約束された場所で (underground2)

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 151
  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167502041

感想・レビュー・書評

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  •  村上春樹「これは小説家として思うんですが、ネガティブなところから出てこない物語ってないんですよね。物語の本当の影とか深みとかを出すのはほとんど全部ネガティブなものなんです。ただそれをどこで総体的な世界と調整していくか、どこで一本の線を引くか、それが大きな問題になると思います。そのためにはバランスの感覚がどうしても必要になりますよね。」
     河合隼雄「そうです。そのネガティブなものをかかえこんで、抱きしめている時期が必要なのです。醸成する期間といいますか。そういうものがたっぷりあるほど、それに見合ったポジティブなものが自然に出てきます。それはポジティブなものに関しても言えることですよ。」

    ずしん。

  • 突風の中に放り込まれたような読書でした。
    多くの人の考え、しかもそれが一般的に「正しくない」と認識されているという前提条件を知った上で、その考えを読むこと。わたし、文章の、言葉の力というのはすごく大きいと思っていて。一度読んでしまったら少なからずわたしのどこかに何かが残ると思うのです。その中で、「わたし」を見失わないように注意しながら読まなくてはいけない。だからものすごく疲れました。本当に興味深い内容で、平易な言葉で書かれていて読みやすくて、なのにこんなにしんどい読書体験ってなかなかない。読み切ることが出来たのは、村上春樹というフィルターがあることへの安心感から。春樹に守られている、河合隼雄が引き戻してくれる、そういう本。

    わたしにとっての「正しさ」が誰かにとっても「正しい」のではない。一人称をそのまま複数形にしてしまうことの危うさ。主語は丁寧に、注意深く扱うべき。あと世界は複雑なのだと思う。すっきりと、綺麗に説明なんて出来るものではなくて、世界を複雑なままに受け入れることが必要だと思う。そして生きていく意味だとか真理だとかは、本当に長い間、それこそ一生をかけて向き合っていくもの。答えの出ないけれど、問い続けるべき問いってあるとわたしは思う。

    オウムの信者・元信者の考えには共感出来るところも、同情してしまうところも、非常に興味深いところもあった。真剣に生きる意味を模索する人々、現代の競争社会・資本主義の経済体制・消費のスピードと効率が何よりも重視される価値観、に合わせていくことの出来ない人に、わたしはとても魅力を感じる。そういう人の受け皿がオウムしかなかったこと。これは完全に社会の欠陥。悪とは何か。世界とは何か。物語の力とは。あらゆることを考えなければならない。わたしは、バランス感覚と身体性を持って、上手に抱え込んで、生きていかなければならない。そんなことを思いました。何度でも立ち返りたい、大切な一冊。

  • 発行元は異なるが、この本は『アンダーグラウンド』の延長線上に位置するものだ。
    そして今回は、「加害者」の視点から地下鉄サリン事件が描き出される構成となっている。語られる物語一つ一つから浮き彫りにされる「内なる『悪』に打ち克つと今度はその外に『悪』が必要になる」という構造は、とても滑稽に思えるだろう。だが、仮に私たちが「悪」を排除さえすれば社会に「正義」がもたらされると考えているのならば、そこにどんな違いがあると言うのだろうか。
    自分の中に潜む「悪」と、どう向き合い、折り合いをつけていくのか――村上(春樹)さんの小説の永遠のテーマのひとつ人間の「暴力性」について、これほど分かりやすく心に訴えかけてくれる本はないだろう。

  • (01)
    地対地,地縛,地面に近いところ,グラウンドがテーマの本書にあって,著書は時折,わたしたちが立つ場所の根拠や平等を担保する「地」に触れている.また,河合氏との対談では「箱の中」というキーワードが持ち出される.この「地」と「箱」はどのような関係にあるのか.オウム真理教の一連の事件の被害者や加害者が巻き込み/巻き込まれた情況を把握するのに,この二つの隠喩を参照することは有効であるのかもしれない.もちろん,地下鉄はアンダーグラウンドであって,「地」に潜る「箱」でもあるのだから.
    7人へのインタビューはどれも各氏の半生が浮き彫りにされており,ここでの著者のアプローチや筆致が適切であったことを告げている.彼女ら彼ら(*02)は著名な作家であるから話をしたということもあるだろうが,彼女ら彼らの話が,これほどまとまって聞かれる場所はそれまでにあったのだろうか,逆に,彼女ら彼らがこれほどまとまって話をする場所が,その半生のすべての期間を通して,あったのだろうか.話を聞くことと話をすることがセラピーである以前に,人の話が人によって聞かれる場所は,この社会に用意されているのだろうか.

