    すでに武装も解除し夏服のままでした。
    酷寒の地へ連行され、極度の飢餓と強制労働のなかで亡くなったひとの数は、ヒロシマで亡くなったひとの数とほぼ同じだそうです。

    そのとき、満州鉄道で働いていた『山本幡男(1908~1954)』という人物も、収容されていました。
    この本で言う「遺書」とは、山本幡男氏が日本にいる家族に宛てて書いたものです。

    しかし、その届き方が尋常ではありませんでした。
    山本幡男氏が亡くなったのは昭和29年8月25日。
    ハバロフスクの強制収容所です。
    一通目の遺書が日本の家族のもとに届いたのは、昭和32年1月半ば。それも、彼の書いた文字ではありませんでした。
    そして、最後になる七通目の遺書が届いたのは、山本幡男氏が世を去ってから33年目にあたる、昭和62年夏のことなのです。
    何故、こういうことが起こったのでしょう。
    それこそが、このノンフィクションの示すところです。

    一片のパンさえも奪い合う過酷な条件のなかで、多くのひとは心身ともに虚脱状態になっていく。
    しかしそれに屈しなかったひともいたのです。それが山本氏でした。
    「生きて、必ずみんなで帰国しよう。その日まで、美しい日本語を忘れないように。」そうみんなを励まし続け、道具など何一つ無くても出来る「句会」を、収容所内で開き続けたのです。

    文字など見つかったら即没収。
    スパイの嫌疑がかけられ厳しい懲罰を受けます。
    最初は地面に書いて、読んだら消すという繰り返し。
    集会を開くことも難しいなか、何度か解散の憂き目にも遭い、それでも人数は増えていったのです。
    それはひとえに山本幡男氏の人柄によるものでした。

    何気なく見ているもののひとつひとつが季節の言葉になると教える彼は、収容所のひとたちに新しい息吹を与えたのです。

    望みは叶うことなく、彼は収容所内で死の床につきます。
    そして、ノートにして15ページにもおよぶ遺書を書きました。
    しかし、収容所からメモなど持ち出すことは出来ない。
    彼を慕うひとたちは、それを驚くべき方法で日本国内に持ち込んだのです。
    実に4,500文字にもなるその遺書を、彼らはしっかり暗記したのです。何通にもなったのは、もしもの場合を考えて分担したからでした。

    そして、住所さえも分からなかったのに探し当てて、山本幡男氏の遺族の元にすべて届けられたのです。

    帰国の日を待ちわびながら亡くなった多くのひとたち。
    その棺には、名前を書くことさえ許されませんでした。
    しかし、山本幡男氏の詩や俳句、短歌や文章の大半は、友人たちの記憶によって復元され、また辺見じゅんさんの丹念な取材で本になっているのです。まるで奇跡のような一冊です。

    たとえどんな過酷な状況にあっても、人間らしく生きることが出来る。
    わたしはそのことを、たとえようもなく美しいと思うのです。

    抑制された静かな文章は、時間軸にそって淡々と進みます。
    収容所内の悲惨な有様は、ときに目を疑いたくなるほどです。
    そして、終盤は涙なしでは読めません。

    北海道が日本の領土として残ったのは、米国がロシアに対して、捕虜を連れて行く代わりに北海道は残すようにと言ったからだそうです。
    すると、今の北海道があるのは、こんなに多くの犠牲のうえなのですね。

    • nejidonさん
      お読みいただいた皆様へ

      長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。
      ブログ記事を貼り付けたもので、文章も長さも当時のままです。...
      お読みいただいた皆様へ

      長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。
      ブログ記事を貼り付けたもので、文章も長さも当時のままです。
      学生時代にこの本に出会ってから、ただこの一冊を紹介する機会が来ることだけを願っていました。
      ブログと、そしてこのブクログでレビューを載せることが出来て非常に喜んでおります。
      どうかひとりでも多くの方に本書を手に取っていただけますように。
      2020/08/05
  • 二宮和也 主演の映画『ラーゲリより愛を込めて』の原作本。
    高校生ぐらいの課題図書にしてほしいぐらい、とにかく今だからこそ読んでほしいノンフィクション。

