日本のいちばん長い日 決定版 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 163
  • Amazon.co.jp ・本 (371ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167483159

作品紹介・あらすじ

昭和二十年八月六日、広島に原爆投下、そして、ソ連軍の満州侵略と、最早日本の命運は尽きた…。しかるに日本政府は、徹底抗戦を叫ぶ陸軍に引きずられ、先に出されたポツダム宣言に対し判断を決められない。八月十五日をめぐる二十四時間を、綿密な取材と証言を基に再現する、史上最も長い一日を活写したノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 「天運がどちらに与するかそれはわからないでしょう。どちらに与してもいい、判決は実行することによって定まると思うのです。そしてその実行が、純粋な忠誠心より発露しているものである以上は、臣道としてなんら恥ずるところはありません。…中佐殿、私は、まず宮城内に陣どって外部との連絡を断ち、時局収拾の最後の努力をこころみるため、天皇陛下をお助けすべきだと信じます。将校総自決よりその方が正しいと思います。近衛師団との連絡はもうついているのです。必要な準備はととのっております。あとは、少数のものが蹶起することによって、やがて全軍が立ちあがり、一致して事にあたればいいのです。成功疑いありません。中佐殿にはぜひ同意されて、この計画に加わっていただきたいのです」(115p)

    岡本喜八版の映画では黒沢年男が、原田眞人版では松坂桃李が演じた畑中少佐が、8月14日の午後4時、聖断が降りたことで諦めきっている井田中佐にクーデターへの参加を詰め寄っている「記録」である。生き延びてしまった井田正孝の証言なので、かなり正確だろうと思う。中佐も少佐もない。最後の段階では、声の甲高い「狂」が、時を動かしかけた。

    今から観ると、狂気の言としか思えない。ところが、井田や当時の陸軍士官のほとんどは、14日の前までは、この方向でみんなまとまっていたのである。「成功疑いありません」当時の最高の知性が、74年前のこの夏の日に、そういう判断をしていた、ということを私たちは忘れてはならない。

    彼らが護ろうとした「國體」は、天皇そのものではなく(何しろご聖断に背いてクーデターを起こすのだから)、むしろ実体のない「こころ」のようなものであったのだが、それが多くの国民の命よりも、自分の命よりも大切だった(蹶起した3人の士官は15日に自決した)。現代ならば、実体のない「成長神話」がどんな国民の生活や命よりも大切だと思っている頭の良い人たちが存在するのと、同じかもしれない。






  • ポツダム宣言を受け入れて、玉音放送を実行するまでの一日を関係者の証言に基づき再現したドキュメント。
    終戦と言えば8月15日の玉音放送が思い浮かぶが、実際に放送されるまでの薄氷を渡るような状況がひしひしと伝わってくる。
    陛下にご聖断を頂き、宣言受け入れを決断するまでの大臣たちの葛藤は、当時の上層部がどれだけ苦しい思いをして、ここに至ったかを忍ばせる。
    例え聖断といえども受け入れられず、クーデター蹶起に走った若い将校たちからは、戦前から刷り込まれてきた軍国教育の真髄というか、本質が溢れだす。
    軍国主義に則って教育された若者たちが暴走する姿は、日本人という民族には例外的な卓越があるなどという戯けた考えを叩き込まれただけではなく、命令服従という軍として成立させる最低限のことさえも教え込めてなかったという事実を改めて浮き彫りにしている。
    最後に責任を取って自刃する多くの軍人たちは、そのことにも責任を感じていたのだろうか。

    それにしても一つ、何かがずれていたら玉音放送は実現できなかったということには、冷や汗を流さざるを得ない。
    そんな小さなズレだけで、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれないのだ。
    革命ではなく大改革だったとも評される明治維新では成し遂げられなかった日本の変化は、本当に長かったこの一日でようやく一歩が踏み出されたことを実感させられる渾身のドキュメンタリーだった。

  • タイトルにもなっている『日本のいちばん長い日』とは、太平洋戦争終戦の日、1945年8月15日正午に玉音放送が流されるまでの24時間のことである。日本史上初めての敗北の日。まさか何事もなく、玉音放送が行われたわけではなかっただろうが、今まで何も気にしていなかった。14日深夜から玉音放送を阻止すべくクーデターが発生していたというのも本当に初耳だった。無知さに少し反省した。
    本書では、まさしくそのままアメリカドラマ「24」と同じことができそうなくらい、スリリングな物事の流れが1時間ごとに分けられた各章に刻まれていく。クーデターの話だけでなく、玉音放送の文案の決定や天皇によるその内容の録音など、この1日にはいくつも重要な局面があり、重要な決定や行動がなされている。著者は、さまざまな文献に当たるとともに、存命中の当事者へのインタビューを重ねることにより、歴史の中の真実らしきものを紡ぎだす。登場する人物の心の揺れまで、流麗な文章によって綴られており、鈴木首相も阿南陸相も、そして畑中中佐も、そのキャラクターが見事に立っている。

