いっぴきの虫 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2011年10月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784167587116

みんなの感想まとめ

人間関係や人生の深みを探求する魅力的な対談と随筆が織り交ぜられた作品です。著者は、著名な人々との自然なやりとりを通じて、彼らの本質や魅力を引き出しています。学校に通わずとも、一流の著名人と臆せず向き合...

感想・レビュー・書評

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  • 雑誌「潮」で1970年から72年まで高峰が対談した人物21人を中心にまとめた書。高峰が対談した時期は46才から54才にかけて、と解説にはある。

    有吉佐和子があり読んでみた。
    高峰秀子と有吉佐和子は、メキシコに旅行に行ったり、有吉から電話がかかってきたり、といった関係だったようだ。この本には何度かのエピソードをまとめたもののようだ。

    有吉佐和子との対談は、単行本発売まもなくか? 高峰は映画で主演しているのに映画の話は全然出てこない。有吉がけっこう一方的にしゃべっている。

    高峰と有吉は「恍惚の人」を書きあげたすぐの頃、メキシコに一緒に旅行しているらしい。
    有吉:メキシコでおかしかったわね。私、あのとき「恍惚の人」を書きあげたばかりで疲れていたでしょう?熱が出ちゃって、すっかり高峰さんの世話になってサ。メキシコ旅行の収穫といえば、高峰さんが献身的な人であるということだったわね。
     その時の熱心な看病ぶりから、あなた子供がいなくてよかったんじゃないか?と言う。子供がいたら、私の世話さえあんなに献身的なんだから、あなたは一緒に予備校へ通いますよ、ええ、絶対。という。かなりずばずば物言う人、有吉さん。だがそれがあまりいやみになっていない風でもある。

    有吉はいつも母と戦っている、と言う。
    有吉:祖母に対して私の母が反発をし、母に対して私が反発をし、おそらく私の娘は私に対して反発をする。こう思うのよ。
     うちの母はね、私を検事にしたかったから。それがユメだったの。本当は自分がそちらのほうへゆきたかったのに親が無理解でムリヤリ嫁にいかされちゃったでしょう? 私が女学校へ入ったときのプレゼントがなんた「六法全書」。こういうことされたらもう、娘は絶対法科に進もうなんて思わないわよ。教育ママのハシリね。
     私の目標? 驚くなかれキュリー夫人よ。でも疎開でね、フラスコなんかがなくなっちゃって、お蔵で本を読んでいるうちに文弱にながれちゃったの。小説なんて世の人のためにならない、社会に益することなきものだという姿勢は、いまでもくずさないわね、私の母は。

    メキシコ旅行はJALの東京メキシコ路線開通記念の第一便で120人の団体旅行であったとある。

    その後何年かして突然夜中の12時に高峰氏に有吉氏から電話。更年期らしくて眠れないからなんとかしてくれという。医者でもないのにそんな相談されても困るというと、だってメキシコへ行く飛行機の中で仁丹をおくれ、といったらサッと出してくれたじゃないの、私、仁丹いらい、あなたを信頼してるんだから、という。じゃあホテルにでも行って書いたら、というとその通りにし、1か月くらいしてまた電話があり、おかげさまであのあとすぐホテルに入って、今「悪女について」っていう小説書いてるんだけど、もう書けて書けて・・ どうもありがとう、と。

    三か月後、有吉さんに会うと、不健康そうだった身体がキリリとしまり筋肉質になっていたという。それで今は中華人民共和国にいて、外国人として初めて人民公社で働いている、という。でしめくくられる。

    ・JAL東京メキシコ間路線開通 1972.4.3 バンクーバー経由メキシコ路線開通、とJALHPにはある。
    ・「恍惚の人」発売 1972.6.10
    ・映画「恍惚の人」公開 1973.1.15
    ・有吉にとっては5度めの中国行き。1978.6.12に中国に到着したようだ。「週刊新潮」に1978.8~1979.2まで連載。本は「有吉佐和子の中国レポート」として1979.3発売
    ・「悪女について」1978.9 発行

    高峰の「まえがき」日付は1978年7月7日


    1978.8(単行本)
    2011.10.10第1刷(文庫本) 図書館


    「有吉佐和子文学の世界」有吉文学を愛する方のHP
    https://homepage-nifty3.com/ariyoshi/index.htm
      その中で中国レポートのページ
    https://homepage-nifty3.com/ariyoshi/sawako/reading/sawakof11.htm

  • 著者の文章は実に痛快。中国人俳優アータンとの交流に涙し、有吉佐和子への愛あるこき下ろし方に笑う。

    P39 (中国文革の時期は)撮影現場でも演出家が椅子に座ればブルジョワとののしられ、俳優も衣装を着けたまま何時間も立って待たされていたとか。演出家自らステージの中で立ち働き、すべてのスタッフは同一権利、同一待遇で、監督も小道具係も主役もエキストラの区別もなかったらしい。これではめちゃくちゃだ。映画はベルトコンベアで缶詰を作るのとは違う。

    P43「あのころ、人の口の端にも上らない者はみんな処分されてしまったからね・・・ことにあなた方は他の国の人、日本の人だ。日本の人が気にしている人間を殺ってしまうのはやはり具合の悪いことだったのだろう・・・でもあと1年、あそこにいたら、僕は死んでいたかもしれない(趙丹)

    P53 (有吉女史は)人のいやがるテーマばかりをノミトリマナコで捜し出し、真正面からダンビラかざして薪割スタイルでバッサリと、というヘキがあるらしい。

    P94 松下(幸之助)氏のようなマジメ人間に、洒脱さ、甘さ、色っぽさを求めるのは、どだいないものねだりというものだろう。松下氏の冗談は木に竹を継いだごとくギコチなく、いっこうにおもしろくない。おもしろくないからと言って、それが、すぐ冷たさやドライに通じるというわけではない。

    P144 (川口松太郎)先生は江戸っ子最後の作家ということだが、お得意の人情もののセリフそのもののような、小気味のようべらんめぇ口調には、誰もが聞きほれるような魅力がある。テニヲハの一つ一つが、ピリピリと生きていて、相手の心に直接ぶつかってくるその感じは、まるで強いシャワーを浴びているよな快さとでも言ったらいいだろうか。

    P151 来年・・・たっていまのつづきさ。いまのつづきを、少していねいにやるよりほかないじゃないか。どうしようもないじゃあないか、おまえ、ええ?

