大地の子 一 (文春文庫 や 22-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (387ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167556013

感想・レビュー・書評

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  •  大地の子(一〜四) 山崎豊子著を読んで

     大地の子は、中国残留孤児:陸一心(ルーイーシン)の波乱極まる半生。戦後の日中合同ビジネスである宝華製鉄所。二つの切り口で中国の現状を巧みに表現した1987年から1991年にかけての長編小説である。

     この作品を執筆するにあたって、著者のたゆまぬ努力が背景にあった。中国への取材の申し込みは困難を極めた。諦めかけていた時、当時の総書記との会見が実現した。我が国の欠点、暗い影を正直に書いて下さい。それが真の日中友好である。と背中を押してもらった。国家機関、労働教養管理所、労働改造所の取材。戦争孤児と養父母の家への訪問。農村でのホームステイ。三年間に及ぶ忍耐と努力の日々であった。さらに、参考文献は百六冊。想像を絶する彼女の学びの上で準備を整え、執筆には五年間の道のりがあった。二度の病で倒れながらも書き上げた。祖国の体質、犯した罪、沢山の人々が犠牲となった戦争を忘れないで欲しい。という彼女の強い信念からであった。

     著者は、戦中戦後の度重なる社会問題が人々に与えた影響を細部まで執筆した。日本政府に見放された満州開拓団の悲劇とそこから生まれた戦争孤児の壮絶な苦しみ。狂気をはらんだ文化大革命の嵐。労働改造所の実態。日中共同プロジェクトの製鉄所建設をめぐる日中双方のすれ違いや葛藤。中国政府、中国という国のいつ足元を狙われるか分からない複雑な体制と制裁。

     孤児である一心は社会問題の荒波に揉まれ、苦しんだ。日本人という理由で多々の差別を受け続けた。いとこや学友にいじめられた。学生時代は、努力を惜しまず優秀な成績であったが、共青団の入団への道のりは険しかった。大学卒業後の職務は納得いく行先ではなかった。恋人には日本人という理由で別れを告げられた。職務でも真面目で熱心に取り組んでいたが、差別を受けた。労働改造所で囚人として5年半を過酷な環境に身をゆだねることになった。職務復帰後も僻地への左遷が言い渡された。しかし、二年後に意外な人物が彼の為に政府へ働きかけた。彼は古巣である宝華製鉄所に復職した。

     様々な差別から彼を救い出してくれたのは、多くの愛情に恵まれたからだと痛感した。教師であり教育まで受けさせてくれた中国の養父:陸徳志(ルートウチ)と日中合同ビジネスで奇遇にも再開できた実父:松本耕次との親子愛。7歳で生き別れとなり、中国の貧しい農家の嫁となった妹:あつことの兄妹愛。一心と共に逃亡を計らい、その後も苦楽を共にした袁力本(ユウンリーベン)との友愛。大学時代知り合った丹青(タンチン)との恋愛。労働改造所で知り合った妻:月梅(ユメエイ)と娘:燕々(イエンイエン)との家族愛。どの愛情に惹かれるかは、読者次第であると思う。

     一心の妹、あつ子のことは頭から離れない。5歳の時、中国で兄と生き別れてから貧しい農家に引き取られ、その生涯は壮絶なものだった。学校には無縁の畑仕事の毎日。夫からの暴行の連続。悲しすぎる5回の出産。愛情を注いでもらうことがない暗黒の生活。感情さえも奪われていった。 兄との再会が実現した時、長年の過酷な労働で彼女は病床に伏せていた。ただ、兄との時間は、彼からの愛情を思いきりかみしめることができた。そう思う。記憶が蘇り、兄ちゃんと叫び、抱きついた。これまでの苦悩な思いをを吐き出すかのように号泣した。日本に帰って家族に会いたい。と言った。最愛の人に感情を受け止めてもらえた喜びが感じられた。
     二度目に会ったのは病院であった。あつ子は兄の訪問を待ちわびていた。日本に帰って家族と話をすることを夢見ていた。兄から日本語を教えてもらった。
     三度目に出会えた時、彼女の命の灯は消えかけていた。兄に付ききりで看病してもらい、41歳で静かに息を引き取った。兄からの愛情で、彼女は人としての存在を認めてもらえ、守ってもらえた。そう感じる。兄は甘えることが許される唯一の人であったと思う。意識がもうろうとする中であったが人生に幕を下ろす時、最愛の兄が傍にいてくれたこと。溢れる温もりを受け取ることができたと思う。短期間であったが、互いを思い合えた奇跡。兄妹の深い愛情は、国境を超えた日本へもこだましたに違いないと切に願った。
     
