旅をする木 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 4115
レビュー : 427
  • Amazon.co.jp ・本 (241ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167515027

作品紹介・あらすじ

広大な大地と海に囲まれ、正確に季節がめぐるアラスカ。1978年に初めて降り立った時から、その美しくも厳しい自然と動物たちの生き様を写真に撮る日々。その中で出会ったアラスカ先住民族の人々や開拓時代にやってきた白人たちの生と死が隣り合わせの生活を、静かでかつ味わい深い言葉で綴る33篇を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 本屋さんでなんとなく手に取った一冊。
    これがなんと素晴らしい本でした。

    星野道夫さんの人生が詰まっています。
    アラスカの大自然の中、生きるという幸福感が溢れています。

    自分には星野さんほどの行動力はないけれど、この本は自分にとっての道標になりそうな気がします。

    哲学的でもあり、何度も読み直したい、大切な一冊でした。
    星野さんの他の作品や写真集も見てみたいと思います。

    • 大野弘紀さん
      素晴らしい本ですね。
      素晴らしい本ですね。
      2020/06/26
    • いるかさん
      大野弘紀さん

      コメントありがとうございます。
      本当に素晴らしい本だと思いました。
      巡り会えたことに感謝です。
      大切にしたいと思い...
      大野弘紀さん

      コメントありがとうございます。
      本当に素晴らしい本だと思いました。
      巡り会えたことに感謝です。
      大切にしたいと思います。
      2020/06/26
  • アラスカの大地の中で語る星野さんの静かな声に耳を傾けていると、いつしか自分も同じ世界に存在しているような感覚になる。本のページをめくりながら、アラスカの地図を横に広げ、ああ、ここがユーコン川で、フェアバンクスはここか、西にはベーリング海、と一緒に旅をしていました。

    太古に自然から離れ、自分たちの都合に合わせ、自然を従え、制御し、変化させていると錯覚してしまう人という存在。人の非力な営みなど吹き飛んでしまう、圧倒的な大きさと、悠久の時間で語る自然を前にして、無力で小さな存在であることを知るとき、鳥や狼や熊、他の生き物と同じように生かされているという感覚を持つのか。

    吹きすぎていく風の音と自分の存在だけ、自然の中に包み込まれるような感覚がとても静かで穏やか。このような感覚を味わった後は、毎日目にする木々や鳥の声、身を屈めると見えてくる無数の虫たちの営みを、静かに見つめることができるのではないか。自分が自然の一部であり、生き死にも深くかかわる共生という視点。

    自然に抗うことなく、自らも自然の一部として生かされているという感覚を大切にしたアラスカインディアンの方たちとの生活。時の流れで変化しているとはいえ、自然に対する畏敬の念は忘れていない。アラスカの地に根付き彼らとの生活を愛した星野さんの姿が、静かな語りを通して伝わってくる。

    黒部川の源流、山深く旅した時の感覚を思い出しました。
    いつの日にか、白い大地の中でゆらめくオーロラを見てみたい。

    • naosampoさん
      アラスカ、行ってみたいですね。若い頃に読んでたら、たぶんアラスカ行ってました。そう思って高校一年生の甥っ子に贈ったら、あんまり反応ありません...
      アラスカ、行ってみたいですね。若い頃に読んでたら、たぶんアラスカ行ってました。そう思って高校一年生の甥っ子に贈ったら、あんまり反応ありませんでした。笑。写真集にすればよかったかな。ステキなレビューありがとうございました。
      2016/03/15
    • 8minaさん
      naosampoさん
      こんにちは、コメントと沢山の訪問ありがとうございました。海外に出る必要があり、久しぶりに開けました。本を送り喜んでも...
      naosampoさん
      こんにちは、コメントと沢山の訪問ありがとうございました。海外に出る必要があり、久しぶりに開けました。本を送り喜んでもらえるのは素敵ですね。今回海外に移動する際にもお気に入りの蔵書を何冊か、大事な友人に贈りました。
      2016/03/17
  • アラスカの大自然を愛した写真家・星野道夫のエッセイ。
    星野さんの写真が好きな母の影響で、実家にあった写真集を眺めることはあったのですが、エッセイを読むのは初めてです。

