詩歌の待ち伏せ 2 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2006年3月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784167586034

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

詩歌との出会いやその魅力を深く探求する内容が特徴で、読者に心地よい体験を提供します。北村薫の柔らかな語り口は、詩の一節から新たな視点を引き出し、まるで謎解きのような楽しさをもたらします。特に、詩や書簡...

感想・レビュー・書評

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  • 『詩歌の待ち伏せ2』
    北村 薫

    「詩歌の待ち伏せ」文庫本2巻目、2006年刊行になります。そして文庫本にはおまけのようなお楽しみ、「解説」があります。解説は島内景二さん。この「解説ー詩歌は目配せしている」がとても好きなんです。
    本との出会い、詩歌との出会いについて、
    「―私たちが本を選ぶのではなく、本の方が私たちを選んでくれるのかもしれない。その「出会い」の刹那の心ときめく火花を、「待ち伏せ」と名づけた北村薫の感覚には、思わず唸らされる。ー」と触れられていたり、また、本書の語り口調について、
    「ー軽さを優しさに昇華した点、「です・ます調」の語り口が柔らかく包み込む、北村薫の心が奏でる調べであるー」、というような言葉に共感ばかりです。

    そして、『詩歌の待ち伏せ2』に収められた土井晩翠、慈円、大川宜純、加藤楸邨などなど、私には全く馴染みのない方々の作品が謎解きのように登場してくる中、最も興味深かったのは、十四「To say good-bye is to die a little」アロオクール/チャンドラー(この章で終わらず、後の章でも出てきます。)レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』の有名な一節《さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ》をめぐる謎解きにわくわくしました。

    深すぎる博識な内容には到底追いつくことはできませんが、今回も心地よい語り口調に浸れる愉しい時間でした。(*´ω`*)

    ※『詩歌の待ち伏せ』の文庫本には、(1・2・3)と別に、<決定版>2020年刊行(3冊の合本、加筆訂正されたもの)があります。ご参考まで。

  • 大切に取っておいたシリーズの2冊目。

    この巻でも北村さんの語りは素晴らしく、しなやかに、丁寧に、それでいて深く、「読む」ことの意味と幸運を感じさせてくれる。
    一つの詩のたった一文から次から次へと謎が繋がり、一つのミステリーのようになっていく話もあれば、たった一文字の違いでこうも受け取り方が変わるのか、という話もあり……

    人間が生き物である限り、その人間が生み出した言葉も生き物なのだ、ということ。それが多くの人の手を、あるいは記憶を、あるいは出会いを渡ることで、自然と変化していく。その過程を丹念に「たどる」ことは可能なのだ(!)ということ。

    最後の中井英夫と中城ふみ子の書簡には、文字による言葉にならない時間が込められているのを感じた。
    私は他の本でこの二人の関係のことを書いた文章を読んでおり、そちらではこの二人の関係は、この本で書かれているような「きれいな」ものだけではない、という印象を受けた。しかし、ここで北村さんにより拾い上げられたその「書かれた」言葉もまた、この二人が交わした事実の一部なのだ。そして、それを拾い上げる人の手によれば、この「書かれた」文字がなんと輝くことか!

    なるほど、文章は生き物。受け取り手次第で死にもすれば、生きもする。

  • 世の中が謎に満ちていると感じられるのは、物を知らないからではなく、知っているからこそ色々なことが関連付けられ、そして引き寄せられてくるのだなぁ、と思った本。
    詩歌の紹介の本ではあるけれど、こんな本の読み方ができたらうらやましいなぁ。
    北村さんよりふたまわり下ですが、“そうだ村の村長さん”は知ってます!

  • 同タイトル1巻に続いて読んだ。
    (いま気づいたが、私が読んだのは文春文庫版。なのに、ちくま文庫版の方にレビューを書いてしまった…内容が違っていないといいなあ)

    土井晩翠「五丈原」が最初に取り上げられている。
    子ども向けに書かれた園城寺健『三国志物語』にも、柴田錬三郎にも同じ詩が引かれている。
    ところが、柴田の本では、冒頭の一行「祁山悲秋の風更けて」の一行がないことから、「風更ける」という不思議な言葉にクローズアップしていく。
    唱歌になった「五丈原」では、ここが「秋更けて」に代わっているという話も、土井の娘婿の文章から引き出される。

