ピカレスク 太宰治伝 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2007年3月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (560ページ) / ISBN・EAN: 9784167431136

みんなの感想まとめ

作品は、太宰治と井伏鱒二という二人の作家の生涯を描きながら、彼らの対照的な人間性や創作活動を深く掘り下げています。太宰の自己中心的で波乱に満ちた人生と、井伏の表向きの善人像と裏に隠された秘密が巧みに描...

感想・レビュー・書評

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  • 非常に面白かった。太宰治の評伝であると同時に、盗作作家・井伏鱒二の告発本。自らの生を引き受け作品を作り続けた前者に対して、後者は何事もないように、嘘を重ね、他者の作品により名声だけを得てしまった、まさしく「悪人」。処世術のみを心得た善人面の、正に我々世間そのものであった。

  •  ちくま文庫の『太宰治全集』1巻を読んだとき、どの作品も太宰自身のことが書かれているようにしか思えなかったので、どこまでが実話なのかを知りたくなりました。そこで、太宰治自身の人生を知っておきたいと思い、何かいい本がないか探してみようと思っていたら、なんと本棚にこの文庫の背表紙が! うああそうだったあたしこれ買っといたんだ、と、驚いて手に取りました。はい、すっかり忘れてたんですこの本がうちにあることを。本当に偶然、タイムリーに背表紙がパッと目に入ったので、導かれたとしか思えません。すぐに読み始めました。

     まず序章、太宰治の死、玉川上水での心中事件から始まります。最初に異変を感じたのは誰で、二人の遺体を発見したのは誰で、どのように知らされていったか、騒然とした雰囲気が伝わってきます。そして、屑籠から見つかった遺書の下書きにあった「井伏さんは悪人です」の文字。「井伏さん」とは、井伏鱒二氏のこと。太宰の死には謎が多いのですが、この一文も謎のひとつです。これらの謎は解明されるのか、太宰が生涯に起こした4件の自殺未遂事件を中心に、評伝が展開されていきます。

     とても興味深く読みましたし、いろいろな勉強になりました。青森の実家との関係や家族の状況、太宰と関わりのあった女性たち、当時の文壇の様子、世間の潮流、そして戦争。井伏鱒二をはじめとして、菊池寛、佐藤春夫、横光利一、川端康成、檀一雄、中原中也といった名だたる文豪たちも登場し、芥川賞、直木賞ができた経緯はもちろん、太宰がいつどのような由来で「太宰治」というペンネームを使うようになったか、どの作品がいつどのように書かれたのかなど、深く知ることができました。自分が読んだ作品がどういう経緯で書かれたのかわかるとうれしく、改めて再読したくなります。また、全集の続きを読むのがさらに楽しみになりました。

     ちなみに、太宰のことを知りたくて本書を読み始めましたが、井伏鱒二についてもよく知ることになりました。「終章」から「増補」は、まるまる井伏氏の「悪人」っぷりが披露されています。私は本書を読んで、井伏さんは、人から何か頼まれるとイヤと言えない、人の良い優しいおじさまなのだろうと思ったのですが、そこが文学者としては厳しくツッコまれる原因になってしまったのかなぁと感じました。さまざまな資料、さまざまな意見があるにしても、井伏氏の作品がここまで「名作」として読まれ続けているのにはそれなりの理由があると思うので、私が井伏氏の作品を読むときは、純粋にひとつの文学作品として味わおうと思っています。

  • 膨大な資料を当たった労作だと思います。
    分厚いけれど、興味深く読めました。

    『太宰治伝』というタイトルですが、太宰治と井伏鱒二のダブル主人公と思ってよいでしょう。

    ISBNコードの分類ではドキュメンタリーやノンフィクションではなく、エッセイの扱いですね。
    著者の主観が加えられていることを念頭に読んだ方がいいと思います。

    太宰の遺書にある「井伏さんは悪人です」の言葉の意味とは…?