    同じ瞬間に世界のどこかで別の時間が流れている。
    それは、巨大な氷山が轟音とともに削れる瞬間かもしれないし、新たな生命の誕生の瞬間かもしれない。
    山歩きをはじめてから、眼前に広がる雄大な景色に圧倒されることが増えましたが、そんな風景の中で同じ瞬間になにかが起こっているかも…と考えるだけで、ともすれば自分の周囲のことばかりが気になってしまう日常に、清涼な風が吹き込む気がしました。

    日本の子どもたちともにルース氷河で過ごすという企画をされていたのだそう。
    氷に囲まれたマイナス20℃の世界で過ごした1週間は、その後の子どもたちにとって忘れられない時間となったのではないでしょうか。
    星野さんとオーロラを見上げることができた子どもたちが本当にうらやましいです。

    星野さんは、生きるということを本当に楽しんでいた人だったのだということが伝わってきました。

  • 幼少のころ、どこかの山に遊びに行ったとき、ほの暗い森の奥にユリがすくっと立って咲いていることにひどく驚愕したことがあります。そこだけスポットライトがあったたように鮮やかで、凛とした佇まい、まるで時間が止まってしまったようでした。花屋にならぶわけでもなく、花瓶にいけられるわけでもなく、誰一人として愛でることもないようなこんな場所に、一体何のためにユリはこんなにきれいに咲いているのだ? それからふと鬱蒼とした森の奥を、息を殺して眺めまわしているうちに、ひどく恐ろしくなって立ち竦んでしまったものです。
    海にしても川にしても山にしても、ただそこに存在している自然、まるで人間を拒絶するかのような自然、おまえがどう思おうが、どう生きようが俺には関係ないぞ、と言われているような、名状しがたい畏怖の念……。

    そんなことをふと想いながら、星野さんの本を手にとってみると、ひたすらやさしくてみずみずしい。読んでいるうちに本の中に吸い込まれそうになります。
    アラスカの地に連綿と生きる狩猟民イヌット(エスキモー)やインディアンの多様な生き方を、そして多くの野生動物や天空の星空やオーロラを、彼は愛してやみません。その詩情はあまりにも豊かで、まるで悠久のときを生きている自然の一部のようです。

    「……私たちが生きていくということは、誰を犠牲にして自分自身が生き延びるのかという、終わりのない日々の選択である。生命体の本質とは、他者を殺して食べることにあるからだ。近代社会の中では見えにくいその約束を、最もストレートに受けとめなければならないのが狩猟民である。約束とは、言いかえれば血の匂いであり、悲しみという言葉に置きかえてもよい。そして、その悲しみの中から生まれたものが古代からの神話なのだろう。
     動物たちに対する償いと儀式を通し、その霊をなぐさめ、いつかまた戻ってきて、ふたたび犠牲になってくれることを祈るのだ。つまり、この世の掟であるその無言の悲しみに、もし私たちが耳をすますことができなければ、たとえ一生野山を歩きまわろうとも、机の上で考え続けても、人間と自然の関わりを本当に理解することはできないのではないだろうか。人はその土地に生きる他者の生命をうばい、その血を自分の中に取り入れることで、より深く大地と連なることができる。そしてその行為をやめたとき、人の心はその自然から本質的にはなれてゆくのかもしれない……」

    念願かなってアラスカを訪ねてみると、子どものころの衝撃や不思議な感覚がそくざに蘇ってきます。ただただ目の前に広がる壮大な自然にひれ伏してしまうような感慨を覚えました。
    地響きのような軋みと、雷鳴さながら轟きをあげて海に崩れ落ちていく何万年前の氷河、その氷塊の浮き島にちょこんとたたずむ海鳥、高い崖地のわずかな草を求めて食べ歩くドールシープ、独り冬ごもりのために一心不乱にブルーベリーをむさぼる熊、そして産卵のために遡上したおびただしい数の鮭。澄んだ川の中に黒い帯のように連なっています。その川べりには命を繋いで力尽きたむくろが、動物や鳥の餌になり、森や川にはかりしれない滋養を与えるのでしょう。ひたむきな彼らをじっと眺めていると、なんとも胸がつまってうまく言葉をみつけることができません。ときおり風が運んでくる朽ちた臭いも、その自然の中に深く溶け込んで巡り巡っているものだと思えてなんだか愛おしくなります。

