病院で死ぬということ (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (1996年5月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784167354022

作品紹介・あらすじ

人間らしい、おだやかな時間と環境の中で、生き、そして最期を迎えるために——人間の魂に聴診器をあてた若き医師の厳粛な記録。これがホスピスを考える問題提起となった。(柳田邦男)

みんなの感想まとめ

人間の最期を迎えるために、どのような選択肢があるのかを深く考えさせられる一冊です。著者は医師として、末期がん患者との向き合いを通じて、病院での延命治療がもたらす現実を描写しています。特に、患者に不治の...

感想・レビュー・書評

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  • 『病院で死ぬということ』|感想・レビュー・試し読み - 読書メーター
    https://bookmeter.com/books/548751

    受け入れ難い現実と向き合う人の心を知るための2冊(選者:山崎章郎氏):日経メディカル
    https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t340/202312/582370.html

    病院で死ぬということ - 作品情報・映画レビュー -KINENOTE(キネノート)
    http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=27783

    文春文庫『病院で死ぬということ』山崎章郎 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167354022

  • 題名だけは知っていたけれど避けていた本。
    読み始めてやっぱりな、でした。
    病院って、人の最後はこうだよね、と。
    読み進めていくうちに希望が持てるようになりますが、実際には金銭的な事、家族の負担を考えるとと思ってしまいます。
    自分には何が出来るか、自分の最後には他にも選択肢はないのかなど色々と考えてしまいました。

  • (事実だとしても)あまりにも作為的で読んでいて恥ずかしくなる「息子へ」章を除けば、星5つレベルの名著でした。現役医師が書いた本ですが、とにかく文章が素晴らしい。病院関係者はもちろん、一人でも多くの人に読んでほしい作品です。
    さて、本書のメインテーマは末期ガン告知についてです。実態として、多くの医療者も家族も、患者に真実を伝えることがタブーとなっており、たとえ確実に死が近い状況でも、闇雲に励まし、とにかく患者の命を1分1秒でも延ばすことが最優先されています。その弊害は、患者が死を受け入れる為に必要な準備期間を奪い、患者自身の置かれている体の状態と医者の説明とのギャップを埋められない不安や疑問と、そこから派生する医者や家族への不信感が募ることです。その結果、患者は闘病に加えて、得体のしれない別のモノとの闘いも強いられます。
    そして、何十人もの患者の死に立ち会った著者はこう考えるようになります。
    「明らかに死期の迫った患者への蘇生術は、患者が安らぎの世界に入ることを強引に妨げているだけかもしれない。それら蘇生術のほとんどが医療側の一方的な自己満足だったのではないか。病気に対する最後の抵抗を示すことで、患者へではなく、家族へのせめてもの誠意を見せようとする見せかけの行為なのではないか。主役は死んでいく患者で、それを見守るのは家族や親しい者たちであるべきなのに、医療者は、患者とその家族にとってもっとも厳粛で人間的であるべき最後の別れの場に、三文役者のように我が物顔で登場し、大切な家族の時間の大半を、蘇生術で奪っているのではないか。」
    こうした医療関係者の真摯な言葉を聞くと(既に四人に一人ががんで亡くなっている現況下で)、果たしてがん告知をためらうことで、正常な意識のうちに家族と向き合う機会を先送りしたり、意識のない状態での延命処置自体が本当に患者の為になっているのだろうか、という疑問は湧いてくる。
    ちなみに、海外での告知問題はどうなっているのだろう?
    例えば、訴訟大国アメリカで、逆に真実を告知しないことで奪われる自己決定権という人権侵害の可能性もありそうだし。
    結論的には、日頃から家族間でこうした点を率直に話し合って置くべきというあたりに落ち着くのかな。

