阿弥陀堂だより (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2002年8月2日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784167545079

みんなの感想まとめ

心の病を抱えた医師の妻と、作家として行き詰まりを感じる夫が故郷の信州に戻ることで、彼らの人生が再生していく様子が描かれています。自然に囲まれた山村で、懐かしい思い出と共に二人は心の安らぎを見つけ、妻は...

感想・レビュー・書評

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  • 小説家として結果を出せず苦しむ夫。優秀な医師として多忙な妻。都会で支え合いながら生活する中、妻は心を病んでいく。夫の故郷信州の山村に戻る決意をする。そこは、母を亡くし父が家を出た後、祖母と二人、自然と共に暮らした懐かしい場所だった。
    都会で傷を負った二人に自然は懐が深い。妻は、以前の笑顔を取り戻していく。
    タイトルの「阿弥陀堂だより」は、地元の病気で声を失った女性が“阿弥陀堂守”のおうめお婆さんに、インタビューし、その言葉を広報誌に連載している小エッセイからきている。お婆さんの飾らない、自然に同化した言葉は、人を導く力がある。
    夫婦はこの山村で人生を過ごす土台を作る。生きていく為の足るを知る。
    読後感が心地良い。最後に、この女性たちを写真に撮るのだけれど、あらゆる年代が揃って生活できるというのが望まれる社会なんだろうなぁと思う。

    • shukawabestさん
      shukawabestです。
      この小説も映画も大好きです。お年寄りと都会で神経をすり減らしてしまった人にとても優しい。ああ、本当にいい作品だ...
      shukawabestです。
      この小説も映画も大好きです。お年寄りと都会で神経をすり減らしてしまった人にとても優しい。ああ、本当にいい作品だと思います。
      2022/06/26
    • おびのりさん
      おはようございます。shukawabestさん。
      ありがとうございました。
      素敵な作品でした。
      南木さんは、お医者さんなんですね。
      死生観が...
      おはようございます。shukawabestさん。
      ありがとうございました。
      素敵な作品でした。
      南木さんは、お医者さんなんですね。
      死生観が確立されているようでした。
      高齢者医療や介護の問題は山積みですが、
      おうめお婆さんの様に、生きることを受容できればと思いました。
      2022/06/27
  • 行き詰まりを感じている作家、孝夫。その妻、美智子は医師。妻が心の病を得たことで、故郷の信州に戻ることにした二人。そこで出会う「阿弥陀堂」に暮らす、おうめ婆さん。難病とたたかっている、小百合ちゃん。

    4人の人物それぞれに、目の前に迫ってくるようでした。心に染み渡る文章そのものの魅力とあいまって、忘れがたい作品になりました。(感動する部分が多く、付箋多し!)私たちは、生きているというよりも、生かされているのだという、背筋が伸びるような、そんな気持ちになりました。

    作者は医師ですが、医療従事者でなければここまでの描写はできないだろうと感じました。真っ直ぐに医療と向き合っている、嘘偽りなく生きているからこそ、書ける文章であるということです。と同時に、心理描写が通り一遍でないことを合わせて考えると、作者は患者の心にも寄り添っている医師であること、想像されました。

    文庫本のため解説があり、映画化された小説ということが分かりました。映像化も、きっと素晴らしいと思います。でも私は、先に活字で読み、心の中で登場人物と出逢い、深く感動できたことが、最高に嬉しかったです。涙が出そうになりますが、あったかい気持ちになると共に、心洗われる作品です。