    厳しく優しい自然と、その自然の中で失った多くの友、死すべき人間のはかなさを肌身に感じてきた星野さん。彼も熊に襲われ落命しています。厳しい自然の掟に悔やんでしまいますが、彼が残してくれた散文詩のような素晴らしいエッセイと、自然の一瞬間をとらえた写真を通して、彼の深い宇宙観に触れることができるのは、とても幸せなことです。

    自然が好きな方はもとより、日々の生活に疲れてしまった人にも、ぜひお薦めしたい♪

  • アラスカの大地に身を置き、移りゆく自然が織り成す姿と
    そこに生きる動物たちを写真に捉えることを生業とした、星野道夫さんの綴る
    エッセイ集です。

    またいつものように地図を広げて。
    星野さんが辿ったアラスカの各地を、一緒に旅するように
    地図の上をなぞりながら、雄大な大地と海、そしてそこに生きる
    動物たちとともに生きていく星野さんを想像して楽しみました。

    高校生の時に出会ったある一枚の写真をきっかけに、アラスカへの
    第一歩を踏み出した星野さん。その少々無謀ともいえるような第一歩も
    そしてその後、アラスカで生活をしながらアラスカの大自然と
    共存していくことを選択して、アラスカ中を駆け巡っている
    星野さんのバイタリティ溢れる日常も、それはまるで太陽に照らされた
    白銀のように眩しいほど清らかで瑞々しくて、とても爽やかなものに感じられました。
    きっと厳しくもあるだろうに、苦しくもあるだろうに、私の目に映る星野さんは
    いつも大きく構えていて優しい笑顔をこちらに向けている...
    幸福そうな満面の笑みばかりが浮かんできます。

    自分のなんてちっぽけなことか...

    日々の暮らしのつまらないことにあくせくしている自分が
    少々馬鹿らしくも思えてきました。さぁ気持ちを入れ替えなくちゃ!
    星野さんにそう背中を押されているようにも感じて今、とても清々しいです。

    二十代の頃、アラスカに行きたい絶対に行くんだ!と、我ながら
    結構強い気持ちで夢見ていたことも懐かしく思い出しています。
    なのにいまだ実現させる兆しのない自分に、なんとミーハーで甘ちゃんな
    単なる憧れに過ぎないことだったのかと、いささか恥ずかしい気持ちにもなって....。
    それでも星野さんのお話を読むにつれ、アラスカの大地に一度立ってみたいという
    あの頃の想いに変わりはないと再認識しています。やっぱりできるものなら...!

    "いいか、ナオコ、これがぼくの短いアドバイスだよ。
    寒いことが人の気持ちを暖めるんだ。
    離れてることが人と人とを近づけるんだ"

    一生の伴侶をアラスカに迎え
    極寒の地の果てに来て、心細そうにしている愛する人へかけた星野さんの言葉は
    何よりも温かでした。

  • 星野道夫さんは、1952年生まれ。慶応大学を卒業後、写真家の道を歩む。1978年にアラスカ大学入学、以来、アラスカに移り住む。本書は、1994年の発行。残念ながら、星野さんは、日本のテレビ番組のシベリアでのロケ中に、熊に襲われ亡くなられている。

    本書は、星野さんがアラスカに移り住んで15年ほど経った時に出版されたもの。星野さんの感性と言葉で、アラスカの自然と暮らしの魅力を描かれている。
    星野さんが、アラスカをとても愛していたことが伝わってくる。

  • 人生って長さじゃないんだなぁと。
    この方の人生は確かに短かったかもしれない。
    だけどアラスカに魅了されて、自然を感じながら暮らし、アラスカの人々と触れ合い、自分のやりたい事に突き動かされて生きている日々はなんで幸せなんだろうなと思った。
    いくら人生が長くてもやりたくない事や毎日嫌な事を繰り返すより余程素晴らしいかと思う。
    そしてこんな風に自然を感じながら、毎日生きている事を噛みしめながら、丁寧に生きていきたいと強く感じた。
    なかなかこのご時世で旅行に行くのが難しいけれど、また色々と落ち着いたら旅に行きたい。