    日本敗戦後のロシアにある収容所での12年間を語るノンフィクション作品。
    明晰な頭脳を持ち、収容所に入られた捕虜たちに慕われた山本幡男さんを中心に語られる。
    まさに『能ある鷹は爪を隠す』がピッタリな人です。
    ロシア語が堪能で収容所でも通訳をしていた程の人が、スパイと見なされ理不尽な対応を受ける。
    捕虜となった人々も様々な理不尽に遭い、過酷な労働をさせられる中、帰国の日を夢見て生き延びる日々。
    自然環境も生活環境も過酷な中で日本へ帰還できる望みを決して捨てず、自身の持つ教養を活用して人々の心を救う姿に胸を打たれます。

    やがて山本さんはガンを患い、日本への帰還を待たずに、この世を去ってしまう。
    その前に書かれた遺書を、どうやって遺族に届けるか。
    書面に残せば没収され、スパイ行為とされ監獄送り。
    そんな厳しく理不尽な環境で、人々は自身たちの記憶を頼りに遺族へ伝えることを考える。
    何年かかるか分からないし、自分たちか生きて帰国できるかも分からないのに。。
    結果、捕虜とされていた人々は日本へ帰還。
    遺書は山本さんの遺族に届けられ、最長で33年かかって届けられた書面もあったそうです。

    遺書を記憶する人も選抜しないといけないところが、また辛い。。
    遺書の存在がバレて、ロシア側にスパイ行為として密告される可能性もある。
    覚書ですら、見つかれば没収・監獄へ。
    まさに人が人を信じたからこそ起こった奇跡だと思います。

    そして、その遺書は山本さんのお母さん・奥様・子供たちへと宛てられているのですが、子供たちへ宛てた部分は未来の日本人への願いだと感じました。
    また、山本さんの行動からは教養の大切さを学びました。
    自身の持つ教養を共有すること(句会を主催していた)で人々の心の慰めになり、人々の心を動かした。
    柔軟さもありながら自分をしっかり持つ強さも見習いたい。

    この本に携わった全ての方々へ、しきれない程の感謝を。

  • 以前、私の周りにはキャラの濃い友人が多いと書きましたが、その中の1人に本人は読書をあまりしないのに何故か私の読書事情を把握したがる女性がいます。
    そんな彼女に「そろそろ部屋で軍歌を流し出しそうやな、そうなったら絶対に遊びに行かへんから言ってよ。」と、あらぬ疑いを掛けられましたので暫く第二次世界大戦関連の本から離れようと思っていたのに、気付けばまた手を出してしまいました。

    もういっそ大音量で『日の丸行進曲』でも流してやろうかと思う私ですが、本作は敗戦後にソ連軍に捕われ、極寒と飢餓と重労働で有名なシベリア抑留をされていた山本氏と、山本氏と関わった仲間達のお話です。(嫌な知名度ですけれど)

    タイトルでお分かりのように山本氏は残念ながら抑留中に病死をされてしまうのですが、6通の遺書を仲間達があの手この手を使って(この方法が本当に凄い…。こっちまで冷や冷やしました)厳しいソ連監視網をかい潜って持ち出し、遺族の元へ。
    遺書すら持ち出させない徹底ぶりにやりかねないなと得心しつつも少し苛立ちましたが…。
    これがノンフィクションだと言うのですから、畏敬の念が溢れるあまり敬礼しそうになりました。
    本当に凄い。そして仲間をここまで駆り立てる山本さんのお人柄…。

    いつも明るく前向きに、41歳の山本さんが「まだまだ若いから未来がある」と生きる希望も体力も失いかけている同胞に勇気を見せ、スポーツ大会では実況で皆を笑わせ、俳句の回を催して皆を癒し…

    これはフランクル著の『夜と霧』日本人バージョンだと感動しました。
    人種が違えど、どんな時でも希望を失わず周りの同胞を慮り愛情を忘れずに接する。
    私に同じ事が出来るとは到底思えません。

