清張さんと司馬さん (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2005年10月7日発売)
3.27
  • (3)
  • (8)
  • (23)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 93
感想 : 11
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784167483142

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 清張も司馬遼も、作品以上にご本人たちがおもしろい。半藤一利は、文春の編集者時代にふたりを担当。なんという贅沢! ふたりを対比させた本書。それぞれの魅力が際立つ。
    半藤の言い方がふたりを刺激する。清張には、もう大家なのですから泰然としていらっしゃればと助言。清張は吐き捨てるように、自分は貪欲に仕事をし続けて終わりたいと反応。印象に残ったのは海外取材で清張に同行した時のエピソード。半藤は、清張の仕事に夜もつきあわされて、ゆっくりビールも飲めず鼻を曲げていた。翌日カナダの空港で、向こうから特大のソフトクリームを両手にもって小走りに駆け寄ってくる人、見れば清張。これで機嫌を直してくれと。
    司馬遼は、ノモンハンのことを調べるだけ調べて、結局は書かなかった(書けなかった)。おそらく、登場するだれにも人間的な魅力を感じなかったからだ。でも、司馬遼にノモンハンのことを書け書けと言っていた半藤一利が、結局ノモンハンのことを書いた。
    この文庫版、もとはNHKテレビ人間講座のテキスト(2001年)。基本の文章は同じ。ただ、文庫版は多量の註と、司馬遼との対談が追加され、一方、テキストには100枚ほど写真が載っている。

  • 「半藤一利」が編集者として立ち会った二人の巨人について、とっておきのエピソードを交えて語った作品『清張さんと司馬さん』を読みました。

    「半藤一利」は昨年6月に読んだ『日本のいちばん長い日 決定版』以来なので、約1年振りですね。

    -----story-------------
    編集者として間近に接した著者が語る文豪の実像

    「虫の眼・清張」と「鳥の眼・司馬」 ― 「松本清張」と「司馬遼太郎」という戦後文学の二大巨匠はまた、昭和史そして激動する現代社会にも厳しい批評を提示し続けた。
    二大巨匠の活動が最も旺盛であった昭和30年代後半から40年代にかけて、著者は担当編集者として二人に出会い、多くのことを学んだ。
    間近に接した巨匠の等身大の実像がここにある。

    数々の名作を世に送り出し、昭和史そして戦後社会のあり方に立ち向かった二人の文豪の実像を、かって編集者として共に歩んだ著者が描く。
    『NHK人間講座』のテキストに加筆し、まとめたもの。
    -----------------------

    最近、「松本清張」作品を連続して読んだり、「司馬遼太郎」の随筆を読んだりしたので、本書を選択、、、

    歴史探偵「半藤一利」がNHK教育テレビの『NHK人間講座』のテキストとして書いた作品が基礎になっています。

     ■はじめに
     ■一 二人の文豪と私
     ■二 社会派推理小説の先駆者として
     ■三 古代史家としての清張さん
     ■四 時代小説から歴史小説へ
     ■五 『坂の上の雲』から文明論へ
     ■六 巨匠が対立したとき
     ■七 司馬さんと昭和史
     ■八 敗戦の日からの観想
     ■九 清張さんと昭和史
     ■十 『日本の黒い霧』をめぐって
     ■十一 司馬さんの漱石、清張さんの鴎外
     ■十二 司馬さんと戦後五十年を語る
     ■あとがき
     ■参考文献
     ■松本清張略年譜
     ■司馬遼太郎略年譜

    二人の文豪に共通するのは、作品のもつリアリティだと思うんですよね。

    その源になっているのは、取材の質と量のようですねぇ… 現地に足を運び、資料を集め、その行動は取材の鬼と呼ばれるほどだったとのこと、、、

    そこまでしないと、あれだけの作品は描けないんでしょうね。


    取材に同行した際のエピソードや対談内容等も紹介されていて、これまで遠くに感じていた「松本清張」と「司馬遼太郎」が、ちょっとだけ身近に感じられるようになったかな。


    本書の中で、

    「司馬遼太郎」が、日本の行く末を心配して「子孫に、誇らしい日本を残すため、一億人の八十パーセント、いや九十パーセントが合意できるような大事なことを見つけよう。それは、日本の自然をこれ以上破壊しない、これだ。」と言ったこと、
    (「夏目漱石」も同じような意味で「自己限定せよ」という言葉を残しているそうです… )

