シドニー! ワラビー熱血篇 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2004年7月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784167502065

みんなの感想まとめ

オリンピックの裏側や選手たちの葛藤を描いた作品で、特に2000年シドニーオリンピックをテーマにしています。著者はオリンピックに対する批判的な視点を持ちつつ、選手たちの人間ドラマを丁寧に描写しています。...

感想・レビュー・書評

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  •  村上春樹の新刊が出たと聞いて、読んでいない20年前の旧刊を、それも上下ある、下から読むってどういうこと?
     でも、まあ、この人につきあって40年以上たつわけで。やっぱり面白かった(笑)。
     あれこれはアホブログで(笑)。
      https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202608190000/

  • 82冊目『シドニー! ワラビー熱血篇』(村上春樹 著、2004年7月、文藝春秋)
    2000年シドニーオリンピックのルポルタージュ。文庫本全二巻のうち本書はその下巻。
    スポーツ雑誌『ナンバー』の企画だが、著者のオリンピックに対するスタンスはかなり批判的なものであり、この下巻では巨大資本を中心に動くオリンピックの問題点をズバズバと書き表している。

    〈そして、考えてみれば奇妙なことなのだけれど、僕はそのワラビーの助けを借りて、オリンピックというメタファーを今のところなんとか地べたにつなぎ止めている〉

    • 傍らに珈琲を。さん
      ムッネニークさん!
      こんなの出てるの知らなかったです!!
      そして…出た、メタファー 笑
      ムッネニークさん!
      こんなの出てるの知らなかったです!!
      そして…出た、メタファー 笑
      2023/09/25
    • ムッネニークさん
      傍らに珈琲を。さん、コメントありがとうございます♪
      ちょっと(かなり?)マイナーな作品ですが、文章は軽やかでとても読みやすいです。スポーツ雑...
      傍らに珈琲を。さん、コメントありがとうございます♪
      ちょっと(かなり?)マイナーな作品ですが、文章は軽やかでとても読みやすいです。スポーツ雑誌のオリンピック密着エッセイなのに「オリンピックは退屈」と言い切っちゃうのは村上春樹だけだと思います笑
      オーストラリアの歴史を兄弟に喩えてわかりやすく教えてくれたり、なんとも楽しくてためになる一冊です(^^)
      2023/09/27
  • 有森裕子のエピソードがよかった
    五輪という巨大で残酷な肉挽き機の中で
    彼女は自分の尊厳を賭けて走り抜いた

  • 2000年に開催されたシドニー五輪の観戦記録。
    歯に衣着せぬ文章がとにかく心地いいです。村上流オーストラリアの歴史解説も分かりやすかったです。心なしか日を追うごとにツッコミが鋭くなっているような気がします。朝ランニングして、観戦して、ビール飲んでをルーティンに、色んな種目を紹介してくれます。テレビ観戦では伝わってこない選手の緊張感や開催地の現状も書かれいて引き込まれます。

  • 2のほうが村上春樹節がきいてておもしろかったかな。愚痴っぽいというか、なんというか。意外にもパソコンを無くして急遽差し込んだオーストラリアの歴史みたいなパートがなかなかおもしろかった。知り合いがオーストラリア人はアメリカ人に憧れてるみたいな話してて?だったけど、ここでもアメリカとオーストラリアはイギリスを父とする兄弟っていう話が出てきて、なるほど。と思った。

  • パリオリンピックで盛り上がってる最中に、しかも来月シドニーに走りに行くので読み始めました。せっかく行くので、著者が足繁く通ったオリンピックパーク(今は閑散としているらしい)や、水族館や動物園や盗難にあったホテルなど彼の目になったつもりで辿ってみたいと思ってしまった。ラストはコアラ純情編の冒頭とも繋がって、オリンピアンたちの人間性や、村上さん視点のオリンピックの商業主義への批判的な視点も一気に押し寄せてくる。この長い長いお仕事から解放されたことへのお疲れさまといいたいのと、コンパクトに村上シドニー観をまとめてくださって感謝したい。特にシドニー日誌はずっと村上レディオの声で脳内再生されていました。面白かった!

  • 20年前のシドニーオリンピック。
    観戦記とオーストラリアについて、シドニー観光など村上さんらしいクールな視点がとっても楽しくおもしろい。
    オリンピックは退屈と言っちゃう村上さんに私も共感したりして。

    「とりあえずの闘いに敗れた二人のランナー」、男子マラソンの犬伏孝行選手と女子マラソンの有森裕子選手、を取り上げ、取材した記述はとても心に響き、オリンピックを通して伝わるものは大いにありました。

    「もちろん僕は勝利を愛する。勝利を評価する。それは文句なく心地のよいものだ。でもそれ以上に、深みというものを愛し、評価する。あるときには人は勝つ。あるときには人は負ける。でもそのあとにも、人は延々と生き続けていかなくてはならないのだ。」