    3分の2ほどまで読み進むと、仕送りを止められそうになると同情を引くために自殺未遂をはかり実家の長兄を困らせ、女を持て余すと心中(狂言を含む)をはかり、借金は返さない、いい歳してすぐにメソメソ泣く、薬中、同情してもらいたい病、嘘つきでプライドばかり高い、芥川賞を取ることに異様に固執…
    といった、太宰像が浮かび上がる。
    ここで「生まれて、すみません」と言われると、「そうですねぇ~」と返してしまいそうである。

    そして、太宰の兄が仕向けたお目付け人たちから、無理やり太宰の保護責任者を押し付けられ、関わりたくないのに小心者ゆえ断れず、女子供抱えて必死に雑文を書く一方で、太宰に振り回されて大迷惑を被る井伏に「真面目な小心者なのにかわいそう」と、同情してしまうのである。
    では、井伏は善人なのか?
    いや、彼はとんでもない秘密を隠ぺいしている。

    著者は、二人とも、タイプの違う(あるいは真逆、もしくは裏返し?)悪人であると記している。
    面白かった。

  • 人間・太宰の様々なエピソードが満載。
    女性との関わり、周囲との関わりが興味深く読めた。
    心中事件の顛末、井伏や中原中也、壇一雄などとの交友録も面白い。
    初めて知ることも多く、彼の著作をもっと読みたくなった。
    彼はボーダーライン症候群だったとも言われているけれど、
    極めて人間くさく、極めて繊細な才能を持った人だったのだろう。
    彼の娘、津島佑子にその文才は受け継がれていると思う。

  •  太宰治の遺書のなかにあった一言「井伏さんは悪い人です」
     この言葉の意味は何だったのか。太宰治とその師であった井伏鱒二を通して、その生涯をミステリアスに斬る。

     猪瀬直樹は「ペルソナ―三島由紀夫伝」と「マガジン青春譜―川端康成と大宅壮一」を上梓している。
     作家の伝評のひとつのジャンルを開拓したらしい。
     今まで食指が動かなかったのだが、この「井伏さんは悪い人です」というひと言が効いた。井伏鱒二といえば、「黒い雨」や「山椒魚」の、あの井伏鱒二だ。
     学生の頃「山椒魚」が教科書にのっていた。あの不愉快さはいまだに強く残っている。閉塞感や不愉快さがあっても、必ずしも読後が不愉快というわけではない。不愉快であってとしても、それだけでない何かがあるものだ。しかし「山椒魚」はただただ不愉快だった。これが本当に「名作」なんだろうか。と、自分の価値観まで否定された気になってしまったの思い出す。
     が、あれから大分たった。もしかしたら、子供だったから未熟だったから、わからなかったのかと、そういう気持ちをもって読んだ。

     やっぱり、あの感じは正しかったのだと実感した。
     太宰治の計算されたような狂気を描きながら、同時に井伏の俗悪さを糾弾しているような作品になっている。その入れ子のような構成が、よくできている。
     
     しかし、人は先入観とか、刷り込みとかに、簡単に左右されるもんだなと思う。
     そして、それが上手く作用した井伏は、運がいい人なんだろう。

     …ともあれ、とっても面白かったので、ペルソナも読んでみようかと思う今日この頃。

  • 「評伝」を謳っているが、これは「事実に基づくフィクション」ではないのか。まるで自身がその場に居合わせたかのような描写には胡散臭さが感じられ、創作としか受け取れない。
    巻末16頁に及ぶ参考文献には感心するけれど、全てに目を通したのか疑問に感じられる部分も多かった。

    太宰は自叙伝を残していない。彼の書いたものは自伝的小説・私小説で、事実を主体としながら創作を織り交ぜた、あくまで小説だ。有名な"富士には、月見草がよく似合う(富獄百景)"の鮮やかな月見草だって存在しないのだ。しかし小説に実体験と異なることを書いたとて、どうして嘘つきと責められなければいけないのか。猪瀬氏には坂口安吾『わが思想の息吹』の感想をお聞きしたい。