    「松本清張」が、しばしば頼まれて色紙に書き記したという「わが道は行方も知らず霧の中」という言葉、

    が印象に残りましたね。

  • ・司馬先生の作品が、いかに切り取られて都合の良い様に扱われ始めてしまっているかが、本書を読んでわかった。「坂の上の雲」の映像化を望まないという遺言を残しながら(P114)も、結局は後年映像化されてしまっている。司馬先生の作品は、可能な限り、映像化されたものではなく原著を読むようにしたい。

    ・半藤先生は司馬先生と清張先生の視点を分析、理解しながらも、一歩引いて見て自身の感覚と照らし合わせている。かくありたい。

  • 親父の本棚から持ってきた本。松本清張と司馬遼太郎という昭和の二大作家に編集者として触れた半藤さんならではの本。清張さんと司馬さん、2人の言葉や考えや原稿に向かう姿勢、それらの共通点や違いなどが半藤節で語られています。

    個人的には『坂の上の雲』が読み終わったところで、同書について昭和史に詳しい半藤一利の目からの批評が読みたかったというのが本書を手にした動機でしたが松本清張の話も面白かった。

    司馬遼太郎は歴史を俯瞰して掴む力が圧倒的である。だからこそ俯瞰視点を前提として象徴的個人を描く作品のストーリーが魅力的になる。

    一方の松本清張は俯瞰視点とは対照的にあくまでも地べたに這いつくばるような個人の目線や感情への徹底した姿勢を貫く。だからこそ個人の感情を通して社会の姿を描く題材として「事件」という際立った瞬間に行き着くし、「動機」が重視された社会派小説に確立されていった。

    松本清張もっと読んでみようかな。


    『坂の上の雲』について。

    日露戦争終了後の日本がおかしくなっていったのはなぜかという点について、本文にも記述があったけれど改めて司馬遼太郎の言葉でも触れられている。

    日露戦争は辛勝も辛勝でこれ以上の戦争が続けば日本は崩壊していたというぐらいの状況だったことの一切が国民に隠され、失敗やミスについての適切な責任追及もなされず、国民の側も国家の強さを幻想的に信じてむしろ国家を煽っていったというあたりに原因の一つがある、と。

    司馬遼太郎は「昭和前半の日本を憎み明治の日本を称賛する」なんていう単純な見方ではなく、むしろ太平洋戦争に至る原因を日露戦争終了時や、あるいはもっと遡った遠因を見つけるために『翔ぶが如く』に向かっていったのだという気がする。

    半藤さんは繰り返し「ノモンハン(ないしは太平洋戦争)を作品にすべきだった」と言うけれど、個人的にはそれはやっぱり難しいし必要もなかったと思う。それについての司馬遼太郎的な答えは『飛ぶが如く』に散りばめられているのだと思う。

    ただ、半藤さんの言葉や多くの人の『坂の上の雲』の読み方が様々であるという記述を見て、しっかり読んでる人なんてあんまりいないし、しっかり読んだ上での読み取り方も結局その人の見方によってしまう部分もあるのだろうかというのは、考えさせられるところ。あぁ、あれでは伝わらない、というかそんな読み方する人もいるのかと。

    思想やイデオロギーというのは狂気であり、想像であり、一切を信じない、という司馬遼太郎の言葉に、宗教は科学至上主義も含めて想像の産物であると喝破するユヴァル・ノア・ハラリにも通じる視点があり司馬遼太郎の俯瞰視点の持ち方に改めて凄さを感じる。そうした前提を踏まえた上で読み解けば誤解の生じようもない気はするんだけど、そうでもないんだろうなぁ。