  • 「映画は小説とは全く別のものですから」

    南木さんはそれだけ言い、小泉監督に映画化を快く了承したそう。

    両方好きな僕には言い方が引っかかる。

    寺尾聰を追いかけて、映画→原作と進んだ10数年前とは逆に、今回は、原作→映画と進んでみた。

    たしかに、南木さんの言い方もわかる。

    でもそれは、映画(映像)と文字(連想)の表現方法の違いかも。

    この映画がすごいのは、原作そのままの描写•セリフを点と点にして、その間を、原作を損なわないギリギリの演出で繋ぐ。

    原作の延長線上に、キャラクターを創出していたりもする。

    これは原作に惚れ込んだ人(監督)にしか成し得ない業。

    原作も映画も極上。

    でも敢えて、どちらかを選ぶとすれば、(まるで映画のレビューみたいになってしまっている今回だけど、)ストレートに表現されている原作かなぁ。

    今思えば、医者でも小説家でもある南木さんは、自分の、医者部分を美智子に、小説家部分を孝夫に託していたか•••。

    ん〜、唸るしかない。

  • 南木佳士さんの小説は筋だけ書くと,なんだということになるし,振り回されるような感動があるわけでもないんだけど,読み終わると,静かな心持ちになれる.この作品もそう.非常に読後感がいい.

    最近,南木佳士を集中して読んでいるわけだが,こうして,エッセイを読みつつ小説を読んで見ると,小説の舞台裏がうかがえて面白い.実生活の小さな材料をいくつも細部に織り込みながら,ストーリーを紡いでいく技術ってのはほんとにすごい.

  • 主人公が主人公のようでない、不思議な立場の小説だと思った。妻の美智子や難病の小百合ちゃん、阿弥陀堂のおうめ婆さんの3人の女性たちにスポットは当たっており、主人公はむしろ脇役的存在。ただ、これらの女性たちの生き様を見てだんだんと等身大の自分を自覚していくところは、ビルドゥングスロマンと読めなくもない?
    山村でろくに働かずぷらぷらしてるって、相当肩身がせまいと思うのだが、この主人公かなりお気楽。まあ、そうでなければ夫婦ともに病んでおしまいな気がするので、バランスの良い夫婦といえるのかも。とはいえ、喧嘩するシーンが全くないのは違和感ではある。
    小説は読むに限る(書くものではない)と思う私から見ると、この鈍感な主人公は明らかに書く側には向いていないと思う。この小説自体のなんとなくぼやけたハッピーエンド風の終わり方もなんかいまいち。

  • 片田舎のゆっくりな時間の流れの中で流されずにしっかり生きている人々が素敵です。おうめ婆さんの存在感がいい。

  •  先日読んだ『山影の町から』(笠間真理子著)に、下記の記述があった。
    「南木佳士が小説やエッセイに描く信州の人々を思い出させるところがあって、山の人間の感じなのだろうか。」

     著者作品はエッセイにしか触れていない。小説を読んでみようと旧い作品だが手にしてみた。なにより、そのエッセイでは「いまは小説を書いていない」とあった(『猫に教わる』(2022年3月刊))。新作は今後の楽しみとしよう。

     小説の良さは、筆致による読みやすさ、表現の豊かさも楽しみたい部分であるが、登場人物の暮らし、その時代や舞台をいつまでも楽しんでいたいと思えるかどうかも大切。

     起承転結が明確で、昨今喧しい伏線と回収による納得感も、物語を楽しむ大きな要素ではあるが、解決を見たところで、あぁスッキリしたと本をパタンと閉じてしまう作品が多いのが昨今の傾向ではなかろうか。その中で、主人公たちとの関係が(読者と作品、その登場人物とのという意味で)、これで終わってしまうのかと残念に思え、余韻が長くたなびく作品も、少なからず存在はするもの。

     本作は、間違いなく、物語の世界観、登場人物たちのその後の人生にも思いを馳せ、出来ればこの続きを味わっていたいと思える類の作品だ。

     物語の中で、美智子は健康と精神の安定と、仕事に対する自信を取り戻し、それを支えてきた孝夫も、新人賞以来書けないでいた小説執筆を開始する端緒に就く。村の聾唖の少女小百合は、病気の再発を乗り越え、その治療を通し美智子に医師としてのやりがいを思い出させる。
     こうした、起承転結も描かれているが、時の流れの必然として、あるいは、そうした人の世の営みも村の背景の信州の大自然の営みの一環でしかないという趣きで、淡々と描かれるにすぎないように感じる。