    井伏鱒二の名前が登場する毎、文章に悪意しか感じられないのには途中から笑えてきた。よほどお嫌いなんだなと。増補も井伏のことばかり。井伏の悪行を世に広めるために太宰の名を利用したのではないかと思えてくるほど。
    太宰の遺書の「井伏さんは悪人です」についても、それが悪趣味な記者がゴミ箱を漁ってシワを伸ばした反故だったという点は深掘りせず、太宰治という作家がひとつの小説を書くのにどれほど書き直しをしていたかということに触れるでもなく、太宰って(俺と同じで)井伏を嫌ってたんだぜぇ!と主張したいだけのような。
    遺書に関する佐藤春夫の引用には続きがある。個人的にはその隠された部分こそが腑に落ちるし、人の温もりを感じて好きなのですが。本書を信じてしまった方には『太宰治』(井伏鱒二/中公文庫)巻末にある井伏夫人のインタビューと併せて読んでみて欲しいなと願う。

    本書の増補に、相馬正一氏の引用で「実在の資料を前面に据えて〈事実〉と思わせながら、さりげなく創作資料をもぐり込ませて〈虚構〉を仕掛け、両者の絡み合いの渦中に読者を巧みに誘導する手法ーー」とあるが、それってこの本のことですか?と苦笑いしてしまうのは私ひとりではないはず。そして、それで言うなら井伏の方がまだ巧くやったのではないか。

    他人の日記(資料)を元に本を書いたのは、太宰治も、井伏鱒二も、なんならこの著者も同じ。それが、太宰は春夏の日記を一日の出来事にうまくまとめちゃううまさがあるから良し、井伏はリライトしてるだけでテーマを集約する力がないからだめ、ときた。都合良すぎ。

    「太宰は毎度毎度、最期まで、本当に死ぬ気なんてさらさらなかった」という仮説(思い込み)は自由だけれど、実際あのような形で死んでしまったのだし、評伝らしきものを書くのならもう少しリスペクトがあって然るべきではないかと。太宰治をタイトルに使いながら井伏鱒二悪口本でしかないのも(特別井伏ファンではなくとも)期待外れで残念だった。

    このような本が文藝春秋社で連載、出版されたことを、菊池寛はどう思うのだろう。

  • 俗世間に受け入れられない孤高の芸術家として太宰を免罪するのではなく、一人の悪党として描くことを目指した作品らしい。
    そこで描かれる太宰は、生きようとする人間としての彼。
    繰り返される心中は、死ぬつもりはなかった。
    たしかに、言われてみればそうだったのかもしれない。
    最後の心中さえそうだった。
    山崎富栄の実行力の高さゆえに成功してしまった、となると、ちょっと山崎さんが浮かばれない気がするが。

    研究者をはじめ、太宰に甘い。
    そんな話を、実は太田治子さんの講演で聞いた。
    『明るい方へ』の刊行記念の講演だ。
    戦争協力の姿勢、そして自分に近づいてきたファンの原稿をリライトして自分の作品にしてしまうことについて。
    こんなところが、聞いていて驚くほど厳しく批判されていたのだ。
    戦争協力のことはさておき、剽窃については、この作品でも大きなテーマになっている。

    そして、むしろ悪党として浮かび上がってくるのは、太宰の師に図らずもなってしまった、井伏鱒二である。
    『青ヶ島大概記』を、太宰に代筆させたこと、直木賞をとった『ジョン万次郎漂流記』も、種本の石井研堂『中浜万次郎』をかなり引き写したこと、そして、名作『黒い雨』も、『重松日記』のリライトであることが明かされる。
    丹念に調べ上げる猪瀬さんの手法そのものが、ろくに調査もしないで創作する作家たちを厳しく指弾しているかのようだ。

    そう、本書では、太宰の遺書にある、あの有名な「井伏さんは悪人です」の意味も、猪瀬流に解いて見せる。
    個人的にはその説に納得しづらいけれど、こういう発想もあるのか、と驚かされた。

    この本で知った事実も多い。
    例えば、太宰がほとんどフランス語を学んでいなかったこと。
    仏文科だし、これ見よがしにエピグラフにフランス文学を引いて見せるから、できるのかと思っていた!
    私の半生、騙されてたのね(笑)
    さすが太宰。

  • 「あとがき」で著者は、「死のうとする太宰治ではなく、生きようとする太宰治を描きたかった」と書いているように、文学的な成功を望み悲喜劇的な振る舞いを繰り返す太宰の姿を描き出しています。太宰治の作品に登場する人物の自意識のねじれ具合は、現代の小説の登場人物たちに通じるようなところがあるように感じていたのですが、著者はそうした彼の内面に共感を寄せるのではなく、かなり距離を置いて観察しているような印象を受けます。