  • 紀行文にお馴染みの新聞記事紹介が今回も面白い。鮫やワニについて日本では考えることなんてないのだろうけど、オーストラリアではそれを考えたくなるのだ。
    高橋尚子の記者会見に対する記述が鋭い。たしかに今思えばあの優等生的な発言しかない会見は、走っている時の力強い姿に比べると違和感がある。
    400m決勝キャシー・フリーマンの文章が素晴らしく、場面がありありと浮かんで同じ感動を共有できた気さえした。
    オリンピックの狂騒から引いた目で見てしまう気持ちはよくわかる。それでも見てしまう気持ちも。
    ふざけたようなサブタイトルも案外内容と合っていて秀逸なのも面白い。

  • 有森さんと犬伏さんのインタビューが良かった。オリンピック期間中の街の様子も面白かった。イギリスとの関係でオーストラリアは従順でアメリカは奔放な子というのはなるほどと思った。

  • 後編「ワラビー熱血篇」の山場は何と言っても400m走キャシー・フリーマンの優勝シーンでしょう。これは村上春樹にしか絶対に書けない世界だなぁと。よく“スポーツ馬◯”なんて言いますが、戦いの世界のシビアさやアスリートの孤独感がヒシヒシと伝わってきます。著者の眼差しは勝者だけでなく敗者にも注がれます。このシドニー五輪は、商業化五輪へ拍車がかかった頃でしょうか。巨大利権への著者のシニカルな視線も着目すべきです。とはいえ、全編通して旅行雑記の風味も。山火事、コアラや毒蛇etcオーストラリアの動物の話など、面白さに引き込まれてあっという間に読んでしまいます。

  • 村上春樹のシドニーオリンピック観戦記
    ランナーとしてフルマラソンを走っている村上春樹のオリンピック観戦記なので、男子マラソンの犬伏孝行とこの大会には出ていなかった有森裕子のインタビューと日々のオリンピック観戦が綴られている。

    村上春樹らしい観戦記が出来上がっています。
    僕も考えてみる。
    勝利とゆうものについて。
    それを得るために支払わなくてはならない代価について。
    正義がどこにあるということについては、僕はほとんど興味を持たない。
    何が正しいのかーーーーー結局のところすべては相対的なものに過ぎないのだ。
    僕が興味をもつのは、そこで何が支払われたかということについてだ。

  • 思い出した。全ての物事は、全ての学びは、優れた観察眼を持った人間によれば、繋がっているのだった。オリンピックはメタファーでしかなく、スポーツというものも試みでいうならば私たちであるかもしれないし、それをメタファーという言葉を使うことは心地よいんだけれども、感覚としてはやはり、繋がっているのであった、という方が正しい。きちんと物事を見てきちんと考える人間であるならば、ひとつのものからいくつもの学びを引き出せる。それらは自分の経験や過去の学びと密接に複雑に結びつくのだけれども、究極的に言えばどう生きるか、死に向かって邁進しているそれぞれの人生がどうあるのだろうかといった、永遠の、人類普遍の、命題。ああ思い出したし思い出させてくれてほんとうに感謝している。春樹はすごい、ほんとうに。それを難なくこなしているようにみえる。難なくではないのかもしれないけれども。この人の書くものにいつも大切なものを、自分にとって本当に大切なものを、思い出させられる。と同時に、すっと大きな流れに流されそうになっている私を発見させられて、再構成させられて、ひどく混乱させられる。よまなければ、といつも思う。よまなければ、もっと単純にいられたかもしれはい。よまなければ、疑問を持たずに流されたかもしれない。しかし読まずにただふわふわと生きるわたしと春樹をよんで混乱の中にいるわたしと、どちらを選ぶかといわれたら、春樹をよんで混乱の中にいるわたしかとおもって読み続けてきたけれど、最早一周まわってどちらがいいのかわからなくなった。こまった。

  • 最後に書かれている、マラソンランナーの犬伏と有森裕子の話がとても良かった。一般的な感覚からすると無謀そうなことに挑戦しようとしている人間へのエールとして読めた。単なるシドニーオリンピックのエッセイとして読み始めたが、読み終わって自分の人生についてもっと考えようと思えた。この本を読んで本当に良かった。

  • @人が何かを証明するには
    村上春樹のシドニーオリンピック滞在記後篇です。
    副題から、ワラビー熱血篇などと肩の力が抜けてますが、ふとした調子に語られる言葉は、時に深遠を覗かされる気分になります。

    安易な感動の話などないし、安易な商業主義への批判もない。
    紋切り型の、どこかで聞いたような一文はなく、それこそシドニー郊外にあるような深い鉱山から掘り出してきたような文章が語られる。

    マラソンランナーに密着したり、サメの話やアボリジニーの話になったり、と、とかく脱線しているように見えながら、読み終えると、こういう書き方でしか今のオリンピックは語れないよな、という感じもします。
    あれだけ巨大なイベントと化したら、一人の人間が全てを平等に公平に語るということが逆にあり得ないという矛盾ですね。

    そんな語られないことよって明らかになるのは
    競技会場は「人々がある種の夢を見るためのグロテスクな装置」かもしれない、ということや「多くの勝利が中毒性に歪められた」ものかもしれない、ということ。