     おうめ婆さんの「いい話だけを聞きてえであります。たいていのせつねえ話は聞き飽きたものでありますからなあ」という思いを現したかのように、物語は小さな幸せをいくつが紡いで閉じられてはいく。
     読後の、爽やかさ、心持ちは異なるかもしれないが、小百合が回復せずに若くして天寿を全うすることになったとしても物語になんら破綻を来たさないのではなかろうか。それで美智子が医者として復帰できず、村の小さな診療所で細々と診察を続けるだけだとしても。その為、生活を支える孝夫が小説を書かず、百姓として暮らすことになったとしても、だ。

     なのに、この物語に、味わいと、どこか心に残るものがあるのは、田舎の暮らしぶりと、登場人物たちのヒトトナリ、信州の大自然に抱かれる心地よさがあるからだろう。
     孝夫と美智子の、この後の、なんら起伏のない平凡な生活は想像できる。やがて子どもが産まれるという小さな幸せも、どの夫婦にも訪れる可能性のある特別なものではない。小百合も健康に留意しながら身の丈の暮らしをしていくのだろう。きっと、大波乱が起きることはない。
     なにより、おうめ婆さんは、まだまだこの先も、これまで通り、カクシャクと阿弥陀堂守として永らえていくのではなかろうかと、半ば神がかった存在として、静かなたたずまいを保っていきそうな気がしてならない。いや、むしろ、間違いなく、今も生きているとさえ思える。

     そうした余韻がずっと漂っているお話だった。

  • 面白いのが、なんといっても阿弥陀堂に住むおうめ婆さんの存在。
    主人公はおうめ婆さんのことを社会からあぶれた生活保護受給者のように見ていて、弱い者、守ってやるべきものとして捉えているふしがあるんだけど、阿弥陀堂に通うにつれ、おうめ婆さんにホトケのような神々しさが見えるようになってくる。
    「方丈記」や「歎異抄」が作中に出てくるけど、このおうめ婆さんこそが、鴨長明であり、親鸞なのだ。
    1年間の山里生活を経て主人公は、その地にどっしりと根をはり今を淡々と生きる人の強さを理解し、心の礎のようなものを得る。
    踵を地につけることの「確かさ」を実感できる本でした。

  • 心を病んだエリート医者の妻と作家兼ほぼ主夫の主人公。田舎っていいな。闇雲に頑張り続けることだけが人生ではないと思った。

  • 医者という人の生死に関わる仕事につき、自らも精神を病んでしまう妻。新人賞を受賞したものの次が思うように書けない夫。山の人となり前時代的な生活を続けているおうめ婆さん。病の再発から再起した小百合ちゃん。暗くなりがちな登場人物の設定だがそうならないのは、自然が圧倒的だからなのかもしれないですね。

  • 追われるように過ごしてる毎日が、なんとなくもったいなく思えてくる。
    踵から地に足をつけて生きていくってすごい。
    ちゃんと地味を味わいたいものです。

  • 小説もいいけど、映画がさらによかったなぁ。
    しかしながら、この人の文章は静かな感じがして、好きだ。

  • ほんわか人間再生物語
    自然に囲まれて生活してみたくなる

  • パニック障害の描写がリアルだなと思ったら、南木先生自身がそれを理由に病棟をお辞めになられていたのか。テーマは重いが、変に感傷的なトーンがなくて良かった。

  • 孝夫が育った街にある阿弥陀堂で生活するのは、身寄りのないおうめ婆さん。中学に上がるは春に家を出た父からの連絡を受けて自らも東京に出て行き、そこで将来の妻となる美智子と出会う。医師になった美智子は授かった子どもを胎児で失ったことをきっかけに、それまでの東京でのハードな仕事もたたってか、精神を崩してしまう。孝夫が移住した谷中村にっ戻り、そこでおうめ婆さんや村の診療所、そしておうめ婆さんの話を聞き取って「阿弥陀だより」を書く小百合ちゃんらと出会い、少しずつ彼女の気持ちも回復に向かっていく。