    現代から顧みると、違和感とともにやはりそうだったのかとの感想を持たざるをえないのが、国体護持や天皇陛下への異常なまでのこだわりと、その強いこだわりが疑問なく全くの当然のことと扱われていたことである。多くの異なる立場の人たちの間でもそこだけは全くぶれない。著者もそのことに疑問を呈することもない。だからこそ天皇制を維持することで、戦後無用な混乱が避けれられたのだとも言える。
    天皇陛下への忠誠は、悉く真摯であり、美しくもある。筆者もそのようなものとして描いている。一方、その絶対的な帰依は、ある種の国民的な狂信とも言えなくもない。一定のラインを超えると、それは善悪を超えたものとして起こりえたのかもしれない。


    古い話を書いたやや古い本なのだが、それを全く感じさせない。良質のドラマのような緊張感がある。不謹慎であることを承知で言うと、とにかく面白い。おすすめ。

  • 確か数年前、本作がテレビでドキュメントドラマとして放映され、玉音放送の原盤の争奪や一部の塀の反乱があったことは、覚えていた。
    今回、原作を読み、フィクションよりもサスペンスフルで緊迫感があり、ノンフィクション以上の歴史の面白さ(歴史に対して不遜な言い方だが)を味わった。
    歴史の不思議、いくつかの偶然の重なりがもたらす歴史の必然ともいうものに、思いを新たにした。
     もし、玉音盤を他の誰かが保管していたら、…
     隠し場所が明らかになったら、…
     そしてそれが叛乱兵に奪われていたら、…
    8・15は無かったかもしれないし、戦後歴史は違った様相を見せていたかもしれない。
    スピードを増す列車が急停止すると、死傷者が出てしまう。天皇および内閣が決断した戦争終結をめぐり、玉音放送の前ばかりでなく、15日以降もこれほど軍人の叛乱があったとは・・・
    片意地を張った正義(先の大戦では国体護持という言葉)が、どれだけの災禍をもたらすかということを再確認した一書である。
    そして、歴史の転換点には、将来を見通す洞察力と先見性、ゆるぎない信念を持った指導者が必要であることを再認識した。
    天皇陛下の決断、鈴木首相の老獪さ、阿南陸相の潔さ、米内海将の聡明さ、彼らの存在なしに8・15を語ることはできない。しかしながら、歴史を作るには、彼らを取り巻く幾多の人々(本書の場合で言えば、宮内庁の人々、放送局の局員たち、そして組織に則った軍人)のたゆまない努力、献身、支持なしにはあり得ないのは勿論である。
    今後の日本、さらに世界の来し方行く末に思いを致す人ならば、本書は必読の一冊と言えようか。
    今夏に映画化も予定されているようで、どのような映画になるか、楽しみとしよう。

  • 1945年8月15日玉音放送までの24時間を一時間刻みでまるでドラマの24のように描く。登場人物が多くて職位で呼ばれることも多くボーッと読んでいると何が起こってるのかよくわからなくなるので注意が必要。
    今の時代から見ると、なんでもっと早く戦争を終わらせられなかったのか、と思うけど、その答えの一部はここに描かれている。
    始まってしまった戦争を終わらせるのは、そんな時代に生まれ教育を受けてきた人々の生き方を否定することであった。自分自身、その所属する組織、つまり社会が、日本という国を支えると自負する軍隊だった場合、戦争が終わるというのは完全に自分を否認することだった。東京で本土決戦を覚悟していた者たちにとっては特に、国土に攻め入られてもいないまま負けを認めるわけには行かなかった。

    「南米の小国パラグアイは五年戦争で人口の八割を失うまで戦いました。フィンランドしかり、我々の敵国である中国もまたしかりであります。ひとり我が国は神州正気の民と自負しながら、本土決戦も行わず降伏せんとするのでは、あまりに打算的というほかはないと私は思うのです。このような中途半端で戦うことを止めるなど、玉砕し、特攻と散った英霊をあざむくこと、これより甚だしいものはないと考えます。閣下、これ以上、もう申しません。美しかるべき日本の精神を取り戻すためにわれわれは蹶起します。近衛師団がいまこそ中心となるべきなのです。閣下のご決意をお願いいたします」

    15日午前0時から1時の間の井田中佐が森師団長に語ったこの言葉を正しい帝国軍人の言葉と解するか、あるいは現実の見えていない狂人の言葉ととるか、どちらも可能だろう。ただ、それを受け止める師団長(殺されてしまう)も、更に上の立場である阿南陸軍大臣も判断は「大御心に従う」という天皇任せのものであった。

    日本的な、といえばそうかもしれないが、戦争をここで終わらせたのは若干44歳の昭和天皇のおそすぎたリーダーシップであった。もっと早くできたのでは、と言うことはできるのかもしれないが、それを恐れるだけの理由は何が8/15に起こっていたのかを知ると一定の想像ができるだろう。

  • 敗戦を決める8月14日から8月15日の玉音放送までを、1時間刻みで描くドキュメンタリー。

    この1日にこれほどのドラマがあったということを初めて知った。

    読み応えのある大変貴重な1冊であった。

  • 終戦の日に相応しい書物と思ひ、『日本のいちばん長い日 決定版』を登場させます。といつても2日過ぎてしまひましたが。
    長らく「大宅壮一編」として刊行されてきましたが、実の著者は半藤一利氏でありました。いろいろ大人の事情でさうなつてゐたのですが、現在は加筆されて「決定版」となり、満を持して半藤氏の著作として発表されました。
    岡本喜八監督による映画版も観てをります。三船敏郎の阿南惟幾が切腹するシーンが目に焼き付いてゐます。