    文庫版カバー裏の解説文に「傑作評伝ミステリー」とあるように、ドキュメンタリーな構成で太宰治の生涯をたどっており、読み始めるとページを繰る手が止まらなくなります。

    文庫化に際して付け加えられた「増補」には、井伏鱒二の『黒い雨』の種本となった『重松日記』の刊行時に著者が書いた文章が加えられています。作家として生きるということは、井伏にとっては他人を欺くことであり、太宰にとっては自分を欺くことだったのかもしれません。

  • 正直、猪瀬直樹は苦手なのでおずおずと読み始めたが一気に読まされてしまった。この強引なまでの筆力がプロの仕事である。タイトルの「ピカレスク」とは「悪漢」のこと。この評伝は太宰と師匠の井伏に焦点を当てて進んでゆくが、太宰を「悪漢」と捉える視点と井伏もまた「悪漢」であったとして捉えた視点に分かれている。井伏ひとりというよりも井伏は太宰を取り巻く周囲の人々の代表として悪漢の立場に立たされているという印象を持った。本作の太宰は虚無的だが、太宰を取り巻く周囲は更に冷たい。読み応えはあるが苦手な作品。

  • 猪瀬直樹、作家で留まっていればよかったのに。残念

  • 太宰治を描いたノンフィクション。
    井伏鱒二との関係も興味深いが、『斜陽』などの名作がどんな状況で書かれたのかなど、制作秘話としても楽しめた。

  • 今年はたくさんの太宰作品を読んで、その締めくくりとして
    読んだ本。
    太宰がどういう人なのか、自分の中での答えを出しかねて
    いたけど、この本を読んだらもっと分からなくなった(笑)
    俗に広まっている太宰像をずっと押し広げたものが、現実の
    姿だったんだろうなとは思いました。
    あそこでまた自殺未遂に終わっていたら、太宰はあの先、
    どんな作品を残したんだろうなあ。

  • 緻密な調査、高い完成度。太宰治の作品はよくよんでいるけれど、この切り口は斬新だった。どうしても有名→全てが名作→天才・変人ゆえの自殺 という思考回路になってしまうが、売れないモラトリアム期の著作もあり、(ダメ)人間らしさが滲む部分も想像できて有意義。読ませるので評伝としても普通に面白い。また太宰が読みたくなる一作。星はおまけで4つ。

  • 本気で死ぬ気のない、心中もどきの繰り返しかあ。

  • 平成24年5月16日読了。

  • 猪瀬さんによる太宰研究。山梨・甲府時代のきらめき。良い作品には良い家庭が必要。悩みながら、生のために逃げる男、生きるために心中する男だった。

  • 太宰治のことは自殺未遂を何回もしてどうしようも無い奴だということは知ってたが、よくぞここまで調べたなというくらい詳細に太宰やその周辺のことが書いてある。

  • 写真家 林忠彦氏の『昭和写真全仕事シリーズ3』の表紙の太宰治がバーの止まり木に胡坐をかいて、右手の人差指と中指の間にタバコを挟んだままの格好でカウンターの中の人の話を聴いている姿が印象的だが、そのポーズはまぎれもなく無頼派を気取っているのだ。無頼派といえば男らしさを兼ねているものだが、太宰にはまったく感じられない。 玉川上水での心中の際の「書けなくなった」という遺書を残しているのだが、この作品を読んだ後では、嘘っぽく響くのだ。それにしても、太宰治も井伏鱒二もどうしようもない悪漢である。

  • 猪瀬直樹をテレビでよく見ていたけど、本を買おうとは思わなかった。『思想地図β』東京都条例・非実在青少年の問題をめぐる東浩紀、村上隆、猪瀬直樹の巻頭座談会を読んで、猪瀬直樹の本を読んでみようと思った。というわけで、発売当時から気になっていた「ピカレスク 太宰治伝」を購読した。

