愉楽の園 (文春文庫 み 3-6)

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 995
感想 : 71
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  • Amazon.co.jp ・本 (443ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167348069

作品紹介・あらすじ

水の都バンコクの運河のほとりで恋におちた男と女。めくるめく陶酔の果てに、ふたりはどこへ連れ去られていくのか。恋愛小説に新しい局面をひらいた、宮本文学円熟の成果。

感想・レビュー・書評

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  • 引き続き読者の師よりお借りした本からの1冊。

    本作の舞台はバンコク。バンコクは1782年、ラーマ1世による遷都以来、タイの政治・経済・教育・文化の中心として、現代では「東南アジアのハブ」と称されるほど先進的な国際都市。その一方、運河を利用した交通、そして仏教文化の厳かな雰囲気の中に、古今の歴史と文化の融合、調和が感じられる。

    そんな先進的な都市としての発展にもかかわらず、実際にそこで生活する一般的な人たちの生活環境はそれほど整っていないような格差イメージを持つ。それはタイ王国の政権的な問題が絡んでいるからかもしれない。

    現在のタイは、ラーマ1世から続くラッタナコーシン王朝。1932年の立憲革命により、王は象徴的な存在として憲法に定められ、中央集権的な絶対王制から立憲君主制へと移行した。また、1939年にはシャム国から「タイ王国」と改称し現在に至っているが、今でもタイの政治は混乱のさなかにある。

    大規模な街頭デモが繰り返され、国際空港すら群衆によって占拠されたこともあった。そして軍事クーデタが2回も起きている。2014年からは軍部による支配が続いており、2019年5月にようやく、民選内閣に変わったことは記憶に新しいが、その内閣も軍部の影響力下にある。
    それ故に、私にとってはあまり画期的な先進している国というイメージがない。

    前置きが長くなったが、本作は今から約40年前の80年代後半の話しで、主人公・藤倉恵子と野口謙が『仏像の背中』の出版の影で起こった事実を追いかける話し。

    恵子は、王家の血を引き、内務省高官のサンスーン・イアムサマーツに見染められ、3年前からタイのサンスーンの別宅で住んでいる。ある日、サンスーンと待ち合わせていたホテルで、恵子は、野口謙、ホテルで働くボーイ・テアンと出会う。
    事の発端は、恵子を隠し撮りしていたアメリカ人・ロバート・ギルビーの残したフィルムに残っていた映像である。

    はじめての著者の作品だったので、これが宮本輝っぽいのか、そうでないのかもわからない。ただ、小説家の文章という正統派的な展開と文体。そして、人間の怠惰な部分、駆け引き、嘘など人間臭いところがたくさん描写されているが(いや、醜い人間臭さを感じずに物語が展開していく)、変な後味はなく、強烈な記憶も残らなかった。
    ただ、本作は40年も前に書かれているのに時代遅れ的な感覚はない。これはタイの政治、経済的な情勢が変わっていないという私の思い込みもあろうが、作者の力量が大きいこともあろう。

    展開は推測できるものであったが、強烈な後味もなかったので、もう少し他の作品も読んでみたくなった。

    最後に、思わぬ別の知識が加わり、お得感があったことを残しておきたい。
    ジェームス・ハリスン・ウィルソン・トンプソン。タイシルクで有名なジム・トンプソン氏は1906年にアメリカ東部のデラウェア州で生まれる。プリンストン大学卒業後、ペンシルバニア大学で建築を専攻し、1930年代にはニューヨークで建築家として活躍。1941年に志願してアメリカ軍に入隊。 その後、現在のアメリカ中央情報局(CIA)の前身、戦略情報局(OSS)に転属。ヨーロッパで任務につき、ドイツ降伏後にアジアに赴任する。戦後は、アメリカ大使館軍事顧問としてバンコク駐在。やがて、仲間とのホテル経営に携わったのち、タイ・シルク・カンパニーを立ち上げる。1967年3月26日にマレーシアの別荘で行方不明となる。
    ジム・トンプソンのタイシルク会社立ち上げから失踪にいたるジム・トンプソン事件なるものがあることをこの作品で知った。

    そして、本作のタイトルである「愉楽の園」はヒエロニームス・ボッシュの描いた「愉楽の園」とは全く関係がなかった。

  • 水の都バンコクの運河のほとりで恋におちた男と女。めくるめく陶酔の果てに、ふたりはどこへ連れ去られていくのか。恋愛小説に新しい局面をひらいた、宮本文学円熟の成果。

  • 愉楽の園(文春文庫)
    著作者:宮本輝
    発行者:文藝春秋
    タイムライン
    http://booklog.jp/timeline/users/collabo39698
    宮本文学の円熟の成果

  • 10数年以上前にバンコクに住んでいた時に読んだ本を今回再びバンコクに滞在中に再読。
    恐らく、本が書かれた時に比べるとバンコクは大きな建物がどんどんと建ち、生活スタイルも大きく変わったと思う。けれどこの本を通して、タイの宗教、歴史、文化からくる普遍的なものを感じることができた。改めて文学の素晴らしさを実感した。

