猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
4.04
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本棚登録 : 4165
レビュー : 531
  • Amazon.co.jp ・本 (373ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167557034

感想・レビュー・書評

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  • 2018.9.25読了
    ☆4.2

    図書館で借りて読んだ。
    ストーリーを焦って追うと言うよりは、時間のあるときにじっくり味わいながら読みたい本。

  • 唇が閉じられたまま生まれた少年は、手術によって唇を造られる。無口な少年は、ビルに挟まれて死んだという噂になった少女ミイラと寝る前に話すときだけ滑らかに喋る。ある日、バスで暮らす大きな身体の男性にチェスを教えてもらう。少年はバスで、マスターと猫とチェスをすることが楽しみだった。

    こういった始まりをする物語。
    いつものように小川洋子さんのひそやかな世界がはじまる。
    物語の概要を書いたけれど、読んだことのないひとにはよくわからない話に感じられるかもしれない。でも、このつかみどころのないボヤッとした雰囲気こそ小川洋子さんの世界とも言える。

    「猫を抱いて象と泳ぐ」というタイトル。
    この不思議なタイトルも魅力的であり、本文を読めば意味もわかる。
    タイトルからして小川洋子さんの世界が確立されていると感じる。

    チェスというゲームをわたしはよく知らない。
    ビショップだのルークだのいう言葉は聞いたことがあり、チェス盤や駒も見たことはあるけれど、それらの駒をどのように動かして愉しむものなのか知らない。
    この本を読むまでチェスを知らないことを何とも思ったことがなかったけれど、読んでみてチェスの面白さを知らないことをとても残念に感じた。
    チェスはゲームであるけれど、人生でもある。

    少年はマスターの死を見て、大きくなることは悲劇だと考える。大きくなりたくないという少年の気持ちのまま少年は少年の姿のままに大人になる。
    少年の心には、唇に奇形を持っていたことやマスターの死、猫を救えなかったことなど多くの消えない傷を刻みつけられている。
    その傷を持ったままチェスに人生を賭ける。

    物語はゆっくり穏やかに進むのだが、終わりは不意にやってくる。
    切なく物哀しいものではあるけれど、それだけではないやさしさが残る。

    慌てるな、坊や
    この言葉はマスターが繰り返し少年にかける言葉だ。
    この言葉ひとつにマスターのやさしさと少年への信頼、いつでも見守っているという気持ちが表れており、読者にまであたたかい思いが伝わってくる。

    巻末の山崎努さんの読書感想も素敵だった。

    チェス、今からでもルールを教えてもらいたいなと思わされた。

  • 大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなった象。
    太りすぎてバスから出られなくなったマスター。

    少年は大きくなることに恐怖を感じ、十一歳の時に体の成長を止める。

    無口な家具職人である祖父と孫の成長を喜び生きる祖母に、弟と二人育てられた少年は、チェスを通じて世界とつながっていく。
    チェス盤の下に屈みこんでチェスを打つ少年。

    大きくなることを怖れながら、小さな場所に屈みこんでチェスを打つ。
    そんな彼の指すチェスは、美しい詩のようであり、マスターと過ごす時間は穏やかに調和の取れたものだった。

    この辺の文章は実に小川洋子的で、美しい世界が、少しのずれも許さない、静かに張りつめた文章で描かれている。

    ところが後半、少年は場所を変え、混沌とした世界の中で美しいチェスを指すことになる。
    この辺りの文章は、いしいしんじを読んでいるかのよう。
    調和というよりも、無垢。

    ごくごく薄いガラスに記されたような小説。
    力をこめたらぱりんと割れてしまいそうなので、そうっとそうっと大事に読んだ。

  • この本を色で例えると、表紙に載っているような白に近いグレーが話の最初から最後まで続く感じ。
    切なく静かな物語だが、ロウソクの灯りのような温かさも感じられる。


  • 人身事故でダイヤの乱れた電車の中で読み終わった。

    人は何かひとつその人だけのものがあると信じている。
    それを見つけ、続けること。
    私はその何かを探していて、見つからないかもしれないし、もう近くにあるのかもしれない。

    たくさんのことから逃げてきた。
    学校も仕事も趣味も。
    体も心もクセがついてしまったくらいに。

    リトル・アリョーヒンはチェスを見つけ、
    最後までチェスを続けた。
    私も死ぬまでに何かを見つけることができるだろうか。
    死ぬときに隣にあるものは何だろうか。