    立脚点―この小説を読んで、そんな言葉を思い出した。自分はどこに立っているのだろうか。都会での生活は、自分がどんどん肥大化して、どんどん足が地面から離れていってしまい、まるで浮遊しているかのような感覚に陥ってしまう。でもおうめ婆さんの生き方はそれとは対局だ。ずっと谷中村で暮らし、狭い世界しかしらないかもしれない。でも、地に足の着いた生き方をして、そこから実感のこもった考え方を持ち、そして小百合ちゃんがそれを聞き取り、「阿弥陀堂だより」として言葉にする。

    仕事で疲れた自分にとって、こんな生活が実際できるのかは置いておくにしても、ものすごく理想のものに感じられる。都会での生活は疲れた。人間関係は煩わしい。でも、この小説を通してこんな選択もあるんだと思えることこそが、精神の救いとなるのだ。

  • 売れない作家の孝夫は、心の病に罹った妻の美智子の療養も兼ねて、故郷の信州に戻ることにした。
    不器用ながら田舎暮らしをしていくうちに、挫折を知らないエリート医師だった妻の、病以降の屈託がほどけてゆく。

    集落のはずれで村人の霊を祀るおうめ婆さん。
    山の上にある小さな阿弥陀堂に住み、ほぼ自給自足で暮らしている。
    役場の若い事務員、小百合がおうめ婆さんに取材しまとめたものが、村の広報誌の中のコラム『阿弥陀堂だより』だ。

    おうめ婆さんから、余分な力を抜いて自然体で生きることを教わる孝夫と美智子。
    病気の再発で再び死と向かい合う小百合。
    小百合の治療をすることで、医師としての自信と責任を取り戻す美智子。
    そんな彼女たちの姿を見て、衒うことなく文章を綴りはじめる孝夫。

    抱えているものはそれぞれに重いのだが、おうめ婆さんの飄々とした語り口がそれを軽やかにしてくれる。
    おうめ婆さんが出てくるだけで、読んでいても顔がにこにこしてくるのがわかる。
    こういう年の取り方をしたいと思う。
    もう少し物欲を捨てて。

  •  売れない作家上田孝雄と高校の同級生東京育ちの美智子が女医になり、第一線で働く

  • 事件や葛藤があるはずなのに、一切動きを止めずさらさらと進んでいく不思議な小説だった

  • スミ江

  • 2002年に公開された映画をDVDで観て、いつか訪問せねばと思っていました。コロナの行動規制が解除された今年(2023年)GWに、長野県飯山市に残っているロケ地、阿弥陀堂を訪問しました。圧倒的な自然の中に、ひっそりと佇む庵は、とても映画撮影のために建てたとは思えないものでした。
    旅から帰って南木さんの原作を再読しました。映画では描かれていない高校時代の出会いと会話をはじめ、新鮮な感覚で二人の信頼感を読み取ることが出来ました。

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著者プロフィール

南木佳士(なぎ けいし)
1951年、群馬県に生まれる。東京都立国立高等学校、秋田大学医学部卒業。佐久総合病院に勤務し、現在、長野県佐久市に住む。1981年、内科医として難民救援医療団に加わり、タイ・カンボジア国境に赴き、同地で「破水」の第五十三回文學界新人賞受賞を知る。1989年「ダイヤモンドダスト」で第百回芥川賞受賞。2008年『草すべり その他の短篇』で第三十六回泉鏡花文学賞を、翌年、同作品で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞する。ほか主な作品に『阿弥陀堂だより』、『医学生』、『山中静夫氏の尊厳死』、『海へ』、『冬物語』、『トラや』などがある。とりわけ『阿弥陀堂だより』は映画化され静かなブームを巻き起こしたが、『山中静夫氏の尊厳死』もまた映画化され、2020年2月より全国の映画館で上映中。

「2020年 『根に帰る落葉は』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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