    最近あまりにも本に泣かされるので、今回は泣くもんか!と耐えていたのですが、祖国に戻って瀬戸内海を見つめ、同胞であった野本さんが山本さんを想って彼に教わった詩を涙ながらに詠む場面で「もう知るかぁー!!悲しいもんは悲しいんやー!!」と軍歌の流れていない部屋で涙腺ダムを崩壊させました。

    遺書が遺族の方に届いたのは山本さんが抑留されてから12年後。戦後もご家族の戦いは続いていたんですね。今後の長い人生において挫けそうになった時や人道を外れそうになった時は(そうならない事を切に願いますが)本作を思い出し、戦って下さったご先祖さまやご家族の方に恥じぬような生き方をしようと心に決めました。
    手始めに私をおかしな目で見る友人達を笑って許そうと思います。(人間が小さすぎる)

    最後に、山本さんの詠んだ句では無いのですが、句会で仲間の方が詠んだ詩があまりにも美しかったので置かせて頂きます。

    『祖国近し 手にゆく雪の すぐ溶けて』

  • 最後まで帰国の希望を捨てなかった、山本幡男。
    山本を軸とした強制収容所の人々の生活と、その遺書が届けられるまでのノンフィクション。

    第21回大宅賞、第11回講談社本田靖春ノンフィクション賞受賞作。

    シベリア抑留の酷も描かれるが、そのものよりも、メインは山本を中心とした人間関係の方。

    あきらめモードの白樺派などが現れる中、帰国への希望を持ち、句会や夜学など、生活の中に楽しみや生きがいを見つけ、精神的な交流を図っていく。

    この状況下でなお、人として生きようとしてた姿に、胸打たれる。

    日本語のメモが見つかったら、厳しい懲罰が待っている状況で、遺書や俳句など、山本の言葉を残し、覚え、遺族の元へと届けようとする。
    並大抵の覚悟ではできないことで、遺書にまつわる部分は泣けた。

    日本文学振興会の大宅賞受賞者一覧を見ていたら、『収容所から来た遺書』の出版社が「ラーゲリ」。
    文藝春秋ではなくラーゲリの版があるのか、と気になった。

  • 大宅賞と講談社ノンフィクション賞のダブル受賞作品。
    題名から、文書で届いた遺書に基づく作品かと思っていた。
    しかし、強制収容所から出るときには、紙類など記録媒体は持ち出せず、何と抑留されていた仲間たちが頭の中に記憶し、あるいは小片に折りたたみ肌着に縫い付け、日本に帰ってから一字一句を文章化して遺族に届けたという。
    彼らの巧まざる努力と知性に、驚嘆するばかり。
    その遺書とは、ダモイ(帰国)情報で彼らを励まし、収容所生活に少しでも潤いをと俳句を主宰した山本幡夫のもの。
    その彼自身が病に倒れ、帰国を果たせなかったとは。
    著者による、帰国した人びとに対する綿密な取材が、リアリティに満ちた感動の傑作となっている。
    遺書を託された人物が何度も書き写したという、山本の関心が日本の将来に向いていたという言葉。
    「日本民族こそは将来、東洋、西洋の文化を融合する唯一の媒介者、東洋のすぐれたる道義の文化――人道主義を持って世界文化再建に寄与し得る唯一の民族である。この歴史的使命を忘れてはならぬ」
    些か誇大的ではあるが、傾聴に値する言葉と言っていい。
    重苦しい話が続く中、収容所に紛れ込み、彼らに懐いて、帰国の船を追って海に飛び込んだ犬のクロを救い上げたという逸話には、ホッとさせられる。

  • 極寒のシベリアに抑留された日本軍兵士達のノンフィクション小説です。
    数十万人が捕虜にされ、11年もの長い間強制労働させられたという事実を忘れてはならないと思います。
    映画「ラーゲリより愛を込めて」を観ることをお薦めします。映画では小説の半分も伝わらないかもしれませんが、良い映画だと思います。