    この話、どこへいくのだろう・・・と思っていると、今度は『国歌大観』へ。
    「風更ける」の用例が実質十一首あり、最初の用例は定家だと明らかにされる。

    さ筵や待つ夜の秋の風更けて衣片敷く宇治の橋姫

    この定家の造語は、さっそく鴨長明『無明抄』で批判されている一方で、さっそく慈円が『六百番歌合』で使っていく。
    一つの表現の誕生と広がり(大して広がってもいない・・・か?)の最初の部分がわかるなど、まずないことなのに、と面白かった。
    そして、これに先行して、「音ふけて」「かげ更けて」という語句もあった、という話も紹介されている。
    言葉がネットワークの中で新しい表現を生み出していくのがわかる。
    AIにも、こういうことを起こしていくのかもなあ、などとも思ったりする。

    それ以外には、詩人の大川宣純や版画家で歌人の谷中安規の作品が取り上げられる。
    この本を読まなかったら、一生出会わなかった人たち。

    そしてまた出た、アロオクール「別れの唄」。
    チャンドラーの『長いお別れ』との関わりは巻1で述べられている。
    ここでは、それを読んだ人から、チャンドラーより先にクリスティが使っていたと知らされたという「後日談」が紹介されている。
    そしてさらに、チャンドラーはアロオクールから直接訳したのではなく、ジャズのスタンダードナンバーになっている、コール・ポーターの「Everytime we say good-bye」を経由しているのでは、と。
    近年、誤ったことを書いてはいけないという雰囲気があるが、「途中段階の文章」を起点に、こうやって読者からの情報により、さらに新たな事実が分かっていくのはすばらしいことだと思う。

    3,4巻もあるようだが、まだ手に入っていない。
    いつ読めるかわからないが、必ず読んでみたいと思っている。

  • 『詩歌の待ち伏せ 2』 北村薫 (文春文庫)


    2001年から2003年にかけて「オール読物」に連載されていた文章をまとめたものである。
    やっぱり今回も凄かった。

    前回はチャンドラーが引用したアロオクールの詩について、リライトの魅力が語られていたが(今回アロオクールの後日談あり)、今回は「三国志」である。

    「三国志」に引かれている土井晩翠の「星落秋風五丈原(ほしおつしゅうふうごじょうげん)」についてのさまざまな考察が、膨大な資料をもとに語られていた。

    難しいといえば難しいが、知れば知るほどどんどんハマっていき、数珠つなぎに謎が謎を呼び、次々といろんな場所に連れて行かれ、著者とともにミステリーの謎解きをしているような気分になれるのが本当に楽しくて、読むのを途中でやめられなくなってしまう。
    さすがミステリー作家!


    さて、今回いいなぁと思ったのは、「大川宣純」と「谷中安規」である。
    どちらも、今まで作者も作品も私は全く知らなかった。

    大川宣純は高知の詩人である。
    最初に北村さんが“待ち伏せ”に逢ったのは、方言詩「てんごう」。
    そこから原典を紐解くに至るのだが、「簡単に原典といいましたが、実はそこにたどり着くまでが大変でした」と北村さんが言うほど、こんな場所で取り上げられなければ、誰の目にも触れず、歴史のひだに埋もれ沈んでいたような詩人なのだ。
    社会からドロップアウトしたアウトロー。
    けれど、ピュアな恋の詩を書く純粋な人だった。

    詩集の巻末に収められている、大川の友人、大崎二郎氏の回想が感動。
    北村さんの言葉を借りれば、まさに「書かなければ跡形もなく消えた一瞬」を、原典を読むことのできない私たちに紹介してくれた北村さんに感謝したい。

    谷中安規は版画家であり歌人である。
    タニナカ・ヤスノリと読むが、彼を愛する人々は親しみを込めてアンキさんと呼んでいたそうだ。
    そんな小さなエピソードからも、皆に愛された歌人の人となりが伝わってくるようだ。

    安規さんは子供好きで優しい人だったけれども、短歌の中には時々、異様に暗い色合いを帯びた歌が混じっていた。
    なぜかそこには必ず“犬”が登場する。
    犬は泥に汚れていたり、刀を喉に突き立てて死んでいたりする。
    その犬は安規さん自身の姿であり、彼の心象風景でもある。
    「普通の生活と獣族としての飛翔の間で思いの行きつ戻りつする様が安規さんの心の揺れを素直に見せています。」と北村さんは書いている。