  • (息子へ)
    ノンフィクションの読みもので、久しぶりに衝撃と感動を味わった。

    お父さんにしてみると、「最後の授業」以来だろうか、、、。やはり、生きることを考えるうえで、「死」をしっかりと見据えて、自分なりにじっくり考えるべきだ。

    メメント・モリを考えるきっかけを作ってくれる、本書のような本を、君にも読んでほしい。

    本書の訴えはこうだ。

    病院は病気を治療する機関であるから、死を避けられない患者へのケアはおざなりになっている。特に、患者に不治の病であることを告知することなくすすめる延命治療は、人生の最期を迎える大切なときにもかかわらず、患者の人権を無視した残酷な対処だ。。。。と。

    患者自身、治らないということは気づくものらしい。そのとき、周りにうそをつかれていたら、、、。最後の最後、まわりの人を信じることなく死んでいくのは確かにつらい。

    最後の最後に、生き地獄だ。

    本書の前半、悲惨な死にかたをした物語が続く。
    目をそらしたくなるような現実だ。

    本書のよかったところは、悲しい話で終わらないところだ。後半で、その解決法を示してくれている。

    最期を迎える人の意思を尊重し、家族と大切な時間を過ごして逝く。最期に、人生観の集大成と大切な人へ感謝を胸にいただいて逝きたいものだ。

    この本を読んで、お父さんの最期を、必ず「告知」するように、君にもお母さんにも伝えた。

    このブログを読むときがくれば、もう一度、お父さんの意思を確認してほしい。

    (お父さんの本の買い方)
    守山市立図書館
    (読め、もしくは、読むな)
    必ず読め!
    (君が・・・歳のころに)
    大学生のころと、お父さんの最期がわかったとき

  • 医師と患者の葛藤(前半)
    著者の体験・実践(成功例)
    医師と患者の間に、人間としての信頼関係があるならば、やすらかな死を迎えられると思える。
    そんな思いが、著者の終末期への考え⇒ホスピスへつながって行くと思える。


    雑記
    病院で死ぬということ

    18
    書き方表現方法が、本人の心情はわからないがマイナス。事実のみを記す?著者の心情は表現記載の
    32
    臨床患者に対する蘇生術。医療者の義務と考えている。救急と末期では違う。死に行く人に対する、優しさも、畏敬の念も、哀悼も無い。延命至上主義の医学教育、人間の尊厳を冒す行為。
    38
    脅迫
    実話なのか?
    日野原医師の病理解剖、82%、すごい!
    52
    解剖⇒移植へ話を変えたか。
    66
    主治医と患者。痛みに関する、心理の脚色のしbyすぎではないか?家族への影はないなあ。
    68
    徐痛方法を知らない。時代背景がありそうだ。物語から、麻薬系鎮痛薬、1ショットだろうか?疼痛管理の現状では、知らないということはありえない。また、大学病院で末期、これも無いのではないか?とともに、心理的な影響から、量が減る例は、自身でも聞いたことあり。
    82
    長期入院では、家族の(心が)疲労する。自分を理解できないという表現は、適切なのだろうか?
    84
    治療法の問題があったのか、システムに問題があったのか、(家族との)コミュニケーションが問題か、エピソードの意味は理解に苦しむ。(押入れでの死、年金を受取る見舞い)
    89
    病院での個人の死、医療システムの中に埋没してしまう。
    96
    死ぬ瞬間
    キューブラロス
    97
    医師は一般人と考えが違う
    99
    医師の義務とは。蘇生術を行うことなのだ。(当時は)
    100
    臨終という戦場。
    蘇生術。
    そして、戦う相手が違うということ。
    103
    患者の=死への尊厳はあるのか?
    112
    その人固有の人間としての存在が尊重される。
    126
    現実にあるかと驚く。意志は生命を輝かせる、気力、根気、つきた。価値ある時間。夫の病状はどうなったかも気になる。
    174
    臨終間際は入院は、家族のエゴでは無いだろうか?ホスピスの前進と教えた。
    206
    「息子へ」
    家族の信頼、医師と患者の信頼、素晴らしくも、美しくもあり、清く尊いと感じた。妻の看護も献身的であったのだろうが、遺書を渡されたのが娘ということで、16歳、重圧ではなかったのか?と思えた。しかし、それを乗り越えてられた程に、愛があったのだろう。泣けました。
    220
    宗教観、著者は良く見て、真情を捉えている。ホスピス⇒行き着くところなのか?という想いである。これが病院ではないところの、著者なりの回答なのだろう。