  • 映画の公開と同時にネットに掲載されたコラムに書いてあったので、読んでみたかった作品。
    映画を観て、その足で本屋へ。
    もっとルポタージュっぽい作品なのかと思っていたが、文章が小説のような感じで描かれているので、すごく読みやすかった。
    第二次世界大戦後、満州に残された男性たちは捕虜となり、旧ソ連に連行された。
    その中に元満州鉄道の職員だった山本幡男と言う人物がいた。
    ロシア語が堪能で、ロシア人との通訳も勤めた山本だが、人柄が良く、重労働や極寒の中で疲弊していく捕虜たちを励まし、どんな状況でも「ダモイ」を諦めなかった。
    しかし、元々身体が弱かった山本は「ダモイ」を前に癌で亡くなってしまう。
    手紙を始め、文章など残せなかった山本の「遺書」を6人の仲間たちが11年越しに、山本の遺族に届けると言う実話。
    正直、「ラーゲリ」と言う言葉を映画になったことで知ったし、たくさんの戦争関係の書物を読んで来たと思っていたが、旧ソ連の捕虜の方の話は無知であったことを恥じた。
    山本は決して派手に何かをした人物ではない。
    しかし、仲間たちがそれぞれ家族の元へ「遺書」を届けようと思うほどなのだから、きっと描き切れない優しさに溢れた人であったのだろうと想像するしかない。
    元々の映画の原作である今作。
    今作では「遺書」を届けるのは6人であるが、映画では登場人物を集約する為、4人となっている。
    映画に登場する4人は架空の人物と言うことで、それぞれの登場人物のエピソードを組み合わせているとのこと。
    どのエピソードが誰の物語になったか、考えながら読むとなかなか興味深かった。

  • なんていう話や。唸った。
    主人公が帰国した世界も見てみたかった。平和とは当たり前ではないと痛感する。

    もうすぐ映画も上映されるということでそれも楽しみ。

  • 映画のpvで興味を持ち、映画は公開終了後だったので、原作を読んでみました。戦後、シベリアに捕らわれた俘虜の実情は想像もできないほど非情で、そのような世界が現実に存在していたことに驚きました。そんな耐え難く未来の見えない日々の中で、希望を持ち続けて、他人のために行動を起こし、支い支え合っていく登場人物達の想いに感動しました。本を読んだ後、もう一度映画のpvを見たら涙ぽろりでした。映画見たかったです。

  • 映画 ラーゲリより愛を込めて を見て、大きな衝撃を受け、原作を買って読んでみた。
    実際の厳しさと共に、絶望の中でも日々と文化、ユーモアを大切にして、希望を失わなかった山本幡男と仲間たちの姿が、人間が立ち上がってくる。

    聖人君主の物語ではなく、凡夫のままに生きる人間の勁さに圧倒される。

    やっぱり、戦争はいかんという思いと、
    人間の勁くいきる力への憧れと、
    知性に裏付けられたユーモアへの信頼と、
    長屋の隠居が理想ですという山本への共感と、
    家族へ伝えようという友たちへの称賛と、
    色々な思いが渦巻いている。

    されど、その一方で、
    アクチブに熱狂するもの、ソ連兵の走狗となるもの、軍の秩序にあぐらをかき続ける者、仲間を売るもの、絶望して死にいくもの、もいるという事実も突きつけられる。
    それもまた、人間の姿であることを知る。

    自分もああいう環境に置かれたら、後者のような反応をしてしまうだろう。

    だからこそ、人間とは何かということを、もっとよく知りたいと思う。そのために、山本のいう、人道主義や、『最後に勝つのは道義だぞ』という言葉をもっと掘り下げて理解していきたい。
    持ち帰られなかった、山本の『平民の書』が読みたかったと思う。

    私の母方の爺様がシベリア抑留者だったので、興味を持って読んでみたが、本当に凄い人達がいたことをしった。
    これから、
    もっとシベリア抑留について調べてみたい。
    夜と霧も読んでみたい。
    こういうことをしながら、少しでも山本のいう人道とはなんなのか、考えて行きたいと思う。