    ゲームが終わった後に残るのは、
    「僕らを地べたにへばりついて生き続けていかなくてはならない。明日、明日、そしてまた明日。僕らは闘い続け、ある場合には途方に暮れる。でも一つだけ確かなことがある。もし競技者が闘争心を失ったら、それは闘うことをやめることなのだ。そういう意味ではオリンピックは大掛かりなメタファーなのだ」
    ということです。
    そんな中で人の護符となるのは
    「撫でることのできた大きな太いワラビーの尻尾の感触」
    苦しく不安げなこの言葉が結論めいたものでした。

    ならば私たちは、
    「自分の生き方の正しさを証明することができるのは、あくまで勝つことよってでしかない」
    悲しいことなんですが、これを認識しないとならない。
    世の中の「ほとんどの人」は結果でしか人を見ない。
    組織に至っては「全ての組織」が、その人の結果だけから判断します。
    人より組織の方が冷酷なのは、判断が全体に影響を及ぼすからでしょう。

    そこで私は違う。
    私は魂で人を見る。
    参加すること(悔いなく戦うということ)に意義がある、と感じる方がいるとするなら、それはその価値観にもとづいて個人でそうするしかないんです。
    みんなにそうしよう、と強制することは出来ない。

    だから我々の恐れるべきは
    「一人、自分を冷酷に追い込める人間だっているだろう。しかし自分に言い訳をすのは、だいたいにおいて他人に言い訳をするより簡単だ」
    ということを自覚すること。

    以前、漫画家アシスタント物語@イエス小池、を読んだ時も
    「自分の夢実現を邪魔するものは、親でも社会でもない。自分の怠惰である」
    という言葉がありました。

    現実は厳しいです。
    でも厳しい現実と渡り合えるのは生きている人間(ゲーム参加者)の特権です。
    後はワラビーの尻尾の感触を抱いて、地を這い続けるのみ。

  • オーストラリアに行ってみたくなった。

  • 東京オリンピックでは何を感じていたのだろうか

  •  明日東京2020の開会式というこの時にこの作品を手にとるのはまことに奇遇なことです。シドニーオリンピックそしてアテネオリンピックとオリンピックがわき立っていたころの様子がありありと目に浮かびました。この度の混沌としたオリンピックはかつては想像しようもなかったものでしょう。果たして途中打ち切りとならずに閉会式まで漕ぎ着けることができるのかさえ不明です。
     犬伏さんと有森さんを的にした村上さんの語り口は秀逸で、個々のプレイヤーが抱えている個々の心の様子を想像することができました。2020に参加する選手たちにこのような思いを抱えて東京に集まったことでしょう。

  • 後半の部分でオリンピックだけで無く人生に当てはまる部分がありそれは人によりやり方はさまざまで良かった。

  • 上下巻読了。ライトな感じでオーストラリア滞在が伝わってくるのはよかった。オーストラリアの歴史にもあたってみたいと思った。ただ、今読むと、そこまでへそまがりじゃなくてもよくないですか、ちょっと意地悪くないですか、と思う部分が散見されてひっかかる。アボリジニとしてオーストラリア選手の代表のように見られた400mキャシー・フリーマンの項は胸が熱くなった。彼女が背負わされた歴史、期待、重圧それをはねのけて結果を出し、放心、硬直、そこからのすこしずつ感情がほどけていく様の描写は。また、有森裕子、犬伏孝行を語る視線もいいなあ、と思った。高橋尚子の描き方は正面からストレートに、ただつるりとした表面を感じて、内面のギザギザを期待するのはちょっと行き過ぎかなと思いつつも。以下目に止まったトピック。/文明とは不便さを改めることで不自由を作り出しているのではないか/1625年のオランダ船バタヴィア号の悲劇/コアラがあまり動けないという構造、樹上生活では体重を増やせずそのためには栄養を制限せねばならず、必然的にあまり活動的にはなれない、と/「オーストラリア人が危険だと言ったらそれは本当に危険だということだ」/ある種の人々は変化を憎む。あらゆる種類の社会的変化を、自分に対する個人的な侮辱や攻撃のように考える人もいる。複合的な視点を持つことを、精神の後退だと見なす人もいる。/審査員の必要なスポーツなんてスポーツじゃない、という乱暴なディスクジョッキー。判定なんて基準が不明確だし誰も納得してないじゃないか、と/オリンピックは退屈じゃないはずだという強い思い込み(事前決定)があるから、人々はオリンピックを退屈だと思わないように努力するのでは、と/ブルース・チャトウィン「ソングライン」の隠者とワラビーのエピソード。/正義がどこにあるかということについては、僕はほとんど興味を持たない。何が正しいかーー結局のところすべては相対的なものにすぎないのだ。(略)僕が興味を持つのは、そこで何が支払われたかということについてだ。

  • この時期にこんなオリンピック話を読むと中々感慨深い

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著者プロフィール

村上春樹・作家。1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『スプートニクの恋人』、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)などがある。2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞、’22(令和4)年チノ・デルドゥカ世界賞を受賞

「2025年 『街とその不確かな壁(上) (新潮文庫)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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