ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ マリー・ルイーゼ 下 (文春文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (458ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167574062

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  • フランス革命後のヨーロッパの複雑な歴史を、多々なる資料を織り込みながら、一気に読ませる力作。さらにマリー・ルイーゼやナポレオン、メッテルニヒ等の彼女をめぐる人々の人生、個人としての姿を鮮やかに伝えている。病を得て左手一本でこの書を書き上げたという著者に敬意を表したい。

  •  ナポレオンとの間の子ども、フランツ(後のライヒシュタット公爵)と別れ、マリー・ルイーゼは、イタリアのパルマ公国に一代限りの女王として就任することが決まる。これも彼女自身の意思ではなく、宰相メッテルニヒやフランツ皇帝が、ナポレオンのいるセント・ヘレナ島へ行くことも、息子と共にフランスへ行くことも禁じた結果であった。
     彼女の下に首相として遣わされたナイペルクを内縁の夫とし、その彼との間に男女一人ずつの子どもをもうけたのも、ナポレオンを完全に振り切らせるために彼を彼女の下へと遣わした皇帝や宰相の思惑が働いていなかったとはいえない。そしてこの行動は、幼いライヒシュタット公爵に寂しい思いをさせる結果にもなってしまう。

     だが、為政者としてのマリー・ルイーゼは、当時の革命からの反動保守的な風潮とは一線を画していた。私財を投じ、産院の充実を通じた女性の保護や、音楽施設の建設による文化的な援助などを実現したし、首相と共に住民と対話をし、彼らが本当に望んでいるものを提供しようとした。ゆえに、今でも彼女は、パルマで善き女王として語られているそうだ。

     だが、彼女の激動の人生は終わらない。息子のライヒシュタット公爵を若くしてなくし、夫のナイペルクにも先立たれ、彼との間の子どもはハプスブルク家の子として認められない。
     そんな中でも、新たな首相ボンベルを三番目の夫とし、イタリア全土をナショナリズムの風が吹き荒れる中、パルマに平穏を保ちつつ、その生涯を閉じる。

     彼女の死の少しあと、メッテルニヒが宰相を辞任したことをきっかけとして、ハプスブルク家は一気に凋落の道をたどり始める。そこに、マリー・ルイーゼが残したものも影響していた。
     ナイペルクとの長男はオーストリアの騎兵大将となり、その子のモンテ・ヌォーヴォ侯爵は、後にフランツ・ヨーゼフ皇帝の内務大臣となる。彼がフェルディナンド大公にした仕打ちが、第一次世界大戦の引き金にも関係してくるのだ。

     ほんの少しのきっかけが、一人の人間の人生を狂わし、その人間の地位が高ければ歴史まで変動しかねなかったのが、この時代の特徴といえるかも知れない。
     逆に言えば、どれほど地位が高くても代えがきく仕組みを作り上げたのが、現代なのかも知れない。

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