  • シベリア抑留に関わるノンフィクションの傑作。

    この本を読んで驚き、勇気づけられたことがある。
    それは、文学、芸術が持つ底力だ。

    今まで自分は、文学や芸術は、人間にとって、余暇、余剰を楽しむものとしての役割が中心と考えていた。
    しかし、この本を読んでその考えを改めた。人間の尊厳(自らを信じ、生きていける事、他人を信じる事)が崩壊しそうな時に、文学がその尊厳を回復することをできる。非常に重要な役割を果たせる。

    東日本大震災の際も、芸術に関わる方々が「自分たちは、このような大きな危機の状況に無力である」とショックを受けた発言を多々していた記憶がある。
    その中で復興地に行き、芸術家が、例えば演奏すること、話をしにいくこと、映画をとることなど、現地の人たちと交流することで、現地の人々の心の支えになることができるということを感じていた。この本に描かれる話も方向性は同じ。そして、もっと深く、究極に切実な役割を文学(芸術)が果たしている。

    シベリア抑留、収容所への収監。その期間は敗戦後12年間にも及んだ。日本では「もはや戦後ではない」と言われ、復興が進む中、シベリアに留めおかれた方々の壮絶な状況に絶句する。
    物理的にも精神的にも過酷な環境。現代からは想像すらできない戦争が続いているような異常な環境が続いている。

    シベリアの生活は、未来も見えなく、いつ死ぬかわからないような過酷な労働、常に栄養失調の中、人権も無視され、日本人内でも密告等でお互いを信頼することができない。

    そのような極限状態の中、主人公は隠れて、俳句会を作り、収容所内の希望を生み出していく。
    ソビエトから抑圧され精神的にも極限に追い込まれる中、俳句を媒介にして、自分たちのアイデンティティを確立する。(自分だけではなく、「自分たち」という連帯感、共同意識までもてる)

    俳句、または短歌は、日本人の生活の中に息づき、長い年月(その時代ごとの過酷な状況)に耐えて、生き残っている。それは単なる芸術ではなく、「=生きる」事だからなのだと思う。

    俳句の力は、
    自分の感じたこと、状況を様々な視点で見れることであり、自分の属す世界への対し方が広がること。
    少ない文字の中、行間を想像することで、自分の感じていること、他人の感じていることを、想像し理解できるということ。
    であり、過酷な人生において、生きていくことにポジティブな意識を持ち、自己肯定するために役立つ。

    俳句の力を最大限に発揮し、生きる希望にまで昇華できたのは、主人公「山本幡男」によるところが大きい。
    山本は、どんなに過酷な状況であっても、ダモイ(帰国)を信じ続けたし、日本に帰って家族と再会することを信じていた。もともと楽観的な性格というのもあるが、信念があること、人間を信じるということができていた。
    だからこそ、俳句を使って、周りの人間を理解できるように、未来を信じられるように、できていったのだろう。

    抑留当時のソ連からの扱い、今から想像もできないような状況であり、家族が無事かもわからずに、必死に離ればなれで生き続けないといけない。生半可な苦労ではない。
    ようやくやりとりできた手紙もソ連の検閲に合うため、正直に書けないことも多い。制限のある状況であっても、交流手段は間接的な文章での交流にならざるを得ない。
    遺書は、最後の魂の交流として書かれたものであるからこそ、その無念さと、本当に伝えたかったこと、未来のある家族への、想いの深さに感動をする。

    人間が、大きな社会のうねりに、政治に翻弄され、戦争の犠牲になること。人間の集団性の恐ろしさ。
    一人の命がいかにちっぽけで、儚いか。
    その中で、希望をもち、人、未来を信じることの、輝き

    この本は、そのことをドラマチックにあおるのでもなく、主人公に寄り添うように、誠実に描きだしていく。

    • nejidonさん
      deroderohさん、こんにちは(^^♪
      興味グラフにこの本のレビューが載り、すぐに読みにまいりました。
      力強い、素晴らしいレビューで...
      deroderohさん、こんにちは(^^♪
      興味グラフにこの本のレビューが載り、すぐに読みにまいりました。
      力強い、素晴らしいレビューです。
      この本を読んで心を動かされないひとはおそらく皆無でしょう。
      私が読んだのは相当前ですが、自分の人生にとって本当に貴重な一冊です。
      綿密な取材を重ねた辺見さんはとうに亡くなられていますが、すべての日本人にとって必読かと私は考えています。