    太宰治は高校の頃、『人間失格』と『走れメロス』を読んだだけ。お笑い芸人にまで人気のある作家となれば、へそ曲がり根性で読む気がしなくなる。太宰治の文章は、認知のゆがみが顕著にあらわれているとも言われる。中原昌也やヘンリー・ミラーや菊地成孔の著作を読むと、彼らの文体から影響を受けて、読書中全身痛くなっていた。太宰を読んでも、多分影響を受けて全身痛くなって自殺したくなるだろうから、読むのは辞めておこうと思っていた。しかし、『ピカレスク 太宰治伝』を読んで、太宰を読もうと思った。

    この本は、太宰治と、太宰の先輩井伏鱒二の評伝だが、二人を中心に大正時代、昭和初期の日本近代文学の様子が、群像的に描写されている。1ページあたりの情報量がすごい。今の日本の本は、ずいぶん1ページあたりの情報量が薄くなったなと思ってしまう。読むのに時間がかかるが、読むと知らなかったことがどんどんわかって、本を読んだなという気持ちになる。

    1980 年代以前は、小説、純文学、というか日本近代文学が売れていた。80年代以降は、小説が売れなくなった、ネットが普及してますます小説は売れなくなった、現在の文学は瀕死の状態と言われるけれど、文学が愛され、読まれていたと想像される大正時代、昭和時代の日本近代文学は、そんなにすばらしいものではないとわかった。

    太宰も井伏も、小説を売って生活していくために必死である。原稿料を稼ぐために走り回り、生活費目当ての駄文を書き、芥川賞の選考委員に「賞を下さい。お願いします」と手紙を書く。自殺未遂でマスコミの注目を集めて、名前を売る。ロシアやフランスの小説から着想を得て、ほとんどパクリの小説を書く。愛人や知人の日記を拝借して、リライトして自分の作品にする。

    太宰や井伏らの姿は、小説が売れないと言われる現代で苦悩する作家たちと変わりない。むしろ太宰たちの方が、売れるために必死である。小説が売れなくて自殺した作家が多いという理由も頷ける。1980年以前は、文学の理想の時代ではなかった。YouTube、ニコニコ動画、Ustreamなどの新技術に圧倒される現代と変わらず、文学は、一部の大作家しか儲からない仕事だった。

    太宰も井伏も他人の日記を拝借して、創作する。『ピカレスク』読了後に大江健三郎賞受賞作・岡田利規の『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を読んだ。この作品では、コールセンターで働く女性のブログの文章とか、女性登場人物が書いた文章がたくさん出てくる。これらの文章は、作者の独創だろうか。どこかの誰かの日記を拝借して、文学的に再創造したものだろうか。ちょっと内容を変えただけだろうか。それらが曖昧にされて、天才作家の創造として物神化されるのが、今までの文学評伝の特徴だった。猪瀬直樹は、赤裸々に、奔走する作家の実像を暴く。文学が崇拝の対象から、研究の対象に引き落とされる。

  • 友人、知人、親兄弟を騙し、窮地に陥ると自殺未遂を起こす太宰治と、
    その太宰を冷徹に観察し、利用した井伏鱒二だった。
    この二人の文士は、ともに「悪漢」であった。
    「井伏さんは悪人です」。
    太宰が遺書に書いた言葉は何を意味するのか?
    師弟として知られる井伏鱒二と太宰治の、
    人間としての素顔を赤裸々に描く傑作評伝ミステリーです。

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著者プロフィール

猪瀬直樹
一九四六年長野県生まれ。作家。八七年『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。九六年『日本国の研究』で文藝春秋読者賞受賞。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授を歴任。二〇〇二年、小泉首相より道路公団民営化委員に任命される。〇七年、東京都副知事に任命される。一二年、東京都知事に就任。一三年、辞任。一五年、大阪府・市特別顧問就任。主な著書に『天皇の影法師』『昭和16年夏の敗戦』『黒船の世紀』『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』のほか、『日本の近代 猪瀬直樹著作集』(全一二巻、電子版全一六巻)がある。近著に『日本国・不安の研究』『昭和23年冬の暗号』など。二〇二二年から参議院議員。

「2023年 『太陽の男 石原慎太郎伝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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