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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784167587031
みんなの感想まとめ
人生の達人としての高峰秀子の自伝的エッセイは、彼女の独自の教育と生き様を描いています。子役としての厳しい経験を経て、彼女は自己教育を通じて自分を成長させ、周囲に期待せず、冷静に自分を見つめる力を身につ...
感想・レビュー・書評
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朝日新聞社、1976年
文春文庫、1998年3月
新潮文庫、2012年1月
文春文庫で読んだ。
以前から高峰秀子の養母との確執については、ウェブでぼんやり知っていたが、本人の筆でここまで書かれると、これは凄いものを読んでしまった……。
壮絶、凄絶、修羅道……。
最初のほうに、中上健次もかくやと思われるほど込み入った家系図が記されている、が、戦前ってそんなものだったのかもしれん。
そして、平山志げは、若いころに名乗っていた高峰秀子という芸名の、下の名前をつけた、姪を引き取って、子役にする。働かせる。稼がせる。吸い上げる。
所謂ステージママという呼び方もあるが、高峰秀子の養母の場合はもっと強烈。
最終章に、「私という人間のドラマの主人公は、私ではなく実は私の母その人であった」とあるくらい、本の最初から最後まで常に母の個性が「悪魔爆発」している。
この本、読む人によっては自身の毒親体験がフラッシュバックする劇薬なのでは。
その上、養母だけでなく、親族、悪い大人たちに囲まれて、巨大な金が消えていく。その軌跡も強烈。
が、ペシミズムに浸された本では決してなく、よい人間関係に恵まれ、所謂有名人の人名録でもある。
以下、目次に●で追記してみた。
でも、高峰秀子にとって救いになった人だって、各々の家族に対しては修羅だったりするので、うーん人って……。
と、数分くらい遥かな気持ちになってしまう。
にしても1976年刊行で、この数年後に養母亡くなり(デブ死す)、女優からエッセイストに転身するわけだが、その後のエッセイ群の先駆けでもありネタ元でもある、最重要のゴツい本だと思った。
しかも戦前戦中戦後の歴史でもあり映画史でもあるので、個人史にしてメディア史にもなっている、まあ凄い本。
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上巻
文庫版まえがき ●朝日新聞社の扇谷正造
1 雪ふる町 ●養母平山志げなど家族、
2 旅のはじまり
3 猿まわしの猿 ●川田芳子
4 土びんのふた ●岡田嘉子
5 つながったタクワン ●林長二郎、坂東好太郎
6 父・東海林太郎 ●東海林太郎、藤田まさと、五所平之助
7 母三人・父三人 ●東海林夫人
8 ふたつの別れ ●実兄の実
9 お尻がやぶれた ●初潮
10 鎌倉山の女王 ●田中絹代
11 一匹の虫 ●水谷八重子、川口松太郎
12 八十三歳の光源氏 ●藤本真澄、広辞苑の新村出
13 神サマのいたずら ●谷崎潤一郎
14 紺のセーラー服 ●山本嘉次郎、原節子
15 血染めのブロマイド
16 鬼千匹 ●綴方教室原作の豊田正子、田中絹代
17 ビエロの素顔 ●榎本健一、古川緑波、宮城道雄
18 兄は馬賊だった
19 にくい奴 ●大河内伝次郎、灰田勝彦、杉村春子
20 ふたりの私
21 馬 ●黒澤明、三船敏郎、山本嘉次郎
22 青年・黒澤明
23 恋ごころ
24 鶴の化身 ●入江たか子
25 神風特別攻撃隊
26 同期の桜
下
1 黄色いアメリカ人
2 赤いスタジオ
3 十人の旗 ●太宰治、笠置シヅ子、服部良一
4 ハワイの花 ●昭和天皇、灰田勝彦
5 お荷物
6 キッチリ山の吉五郎 ●小津安二郎、笠智衆
7 鯛の目玉 ●志賀直哉、谷崎潤一郎、松子夫人、梅原龍三郎