      山本幡男さんは帰国の夢を果たせずに亡くなったのですが、その遺志を引き継いだ仲間たちの熱い心根には胸を打たれますよね。
      誰もが山本さんのようになれるわけではない。
      でも、学ぶということはどういうことか、この本を読むたびに考えさせられます。
      久々に感動を思い出すレビュー、ありがとうございました。
      何度でも読み返したい一冊ですね。
      2018/04/01
    • deroderohさん
      nejidonさん
      コメントありがとうございます。
      レビューに書けたことは本当に一部分でしかないような、様々な思いが交錯する、非常に深み...
      nejidonさん
      コメントありがとうございます。
      レビューに書けたことは本当に一部分でしかないような、様々な思いが交錯する、非常に深みがある作品でした
      筆者の辺見さんは透明人間としてその場にいたのではないだろうか、と思うくらい、リアリティのある描写で恐れいりました。
      2018/04/02
  • 二宮和也主演の映画「ラーゲリより愛をこめて」の原作本です。映画、観ました。
    原作となっている本書はずいぶん以前に書かれたようで、1989年に単行本が出版されている。解説では、1990年代の今、読むべき本とか書かれているけど、もちろん2023年の現在読んでも価値ある本です。
    先に映画を観ているので、ラーゲリの厳しい寒さや、日本人の中にもスパイがいるかもしれないという緊迫感、やせ衰えて死んでいく仲間、懲罰房の恐ろしさなどが読みながら思い出された。映画でも山本が俳句を詠んだり、知的な部分が存分に描かれていたが、本書の中にもたくさん、山本やその仲間が収容所で読んだ俳句や詩が出てくるので、よくこんなに覚えている人がいるな、と感心した。多くの人の記憶と証言を集めて、時間をかけて取材して書かれたのだろう。そのことにも感動。
    幼いころ「アンネの日記」を読んで漠然と感じたような感動を、本書にも覚える。人は、どんな厳しい状況にあっても、生きている限り心を失ってはいけない。自分で自分の心を守ることができれば強く生きられる。最後は心なのだと。
    映画でも同じ描き方だと思うが、タイトルでもありメインとなるのは「遺書」なのに、ページのほとんどが収容所での出来事と山本と周囲の人たちとの交流に割かれ、遺書が書かれ始めるのはもうページも残り少なくなってからだ。「やっときたか」と思いながら読み進める。そして、遺書を記憶した人々が、ダモイの日を迎え日本の船に乗るシーンは本当に胸が熱くなる。船の中で句会をするなんて映画にはなかった気がするな。いい場面だと思いました。
    クロも本当にいたんだな。
    読んで良かったです。

  • 第二次大戦が終わった後、ソ連・シベリアの収容所(ラーゲリ)に抑留された日本人は、約60万人とされている。その内の7万人の方々が、抑留中に、彼の地で亡くなられている。日ソ間に国交が成立し、抑留者の最後の方々が帰国し、舞鶴港に到着されたのは、1956年の12月のこと。1945年の敗戦から11年が経過し、この年の経済白書は、高度成長期の始まりを迎えた日本を、「もはや戦後ではない」と高らかに謳った。
    抑留者の中に、抑留中の1954年8月に病気で亡くなられた、山本幡男さんという方がおられた。山本さんは、抑留者の中での人望も篤い人物であったが、無念にも、帰国が叶う前にラーゲリで亡くなることになられた。もう長くは保たないと悟った仲間から、遺書を書くことを勧められた山本さんは、末期の癌の苦しみの中、奥様、母親、子供たち、そして山本家全体に対して、の4通の遺書を一晩で書き上げる。
    収容所内では、日本語の書き物は禁止されている。遺書は、見つかると有無を言わさず没収されるため、収容所の仲間が暗記をする。そして、暗記された遺書は、無事にご家族のもとに届けられた。

