ハドリアヌスの長城 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2000年12月8日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (560ページ) / ISBN・EAN: 9784167527631

みんなの感想まとめ

テーマは、周囲を巧みに操る人間の存在とその影響力についてです。読み応えのある内容ながら、比較的読みやすいスタイルで展開される物語は、主人公が友人のために殺人を犯し、服役後に脱走するという一見シンプルな...

感想・レビュー・書評

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  • 文字多いわ!っていうね、読み応えがある本なのですよ。とはいえ比較的読み易いんではないかな。。
    こうやって周りの人をコントロールしてしまう人ってのは怖いわけで、よく知らんけどヒトラーとか麻原彰晃とかもそういう、ある種のカリスマなんだろうと。でもこのレベルのカリスマじゃなくても、例えば親だったり兄弟だったりでも同じように逆らえなくなってしまうわけで、そういう意味じゃ実に身近な題材とも言えて、だからこそ怖いというか。てかそういう現実の話をよく知っているかどうかで感想も変わりそうな。
    という話もありつつ、この監獄の街という設定が微妙に現実離れしてて、それも面白いのよね。

  • まず、北村治による文春文庫の挿画が、さまざまなイメージを喚起させる。

    裂け目無く屹立する高く赤い壁。それは紛れもなく刑務所の塀だと分かる。そこに、斜陽を浴びた男の影が浮かび上がっている。背中を向け、うつむき加減に呆然と立つ男。それに比して、影は己の存在を誇示するかのように黒く壁に刻印されている。まるで何処までも背後に陣取り、男の内面を見透かそうとしているかのようだ。ここから読み取れるのは、孤独と焦燥、そして欺瞞と憤りである。

    男の人生に何があったのか。あるいは、何が起ころうとしているのか。ローマ帝国皇帝ハドリアヌスが築いた長城を冠したタイトル。その意味するものとは何か。

    時間をかけて読み終え、あらためて表紙を見る。この厳しい物語を一枚の絵に表象させた画家の秀逸な表現力に唸った。

    主人公はヘイドリアン・コールマン、38歳。男は様々な思いを胸にして、殺伐とした町へと戻ってきた。テキサス州東部のシェパーズビル。ここは「刑務所の町」だった。囚人15万人を数カ所の刑務所に収容、住人の殆どが関連する仕事に就いていた。ヘイドリアンは馴染みの顔と再会を果たしていくが、彼らは各々違う複雑な反応を示した。両親が遺した家へと戻り、唯一の家族である奔放な妹の身を案じつつ、旧友のもとへと向かう。ソニー・ホープ。父親を継ぎ、テキサス州矯正施設長庁官として権力を握り、町を支配する男。ヘイドリアンにとっては、少年時代を共に過ごした幼馴染みであり、初恋の女を奪われた恋敵であり、何よりも人生を狂わされた悪の根源だった。


    1999年発表の力作。設定はかなり異色だが、序盤を過ぎた辺りから独特な世界観に引き込まれる。謎解きは一切無いが、主人公の過去と現在を繋ぐ伏線を回収しつつ、大きくうねりながら終盤へと向かうため、ミステリの構造は備えている。人間の業に迫る作者の眼は確かで、ドラマ性を高める情景描写も巧みだ。


    ヘイドリアンは15歳となる誕生日に人を殺した。親友ソニーの命を救うためだった。少年は裁きを受け、懲役50年の刑を宣告された。15年間服役したのち、ようやく仮釈放の日を迎えようとしていた。青春期の全てを刑務所内で送った。だが、それを恨んだ他の囚人に襲われ、自衛のために二度目の殺人を犯した。ヘイドリアンは不可能といわれた脱獄を試み、からくも成功した。
    長い長い逃亡生活。それは8年間にも及んだ。この窮地を救ったのはソニーだった。救済運動を起こし、遂には特赦を勝ち取った。逃亡中、ヘイドリアンが危険を承知で二人の若者の命を救っていたことも有利に働いた。社会的に〝自由〟の身となったヘイドリアンは、甘い郷愁と苦い悔恨を抱えて、帰り着いた。だが、彼を待ち受けていたのは、さらなる理不尽な苦難と非情の裏切りだった。

    以上が物語の背景となる。主人公ヘイドリアンは、いわば過去に呪縛された男だ。故郷に帰り、己の罪と対峙し、アイデンティティを取り戻すために一切を清算する。だが、それはこれまで以上の試練を意味した。その葛藤と苦難に満ちた過程を、回想シーンを織り交ぜつつ、じっくりと描いている。特にヘイドリアンの人格形成において重要な鍵となる家族との短い挿話が強く印象に残った。
    もう一人の主役でもあるソニーとの関係性を通して、無垢故に殺人者となった男と、煩悩故に身を滅ぼす男を対比。未熟であった少年二人の弱さが予期せぬ結果を生み出すエピソードは極めてドライで、主人公の重い語り口によって読み手へと息苦しいまでに迫ってくる。

    お前にとって大切なこの俺を守るために、或る男を始末してほしい。単なる利権のために、腐り切ったエゴイズムを剥き出しにするソニー。常にヘイドリアンを利用してきた旧友との決着は、脆弱であった己自身との決別ともなった。これまで気付かないふりをしてきた男の真性を、あらためて眼前にしたヘイドリアンはどう行動を起こすのか。刑務所とソニーという二重の牢獄に囚われていた男は、ようやく決断し、実行へと移す。そして、孤独であったと思い込んでいた彼が知るのは、迎え入れてくれた人々の優しさだった。崩れていく赤い壁。そこに鉄槌を打ち込む男の背中を照らす眩い太陽。

    終盤での裁判シーンは簡略化しているが故に、一層厚みを増し、不条理な罪を背負ってきた男の万感の思いが濃縮されており、感動を呼ぶ。クライマックスでは目頭が熱くなったほどだ。

    作者のドレイパーはテキサス州出身で記者、編集者として経験を積み、発表当時はまだ30代だったようだ。文学志向が強く生硬な面もあるが、罪と罰というテーマに新鮮な切り口で挑んでおり、読み応えがある。
    実は本作の魅力は、熱い思いが伝わる訳者の後書きで全て言い尽くされており、私が付け加えることは殆どない。ただ、こういう秀作が埋もれたままになっている状況は、海外ミステリ界にとって大きな損失である。

  • 2001.9.16 読了

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