8 「空・寂」
9 ウソ泣き ●芥川比呂志
10 ダイヤモンド ●藤山愛一郎、宮田重雄
11 色と欲 ●金指英一、平尾プロデューサー、青柳プロデューサー、木下惠介
12 木下恵介との出会い
13 カルメン故郷に帰る
14 遁送曲
15 勲章 ●床山の小林重雄
16 続・勲章 ●松山善三、梅原龍三郎
17 愛の人
18 パリへ ●木暮実千代、渡辺一夫
19 ZOO
20 夕日のパリへ
21 再び戦場へ
22 二十四の瞳 ●壺井栄、松山善三
23 ラスト・ダンス ●川口松太郎、木下惠介
24 イジワルジイサン ●成瀬巳喜男、森雅之、林芙美子
25 バズーカお佐和 ●有吉佐和子
26 骨と皮 ●松山善三
解説 沢木耕太郎詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
掛け値なしの名著。高峰秀子は人生の達人だ。
司馬遼太郎が高峰秀子を「どのような教育を受けたらこのような人間ができるのだろうか」と評したというが、子役でデビューして小学校もろくに行っていない高峰は、学校教育をほとんど受けていない。では、どうしたのか。彼女が自分自身を教育したのだ。本書を読んだ今なら自信をもってそう言える。
自分の意思や力ではどうにもならないことは、決して悩まないし、振り返らない。周囲に対しては期待しないし、求めない。世の自己啓発書に出てきそうなことを、彼女は自己教育で見事に体得し、実践している。養母との関係など並の人間なら投げ出すか、もしくはキレるところ。でも、高峰は至って冷静。自分を客観視しているもう一人の自分がいるかの様だ。
そして、この感覚、どこかで読んだ覚えがあった…美輪明宏の『紫の履歴書』だ。美輪も同じだ。悩まず、振り返らず、期待せず、求めず。この奇妙な一致は何なのだろう。美男子・美少女として子どもの頃から芸の世界に身を置いていると、自分を客観視できる人生の達人になれるのか。それとも、この二人が持って生まれた才覚なのか。 -
「わたしの渡世日記(下)」高峰秀子著、文春文庫、1998.03.10
398p ¥700 C0195 (2024.03.08読了)(2006.09.30購入)
【目次】
黄色いアメリカ人
赤いスタジオ
十人の旗
ハワイの花
お荷物
キッチリ山の吉五郎
鯛の目玉
「空・寂」
ウソ泣き
ダイヤモンド
色と欲
木下恵介との出会い
カルメン故郷に帰る
遁走曲
勲章
続・勲章
愛の人
パリへ
ZOO
夕日のパリ
再び戦場へ
二十四の瞳
ラスト・ダンス
イジワルジイサン
バズーカお佐和
骨と皮
解説 沢木耕太郎
☆関連図書(既読)
「旅は道づれガンダーラ」高峰秀子・松山善三著、中公文庫、1992.10.10
「旅は道づれアロハ・ハワイ」高峰秀子・松山善三著、中公文庫、1993.06.10
「旅は道づれツタンカーメン」高峰秀子・松山善三著、中公文庫、1994.01.10
「私の梅原龍三郎」高峰秀子著、文春文庫、1997.10.10
「わたしの渡世日記(上)」高峰秀子著、文春文庫、1998.03.10
(アマゾンより)
複雑な家庭環境、義母との確執、映画デビュー、青年・黒澤明との恋。波乱の人生を常に明るく前向きに生きた女優・高峰秀子の一代記 -
日本の初期の映画女優、高峰秀子の自伝的エッセイ下巻。週刊朝日に連載をしていたものが本になったようだが、本書とっても良かった。
子役出身の高峰秀子さんは、本書出版時点(昭和50年頃)で50歳だったそうだが、その時点で400本もの映画に主に主役で出演していた。渡世日記とはいえ、あとがきにもあるように、30歳で結婚するまでの人生がつづられている。
メインになるのは、今でいう毒親である母(養母)との確執、才能ある映画製作者たちや文豪たちとの交流、映画を作るうえでの苦労、お金に苦労した話、などである。子役時代から超多忙な生活だったため学校にろくに通えず、本人は学問が無いと言っているが、文章からはしっかりと教養がうかがえる。しかも、上巻から文章が描写も含めてぐっと上達している。