    収容所は、酷寒、過酷な労働、栄養不足、といった過酷な環境下にある。
    そのような過酷な環境の中ですら、人間らしく生きた山本さんの生き方に勇気をもらえる。希望を失わず、前向きに、かつ、他者への配慮と思いやりと優しさを持ち続けることが、どれほどのことか、と畏敬の念を覚える。
    そんな山本さんの遺書を、暗記し、実際にご家族のもとに届ける、仲間の友情にも胸を打たれた。

    山本さんは、収容所の中で、「アムール句会」という、俳句の会を設立し、自ら、指導をされる。また、ご本人は詩作もされる。
    本文中には、収容所で編まれた、俳句や詩が多く紹介される。俳句や詩を創ることが、こういった過酷な条件下で、創り手にどれだけの人間らしさを与えられるものか、また、過酷な条件下で、短字数の作品が、どれだけ、研ぎ澄まされたものになるのか、ということについても、改めて教えられた。

    • nejidonさん
      sagami246さん、おはようございます。
      登録されてすぐ「いいね」をクリックしたのですが、これ以上のノンフィクションには
      いまだに出...
      sagami246さん、おはようございます。
      登録されてすぐ「いいね」をクリックしたのですが、これ以上のノンフィクションには
      いまだに出会えません。
      山本さんだけでなく、あの頃の全ての日本人に捧げる話ですね。
      辺見さんはとうに亡くなられましたが、この本の中に精神が息づいていると思います。
      レビュー、ありがとうございました。
      2020/08/04
    • sagami246さん
      おはようございます。
      最近では一番心に響いた本でした。
      只今、通勤中。
      通勤電車の中で読んでいましたので、涙を堪えるのに苦労しました、という...
      おはようございます。
      最近では一番心に響いた本でした。
      只今、通勤中。
      通勤電車の中で読んでいましたので、涙を堪えるのに苦労しました、というか、少し泣いてしまいました。

      コメントありがとうございました。
      良い一日をお過ごしください。
      2020/08/04
  • 映画『ラーゲリより愛を込めて』の記念展示を東京駅近くの『KITTE』で見て、その週末に映画を見て、原作も読んでみようと思って、今読み終えた。

    どんな逆境にの中でも決して希望を失わなかった山本幡男の生涯。スパイ行為防止の為、文字による記録の所有が一切認められない中で、抑留生活九年目に没した山本の遺言を記憶で持ち帰る為に6名の仲間が分担して長い長い遺書を覚えた、という実話に感動する。

    抑留生活3年目に帰国のためスベルドロフスク収容所からナホトカ港に向けて移動中、途中のハバロフスクで主人公他が列車を降ろされ、別の収容所に移送される際の絶望たるや。

    映画を見た後に知ったのだが、私の妻の祖父は、この時の列車に乗っていたらしく、途中下車させられることなく、無事「永徳丸」で舞鶴港に帰国を果たしている。よくぞ、生きて帰ってきてくれた、とこの本を読んで、改めて思う。

    以下、印象深い詩と短歌



    わが指は
    節くれだちて皺よりて
    老いにけらしな
    若き日は
    品よく伸びて美しく
    垂乳根の母はも
    己(おの)が指に似たりと
    愛で給ひしが
    生業の筆もつ指に
    筆胼胝(ふでだこ)生えし
    ニコチンの沁み入る指は
    黄色く染まり
    この皺に鏝(こて)かけて延す術なし
    この手もて
    親子 姉妹(はらから) 十人の
    生活(たつき)ささえし現世(うつしよ)の
    苦を刻みたる皺なれば
    うたても またいとほしく
    時折は撫でて見つる


    妻と幼子二人が平壌で発疹チフスで死んだことを中学生となった息子からの返信で知ったときの草地宇山の短歌

    母逝くと吾子のつたなき返しぶみ
    読みて握りて耐へてまた読む

  • 想像を絶するほどの過酷な収容所生活の中で、人としての心と希望を失わなかった、山本さん、その他多くの方々に、ただただ尊敬の念しかありません。
    辺見じゅんさんの書籍は初めて読みましたが、丁寧でとても読みやすい文章でした。

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