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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784167577018
作品紹介・あらすじ
かつてミラノに、懐かしくも奇妙な一軒の本屋があった。そこに出入りするのもまた、懐かしくも奇妙な人びとだった。女流文学賞受賞の筆者が流麗に描くイタリアの人と町。(松山巖)
みんなの感想まとめ
懐かしさと哀愁が漂う物語は、ミラノの一軒の本屋を舞台に、そこに集う人々の人生を丁寧に描き出します。時間が経つにつれて、登場人物たちの心に寄り添う想いが浮かび上がり、彼らの孤独や友情、そして儚い人生の一...
感想・レビュー・書評
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読めば読むほどに味わいが深くなり、ミラノの街の風景とその世界にどんどん引き込まれていく。
でも何だかもの悲しく感じる。
30年の時を経て紡ぎ出される、遠い昔になじんだ人たち。
年老いてもなお、心に寄り添うさまざまな想い。人生は儚い。
やがて孤独と向き合い、それでも想い出は人の心に生き続ける。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
淡々とつづられている文章を読み進むと、何となく泣けてくるような気がする。
文章そのものに鎮静効果があるように感じるのは、少し昔の出来事をあとから整理して書いているからなのかな、と思ったりもする。
コルシア書店、というのは日本によくある町の本屋とは異なり、哲学者や思想家のような人々が集まって議論をするような場でもあったようだ。
日本にもそういうサロンのような雰囲気の書店があるのかもしれないが、自分の周辺には無い。少し羨ましい気がする。 -
「訳あり」じゃない人なんて、この世に一人もいない。
そんな単純だけれど大切な事実を、本書を読んであらためて知りました。
本書は、かつてイタリアに住んだ随筆家がイタリア時代を回想したエッセー集。
書名になっている「コルシア書店」は、ミラノに実際にあった書店です。
単なる書店ではなく、新しい神学の流れを受け継いだひとつの共同体だったようで、著者も参画していました。
そこに集う人たちが実に個性豊かで魅力的。
お金持ちで未婚のテレーサおばさま、大柄な司祭で詩人のダヴィデ、思索のかたまりのようなカミッロ、出版社の編集者でボランティアとして書店を手伝うガッティ、ブルジョア出身でボーイッシュな美人のルチア、東アフリカ出身で文盲のミケーレ……。
みんな人生を一生懸命に生きていて、それゆえに、もがいたり、挫折したりしています。
彼ら彼女らを描写する著者の筆は優しく、彼ら彼女らが本当に愛おしくなります。
個人的に特に印象深いのは、人なつっこい笑顔の青年、ガブリエーレ。
彼の恋はいつも一方通行で、著者を含め周囲をドキドキさせました。
ガブリエーレはある著名な作家の愛人の女性に恋をしては破れ、夫のある女と親しくなっては別れます。
そんなガブリエーレの母は未婚の母で、「男たちにわるさをされては捨てられる」ような女だったのではないかと、ガブリエーレの話から著者は推察します。
ガブリエーレは、今度は、絵描きの女に恋をします。
目が大きくて、髪がきれいで、ずんぐりした体型の女です。
彼女の運転する車でジェノワの郊外まで来ると、女は「これが私の生まれた町」と紹介します。
戦争で地面がまっ平になるまで連合軍の艦砲射撃を受け、彼女の家も跡形もなくなったそう。
駅に送ってくれたガブリエーレとその恋人を、遠ざかって行く車窓に頬を付けて目で追う著者の最後の言葉がいい。
「もしかしたら、ガブリエーレ、こんどは大丈夫かもしれない、と思った。」
コルシア書店の重要人物でありながら、ほとんど掘り下げられていない人物がいることに、読了してから気付きました。
著者の伴侶で、結婚後わずか7年で急逝するペッピーノです。
「書かれなかった」ということで、かえって著者の喪失感の大きさを想像したことです。
コルシア書店に理想を求めて関わって来た人たちは、やがて著者も含めて一人ずつ離れて行き、書店自体も人手に渡ってしまいます。
ダヴィデの死を悼むあとがきを読み終え、コルシア書店に関わった人たちと著者が過ごしたひとつの時代が、突然風が止むように終わったことに気付き、切なくなりました。
この切なさは、恐らく一定の年齢に達した人なら、初めて感じる切なさではないでしょう。
とても素晴らしいエッセー集に巡り合いました。
ちなみに本書は、私が参加している読書会の次回の課題図書。
ね? 読書会っていいでしょう? -
1930年代から1960年代にミラノにあった コルシア・デイ・セルヴィ書店に集まった共同体を作者は1992年に描いている。
土地を離れる者、死別する者……記憶と共に生きる友情 -
いただいた本。
須賀敦子さんはじめて。ミラノのことを親しく懐かしく描いていて、とてもよかった。感動物語ではないのに、じんわりと感動する。その時から時間が経っているからこその微妙な距離感、当時の空気も感じられるのもおもしろい。文章がすき。 -
「トリエステの坂」を読んだのはどれくらい前か。
内容が強烈に記憶に残っているわけではない。