    電車の前に立った人は何もなかったのだろうか。

    今日は少し優しい気持ちで。
    最善の気持ちで。

  • 唇が閉じられたまま生まれ、大きくなることを怖れ、小さな身体のままチェス盤の下で美しいチェスをさすリトル・アリョーヒン。
    閉じ込められたままにそれを受け入れる人々は、静かで哀しく、いまにも消えてしまいそう。小川洋子さんの独特の世界観に満ちた小説だった。
    チェスのことはなにもわからないけれど、美しい棋譜が編み出される様子は魅力的。
    リトル・アリョーヒンは幸せだったのかもしれないけれど、最後までそうは思えなかったし、インディラもマスターもミイラもとても切ない。総婦長さんの生命力ある存在が救いに感じた。小川洋子さんの文章は本当に美しい。

  • またもやタイトルで選んでしまった。後悔はないけど・・ガラスの人生を生きる人々を描くのが好きなのだろうか。辛そうなことを好む人々を描くのが好きなのだろうか。もっと平凡だけれど痛くも辛くもない人生を歩むことは物語にならないのだろうか。
    チェスの場面は緊張感も戦術の詳らかさや宇宙をふくめた浮遊感も一読の価値ある。
    インディラを写真を思い出した。

  • この本は電車のなかで読めなかった。
    リトル・アリョーヒンが泳ぐ海に潜るためには静かな場所が必要だった。
    静かで力強くてとても綺麗。
    チェスについては全く知識がないけれど、リトル・アリョーヒンが描く棋譜の空気には触れることができたんじゃないかなと思う。
    読み終わった後に、水族館で大きな水槽をずっと見上げている時のような、眩しくて神秘的な心地よさが体に残って、知らぬ間に感じていた体の力が、すーっと抜けていくような感覚が好きです。

  • 小川洋子さんの小説は、長時間のフライトの消灯時間などの閉塞的な時間に手元の小さいライトで一気に読んで、目的地についたら「あー、なんか妙な夢見たな…」みたいな感覚で意識の裏側にしまいたい…という感じの作品が多いと思います。
    この作品もそうで、グロテスクで暗くて静かで、透明感の強い美しい小説でした。
    閉塞世界の中にだけ広がる宇宙を描かせたら小川洋子さんの右に出る人は居ないと思います。

    11歳の時から成長の止まった身体に、唇からはもっさりと脛毛が生え散らかした異形の男がからくり人形の中にぎちぎちに身体を隠して、誰にも姿を見せずチェスをする……ってけっこう限界フェチ小説だと思います。しかし最終的にこれより美しい姿はないような気にさせられる…

    老婆令嬢が好きでした。
    駒を持つ手も震えて覚束ないような老貴婦人が、年齢にも見た目にも似合わないエネルギッシュで冒険的なチェスを指す…。
    本来少し不器用なルークを伸び伸び操って迫力をまき散らし、雪山を滑降するように、ハングライダーで大空を舞うようにチェス盤からはみ出るような棋譜を作る…
    最後はボケて自分がチェスプレイヤーだったことも、あんな美しい棋譜を残したことも分からなくなってしまいますが、最愛の駒だったルークを持ってこれが気に入ったわと言うシーンはほんとに美しかったと思います。

    フェチの世界に飲まれたいとき読みたい作家さんです。

  • 190124*読了
    小川洋子さんの小説は、静謐で穏やかなのに内容は突飛。どうやったら、こんな発想ができるだろう、と思います。
    まず、唇がひっついたまま生まれてきてしまって、その手術の時に違う部分の皮膚を移植したせいで、唇から脛毛生えてくるって!それだけ考えたら、滑稽だし笑ってしまうのに、小川さんの文章だとそうはならないのが不思議。太りすぎてバスから出られなくなったマスター、壁に挟まって出られなくなったミイラ。どれも滑稽なはずなのに。
    チェスの描写が巧みで、これだけチェスというゲームを文章で再現できるのも、やはり小川さんの才能ですね。目の前で試合が繰り広げられているよう。
    奇異な才能を持った人、という点では、博士の愛した数式と近しいものもあるなぁと、読みながら思いました。

著者プロフィール

小川 洋子(おがわ ようこ)
1962年、岡山県生まれ。高校時代に文芸を志し、早稲田大学第一文学部文芸専修入学。在学中から文芸賞に応募。卒業後一般企業に就職したが、1986年の結婚を機に退職、小説家の道に進む。
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』読売文学賞、本屋大賞、2006年『ミーナの行進』谷崎潤一郎賞、2012年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年早稲田大学坪内逍遙大賞をそれぞれ受賞。芥川賞、太宰治賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞などの選考委員を務める。
『博士の愛した数式』は映画化され、大ヒットとなった。受賞作以外の代表作として、『薬指の標本』『人質の朗読会』『猫を抱いて象と泳ぐ』。

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