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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784167502041
みんなの感想まとめ
宗教やカルトに対する深い考察が展開される本作は、オウム真理教の信者や元信者へのインタビューを通じて、彼らの内面的な世界や社会との関わりを描いています。地下鉄サリン事件の被害者に焦点を当てた前作に対し、...
感想・レビュー・書評
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村上春樹が地下鉄サリン事件をはじめとするテロや加害を行ったカルト集団であるオウム真理教の信者たちにインタビューを行った一冊。地下鉄サリン事件の被害者にインタビューを行ったアンダーグラウンドの続編とも言えます。なお本作に出てくる信者たちは地下鉄サリン事件には関与していない人々。
オウム真理教というカルトは一つの”社会”であり、ある特定の人々にとっての居心地のよい空間だった。あれだけの大事件が起きた後でも、信者からのオウムという組織に対する目線は必ずしも批判的にならない。宗教団体とはこういうものか、と感じる一方、ある組織が破滅的結末に向かう様は必ずしも宗教団体特有とも思えない。現世から手を切った人たちが、ある意味で居心地の良い空間に依存し、そこでも疲弊し、カリスマ的犯罪者の思想に従ってテロ行為に手を染めた。
巻末にある河合隼雄との対談も必読でした。本作を読んでも地下鉄サリン事件を代表とする数々の犯罪の動機は理解しきれない。一方で各信者の声は必ずしも他人事ではない。自分も人生の中で似たような虚無感を抱えたこともあり、その時に「カルトへの恐怖感」がなければそちらに流れる選択肢もあったのかもしれない。
アンダーグラウンドと合わせて、読む意義の大きな一冊でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
52冊目『約束された場所で underground 2』(村上春樹 著、2001年7月、文藝春秋)
『アンダーグラウンド』(村上春樹 著、1997年3月、講談社)の続編であり、なおかつそれと対をなすノンフィクション。地下鉄サリン事件の被害者へのインタビューをまとめた前作に対し、本作はオウム真理教の信者/元信者へのインタビューをまとめたものとなっている。
宗教の善悪について考えるきっかけとなる一冊。
巻末には心理学者・河合隼雄との対談が収録。
「世界というのはそれぞれの目に映ったもののことではないかと」 -
会社の人が村上春樹が好きと言っていて。
久しぶりに読みたいなあと思っていて。
undergroundも気になっていましたが、
二段組の分厚さに尻込みして。苦笑
結果、underground2を手に取りました。
本書は村上春樹が、
オウム真理教の信者、元信者たちへの
インタビューが書かれています。
インタビュアーの方々の話は、
ぜひ本書を読んで欲しいのですが、
巻末に、
河合隼雄と村上春樹の対談が載っていて、
そちらも読み応えがあります。
善とは何か?悪とは何か?救いとは?
ゴールデンウィーク中でしたが、
さまざまな言葉や感情がぐるぐる回りました。 -
読むべき本だった。被害者のインタビューを集めた「アンダーグラウンド」に続き、少し間をあけてオウム信者にインタビューしたものを集めたこの本を読んだ。読むべき本だった。
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オウム真理教に関するインタビュー集第2弾。今回は信者や元信者8名のインタビューです。一人一人丁寧に淡々とした筆致でそれぞれの人生が描かれています。
そこから感じるのはみんな普通の生活を送ってた人なんだということ。
前著「アンダーグラウンド」とあわせて読むと良いかも。オススメです! -
オウム事件のインタビュー集。
思考回路と行動に興味がある私は人はなぜ宗教にひかれるか?というところにも興味があります。
村上春樹は小説よりエッセイやインタビューの方が好きですがきっと異端な考えなんだろうなあ。。。 -
村上春樹「これは小説家として思うんですが、ネガティブなところから出てこない物語ってないんですよね。物語の本当の影とか深みとかを出すのはほとんど全部ネガティブなものなんです。ただそれをどこで総体的な世界と調整していくか、どこで一本の線を引くか、それが大きな問題になると思います。そのためにはバランスの感覚がどうしても必要になりますよね。」