  • 医師でもある著者が幾度となく末期がん患者たちの闘病や死に立ち合い、医師としての延命至上主義の立場から、病院で死ぬという事はどういう結末を迎える事になるのか、実際の症例を交えながら考えている。
    人生の締めくくりとしての尊厳ある死については、どうあるべきなのか。この書籍が書かれた時代から、かなり経過し、現実はかなり変わってきているとはいえ、やはり病院では延命が目的である事に変わりなく、誰もが考えるべきテーマである。
    必読書の一冊。

  • 消化器外科からホスピスへ転向した経緯や、キュブラーロスの死の瞬間を読んで緩和ケアに興味を持ったというエピソードに、似た境遇を感じて共感した。(大若輩である。)

    初版から20年以上が経過している今も、一般病院における終末期医療の問題点は大きく変化していないと感じる。特に、日々の診療で感じる違和感に忙しさで蓋をしている医療者に突き刺さる内容である。

  • 出版は今から23年前と古いが、ガン末期と言う終焉間際の方々のノンフィクションが短編で10作+著書であるお医者さんの考え方が変わった時の短編と、今後の取り組みについてのそれぞれ1作づつの計12作。

    短編ですごく読みやすかった。

    はじめの5作は患者が望んでも、告知されず
    患者自身の最期が孤独なものが、多い。
    なんの誰のための治療なのだろう。
    読みながら、胸が苦しくなった。
    間に1作著書(お医者さん)の考え方が変わったきっかけあり、
    その後残りの5作が描かれている。
    前の5作とは違い、自身の死を受け入れ、自らの意志や家族との話し合いの結果、安らかで人間としての最期を迎えられている。

    読みながら、ふと10年近く前に他界した、おばを思い出した。
    急死だった為搬送された病院での蘇生行為をみながら、
    生きて欲しいという私の願いと、
    このまま眠る方が良いので無いかという不思議なふたつの感情を持った。。。
    蘇生行為で苦しめないで欲しいと思った。
    自分が死を迎える時は、延命治療で自由なく生きるより、限りある命を最期まで自分らしく生きたいと思った。
    ホスピスにも記載があり、詳しく調べて、何かお役にたてるか考えようと思った。

  • 一番の当事者は患者であり、患者が死と向き合って初めて尊厳を論議できるというは解からないでもない。「隠蔽=悪」で「告知=善」というバイアスも強く感じるが。

  • 3.88/538
    内容(「BOOK」データベースより)
    『医師である著者は、末期ガンの患者たちの闘病と死に立ち合って思った。一般の病院は、人が死んでゆくにふさわしい所だろうか。医療者にまかせるのではなく、自分自身の意思と選択で決める自分の死を迎えるには、どうしたらいいか…。これは患者と理解し合い、その人の魂に聴診器をあてた医師の厳粛な記録。』

    『病院で死ぬということ』
    著者:山崎 章郎(やまざき ふみお)
    出版社 ‏: ‎文藝春秋
    文庫 ‏: ‎269ページ

  • 令和の時代になり少しは変わったのであろうか

    前半は読み進めるのも辛いものがあった

    同じ死を迎えるのでも壮絶な最期なのか静かにその時を迎えるのか、全く違うものになる

    自宅で自然に亡くなることが本当に難しい世の中になった

    家族にしても苦しそうにしているのは黙って見ていられるはずはなく、症状によっても限られるのではないか

    主治医と本人、またその家族との信頼関係がないことにはお話にならない

    静かな死を迎えたいものである

  • 終末期医療についてリアルな体験を知ることができて、とても参考になった。

  • 498.04-ヤマ
    000272047

    初めて読んだ時は衝撃を受けました。著者はわが国における「ホスピス運動」を当初から実践してきた一人です。がんの緩和ケアは、技術的には当時と比較にならないほど進歩しましたが、対人サービスに関わろうとする人には、今でもぜひ読んでもらいたい一冊です。続編も出ています(山崎章郎:「続 病院で死ぬということ そして今、僕はホスピスに」1993)