なのに、読んで以来、なぜかこの人の文章を他に読みたい、と思うようになっていた。
控えめで静かな文体に惹かれたのかもしれない。
1960年代ごろ。
著者がミラノのコルシア書店に関わった日々についてのエッセイ集である。
コルシア・ディ・セルヴィ書店。
前身は大戦末期の地下組織で、戦後サン・カルロ教会の一角を借りて、キリスト教左派の聖職者や知識人たちが集まって作った書店とのこと。
この書店の運営に関わっていたペッピーノと、留学生だった筆者は結婚する。
運営に関わる人々の人生の変転。
(筆者自身も、やがて夫を失い、東京に帰ることになる。本書は、東京に帰ってから、そのころを回顧して書かれたものだ。)
客たち、教会のボランティア、ボランティアに支えられていた人々の生活。
パトロンとして関わった上流階級の人々。
ミラノの社会、歴史の厚みが見えてくる。
この本を読んでいて、自分はイタリアという国を全く知らないなあ、と感じた。
本書の描く時代は、だいたい60年代。
まだ戦争の記憶も生々しかったころだろう。
イタリア人がドイツ人に対して抱く複雑な感情も描かれ、ちょっとドキッとする。
ヨーロッパ系ユダヤ人だけでなく、中東にルーツを持つユダヤの人々も交錯する。
当たり前かもしれないが、それが南ヨーロッパだということだと気づく。
ミラノの街を知っている人が読むと、もっと実感を伴って読める作品かもしれない。 -
著者がイタリアに留学し、ミラノの小さな書店に集う人々と交流した若き日々をたどるエッセイ。
当時はまだ日本人女性が珍しかったせいか、さまざまな人に紹介されたり、招待を受けたり。
何かをスルドク分析するとか考察するとかではなく、とても素直な目で、書店の仲間たちの姿が、丁寧に淡々とつづられているのが心地良い。
その昔、学生時代に冷やかしによく立ち寄った、見たことのない雑誌や単行本、自費出版本ばかりの書店を思い出した。
最近、店内でくつろいでお茶を飲めるとか、読書会を開くとか、店主の個性を反映したユニークな書店がちらほら。
いつかそんな書店で時を過ごした誰かが、こんなエッセイを書くかもしれない。
ネット書店は便利だし、電子書籍もいいけれど、やっぱり街でへ出て、本を買おう! -
激動の1960年代、イタリア・ミラノにあるコルシア書店で筆者が共に過ごした仲間たちを偲び、回想するエッセイ。
とてもシンプルで静謐な文章には、深い人間観察力と仲間達への深い愛情、そして彼らを喪った哀しみが込められていて、読んでいてとても切なくなる。
すごいなぁ。私はここまで仲間たち一人一人を見つめたことがあるだろうか。
久々に文学を読んだという気分になった。 -
ミラノに実在した書店に出入りする、様々な境遇の人たちにまつわるエッセー。
それぞれがそれぞれに不幸を背負い、もがきながら不器用に生きている。
みんながハッピーではないけど、そんなものなのかも知れない。
他人が見たらそう見えてしまうけど、本人はそれなりに時々幸せを感じたり。
結局自分もそうかもと思ってしまう。 -
①文体★★★★★
②読後余韻★★★★★ -
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「…
広場に憩う。星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる。
人生ほど、
生きる疲れを癒してくれるものは、ない。」
巻頭の詩。(ウンベルト・サパ 須賀敦子訳 後半)
読み終わってこの詩をしみじみ味わうと、このエッセイを要約しているのだという思いと共に、文学に浸ることはどういうことか、の答えが出る。
遅咲きの作家ということを知りとても興味を持ち、まず読んだのがこのエッセイ。
随筆といえどもフィクションの如きだった。
11章に分けて、著者が1950年代半ばから71年までのイタリア留学、滞在中知り合った人々の話。だけれども一章一章その友人の人生が凝縮されていて、なおかつ文章がなんともうまくて心揺すぶる。さながら11の珠玉の小説。
それは著者が「オリーブ林のなかの家」で友人の文体について書いているのに表れている。
友人アシェルが創作した自伝的小説を読んでの批評に
「自分の言葉を、文体として練り上げたことが、すごいんじゃないかしら。私はいった。それは、この作品のテーマについてもいえると思う。いわば無名の家族のひとりひとりが、小説ぶらないままで、虚構化されている。読んだとき、あ、これは自分が書きたかった小説だ、と思った。……」
著者がイタリアから帰朝し30年も過ぎて、昇華したように書いた文章。
イタリアのミラノにあった「コルシア・デイ・セルヴィ書店」。
教会の物置を借りた小さな本屋さんだけれども、ある思想を持った共同体でもあった書店につどう仲間にはいった日本人の著者。
友人たちの人生は様々、ヨーロッパは人種のモザイク模様、ことさらそれを強調するでもなく淡々と書き綴る。一人一人への熱い思い、人間として息づいている認識。
やがて「コルシア・デイ・セルヴィ書店」は無くなるのだし、人々も老いていなくなる。けれど熱い人恋しさにみちあふれる喜びが残る。人懐かしくなければ孤独もない。孤独を恐れることはないと悟る著者。私も泣いてしまった。
章ごとに魅力的な人物像ではあるが、私は「家族」の家族たちが通ってきた道に強く印象を残こした。これだけでも映画になりそうだ。たった37ページなのに。「小さい妹」もモーパッサンやサキの短編の如くで魅力的である。