河合隼雄「そうです。そのネガティブなものをかかえこんで、抱きしめている時期が必要なのです。醸成する期間といいますか。そういうものがたっぷりあるほど、それに見合ったポジティブなものが自然に出てきます。それはポジティブなものに関しても言えることですよ。」
ずしん。 -
社会不安が増大している、読み時はいまだと思った。
宗教の話には弱い、妙に怖くなってしまう。けれどこの本は、文章のおかげで興味深くあっという間に読めた。
河合隼雄さんとの対談もよかった。
最後には自分が考えないといけない、と、そのためには悪い物語に覆われないように、とおもう。 -
『アンダーグラウンド』では明言されていなかったが、こちらでは河合氏との対談ではっきりと語られている。つまり、こちら側とあちら側のシステムが通底している部分があるということ。
村上氏はあちら側とこちら側の壁の薄さを警告しながら「地下鉄サリン事件で人が受けた被害の質はその人が以前から自分の持っていたある種の個人的な被害パターンと呼応したところがある〜」など、自身も、その壁が曖昧になるような発言をしているのが不可解だ。
オウムに帰依するきっかけとして、体調不良の解消というのが気になる。
私自身、希少疾患ゆえ長年病名が判明せず大学病院から鍼灸院まで転々としたが、その中で気功やヨガのサークルにも誘われた。そうした場所では「身体と心は密接に繋がっていて、病は心の癖が招くカルマ」的な考えが当然のようにまかり通り(癌は怒りの現れだとか?)更に前世のことまで持ち出され…。 そんなやるせない、苦い記憶が蘇った。
イエスの時代から治療者を奇跡を起こす人としてカリスマ視してしまう人がいるようだが、私には理解できない心情だ。
目に見えない力(超能力や千里眼を含む)を全面否定はしない。私自身、気功を受けているが、効果を感じている。
だからといって、その治療者が人格的に優れているとも、霊的ステージが高い(笑)とも思わない。運動神経が優れていることや絶対音感を持つことと同じようにその才能を認めるだけのことだ。
功利的で物質主義的な現代社会の中、生真面目で純粋ゆえに生き辛く、こぼれ落ちていく元信者のような人達の受け皿が必要であると河合氏はいうが…。
現代社会に異を唱えるやり方ならば幾らでもある。私からすれば、社会運動かボランティアでもすれば己の存在意義も得られて一石二鳥だと思うのだけど。このインタビューを読んだ限り、彼らにとってそれは望むところではないようだ。
思うに彼らは自分のことしか考えていない。自分が救われること、自分が解脱することばかりに興味が行くらしい。
厳しい修行も己がため。
結局、スピ系サークルや密教系の勉強会などが受け皿になるのだろう。
それでもオウムのような事件を起こす団体は稀であろうから(問題点はたったひとつ、タントラ ヴァジラヤーナだけだから)弊害っていってもせいぜい村上氏のいうように「より高い精神レベルにあるという選民意識」を持つぐらいだろう。
「空しいのは、《功利的な社会》に対してもっとも批判的であるべきはすの者が、言うなれば《論理の功利性》を武器にして、多くの人々を破滅させていったことなのかもしれない」
このインタビューから15年余り、現在の彼らがどうしているのかそれが知りたい。 -
アンダーグラウンドも、この約束された場所でもとても価値のある本になっていると私は考えている。
地下鉄サリン事件は私が生まれる以前の出来事なので、当然何も知らなかったが、被害者と信者のインタビューからより立体的にこの事件を認識することができた。
村上春樹のインタビューの姿勢もよくて、彼自身フラットに物事を考える人だから、インタビューもあまりに重いバイアスがかかっていないので読みやすい。
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『アンダーグラウンド」を読んだ流れで、本作を読んだ。
加害者側の視点で構成されており、この人達も完全なる悪というわけではなく、ある意味被害者でもあったのだなと思った。
信者が加害者なのか被害者なのかそのバランスは、人それぞれであるが完全なる悪は麻原を含めて存在しなかったのではないかと思わされた(もちろん実際に被害に遭われた方やその家族は簡単にそのように考えることは難しいとは思う)。
信者の多くは結局のところ現世というシステムに馴染めず、オウム的な思想に共感してオウムという受け皿に流れてしまうことになってしまったわけだが、オウム以外の受け皿を社会はどのようにして用意して受け入れたらいいのだろうかということを考えさせられた。
事件が起きてから30年経つわけだが、社会は多少はそのような受け皿を用意して提供することができているのだろうか?