お金をせびって娘を支配しようとする母との暮らしは本当に大変そうだが、結婚してやっと自由な生活が送れるようになり良かったと思う。
昭和初期からの時代背景が分かりやすく鮮明に描かれており、ノスタルジーに浸れる。本書に出てくる人々(黒澤監督など)は生き生きとしているが、すでにほとんどこの世にいない。母に薦めたい本である。 -
自分の芸、つまりは顔に責任を持てる俳優になるにはどうしたらいいか、と聞かれれば、やはり「勉強するよりほかはない」としか答えようがない。が、具体的に、どんな勉強を?と言われても私には正直いって分からない。本を読むのもいいだろう、人の話を聞いて知識を広めるのもいいだろうし、人生経験を積むのもいいだろう。それなら人生経験とはいったい何か?……。よく、子供を産んだから母親役が身についたとか、離婚をしたら演技が上達したとかいわれるけれど、それなら泥棒の役を演るには実際に泥棒の経験をしなければならない、ということになる。私にいわせてもらえば、人間になるには、俳優になるには、「ものの心」を「人間の心」を知る努力をする以外にはない、と思う。もっと簡単に言うならば、「人の痛さが分かる人間」とでもいおうか。
いつの世にも、何事においても、人の見る眼は十人十色だが、「とんちんかん」と「ないものねだり」だけは困る。受け取りようも返答のしかたもないからである。私はそうした批評への不満を新聞に発表した。過去、何百本という映画に出演してきたけれど、その映画の批評に自ら反発を示し、私の演技を正当化しようとしたことは、それまでただの一度もなかった。俳優は素材であって、素材がものを言うべきでない、と思っていたからである。
私たち日本人にいちばん欠けているのはユーモアとウイットだという。笑いは生活の潤滑油である。私はユーモア女房に徹しようと心に決めた。人を巧みに笑わせるには、並々ならぬ努力が要る。私は、森繁久彌や伴淳三郎の苦労のほどが、結婚によってはじめて理解できたわけである。演技と実生活は違うけれど、相手がいる限り、ただやみくもに自己を押し通すばかりが能ではない。それなら結婚などというシチ面倒くさいことはしなければいい。一人で暮らすほうが気楽ならそれもよし、この人と一緒に生きたいと思うなら、それ相応に努力をするのが当たりまえということだろう。古人間の私はそう考えている。 -
あとがきで、沢木耕太郎がこの本の面白さ、というか文章のうまさについて真っ正面から考察していて、よくぞやってくれたと思った。
そう、内容じゃなく、文章、語り口の魅力なんだ。そういう意味でいうと安野光雅も私にとっては同じなんだけど。この人の文章ならなんでも読みたいと思わせる。
『巴里ひとりある記』も、存在は知っていて「あー、はい女優のパリエッセイね」と思っていたけど、俄然読みたくなった。 -
激動の昭和の映画史とともに生きた筆者の
女優人生が、淡々と描かれている。
優雅な笑顔の女優の素顔は、こんなにも
気風の良い、さばさばとしたお人柄だったんだなぁと、
驚くとともに、ますます好きになった。
義母との確執、かなわなかった恋・・・つらいことも
確実に演じることにいかさせれていたのではないかな。
生涯、学校には数カ月した行ったことがない・・・と
あるが、一流の仕事、スタッフ、文化人と出会い、
闘い、心のつながりを大切にして、感性が磨かれたんだな
と感動するほどに、すばらしい自伝だった。 -
高峰秀子が1975年に「週刊朝日」で半年にわたり連載した半生記。改めてまとめて読むと、貧困の幼少期から、大スターに寵愛される少女時代、大人の自我が芽生えてからの養母との激しい確執、その間もただひたすらに働きに働いて、やっと松山善三という魂をゆだねられる人に会ってからの幸せと、一大叙事詩子が1975年に「週刊朝日」で半年にわたり連載した半生記。改めてまとめて読むと、貧困の幼少期から、大スターに寵愛される少女時代、大人の自我が芽生えてからの養母との激しい確執、その間もただひたすらに働きに働いて、やっと松山善三という魂をゆだねられる人に会ってからの幸せと、心打たれることばかり。