    (02)
    とはいえ、彼女ら彼らは既に渦中にない。サリン事件等の凶悪な犯罪に対して指導的な立場や実行的な活動にあったわけではないため、ややオウム真理教を客観視することもできている。その立ち位置が、読者によっては、無責任に思えるかもしれないし、社会とカルトの社会の両方にまたがる生を歩んだものの両義的で分裂的な実存を本書で確認することができるのかもしれない。
    また、やや渦中から遠い場所にいる河合氏や村上氏であっても、ふたつの異同ある側面を見ようとするからこそ、優しい分裂から逃れられているわけでもない。

  • 環境で人は動く。環境次第で、狂気的にも穏やかにもなる。自分が’自分’でいられる環境に身を置くことの大切さ。

  • 正直、じわりとした、それでいてどこか、膜を1枚隔てたような、そんな恐さがありました。
    何かがずれてしまえば、私も有り得るかも知れない。可能性の問題かも知れませんが。

    私は、潔癖ですが。
    気付かれないように、バランスを取る作業をしていました。
    丁度二十歳前後の事です。

    自分でもバランスを取っているんだなぁと解っていたので、白と黒のように、振り子のように、同じ分だけ割合や役割を保っていた。
    その中でも、真ん中にはブラさない軸があって、それは絶対に手放さなかった。手放しちゃいけない事も解っていた。
    そこを、他者へ預けてしまったのだと思う。彼らは。
    多分、そこが、大きな渦へ繋がり、引き込まれ、何かに負けてしまった要因なのだと思う。

    物凄いエネルギーが要ると思います。
    彼ら、彼女らが、オウムで信じていたものを解体させ、自らで再構築していくのは。
    憔悴するだろうな。
    きっと、張本人にしか、苦しさや震えは分からないんじゃないかな…。

    考え続けるしかないんじゃないかな。
    白と黒の間の、グレーの中で。

    自分の事のようで、少しぴりぴりして、小石のような重さが心にのこりました。

  • 『アンダーグラウンド』では明言されていなかったが、こちらでは河合氏との対談ではっきりと語られている。つまり、こちら側とあちら側のシステムが通底している部分があるということ。
    村上氏はあちら側とこちら側の壁の薄さを警告しながら「地下鉄サリン事件で人が受けた被害の質はその人が以前から自分の持っていたある種の個人的な被害パターンと呼応したところがある〜」など、自身も、その壁が曖昧になるような発言をしているのが不可解だ。

    オウムに帰依するきっかけとして、体調不良の解消というのが気になる。
    私自身、希少疾患ゆえ長年病名が判明せず大学病院から鍼灸院まで転々としたが、その中で気功やヨガのサークルにも誘われた。そうした場所では「身体と心は密接に繋がっていて、病は心の癖が招くカルマ」的な考えが当然のようにまかり通り(癌は怒りの現れだとか?)更に前世のことまで持ち出され…。 そんなやるせない、苦い記憶が蘇った。

    イエスの時代から治療者を奇跡を起こす人としてカリスマ視してしまう人がいるようだが、私には理解できない心情だ。
    目に見えない力(超能力や千里眼を含む)を全面否定はしない。私自身、気功を受けているが、効果を感じている。
    だからといって、その治療者が人格的に優れているとも、霊的ステージが高い(笑)とも思わない。運動神経が優れていることや絶対音感を持つことと同じようにその才能を認めるだけのことだ。

    功利的で物質主義的な現代社会の中、生真面目で純粋ゆえに生き辛く、こぼれ落ちていく元信者のような人達の受け皿が必要であると河合氏はいうが…。
    現代社会に異を唱えるやり方ならば幾らでもある。私からすれば、社会運動かボランティアでもすれば己の存在意義も得られて一石二鳥だと思うのだけど。このインタビューを読んだ限り、彼らにとってそれは望むところではないようだ。
    思うに彼らは自分のことしか考えていない。自分が救われること、自分が解脱することばかりに興味が行くらしい。
    厳しい修行も己がため。
    結局、スピ系サークルや密教系の勉強会などが受け皿になるのだろう。
    それでもオウムのような事件を起こす団体は稀であろうから(問題点はたったひとつ、タントラ ヴァジラヤーナだけだから)弊害っていってもせいぜい村上氏のいうように「より高い精神レベルにあるという選民意識」を持つぐらいだろう。