ああ、しかし私はどれともいえない、全部よかった。 -
初めて読んだ須賀敦子さんの本。
回想録なのに、これほどまでに明瞭に描写できるのが素晴らしいと思うし、観察眼もまたそう。
このような眼を持てたら、日常がもっと深まるように思うのは気のせいだろうか。
コルシア書店、小遣いにも満たないほどの給料で書店を切り盛りしていた人たちは、「自分の信念を生きるために、からだを張っていた」と須賀さんは書いている。
そんな書店があったことが羨ましい。そんな書店が近くにあればいいなとも思う。 -
なんだろう。厳しい生活を送っていただろう作者のエッセイだが、ほんわかしてふわふわした感じを受けた。また、別の機会に読み返してみたい。
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本好きが集うオフ会で須賀敦子の『ミラノ 霧の風景』をいただいたのが昨年の春。以来、この著者の本は「村上春樹翻訳ライブラリー」シリーズと並んで、ワタシの積読棚に常に鎮座することになった。
心が乾いて荒れた時、心が乱れて雑になった時、この著者のエッセイを手にとって、治癒してもらう。美しく繊細でしなやかな文章は心を穏やかにする、ということを実感できる。
1960年代、著者がミラノ在住時に関わった書店には、理想を求めて若者たちが集まった。その個性あふれる面々を綴ったこのエッセイは、楽しくもあり、物哀しくもあり。ミラノに行ったことのないワタシが読んでも、その美しい街並みとその街で正直に生きていた若者達の躍動感は、しっかり伝わってくる。
明日からは少し心穏やかに過ごせそうだ。 -
須賀敦子さんが『ミラノ 霧の風景』で女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞したのが1991年と知り「なるほど、あの頃か‥」と強烈に思い出した。平成3年。昭和から平成へ変わってまもない頃。
世界では湾岸戦争が起こり日本では雲仙・普賢岳の火砕流で多くの方々が亡くなった年。(個人的事情で忘れられない年でもある。)
本書はその翌年、1963年に著者がミラノを去ってから二十余年、63歳の時出版されたもの。須賀敦子さんの美しく無駄のない文章からは彼女が住んでいた1960年代頃のミラノの景色、時代の移り変わりがリアルに伝わってくる。
須賀敦子さん入門本としてはずせない一冊。 -
イタリアはミラノの、小さな書店を取り巻く人々の逸話集です。過ぎ去った青春時代を慈しむ作者の眼差しは限りなく優しく、霧のむこうに消えてしまった友人たちへの愛情に満ち溢れています。稀代の随筆家、須賀敦子デビューにもオススメです!
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以前、新聞で須賀敦子さんのことを初めて知りました。それ以来気になっていて、この書を手に取りました。とにかく、静かな書。心が落ち着きます。哀しみを含んでいるけど、空虚じゃない。
ミラノでの日々が描かれているけど、彼女が日本での日々を書いた本があったら、読んでみたい。 -
「イタリア文学者で翻訳も手がけているのよ。著著もあって、とても素敵な文章で…」と、知人に勧められて。
澄んだ静かな湖面を思わせるような文章でした。
読んでいて、ゆりかごにのっているような気分になる。
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須賀敦子さんは最後に書いています。
「コルシア・デイ・セルヴィ書店をめぐって、私たちは、ともするとそれを自分たちが求めている世界そのものであるかのように、あれこれと理想を思い描いた」。「若い日に思い描いたコルシア・デイ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちは少しずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う」と。 -
ずっと読みたいと思っていた
須賀敦子さんの随筆。
青春時代を過ごしたミラノでの日々、
そこで携わったコルシア・ディ・セルヴィ書店に
集う人々との交流の思い出を綴っている。
彼女は、静かな、淡々とした様子でありながらも、
人が身を置く環境や親しい人との関係性が
いつまでも変わらないことなどはありえない、
そしてそれと同じように、人の心や考えは
移り変わり行くものなのだと私達に教える。
その事実を受け止める時には、
一抹の哀しみや寂しさを感じさせられる。
青春期の終焉を認める事、
何かを諦めるという事だからかもしれない。
しかし、いつかは喪われていく、
終わりを迎えるものであっも、
自分の心の中にこうありたい、こうしたいと
理想を持ち、それに向かって奮闘した事、
いつかは独りで歩いていくのかもしれないが、
喜怒哀楽を共にした友人
一緒に夢の実現に向け頑張った仲間達は、
自分の生涯の宝になるだろう。
須賀敦子さんは、この作品を通し、
私達に対し、生きること、人と出会うことに
怖がらないように、と背中を押してくれる。
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