  • 読ませる一冊

    430ページにもわたる分厚い本を、一晩で読ませられてしまった。
    面白い!タイの王家の血を引く自分を愛してくれる男と、何処の馬の骨ともしれぬ、自分を確かに愛してくれるかもわからない男との狭間で揺れに揺れる美女。

    それは、タイの喧噪とうだるような暑さと、独特のスパイスの香りとともに水の都バンコクで繰り広げられるひとつのラブストーリーである。

    人の心と決断の礎のはかなさ

    この作品では、人の心/決心・・・意思決定プロセスが非常に面白く描かれている。

    一つの意思決定=「行動が起こされるにあたっての基礎となるモノ」が、実は非常に心許なく、時としてわき上がるような人いきれに気圧されてなされたり、その土地の媚薬の香りにも似た性欲によってもたらされたり、時としては、自身の考え抜いた結末として為されたりするものである。

    人生の伴侶を決めるという重大な決断が、時として「えっ?」と思えるような要因によってなされてしまう事もあり、それが人間の人間たる所以なのでもある・・・という一つの例を眼前に叩きつけられて、呆然としてしまう。

    感情移入しやすい私は、南国の息苦しくなるような重い湿気のある暑さの中にいつしか迷い込み、官能と喧噪の街角に佇みながら、一人の美しい女性に恋してしまった。

    そして、その女性の二転三転する心理・決断と行動に翻弄される。

    一気に読み終えてしまった。

    宮本輝は[優駿」しか読んだことが無かったが、悪友のすすめて「春の夢」を読み、本作品も読むにいたり、稀代のストーリーテラーなのだと実感。彼に勧められなければ多分一生手に取ることは無かった本だろう。くやしいけど、感謝・・・なのである。

    愉楽の園・・・この本はお薦めである。

    ■ 私の独善的書評はこちら→ http://www.yo4.jp/nikki/cat16/

  • 自分を愛してくれる男に揺れる女心。タイの外国独特の雰囲気に呑まれて何が幸せなのか?

    1年後にこの地球に生まれることが決まっている人間がいたとして、性格も才能も容貌も既に決定しているとしても、どんな国に生まれるかで、その人間の全ては別の形となって表面化するだろう。その場所にその時代に生まれてきてしまったのだから。

    白人社会におけるホモの多くは知能指数が高く、感受性に富んだ理想家で、自意識が強く潔癖で、上昇志向を捨てきれない。

  • もう30年近く前に1年間過ごしたタイ。
    匂いや湿気、喧騒とか一気に蘇ってきて
    息苦しくなる様な小説だった。

  • バンコクを舞台にした作品で、どことなくサヨナライツカに似た雰囲気を感じる。

    バンコクの魔法というフレーズが度々出てくる。
    その度にバンコクの持つ、人をリラックスさせる、言い方を変えると無気力にするあの雰囲気を思い出させる。
    タイの魅力がつまった作品。

    謎めいた人物たちが多く登場する。
    その度に噛み砕いて理解して読み進めたつもりが、
    最後の1Pでなんだかまた恵子の逆転が起きたのか…
    ついて行けなくなってしまった。
    また数年、バンコクに住みたい。

  • タイという国が醸し出すエキゾチックな雰囲気と、愛人のように囲まれているヒロインの状態が絡み合って、文章から濃密な空気を感じた。
    作中に出て来るタイ料理や、運河を行き交う舟など、情景が思い浮かべやすく、すっと作品に入れた。
    文章も読みやすいし、この作者さんの作品としては珍しいちょっとしたミステリー仕立てになっていて、先が気になりあっという間に読了。
    ☆4つつけたいところだったけど、ヒロインの恵子が流されやすいような、フラフラしているかの印象を受けてしまい、どうにも好きになれなかったので☆1つ減らしました。
    自分で決断した筈なのに、最後また揺らいでいるかのような場面で終わったし。
    最後は読者の想像に委ねるかのような形で終わっているので、その後は自分で勝手に想像するしかないけど、この人はどっちに進んでも結局後悔しそうだなと思えてしまいました。

  • 久々の宮本輝、バンコクを思い出したくて読んだ。現実離れした設定もタイの匂いがムンムン、観光で行った所が重要な場面だったりと、当初の目的は達せられた。オリエンタルホテルのスィートからチャオプラヤー川をのんびり眺めていたいなぁ…

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著者プロフィール

1947年兵庫生まれ。追手門学院大学文学部卒。「泥の河」で第13回太宰治賞を受賞し、デビュー。「蛍川」で第78回芥川龍之介賞、「優俊」で吉川英治文学賞を、歴代最年少で受賞する。以後「花の降る午後」「草原の椅子」など、数々の作品を執筆する傍ら、芥川賞の選考委員も務める。2000年には紫綬勲章を受章。

「2018年 『螢川』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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