    さて「日本のいちばん長い日」とは、1945(昭和20)年8月15日の事ですが、厳密には前日14日正午から、玉音放送の15日正午までの24時間となつてゐます。
    本書では1時間毎に区切り、24章からなつてをります。7月下旬にポツダム宣言が通達されてから、受諾を受けることが決定するまでの間を「プロローグ」として、予備知識を読者に与へてくれます。

    ポツダム宣言を受け入れるまでに20日近くかかつてゐます。この「最後通牒」を軽んじてゐた日本政府・軍部は、これを黙殺するのみであると決定しました。お陰で8月6日に広島、8月9日に長崎に原子爆弾が投下され、多くの命が失はれたのであります。無論それ以外にも戦場で多くの若者が死にました。怒りしかありません。

    政府がポツダム宣言を受諾し、天皇が自らラヂオで終戦を宣言する、と決定しても、それを許さずといふ一派がクーデターを目論みます。日本の敗戦を認めず、近衛師団の森赳中将を殺害したり、ニセの師団長命令を出したり、玉音放送を阻止せんと、一時は皇居まで占拠します。
    このクーデター集団の暗躍とその失敗が本書の眼目に置かれてゐるやうに思ひます。旧版に比して、かなりの新事実が加筆されてゐるやうです。その取材方針は好感が持てます。はつきりしない事項はそのまま不明としたり、事実を並べるだけにして結論を出さなかつたり。

    わたくしが小説から離れ、ノンフィクション作品を多量に読むやうになる切つ掛けとなつた一作であります。12年くらゐ前でせうか。自分はまだまだ何も知らぬなあ、小説など読んでゐる場合ぢやないよと思つたのです。まあそれくらゐのイムパクトがあつたといふ事ですね。なるべく多くの日本人が読むといいなあと思ひました。デハまた。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-763.html

  • 玉音放送が流れるまでの24時間を追ったノンフィクション。8月15日の正午までに何が起こっていたのか、玉音放送が、放送された軌跡と奇跡を日本人なら知っておくべき。
    始めたものを終わらせる難しさを感じた。

  • 戦後日本に生まれ育ったので終戦に向かう流れを
    当然(善)と受け止め、それを阻止しようとする
    軍人達を理解不能な当時の遺物と思うかもしれない。
    しかし、授業では単純に終戦(敗戦)は
    ポツダム宣言受諾と片づけられるかもししれないが、
    大人になったらその決断の裏にどのような
    当時の人々の信念・思惑があり、
    指導者たち、そのもとの人々が、
    どう生きて、死んでいったか知る必要があると感じた。
    今では、国であったり、組織であったり、
    当時自分が依り護る対象がそれまでの人生で
    いかに形作られてきたのかはこの一日を見るだけでは
    理解できないだろうから、
    正しく把握しなければならないだろう。
    それには、この本のなかだけで、
    当事者を評価できないが
    二度と戦争を自らの手で起こさないために
    戦勝国の後の歴史でもなく東アジア、東南アジア諸国
    の視点でもなく、なぜ戦争ははじまり、
    どのような結末を迎えたのか俯瞰して
    正当化も卑下もなく、弁護も糾弾もなく
    その時代を知っておきたいと、強く思わされた。

  • 建国以来唯一の敗戦。天皇陛下を中心とした国体を守ろうとした陸軍の面々。陸軍は長州藩の流れをくむという司馬遼太郎の指摘の通り、過激かつとことん尊皇。終戦前夜の攻防は江戸城開城前夜の勝海舟の話を彷彿させるが、勝の自慢話ではうかがい知れなかった克明な事実が数十年前の昭和史にはある。徹底合議型の鈴木首相、侍そのものの阿南陸相、名門武家が持つ王者の風格が漂う徳川侍従、その他多勢の男達が真剣に国のあるべき姿を命がけで守り抜こうとした。圧巻はここ一番で国民や兵に直接話しかけると提案なさった天皇陛下だったと思う。

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著者プロフィール

半藤 一利(はんどう かずとし)
1930年、東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、文藝春秋新社に入社。編集者として活動しながら匿名記事も記す。1965年に大宅壮一の名義を借りて『日本のいちばん長い日』を執筆、発行。『漫画読本』『増刊文藝春秋』『週刊文春』『文藝春秋』編集長を歴任。1995年に文藝春秋を退社してから作家・評論活動専任となる。
1993年『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞、1998年『ノモンハンの夏』で山本七平賞、2006年『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞をそれぞれ受賞。2009年の語りおろし『昭和史 1926-1945』『昭和史 戦後篇 1945-1989』はベストセラーとなった。
妻の半藤末利子は、松岡譲と、夏目漱石の長女・筆子の四女で、夏目漱石が義祖父にあたる。

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