  • 星野道夫さんは、慶應義塾大学経済学部を卒業後、夢を追ってアラスカに飛び、アラスカ大学野生動物管理学部に入学。以降その美しくも厳しい自然の中に生活の基盤を置いて、撮影や執筆の活動をされた。1996年、カムチャツカ半島での取材中にヒグマの事故で亡くなられるまで、「自然と人間の関わり」を見つめ続けた方である。

    このエッセイ集の中でぼくが好きなのは「もうひとつの時間」という一編。

    「多くの本を読みながら、いつしかひとつのことがどうしようもなく気にかかり始めていた。それはヒグマのことだった。大都会の東京で電車に揺られている時、雑踏の中で人込みにもまれている時、ふっと北海道のヒグマが頭をかすめるのである。ぼくが東京で暮らしている同じ瞬間に、同じ日本でヒグマが日々を生き、呼吸している……確実にこの今、どこかの山で、一頭のヒグマが倒木を乗り越えながら力強く進んでいる……そのことがどうにも不思議でならなかった。」(p. 121)

    10代の星野さんはそんなふうに自然に強く魅かれていったそうだ。

    「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。」(p. 123)

    遠いけれどたしかにあるものを想像する。現実逃避的な意味ではなく、むしろ、想像を通じて今ここにある奇跡を知る。

    昔、高校生の頃、内容の一部を国語か英語の教科書で読んだ気がするんだけど、今回あらためて読もうと思ったのは、この本が学生時代に大変お世話になった方の推し本だということを知ったから。
    あたまのわるいガキだった自分にもとても親切に接してくださったあの人のことを思う。あの人もまた、「もうひとつの時間」を強く意識されていて、生きることや死ぬこと、人と人が出会う奇跡について哲学を持っているような人だった。優しさの根っこにあるものを垣間見た気がしました。

  • 読んでいるだけで大自然の映像がくっきりと浮かんできて、しかもその想像の映像にはまぎれもなく色があり、音が感じられる。そんな素晴らしい文章だった。本を読んで、これほど色や音を感じられる文章はないのではないかと言っても過言ではない。

    長女が読みくさしの本を借りて読み出したのが始まりだったが、最初のほうを読んでこれはすごい文章だと思った。自然が活きている文章というか。

    随筆(というか雑誌に連載されていた原稿)なので、一つひとつは短いが、著者のバックボーンの体験が深いので、それぞれに惹きこまれてしまう。
    随筆なのでいつでも読めるという安心感と、読みたくなったら読みたいという思いでカバンの中に長いこと眠らせしまっていたが・・・(^^;)。

    今その場でアラスカの大自然の中を体験することができるのがよい。本を開くとすぐにパノラマが広がる。しかし、それは極々一部ではありましょうが。

    著者の体験を感じるならば、アラスカの大自然の魅力はとてつもなく大きなものでしょう。しかし、それでもその一端を味わえるだけで心が広くなる。

    16歳にしてアメリカを一人旅したという著者だから、自然と一体的に生きる素質を持って生まれてこられたのでしょう。自然をとらえる感性の角度が自分とは違うように感じた。それに加えて、エスキモーやインディアンたちとの出会い、研究をともにする人たちとの出会い、セスナのパイロットたちとの出会いなど人との関わり方がまた、自然と同様一体的であると感じた。

  • 著者はアラスカに魅せられてアラスカの大学に入り、その後もアラスカの壮大かつ厳しい自然やそこに住む動物を追いかけて暮らす。
    死と隣り合わせの自然の厳しさも描かれているにも関わらず、なぜかとてもひかれる。エスキモーやインディアンなど原住民と呼ばれる人たちの、自然の捉え方、考え方も尊く感じる。
    今はコロナでどこにも行けないが、いつか行ってみたい。

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著者プロフィール

写真家・探検家

「2021年 『星野道夫 約束の川』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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