ただ、以前より多様性が認められるようになり、自分なりのカラーを出せるようになったことは、オウム的なるものに依存する必要性が減ったともいえなくもないとも思った。
自分や組織の中に悪が全く存在しないなんていうことはないという話が印象的だった。ということは、健全に見える個人や組織もいついかなる時に悪が表面化されるわ分からないということを考えると非常に怖いことだなと思う。昨日の善人が今日になって悪になっている場合もあるのだ。
悪と善の間が薄っぺらい壁で隔たれているだけであるならば、どのようにして私たちは悪と戦えばいいのだろうか?また、自分の中の悪とどのようにして対峙すればいいのだろうか?
そのようなことを考えさせられた。
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某所読書会課題図書:村上さんと8人のオウム関係者とのインタビュー、河合さんとの対話が収録されているが、インタビューについては村上さんの辛抱強さが目立っていて内容としては掴み取れるものがなかった.オウムの教義についてインタビューを受けた人はあまり重きを置いていない感じだ.意識せずに神社に参拝する輩は神社自体に教義が皆無であることを知らない.それと同様な思いでオウムを捉えていたのではないかと推測する.対話では、オウム関係者が小さな箱の中だけで物事を考えていたのではという指摘があったが、その通りだと感じた.視点がクローズされており、敢えて外に向けていない感じだ.「原罪」についての議論があったが、ベースとして日本人に欠けている部分だなと痛感した.
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2023年4月1日読了。村上春樹が地下鉄サリン事件被害者にインタビューした『アンダーグラウンド』の続編、オウム真理教の信者たちに行ったインタビュー8本と河合隼雄との対談を収録。前作のインタビュイーは62人だったが、教団関係者にコンタクトをとって対談にこぎつけるには相当な労力が必要だったのだろうな…と想像する。著者自身の述懐にもある通り、信者たちは一様にまじめでそれぞれの形で教壇に魅力を感じており(まあ、だから入信したわけだが)「教団のすべてが間違っているわけではない」と考えているのことは、まあその通りだとは思うが、「戦争のすべてが悪いわけではない」みたいな発言のように、特に当事者・関係者としては「そんなことを言う前にやることがあるだろう」という思いが強くなるが、そういうことを彼らに問うても無駄なのだろうなあ…もともと現世に興味がなく解脱を目指した人々に、教義の現実の妥協点・着地点を見いだせ、というのは無理な話。マスコミや一般大衆の無知・いたずらに恐怖をあおるだけの対応は何も生まない、著者のこの試みは小さな取り組みではあるが、日本人・人類にとって有意義なものだったのだと思う。
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突風の中に放り込まれたような読書でした。
多くの人の考え、しかもそれが一般的に「正しくない」と認識されているという前提条件を知った上で、その考えを読むこと。わたし、文章の、言葉の力というのはすごく大きいと思っていて。一度読んでしまったら少なからずわたしのどこかに何かが残ると思うのです。その中で、「わたし」を見失わないように注意しながら読まなくてはいけない。だからものすごく疲れました。本当に興味深い内容で、平易な言葉で書かれていて読みやすくて、なのにこんなにしんどい読書体験ってなかなかない。読み切ることが出来たのは、村上春樹というフィルターがあることへの安心感から。春樹に守られている、河合隼雄が引き戻してくれる、そういう本。
わたしにとっての「正しさ」が誰かにとっても「正しい」のではない。一人称をそのまま複数形にしてしまうことの危うさ。主語は丁寧に、注意深く扱うべき。あと世界は複雑なのだと思う。すっきりと、綺麗に説明なんて出来るものではなくて、世界を複雑なままに受け入れることが必要だと思う。そして生きていく意味だとか真理だとかは、本当に長い間、それこそ一生をかけて向き合っていくもの。答えの出ないけれど、問い続けるべき問いってあるとわたしは思う。