     丹青の一心への想いは、紆余曲折もありながら、感慨深いものだった。彼女は高級官僚の娘であり、その特権を利用している卑怯な女性だと思われていた。大学時代の恋人で、日本人ということだけで彼を捨てた。パートナーには恵まれたものの、やはり自分の心の人は一心である。とじわじわと気づいてくる感情に共感できるものがあった。一心を宝華製鉄所に復職させた要の人物であった。愛する人の幸せを願い、いつまでも忘れないであろうその心境が胸に刺さった。

     実父である松本耕次に情がわいた。彼の自責の念と孤独感は耐え難いものであったであろう。開拓民として家族で満州へ渡ったのち、軍からの招集があった。戦後、家族は亡くなったと伝えられた。
     娘のあつ子とは死後の再会。息子の勝男とは宝華製鉄所で再会。彼らは、お互い離れ離れでいた時の苦労を語り合った。自分は1人で寂しい。日本に帰って来て欲しい。中国では日本人という差別が今後いつ起こるか分からない。素直に気持ちを伝えた。勝男からは後に「私はこの大地の子です。」と中国人として生きることを告げられる。自らも父親となった勝男は、彼の胸中に熱いものを感じた。親愛なる我が子との距離は遠くなった。
     しかし、勝男は人に温かく誠実な人柄である。自分は1人ではない。自分を忘れる事は決してない。離れて暮らしていても、心は通じ合っている。と息子からの愛情を受け止めながら暮らして欲しいと心から思う。

     毎年、八月になると戦争関係のニュースが流れる。日本は世界で唯一の被爆国である。広島、長崎の原爆で多くの犠牲者が出た。自分達は被害者という立場の報道に疑問を感じるようになった。日本政府は加害者である。他国へ戦争をしかけた。国内、海外に想像を絶する犠牲者を出した。その反省は決して忘れてはならないと思う。戦争と向き合う機会を与えてくれた著書に感謝したい。

    令和5年6月16日  

  • ソ連国境近くの中国で平穏に暮らしていた日本人の少年が、ソ連対日参戦にりより避難を余儀なくされ、ソ連軍の虐殺によって家族がバラバラになってしまう。
    唯一生き残った妹とも別れ、貧しい農家に売られ酷使される。
    連日の虐待から逃れた先で、陸徳志という愛情深い学校の先生と出会い、、、


    とにかくこの一冊は苦しい(ToT)
    とにかく、最初から最後まで結構苦しい(ToT)
    こんなに一冊の最初から最後まで辛い物語も読んだことがなかったかもしれない。
    もう読むの止めちゃおうかなと思うくらい辛い。

    しかし、陸一心の心が本当に強い。
    彼の生きたいと思う心と、誠実さが心を打ち、苦しいながら一冊やっと終わった。

    ほんの少しだけ光が射してきた。
    2巻では少しでも幸せになって欲しい、、、

    お願い!これ以上彼を痛め付けないで!(ToT)

  • 一巻めは一心が無実の罪で囚人として労働改造所で過ごす辛い時間が長い。そんな中で養父母や江月梅たちとの関わりが暖かくて感動する。
    今までよく知らなかった中国の残留孤児の問題について知る機会になってよかった。一心は仕事も家族も充実していて本当に恵まれているけど、日本語も話せず中国で虐げられるように暮している孤児が多い。日本にも中国にも迎え入れられない孤児たちの問題に日本政府がきちんと取り組んで欲しかった。

    • 莉奈さん
      この本読んでみたかったやつだ〜〜
      読んでみる!
      この本読んでみたかったやつだ〜〜
      読んでみる!
      2020/07/30
    • 小町さん
      いちくらさん!ぜひ読んでください!もしよかったらお貸ししますよ☺️
      いちくらさん!ぜひ読んでください!もしよかったらお貸ししますよ☺️
      2020/07/30
    • 莉奈さん
      ぜひ!!ありがとう
      ぜひ!!ありがとう
      2020/07/31
  • 友達に勧められ手に取る。
    白い巨塔、不毛地帯はテレビドラマで見たものの、山崎豊子作品を本で読むのは初。

    文化大革命そのものを知らなかったため衝撃。
    現代に生きていると、思想の自由を保障することの重要性というのはあまり感じない。しかし、本書を読んで国家が思想の自由を侵害することの恐ろしさを理解した。