  • 末期ガン患者の終末医療に関する話。もう30年近く前に出版された本なので書いてある内容自体はさほど目新しい感じでは無いですが、出版された当初はかなりインパクトあったんだろうな~。

    こういう本って、元気な時に読んでこそだと思いますが、とにかく読んでみて良かった♪とりあえず、僕が末期ガンだったとしたら映画「最高の人生の見つけ方」みたいな感じが最高だとは思いますが、あそこまで行かなくても、この本の後半に紹介されていたように残された時間を大切に過ごし、嘘偽りなく最期の時を迎えたいと思いました☆

    あと、なにげに施設内に幼稚園を持つホスピスの話も良かった♪2年前に読んだ「夏の庭」という本にも少し似た感じの話があったのですが、患者にとっての喜びだけでなく、子供たちにとっても、人の命には限りがあるという事を実感を持って体験する事って意外と大事じゃないかなと思ったりしています。この辺りは賛否両論ありそうですが、昨年の秋に読んだ「エンジェルフライト」にもありましたが、日本人は死というものに対して過剰に隠したがる傾向にあると思いますし、もう少し身近に知っておく必要があるように思いました。まずは元気なうちにもう少し詳しく現在のホスピス事情について調べてみようと思います☆

  • 名著。

  • 朝刊に連載。すっごく参考になった。

  • 病院で死ぬのではなく、ホスピスに入りたい、最期は自宅で死にたいという思いを改めて強く思った。今はこの本が出た当時より告知をするようになっているのでは?とは思うけど、私の場合は、やはり周囲からたとえ心からの善意であっても本当の病名や余命について隠されるのはかえって辛い。

  • 20年ぶりくらいで再読しました。
    当時と比べると、癌は治癒することも珍しいことではないものになり、告知も当たり前となりました。
    意外と告知への移行はスムーズに進んだ気がします。

    終末期をどのように生きるかということは、まさにその人の生き様を表現することになる。
    さて、どう生ききるか。

  • 2000.12.17~ 20 読了

  • 改めて思う。告知はして欲しい。

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著者プロフィール

山崎章郎(やまざき ふみお)
1947年生まれ。医療法人社団悠翔会ケアタウン小平クリニック名誉院長。
外科医としてのキャリアから、船医として赴いた南極での経験を経て、「ホスピスは、最期の瞬間まで人間としての尊厳を守りながら、人生に新しい価値を見いだし、幸せな気持ちを持って生きる場所」との信念をもって、東京都小金井市の聖ヨハネ会桜町病院のホスピスを牽引。その後2005年に、在宅ホスピスケアを目的に東京都小平市に「ケアタウン小平クリニック」を開設し、コミュニティケアにも関わる。現在は、ステージ4の大腸がんを療養中。その体験に基づき、抗がん剤治療を減らし、既存の代替療法を組み合わせた、副作用の少なく、金額的にも無理のない治療法である「がん共存療法」に辿り着く。がんと共存しながら限られた時間を患者自身が納得し、自分らしく生きるための「無増悪生存期間」の延長を目指し、その臨床拠点ともなる「がん共存療法研究所」の設立を準備している。著書に『病院で死ぬということ』、『「そのとき」までをどう生きるのか』、『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』など。

「2023年 『死ぬことと、生きること~キューブラー・ロスをめぐる対話~』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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