    紙の虎にまたがって空を飛び、知り合いの小さな男の子のところへ遊びに行こうとする安規さんと、犬となって刀を自分の喉に突き立てる安規さん。
    そのどちらも安規さんである。
    確かに理解はしづらいが、人の心の中を開いてそのまま見たような、痛みをともなう感覚に震えた。

    最後の章の、病床の歌人「中城ふみ子」と、彼女を見出した「中井英夫」との書簡のやり取りも凄かったなぁ。

    中井の使う封筒が、出版社の社名が入ったものから個人のものに変わっていくところがドキドキした。
    一番最後の手紙で中井は、差出人の欄に会社ではなく自宅の住所を書くが、それを受け取ることなく中城ふみ子は帰らぬ人となるのである。


    北村さんはすごい。
    博覧強記というだけでなく、言葉そのものを愛してやまない人なのだなぁ。

    旧仮名遣いの文語詩や短歌だって、一人だったら読む気がしないが、こんな言葉の達人がナビゲーターなら、読みづらさも気にならない。
    しかも、(当たり前だけど)文法にもやたら詳しい。

    北村さんが、中井英夫の本に対して、「掌の上にのる文庫版でありながら、千鈞(せんきん)の重みを持つ本です。」と評しているが、この本だってそうやん、と思った。

    物質の価値としては何百円の紙の束だが、中身に値段はつけられない。
    それを書いた人の心を思うと、まるで宝のかたまりのように見える。

    北村さんの文章には、そんな読むことへの気持ちを原点に戻してくれる不思議な魔法がかかっているのだ。

  • お話、ストーリーを追いかけるのが好きで本を読み出しました。ですから、文体や表現をじっくり味わう、という読み方はあまり好きではありませんでした。
    読むものの幅が広がるにつれ、そんな読み方とは別の読み方も楽しめるようになったのですが…でも、例えば北村薫が自分の高校の時の現代国語の先生だったら、もっともっと早く詩歌や文学史を楽しめるようになっていたのではないか、と思うのです。

    意味が取れない部分が多くても、「てんごう」の力を感じ、これまで全く関心が持てなかった「書簡文学」について、封筒や書簡の住所などという視点を教わって、これでまた楽しんで読めるものの幅が広がりました。自分にとっての「その素晴らしさを教え導いてくれる、特別な案内人」北村先生には教わることばかりです。

  • 2012年2月11日購入。
    2022年2月7日読了。

  • 2011/4/14購入

  • 作家 北村薫が、ふと出逢った詩歌について語る本。
    ひとつの詩歌から様々な解釈を導き出すのは、ミステリに通ずるものがありますね。その解釈を成り立たせるための証拠を別の本から拾い集めたり、視点を変えることにより新たな一面を見出したり。ある俳句の視点を女子とするか男子とするかで印象が変わる、そういう部分に面白さを感じました。
    北村薫は元々国語教師をされていたそうですが、こんな先生にこんな授業を教わっていたら、より一層国語が好きになっていたでしょうね。僕の場合、国語は一番好きであり得意な教科でした。それでも、いやさそれだからこそ余計に、国語の面白さを伝えてくれる先生の存在を望むのですね。

  • 推理作家/北村薫が、心の隙間にふんわり忍び込んでくる詩歌について語ったエッセイ集の文庫本化。最終項で、あの名高い中井英夫/中城ふみ子往復書簡について触れている。中城が歌集「乳房喪失」の原型となる原稿を中井が当時編集長を務めていた短歌雑誌に送った有名なエピソードや、その後中城が死ぬまで続いた手紙のやり取り(しかしそれは本当に短い時間だったが)は、その内容を知るにつけ非常にドラマティック。いい意味で中井のイメージが覆される。メールや電話ではない手書きという形態である手紙の持つ体温のようなものを感じることができる。そういうものを綴る北村の文章は、優しく暖かい。

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著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代はミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、89年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。著作に『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)などがある。読書家として知られ、評論やエッセイ、アンソロジーなど幅広い分野で活躍を続けている。2016年日本ミステリー文学大賞受賞。

「2021年 『盤上の敵 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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