    壮絶な時代における少年の壮絶な人生という観点では、ケインのアベルの上巻と重なる部分があった。ケインのアベルの下巻では金融界での2人の争いが延々続いて退屈になったが(笑)、本書はこの後どうなるか。


    ここから少しネタバレ
    ****************

    ・生き別れた妹とどう再会するのか、
    ・過ごした記憶がないものの自分の人生に付き纏う「日本」という国との関わり(日本語を覚えようとするなど一心は日本を悪く思っていないのはちょっと不思議)
    ・丹青があんな性格なのに、日本人と言った瞬間掌を返したのには驚き。おそらくこのままでは終わらないと思う。(味方になるはず)

    この辺りがキーポイント

  • 日本人・松本勝男。幼少期に満州の日本開拓村へ家族とともに移住する。

    1945年8月9日、ソ連軍の満洲への進軍により、祖父と母を失い、妹・あつ子とは生き別れとなり、戦争孤児となる。

    さまよっていた勝男を救ったのが、小学校教師・陸徳志。勝男は徳志と妻の淑琴の子、陸一心として育てられる。

    文化大革命時に、北京鋼鉄公司で技術者として働いていた一心は、自己の出自の故に、造反派の労働者から糾弾され、冤罪の上、労働改造所に収容される。

    小日本鬼子という出自。
    中国人として、懸命に生きようとする一心に過酷な運命を与える…

    学校での暴力、文化大革命のリンチ、労働改造所での強制労働…

    過酷すぎる…
    これでもか、これでもかと、一心に襲いかかる。
    過酷な仕打ちな負けることなく懸命に生きる一心。

    一心の冤罪を晴らそうと懸命に訴える父・徳志。
    そこまでできるのか、という、徳志の一心への想い。

    一心の命を救い、徳志に一心の居場所を知らせた、看護婦・江月梅。

    陰ながら、一心を助けようと動く、親友・袁力本が。
    従兄弟・秀蘭が。

    一心のために…
    懸命に生きる一心…



  • ドラマが再放送してたので久しぶりに再読。

    人間のやることではない。
    知識がある人が労改の辛い日々、文字も読めないような人が鞭を振るう、理不尽な時代。

  • 終戦後も非常な状況のみが続く。
    耐え抜き、生き残る、ただそれだけなれど全力。

  • 山崎豊子先生の戦争シリーズ。
    不毛地帯は、日本とソ連。二つの祖国は日本とアメリカ。本作は日本と中国が舞台。

    毎回そうだが、本作でも主人公の置かれた境遇はかなり過酷なもの。
    冤罪で労改送りになり、謂れのないリンチや暴力、過酷な労働はシベリア拘留を彷彿とさせる。

    一巻では、戦争孤児の主人公が小学校教師の父に拾われて養子となり、大学進学、就職、労改送りになったところまでが描かれている。
    歴史背景は、日本の敗戦、中国において共産党が国民党に勝利し、中華人民共和国を建国。
    毛沢東の大躍進政策、失敗、そして文化大革命までの話。

    この後、中国と日本を取り巻く環境は大きく変わるが、そこに主人公がどう関わってくるのか楽しみである。
    そして、生き別れになった妹と再会することができるのかも気になるところ。

  • 人の尊厳を粉々にする文革の恐怖とは。
    さて2巻へ。

  • 第二次世界大戦直後に中国で家族と生き別れになった日本人孤児の壮絶な人生。背景には日本人が中国で行ってきた悪行があることは明確であるが、あまりにもひどい仕打ちに読んでいて辛くなる。果たして生き別れた妹との再会は叶うのか。

著者プロフィール

山崎 豊子(やまざき とよこ)
1924年1月2日 - 2013年9月29日
大阪府生まれの小説家。本名、杉本豊子(すぎもと とよこ)。 旧制女専を卒業後、毎日新聞社入社、学芸部で井上靖の薫陶を受けた。入社後に小説も書き、『暖簾』を刊行し作家デビュー。映画・ドラマ化され、大人気に。そして『花のれん』で第39回直木賞受賞し、新聞社を退職し専業作家となる。代表作に『白い巨塔』『華麗なる一族』『沈まぬ太陽』など。多くの作品が映画化・ドラマ化されており、2019年5月にも『白い巨塔』が岡田准一主演で連続TVドラマ化が決まった。

山崎豊子の作品

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