- Amazon.co.jp ・本 (492ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167419103
作品紹介・あらすじ
米不足で深刻化する商都・大坂。江戸からやってきた剣豪、光武利之は、この地でひとりの友を得る。私塾「洗心洞」を主宰する大塩平八郎の息子、格之助。救民を掲げて先鋭化する大塩一党、背後に見え隠れする幕閣内の政争。時代の奔流はふたりの男を飲み込み、いままさに幕末への扉を開こうとしている。
感想・レビュー・書評
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異変が伝えられたのは、19日の早朝だった。
仙蔵は、すでに出かけていた。伝えてきたのは、仙蔵が連れていった板場の若いものである。
「そうか」
ほかに言葉はなかった。
利之は部屋に戻った。お勢が、火鉢に炭を足していた。
「洗心洞から、隣の屋敷に大砲が撃ち込まれたそうだ。それから外へ出たらしい。門弟数十人。それが、次第に増えているという」
「どういうことでございます、それは?」
「つまり洗心洞の叛乱に加わろうと、人が集まり始めているということだ」
叛乱という言葉に、お勢は息を呑んだ。言った利之も、背筋が寒くなるような心地がした。
「洗心洞の建物は燃えている」
「まあ」
「洗心洞から出た連中は、救民という旗を掲げているそうだ」
1837年2月19日。大阪で「大塩平八郎の乱」が起きた日である。幕府は当時「大塩騒動」と言った。利之は「叛乱」という言葉を使った。後世の歴史家は「乱」という言葉を使う。「騒乱」と言い、「戦争」と言い、「革命」と言い、「運動」と言う。思うに、評価は世間と時が決める。そのときの行動責任は本人にあるだろう。それはエジプトの「革命」でも同じ。
「林蔵の貌」に繋がる江戸時代の歴史モノである。ときは天保「大塩の乱」前夜の大阪。幕府お庭番村垣定行の妾腹光武利之は父より大阪探索を命じられる。大阪の町で光武は大塩平八郎の息子格之助と知り合う。剣のみ強くて自分をもてあましていた光武は真面目一遍の格之助と付き合ううちに「友達」というものを知るのである。(わりと重要な役で間宮林蔵も登場する)
ここで大塩平八郎は中心人物ではない。ただし、常に正義を唱え、知行合一と救民を唱える「正しい人間」として出てくる。彼の理想は、ついには洗心洞塾での陽明学講義だけにとどまることなく、直接行動に向わざるをえない。そして彼の思想はあくまでも体制内変革の急進派であり、幕閣の思惑のなかで潰えざるをえないのである。最後の最後に「乱」が思うように行かなかったときに、平八郎自身はどのような心境にいたり、大塩親子はどのように自害したのかは、ついにこの物語の中では語られなかった。この本の中で語りたかったのは、理想ではなくて、理想を信じて付いて行った「友達」への追悼だったからである。
光武は作者の分身である。さしずめ、大塩平八郎は核マルとかの自称革命家の幹部、格之助は彼らについていって消えていった作者の友達なのだろう。
最後は武士を捨てた光武が、大阪の川べりで包丁を研ぎながら料理人修行をしているところで終わる。波乱万丈の光武の半生に比べてあまりにも平凡な終わり方だろうか。決してそうではない、と作者は言いたいのだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
久しぶりの北方節で満足。昔大好きでハードボイルドの頃の殆どの作品をコレクションしていた頃を思い出す。歴史物にシフトしてからは少し疎遠気味なのだが戦闘場面の描写の畳み掛けるようなスピード感は同じ緊張感で嬉しくなってくる。
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前に読んだ「独り群せず」の本編になる。まぁ、前後してるから主人公の若い時代って感じになるけど、大塩平八郎の乱は歴史の教科書でも唐突な感じで不思議だった。平八郎の養子と主人公の友情が流れの基本になるが、やはり分かりにくい。推測を絡ませすぎみたいな・・登場人物が単純なだけに、背景ばかり複雑にするとなぁ・・それなりに面白かったけど。
ともあれ、「独り群せず」での消化不良が解消して、スッキリ感はあります(笑) -
大塩平八郎の息子の友人の話。
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著者:北方謙三(1947-、唐津市、小説家)
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北方さんの歴史時代小説には2つのタイプがありますね。ひとつは武将を取り上げ、大きなスケールで描く歴史物。もうひとつがハードボイルドの時代バージョンといった雰囲気の剣豪小説。私は前者は好きなのですが、後者は苦手。
さて、この作品はというと、やはり後者のほうなのでしょうね。大塩平八郎の乱という歴史的事実を取り上げたので、ひょっとして歴史物かと期待したのですが。
もっとも、そんなに悪くはないです。
少々、刀を振り回しすぎるし、最後の転身は唐突な気もしますが、全体的には押さえが利いた雰囲気です。ただ、人に勧めるほどじゃないかな。
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大塩平八郎の乱にこんな背景が…。
色々と深読みするなー、と。
めし屋のオヤジの食べ物が食いたい -
大坂の闇。幕末のはじまり。北方謙三の新しいカタチのハードボイルド。歴史描写の新しい手法を垣間見た。中身ももちろん面白く、また教科書の記述の空白を埋めてくれる本に出会えた。
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利之のキリットした生き方に共感する。
「口に入れるものがある。いまは、それが幸福なのだ。
私は、よく思う。
幸福など、実はすぐそばにあるものではないかとな。
飢えていれば、雑穀の粥がうまい。
豊作であれば、米が食える。
つまり、心のありようひとつだな。」
「強くなる時、人は自分が強く
なったなどとは思わんものだ。
ほんとうに強くなる時にはな」