晩年の旅行や美味や生活のこまごまを綴ったエッセイにあふれる幸福感は、これらの苦難を背景に成り立ったとてもとても尊いものだと、改めて思うのです。 -
大女優 高峰秀子本人がその半生を描いたエッセイ集の後編。大戦終了後の昭和20年以降の出来事が書かれているが、当時の様子がよくわかる。谷崎潤一郎や梅原龍三郎など著名人との交流も詳しく描かれており、ビジネス抜きで暖かく支えてくれる人たちが数多くいることが理解できる。よくわからず連れて行かれたシーンがいろいろと登場するが、その場面の描写や自分が感じたことは詳しく書かれており、その能力の高さに驚かされた。勉強になる本であった。
「キャバレーで見た、アメリカの士官たちに、すっかり感服してしまったのである。とにかく、女性に対して、実に礼儀正しいということ。ダンサーの控え室に行って、うやうやしくこれを迎えてくる。それがまったく身についた礼儀作法なのである。席にくると、必ず女の方から先に腰をかけさせる。征服者の士官が、被征服者のダンサーに対して、甚だインギンをきわめる」p10
「ステージから楽屋に入ると、米兵たちが「ハロウ!ミス、タカミネ!」と言いながら、手に手に贈り物を抱えてなだれ込んで来る。キャンデー、チョコレート、チューインガム、クッキー、ピーナツ...。ステージが1回終わるごとに、私の周りには贈り物が山と積まれて身動きも出来ない。ラストショーが終わると、劇場の楽屋口には真新しいキャデラックが横づけにされていて、私は成城の家まで送り届けられた」p10
「「昨日までの自分」と「今日の自分」のつじつまは絶対に合わないはずなのに、私はそれに目をつぶり、過去という頁をふせて見ようともしないのである。なんという現金さ、なんという変わり身の早さ。人気商売とはいいながら、こんなことが許されていいのだろうか。人には言えない、妙なうしろめたさが、私の背後に忍び寄って、夜となく昼となく、とがった爪の先で、チョイ、チョイと私をつつくのだ」p11
「男女平等の総選挙がおこなわれ、日本国憲法が公布された。憲法は国の進路や私たちが生きてゆく社会に秩序を与えるために無くてはならぬ大切なものだけれど、腹をすかした私たちにとっては、憲法よりも、今日の米、味噌、醤油こそ問題だった」p12
「昨日にこだわっていては生きてゆけない状況が、そこにはあったけれど、人間はどこまで慣れやすい動物なのか、われながら呆れるばかりであった」p17
「運命というものは、こちらがボンヤリ居座っていて、あちらさんから一方的にやって来るものではなく、こちらさんが積極的に切り開いていくものだと、私は思う。しかし私の場合はいつも、私が苦境に立つたびに、あちらさんからチャンスというお土産をひっさげて、私の目の前に出現した」p186
「当時のパンアメリカン機はもちろんプロペラ機で、それも南回りのパリ行きだけだったから、沖縄、香港、バンコク、カルカッタ、カラチ、ベイルート、ブリュッセル、そしてパリと、うんざりするほどの各駅停車だった。降りては飛び、飛んでは降りのくり返しででおよそ30時間ほどの時間がかかったことになる」p258
「(解説 沢木耕太郎)日本では、とりわけ映画女優による優れた自伝は皆無に等しい。そこには自分をさらけ出すことははしたないと考える国民性も与っているのかもしれないが、もしかしたらさらけ出すべき自己が希薄なのかもしれなかった。しかし『わたしの渡世日記』の高峰秀子は、日本の女優では例を見ない率直さで、自ら辿ってきた道筋を述べていた」p385 -
戦後、『カルメン故郷に帰る』や『浮雲』『二十四の瞳』など映画史に残る名作に出演し女優としてのピークを迎える。結婚しささやかな家庭を築くも母はますます毒親と化し秀子を悩ませ続ける…。筆者の秀逸な文章もあってとにかく面白い。Netflixで映像化したら絶対面白いと思うんだけど…。