オウムの信者・元信者の考えには共感出来るところも、同情してしまうところも、非常に興味深いところもあった。真剣に生きる意味を模索する人々、現代の競争社会・資本主義の経済体制・消費のスピードと効率が何よりも重視される価値観、に合わせていくことの出来ない人に、わたしはとても魅力を感じる。そういう人の受け皿がオウムしかなかったこと。これは完全に社会の欠陥。悪とは何か。世界とは何か。物語の力とは。あらゆることを考えなければならない。わたしは、バランス感覚と身体性を持って、上手に抱え込んで、生きていかなければならない。そんなことを思いました。何度でも立ち返りたい、大切な一冊。 -
発行元は異なるが、この本は『アンダーグラウンド』の延長線上に位置するものだ。
そして今回は、「加害者」の視点から地下鉄サリン事件が描き出される構成となっている。語られる物語一つ一つから浮き彫りにされる「内なる『悪』に打ち克つと今度はその外に『悪』が必要になる」という構造は、とても滑稽に思えるだろう。だが、仮に私たちが「悪」を排除さえすれば社会に「正義」がもたらされると考えているのならば、そこにどんな違いがあると言うのだろうか。
自分の中に潜む「悪」と、どう向き合い、折り合いをつけていくのか――村上(春樹)さんの小説の永遠のテーマのひとつ人間の「暴力性」について、これほど分かりやすく心に訴えかけてくれる本はないだろう。 -
すごく印象的なのが、多くの人がオウム自体は悪くなかった、と思っているんですよね。恨んだりもしていなくて中は良かったと。(割と近くにいた人はまた違うんですが)
やることがあって、それに一生懸命になって、大変だけど充実もしてて。
考えることを放棄できる状況に身を置くことが必要な人に、そうさせてくれる環境って実はそんなにないんですよね。
だけらオウムや一部の感情的な政党がその部分を担ってしまっている。
日本の社会全体の問題点がたまたまオウムという形で現れただけで、問題点が変わら
ないままではまた同じことが起きるかもしれないと思うととても怖く思いました。 -
地下鉄サリン事件の被害者たちへのインタビューをまとめた前作に続く、オウム真理教の信者側へのインタビューをまとめたノンフィクション。
怪しいカルトにはまってしまった人たちはきっとよく分からないことを考えていた訳の分からない人たちなんだろうなと思い切り斜に構えて読み始めたけれど、読んでみると決してそんなことはなかった。
世の中には不条理なことがたくさんあって、正しいことをしているはずなのに報われなかったり、生きている中で環境や時代が変わるといきなりルールが変わってしまったような絶望感を覚えたりすることがたくさんある。そういうモヤモヤとしたものや矛盾との付き合い方を、大多数の人は小説や映画、フィクション、人間関係などの中で見つけながら、ごまかしごまかし生きていくものではないかなと思うけれど、この本に出てくる方々は、それを宗教の中に見つけてしまったのかなと感じた。ほんの少しだけ色々考えすぎてしまったりうまく社会に馴染めなかったりした人たちにとって、オウムという宗教は居心地のいい居場所で、救いだったのかもしれない。
自分が思っていたほど、自分と宗教にハマってしまう人たちとの間に違いはないのかもしれないと感じて、少し怖くなった。 -
「自分の悪というものを自分の責任においてどんだけ生きているかという自覚が必要なんです」対談相手である河合隼雄の言葉が印象に残った。
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アンダーグラウンドは被害者にインタビューした内容だったので、その反対の立場から書かれた本書は加害者側かと思ったけど、そりゃそうですよね、実行犯ではなく事件当時オウム真理教に入信していた人へのインタビューだった。ので、期待と少し違って彼らにとっても事件は少し遠い感じがあり、アンダーグラウンドほど生身な感じを受けなかった。またどうしても性差によるエピソードの違いを除くと一人ひとりが判別しづらい印象を受けた。村上さんの筆でもそうなのだから、文章で違いを出す、というのは相当難しいことなのかもしれない。
オウムの実体や、宗教的なことに疎い私としては、入信した経緯なんかを読むと、
色々不条理なことがあっても現世で精一杯生きることが一番の修行なんじゃないかと思った。
他断片的に印象に残ったことは
大人になるということは、スナフキンみたいになることだと思っていた。
2024.6.25
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