    幕末から明治にかけての国家や社会の設立した人たちが当時の帝国主義的な世界の中で成し遂げてきたことや、その心性に尊敬されるべきものがあるということと、だからといって太平洋戦争に至る遠因の一つも作ってしまったことは否定されるものでも隠されるべきものでもなく、あくまで同居するものであるということを受け止める必要があるということ。

    自分が読んで当たり前に感じたことも、当たり前ではないというまさにそのことが、歴史それ自体にも言えることだし、そうしたことに向き合いながらも言葉の力を信じて筆を走らせ続けた昭和の文豪に敬意を表します。

  • 「週間文春」「文藝春秋」の元編集長だった【半藤一利】が、現役時代に間近に接することの出来た【松本清張】と【司馬遼太郎】の人柄、作品などを縦横無尽に語った貴重な記録である。〝清張さん”の人物観・歴史感は、地を這うように草を分けるように、微に入り細に入り人間社会の闇を描き、“司馬さん”は上から俯瞰した視点で作品を練り上げて、『余談であるが…』『ちなみに・・・』『筆者は・・・』を挿入して歴史的背景などを導入する手法に感服しています。ちなみに本文庫の表紙イラストは、著者自身による「川中島の図」だそうです。

  • 著者は編集者として、松本清張と司馬遼太郎の文豪と交流があり、二人の文豪の比較を試みた書物と言えば仰々しいが、割合に軽い読み物に仕上がっている。

    著者は松本清張付きの編集者の経験はあるが、司馬遼太郎とは文藝春秋社の役員もしくはOB作家としての付き合いなので、清張には微に行った内容が見られるが、司馬に関しては付き合いが浅いためか、これまでいろんな書物で書かれてきたような内容に留まっている。
    具体的には、司馬が「ノモンハン事件」を取り上げなかった話もこれまでにいろんな司馬論で書かれている内容で、目新しいものではない。

    また、著者は両文豪に公平な見方を装っているが、その経歴や年齢差から、清張には畏敬の念を持っており、随所に清張に肩入れした感じが見受けられる。
    例えば、昭和43年~昭和52年のTVで取り上げられた作品で両者を比較した表があるが、TVの時間内でおさまる推理小説中心の清張と、歴史大河ドラマ向きの司馬の作品とを、こうした比較をするのはナンセンスな気がする。
    司馬ファンとしては少し不満な感じがあることを念頭において読むことをお勧めします。

  • 感想未記入

  • 歴史を鳥瞰的に捉える司馬遼太郎と地べたを這うように見る松本清張の対比。司馬さんがノモンハンを書かなかった理由等エピソードもおもしろい。11.8.30

  • ちょっと構成の意図がよく見えぬ本.著者と親しく交流があったのは松本 清張の方で,司馬 遼太郎の方は少し関わった程度のようである.
    まさか知名度の高い2名を抱き合わせればアイキャッチになるということではないだろうが…

  • 上っ面とまでは言わないが、いいことばかり書いてあって、もっとダークサイドの部分が読みたかった。「追憶の作家たち」(宮田毬栄)や「司馬遼太郎という人」(和田宏)など文春新書の他の本のほうがよい。

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

半藤 一利(はんどう・かずとし):1930年生まれ。作家。東京大学文学部卒業後、文藝春秋社入社。「文藝春秋」「週刊文春」の編集長を経て専務取締役。同社を退社後、昭和史を中心とした歴史関係、夏目漱石関連の著書を多数出版。主な著書に『昭和史』(平凡社 毎日出版文化賞特別賞受賞)、『漱石先生ぞな、もし』(文春文庫新田次郎文学賞受賞)、『聖断』(PHP文庫)、『決定版 日本のいちばん長い日』(文春文庫)、『幕末史』(新潮文庫)、『それからの海舟』(ちくま文庫)等がある。2015年、菊池寛賞受賞。2021年没。

「2024年 『安吾さんの太平洋戦争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

半藤一利の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×