俳優はもちろん、文筆家としても一流の方でした。 -
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202404/
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母娘関係が悲惨。人生を投げてるような、それでいて一生懸命なような不思議な人だ。
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「高峰秀子」のエッセイ『わたしの渡世日記〈上〉〈下〉』を読みました。
第24回日本エッセイスト・クラブ賞受賞作品です。
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〈上〉
昭和を代表する大女優が波瀾万丈の人生を綴った第一級の自伝。
「お前なんか人間じゃない、血塊だ」――養母に投げつけられた身も凍るような言葉。
五歳で子役デビューし、昭和を代表する大女優となった「高峰秀子」には、華やかな銀幕世界の裏で肉親との壮絶な葛藤があった。
函館での誕生から戦時下での撮影まで、邦画全盛期を彩った監督・俳優らの逸話と共に綴られた、文筆家「高峰秀子」の代表作ともいうべき半生記。
日本エッセイスト・クラブ賞受賞作。
〈下〉
戦後を彩る大ヒット映画の数々と共に綴られる女優の偉大なる足跡。
本邦初の総天然色長編映画『カルメン故郷に帰る』、『名もなく貧しく美しく」、『二十四の瞳』、『恍惚の人』……戦後を彩る数々の大ヒット映画の製作裏話と共に、女優「高峰秀子」が綴った半生記。
養母とのしがらみに苦しむ一方で、「谷崎潤一郎」や「梅原龍三郎」らとの交流を成長の糧とし、「松山善三」との結婚で初めて安息を得たことにより、「ひとりぼっちの渡世」に終止符を打つまでを描く。
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昭和を代表する俳優の中で大好きな女優ひとり「高峰秀子」、、、
1975年の5月から1976年の5月まで「週刊朝日」に連載された自伝的エッセイを上下二巻にまとめた作品です。
〈上〉
■雪ふる町
■旅のはじまり
■猿まわしの猿
■土びんのふた
■つながったタクワン
■父・東海林太郎
■母三人・父三人
■ふたつの別れ
■お尻がやぶれた
■鎌倉山の女王
■一匹の虫
■八十三歳の光源氏
■神サマのいたずら
■紺のセーラー服
■血染めのブロマイド
■鬼千匹
■ピエロの素顔
■兄は馬賊だった
■にくい奴
■ふたりの私
■馬
■青年・黒澤明
■恋ごころ
■鶴の化身
■神風特別攻撃隊
■同期の桜
〈下〉
■黄色いアメリカ人
■赤いスタジオ
■十人の旗
■ハワイの花
■お荷物
■キッチリ山の吉五郎
■鯛の目玉
■「空・寂」
■ウソ泣き
■ダイヤモンド
■色と欲
■木下恵介との出会い
■カルメン故郷に帰る
■遁送曲
■勲章
■続・勲章
■愛の人
■パリへ
■ZOO
■夕陽のパリ
■再び戦場へ
■二十四の瞳
■ラスト・ダンス
■イジワルジイサン
■バズーカお佐和
■骨と皮
■解説 沢木耕太郎
「高峰秀子」って、大物女優として華々しい生活をしていたんだろうなぁ… というステレオタイプ的な先入観があったのですが、本書を読んで、その考えが180度覆りました。
その理由は幾つかありますが、具体的には、
複雑な家庭環境から叔母「志げ」の養女として育てられ、
叔母「志げ」の強く見当違いで狂気的とも言える愛情(愛憎?)に葛藤し、戸惑いながら、
経済的に困窮していたことから5歳から家族の大黒柱として俳優として働かざるを得ず、
養父養母だけでなく、実父や義母、兄弟等、親族の生活まで金銭的に援助し、
俳優業が忙しく学校(義務教育含め)にはほとんど通うことができず、
等々、現代では考えられない人生を歩んでいるんですよねぇ… 本当に驚きましたね。