    「空しいのは、《功利的な社会》に対してもっとも批判的であるべきはすの者が、言うなれば《論理の功利性》を武器にして、多くの人々を破滅させていったことなのかもしれない」
    このインタビューから15年余り、現在の彼らがどうしているのかそれが知りたい。

  • 2014.5.4
    アンダーグラウンド2

    1を読んだ時の衝撃はなかった。

    1では事件被害者がありありととてもリアルに苦しんでいた。
    でもその対岸にあるべき2の加害者たちに、加害意識なんて微塵もない。
    まず悪人でないし、みな真正面から生きることに取り組んでいるだけで、サリンのことなんてちょっとも知らない。その被害者側と加害者側のずれにとても違和感を感じる。
    そのずれはこの人たちが実行犯でないからではなく、たぶん実行犯にしても、この人たちと同じようにほわーんとしたことしか答えずリアルな悪なんてどこからもでてこないんじゃないかな。
    じゃあオウム側の人たちに問題はなかったかと考えると、それはありえない。彼らは無意識な加害者である。
    けっきょく自分が悪に加担している事実に気づけていないところにオウム側の問題があると思う。でもそれは出世の時の献金、食事作り、製本作業などぜんぜん悪とかけはなれてみえるから気づくのは難しい。でもちゃんと考えれば気づけたんじゃないかな。サリンが撒かれるっていう具体的なことではないにせよ、大きな問題を孕んだ組織だってことを。
    でもこの人たちは考えるなんてやめちゃってる。やめるのを考えるのはすごく怖いことなんだ。
    たぶん苦しんで考えて悩んでしか、もう今の世の中で生きていけれない。それをやめたら、もうそれは悪なんだ。
    私はすでに無意識の加害者であり(世界の食糧問題や貧困問題や他の私が知らないいろんな視点からみると)、しかも問題解決に取り組んでもいないので、オウムの人たちとそんなに変わらないと思う。でも考えることを放棄しないで苦しんで悩んで生きたいなあ。でも少しがいいけど。

  • 「アンダーグラウンド」が癒しと共感をもたらしたのとは反対に、読んでいて常に何とも言えない苛立ちを抱き続けた。それはもちろん、インタビュアー村上春樹自身から発せられたものであり、読んでいる私自身のものでもある。そして、それはそのまま全ての日本人がオウム事件に対して抱き続けてきたものだ。オウムはあなたであり、私なのではないか、という村上の問いが、頭の中を駆け巡っている。

  •  地下鉄サリン事件の被害者を取材して書かれた『アンダーグラウンド』からさらに時を経て、村上春樹がオウム真理教信者たち(および元信者たち)にインタビューした『アンダーグラウンド2』

     信者(元信者)たちは、いわゆる実行犯と呼ばれる人たちではないので、事件の真相はインタビューからは見えてきませんが、このような考え方をして、事件前後このように過ごしていた人がいたということは、事実として受け止めることができました。感想は一言では言えない。まとめることもできないし、これで何がわかったという手ごたえもなく、ただ焦燥感のみが残りました。「そうだったのか」というよりは「やはり」という思いの方が強かったです。

    • なぎさん
      いつもコメントありがとうございます。

      >読んだ人の大半が…
      やはり、そうなのでしょうね。
      時代や世の中のせいにするには、この事件はあまりに...
      いつもコメントありがとうございます。

      >読んだ人の大半が…
      やはり、そうなのでしょうね。
      時代や世の中のせいにするには、この事件はあまりにたくさんの人の人生を狂わせてしまいました。
      村上さんもかなり突っ込んだインタビューをしていたように感じましたが、依然として見えてこない。いろんな思いはあるけど、言葉にすると、どれもうそになりそうで、うまくコメントがまとめられません。
      2012/07/21
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「依然として見えてこない」
      簡単に答えが出る問題ではありませんから、決め付けてしまうより。モヤモヤを持ち続けているのが正しい遣り方だと思いま...
      「依然として見えてこない」
      簡単に答えが出る問題ではありませんから、決め付けてしまうより。モヤモヤを持ち続けているのが正しい遣り方だと思います。
      2012/07/23
    • なぎさん
      モヤモヤ感を持ち続ける…

      なるほどです。
      確かに明確な答えが出る問題ではありませんね。
      モヤモヤ感を持ち続ける…

      なるほどです。
      確かに明確な答えが出る問題ではありませんね。
      2012/07/23
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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。2019年8月7日発売の『文学界』でロングインタビュー「暗闇の中のランタンのように」掲載。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月末に刊行予定。

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