新装版 春の夢 (文春文庫) (文春文庫 み 3-25)

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 55
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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167348250

感想・レビュー・書評

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  • 宮本輝さんらしい青春小説。昭和の時代の価値観が色濃く出ている。

  •  読書力養成読書、11冊目。

     なんだろう、この、読むにつれて少しずつ少しずつ、じわじわと心に染み込んでくる、コクとうまみ。

     始めはあまり好みじゃないかもと思いながら読んでいたのが、いつの間にか抜け出せなくなっていて、気がつけば懸命に生きる主人公に喝采を送っていた……。こういうのって、もしかしたら、これこそが、優れた文学作品というものなのではないかと思いました。

     主人公の井領哲之は大学留年中。死んだ父が残した借金のために、母と別れて大阪の大東市にあるアパートに住んでいます。この物語は、このアパートで過ごした哲之の1年間を描いています。

     哲之は、やくざの取り立てに怯えながら、恋人陽子との幸せなひとときに安らぎを感じ、多くの人たちとの交流により人生経験を積んでいきます。アルバイト先の、〈梅田にある大きなホテル〉で出会った上司やボーイ・キャプテンの磯貝晃一、ドイツ人のラング夫妻と沢村千代乃、さらには高校時代からの友人中沢雅見など。

     この作品、想像以上に濃く、深かった。そしてけっこうスピリチュアル。要所要所でそう感じさせるのですが、その最たる要素は、部屋の柱に釘づけにされても生きている蜥蜴キンちゃんでしょう。この子が哲之や読者にいろいろなことを考えさせ、本書のタイトルへとつながっていきます。

     人間てこんなにも心が揺らぐものなんだなぁと思うと同時に、自分も確かにこういうときあるなぁと気づきます。でもこれこそが生きている証拠。喜怒哀楽を味わい尽くしてこその人生、人間こうでなくちゃと、哲之を見ている神様が「いいね!」と満足げに笑っているような気がしました。〈キンちゃんも俺も、どいつもこいつも、自分の身の中に地獄と浄土を持ってるんや。そのぎりぎりの紙一重の境界線を、あっちへ踏み外したり、こっちへ踏み外したりして生きてるんや〉

     この小説は、1980年代に書かれ出版されたものなので、哲之がバイト先のホテルで宿泊客からチップとして500円札をもらったり、誰かと連絡を取りたいときは公衆電話を探したりします。でもこの2点以外ではそんなに時代の古さは感じませんでした。

     宮本輝さんの作品を読むのは、数十年前に『ドナウの旅人』を読んで以来だったのですが、今回、改めてもっと他の作品もじっくり読んでみたくなりました。『読書力』の中で目にしなければ、本書は読んでいなかったかもしれません。この出会いに感謝、読んでよかった。

  • 詳しく当時の時代背景を知るわけではないが、自分が生きたわけではないセピア色の日本が書かれているようで、素敵な空気感の作品だった

  • 私の青春に足りなかったのは「陽子」です!

  • 【凡日常】
    小説です。

    たわいもないこと。
    それを描けることですね。

  • 父が借金の整理を付けずに死んでしまった為に、主人公の哲之とその母は借金取りから逃れる為別々に暮らすことに。
    哲之は田舎のアパートに落ち着くのだが、ひょんな事から蜥蜴と共に暮らすことになる。

    彼女陽子への思い
    バイト先でのホテルでのゴタゴタ
    母親の暮らしを心配したり
    借金取りが家に来るのではという恐怖

    そんな哲之の一年間の暮らしが描かれている。

    時代設定が昭和の末期ですので公衆電話を知らない世代に読んで欲しい。

  • 「青春の光と影」という大きなテーマは『青が散る』に通じるものがあるが、『青が散る』では、恋愛や一つのものに打ち込み挫折していく中での心の成長といった内面の動きを軸に描かれていたのに対して、本作は「生と死」という要素が強い。蜥蜴のキンや歎異抄、磯貝の病気、ラング夫妻の心中騒動、利休と茶道、沢村千代乃にいたるまで、全編を通して中心を貫くテーマになっている。

    同時に、人間の、何とも言えない「生々しさ」が描かれている。もちろん、母や磯貝など、哲之の近くにいて信頼に足る人間もいるが、多くは悪人とは言えないかもしれないが、決して善い人間であるとは言えない人間ばかりだ。この点が『青が散る』とは最も違う部分ではないかと個人的に思う。

    『青が散る』では、穏やかで透明感のある空気の中にある、圧倒的な質量のようなものが絶妙に心に響いたせいか、本作はあまり好きにはなれなかった。
    それでも、表現という点においてはやはり凄いと何度も感じた。
    『青が散る』でも感じたことだが、著者は労働者の(特に低所得者層の)生活を描くのが本当に上手い。舞台が大阪であり、著者も関西の生まれであることも、作品にリアリティを生んでいるのだろうか。

    ところで、本作の重要な登場動物?である、蜥蜴のキン。このキンの結末は…!読み終わった後に、うーん!と唸ってしまった。
    が、読み終わってしばらく経って考えてみると、まさにこの結末しかないのだろう。
    哲之と、私たち読者がキンに親近感を抱き、それがピークになったところで、すっと突き放す。それは、決して相容れない人間と動物の生の間の壁であるようにも思えるし、キンにとっても哲之にとっても自立の時が来た象徴であるようにも思える。
    この結末だからこそ、物語に何とも言えない余韻が残るし、タイトルの「春の夢」がピッタリなのだろう。

    レビュー全文
    http://preciousdays20xx.blog19.fc2.com/blog-entry-478.html

  • 2014/01/26
    釘にうたれてしまった蜥蜴と、借金で身動きが取れない主人公。
    それ以外にも、事あるごとに蜥蜴が象徴として出てくるのだけど、この発想はすごいよなぁ。
    そして爽やかなラストもとても良かった。

  • 恋をしたい。

  • 借りて読み。著者が34歳の頃書いたものを手直しせずにそのまま文庫化したものとのこと。本当にタイトルのまま、この時期にふと下りてくる「死」についての、荒々しい怖さと不可思議さをそのままパレットにぶつけた印象の作品。
    次から次へと間髪入れず寄せてくる「生と死のエピソード」。ときにすっ飛びすぎだろ、と思わせつつ、とにかく読者をテーマから逃がさない。固く固く腕をつかんで、直視しろと凝視してくる。

    著者も文庫化後書きで書かれていたが、携帯電話なき時代の青春小説として読んでも充分重く、面白い。それにしても、主人公がやたら強く見えてしまったのは何故だろう? あんなにもがいているのに。宮本先生は、彼に最後まで感情移入できていたのかな?

    キンちゃんのラストも素晴らしい。私は大好きでした。

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著者プロフィール

1947年兵庫生まれ。追手門学院大学文学部卒。「泥の河」で第13回太宰治賞を受賞し、デビュー。「蛍川」で第78回芥川龍之介賞、「優俊」で吉川英治文学賞を、歴代最年少で受賞する。以後「花の降る午後」「草原の椅子」など、数々の作品を執筆する傍ら、芥川賞の選考委員も務める。2000年には紫綬勲章を受章。

「2018年 『螢川』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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