そして、もう次に驚いたのは、文章の巧みさ、、、
義務教育をほとんど受けることができず、俳優業に専念していた人が書いたとは思えない… ユーモアを交えながら、自分のことを冷めた目で冷静に描いているところや、他者を的確に描いているところ等、エッセイストとしても十分な素養を備えていると感じました。
苦しいことや、悲しいことがあっても、人生を肯定しつつ、力強く前向きに生きていく姿に共感しましたね。
著名人との交流も幅広く、、、
映画界では、有名女優「田中絹代」との交流、映画監督「黒澤明」との淡い恋、私の好きな日本映画界の巨匠「小津安二郎」、「木下恵介」、「成瀬巳喜男」との交流等々… を興味深く読ませてもらったし、
映画界を飛び越えた幅広い人脈として、作家「谷崎潤一郎」や画家「梅原龍三郎」、歌手「東海林太郎」との交流等々… これには驚きました。
「高峰秀子」って、元々好きな俳優さんなのですが、本書を読んで、一層、強い魅力を感じるようになりましたね。
愉しく読めるエッセイ… というか、素晴らしい自伝でした。
写真が盛りだくさん使ってあるのも嬉しかったですね。 -
他者に対して気を遣わない「気遣い」が抜群に上手い人なんだと思う。目上の人に対しても裏表なく素直に接することで可愛がられたり応援してもらえる関係を築いている様子が伺える。この話の中ではあまり描かれていなかった目下の人に対する高峰さんの接し方がどうであるかについても知ってみたいと思った。
それと、この人の凄いところは気遣いだけではない。学ぶ姿勢とか教養とか、あとは自分の判断基準みたいなものが確立されている感じが周囲(理解してくれる人)の理解とか共感とか応援を呼び込んでいるんだと思う。
どうやってそのような姿勢とか教養とか自分の芯を得るに至ったのか、その答えは明確には描かれていないが、その一つは女優ならではの超一流の人脈とか体験の蓄積によって築かれたんだろうなと思う。自分も一流の経験にこだわりたいと思った。でもそれだけでもなく、養母とのややこしい関係とか、多くの親類の生活を背負うプレッシャーとか、普通の子供や若者が当たり前に過ごした生活を経験していないこととか、トップスターとして常に注目される特異な立場の苦悩とかも高峰さんの人格形成に影響しているであろうことがわかる。
いずれにしても真似できない。
でも尊敬すべき人。
凄い人なんだけど身近に感じられる人。
そんな方だと思いました。
何を学んだか、と考えるとなかなか表し難いですが、かなり印象深いエッセイでした。 -
日本映画界を代表する昭和の名女優の自伝的エッセイ。一見華やかそうなスターの実人生の苦闘とそれでも前向きな生き方には心打たれる。
昭和50年11月から半年週刊朝日に連載されたエッセイ。リアルタイムではほぼ知らないが昭和の名女優、その半生を綴ったエッセイ。名子役から名女優へ。独自の感性と表現力。女優としての演技力の源泉を見た思いがした。
そして何より人生を明るく捉えるバイタリティと頭の回転の早いこと。
上下巻の下巻は終戦から。東宝の労働争議に直面したり、育ての母との葛藤など。そんな中昭和26年27歳にして一人パリへ。このあたりと木下惠介、成瀬巳喜男という名監督との出会い、そして伴侶となる松山善三、波乱の人生がクライマックスへ。作品としても7割あたりからの起伏が素晴らしい。
松山善三との結婚までで本書はほぼ終了。この作品をきっかけに筆者は多くのエッセイを残している。何より感性と頭の回転が素晴らしく、一気に読めてしまう作品でした。筆者の他の作品もぜひ読んでみたいと思う。 -
著者は名前は目にした事があったので、写真を見れば分かるだろうと思っていたのだが、ピンと来なかった。登場人物まほとんど分からないのがとても残念だが、それでもとても面白く読めた。
とにかく文章が素晴らしく、他人の描写、自身の表現がとても綺麗であり、ユーモアに溢れている。
さらに、氏の半生そのものが波乱に富んでいるので、面白くない訳がない。
昭和にはこんな女優さんがいたんだなと思う。
(200) -
家にあったので正月休みに読むか~と気楽に手に取ったら結構重い本でした。上巻は女優という特殊な立場ではあるものの一人の民間人が体験した戦争史として非常にわかりやすく貴重な経験談だと思うし、彼女の生い立ちや来歴は当時の世情やナマの歴史というのがヒシヒシと感じられるので面白いし。それにしてもよく色々と覚えてらっしゃるなぁというのが素直な感想です。まぁ普通の人とは違う波乱万丈な人生だったという事も関係しているのでしょうが。
そういえば自分の父母や祖父母の時代は子供が多かったので養子をもらっただの養子に出しただの、そういう話をよく聞いたなと思いだしました。自分の家も父方の祖母は伯父の家の養女になったそうだし、母の弟は養子に出されたというし。
高峰秀子の幼少時代、彼女を引き取って養育したいと申し出た人が作中何人か出てきたのも富める人が貧しいものに施すというか、面倒見るという風潮が普通にあったためかなぁなんて思ったりもしました。
私は彼女の現役時代を知らないし、そもそも映画自体をあまり見ていないので名前ぐらいしか知らない女優さんでしたが苦労されたんだなぁという事はよくわかりました。
特に家族や親子の縁はこじれると一番収集がつかなくなるというか醜く腐敗するような。でもそれでもスッパリ切ることが出来ないというのが血のつながりというものなのかなぁ。あまり感心することの出来る母親ではなかったのでしょうが、それでもなんだか可哀想に思えるのは高峰秀子の文章に後悔というか上手く行けたら良かったのにという願望が透けて見えるからなのかもしれません。
そして写真を多用しているので物理的にも重い本でした。多分良い紙使ってるんだろうな~ -
予想通り下巻も翌週末にてあっさり終了w
巻末の解説には彼女が司馬遼太郎という人を表現するのに用いた文章が彼女を大した文章家だとして評価するにたる証拠のひとつだとして紹介していた。思えば自分にとっての司馬遼太郎ブームも彼の没後に編まれたある追悼文集から始まり、その中の一人として彼女の名もあったことを思い出すに、こうしてこの種の自分の中での知識の輪廻は続いてゆくのだなということを感じさせられる。
彼女と義母との間にあるどろどろとした愛情なのか憎しみなのかなんだかわからない部分について扉を開けて語ってもらう部分が何度となく登場する。ただ本作の終盤に差し掛かるに、彼女は彼女でこうした形で整理をつける必要があったのだろうなということが徐々に伝わってきた。これらの部分は二度読んで参考になるようなところはなにもないだろうけれども、他に二度三度と読み返してみたくなるような部分はたくさんあった。それぐらい高峰秀子自身の口から、筆から湧き出る名言にあふれていた作品だったと評価して良い。
さて、こうしてめでたく別視点の木下惠介と成瀬巳喜男が自分の中にできあがった。いよいよ鑑賞歴を深めていきますか! -
「勲章なんて要りませんたら、要りません」なんて、まるで漱石のようですね。この清々しさも女史の魅力のひとつですね。そして、ひとりパリに日本から逃げるように旅立つその姿に言いようもないいじらしさを感じます。幼いころから苦労を重ねてきてつらいことも人知れず経験したことが窺えますが、それにもめげずに素晴らしい人たちと出会い、本当に人生の醍醐味を存分に味わわれて幸せであったのではないかと想います。女史の出演された映画をこれから楽しみたいと思います。
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強い意志と、磨かれた知性。高峰秀子の出演作が見たくなりますね。
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
高峰秀子の作品
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感想 :