    P158 私のように生来ヘソの曲がった人間は、無条件に”人間に惚れる”ということができない。その証拠には、わたしは悪態をつくのは人後に落ちないが、人のほめ方がひどくまずい。

    P199 マジメとガンコは全く違うものだ。マジメにはなんとなく陰湿さがあるが、ガンコには強情という可愛げがある。團(伊玖磨)さんはまた「親しいからいいじゃないか」とだらしなくされるのが一番嫌いだ。【中略】「親しい」ということは、それ自体が貴重な大切なことなのだから。

    P228 木村(伊兵衛)先生は「ちゃんちゃらおかしくって」という時、本当に、ちゃんちゃらおかしいような表情をした。江戸っ子のケッペキのようなものが、日本辛子のようにピリピリッとこちらにつたわった。

    P244 (映画は)茶の間でひっくり返って、一人でアクビしながら見るのと、全然違うもの。【中略】ぜんぶ一方を見て、大勢でものを見るってことは、何かの役に立つことだと思う。・・・うまく言えないけど。

    P259 学校はいらないことは教えない。よけいなことも教えるけどね。学歴は必要じゃないけど。学問は必要ね。(菊田一夫)

    P271 日本の家庭では、子は親に、親は子に甘えすぎるようですね(沢田美喜)

    P298 最近は、その”らしさ”を飛び越えて、早く役者になろうとする人が多いでしょう?そやけど、わたしはできたら、”らしさ”のところでうろうろしていたいと思います。【中略】どっちにも落ち着かずに、その間をうろうろしている人間で終わりたい、思うのです。そやないと艶(つや)がなくなります。(藤山寛美)

  • 「高峰秀子」の対談&エッセイ集『いっぴきの虫』を読みました。
    「高峰秀子」の作品は3年半振りなので久し振りですね。

    -----story-------------
    「高峰秀子」の傑作人物論

    「有吉佐和子」、「松下幸之助」、「東山魁夷」、「杉村春子」、「木村伊兵衛」、「藤山寛美」、「川口松太郎」、「梅原龍三郎」―ひと筋の道を極めた各界の一流人との対話を軸に綴った傑作エッセイ集。
    二十余人の人物から不変の真理と人間味あふれる肉声を引き出した、著者の取材ぶりは圧巻。
    『人間への理解力―亡き母・高峰秀子に捧ぐ』(「斎藤明美」)を収録。
    -----------------------

    総合月刊誌『潮』に1970年(昭和45年)から1972年(昭和47年)に連載された「高峰秀子」と著名人との対談を中心に据えて、エッセイ風の文章を織り込んだ構成の作品… 端正で歯切れのよい語り口での対談と、柔らかでユーモア溢れているエッセイの組み合わせなので、愉しく読めましたね。

     ■東海林太郎
     ■趙丹
     ■有吉佐和子
     ■東山魁夷
     ■松下幸之助
     ■円地文子
     ■森繁久彌
     ■浜田庄司
     ■川口松太郎
     ■杉村春子
     ■林武
     ■團伊玖磨
     ■谷崎松子
     ■木村伊兵衛
     ■市川崑
     ■菊田一夫
     ■沢田美喜
     ■『二十四の瞳』の子役たち
     ■藤山寛美
     ■梅原龍三郎
     ■松山善三
     ■人間への理解力―亡き母・高峰秀子に捧ぐ 斉藤明美

    印象に残ったのは、「杉村春子」、「木村伊兵衛」、「市川崑」、「藤山寛美」、「松山善三」かなー それぞれの人物の魅力をうまーく引き出している印象ですね、、、

    少し距離を置いているかと思えば、懐に飛び込んだり… と、対談相手との絶妙の距離感等、コミュニケーション能力の高さは天性のものかもしれませんね。

    そして、さりげない会話の中でキラリと光る、研ぎ澄まされた刃のような鋭い人間観察眼と人物批評が印象的… 一流の人々であっても、その内面を独特の観察眼でさらけ出しているんですよね、、、

    それを巧く文章として残す能力の高さを改めて感じました… さすがですね。

  • すごい人だと感心する。
    学校はほとんど通っていない。本人曰く学はない。
    でも、一流の著名人との会話ではうまいこと聞き出してもいるし、うまく返している。
    媚びは売らない。なんだか自然なやりとり。

    でも、すごい人を目の前に知らないことだらけでギョッとしている。という場面がある。
    それホンネなんだろうね。だから、相手に対して自然なやりとりができるのかも。
    分からないって言えるからすごいのかも。

  • 281対談集

  • 2013.5.13~22 読了
    偉大な芸術家、ビジネス界の大物、相手が誰でも堂々たる対談になっており、相手もつい本音を漏らしている。怖いもの無し振りが面目躍如なのは物心ついたときからの女優稼業を自らの才能、才覚のみで成功を収め、ずっと家族を養ってきたという自信と今更失うものはないという強さ故か。しかし恩のある川口松太郎、梅原龍三郎あたりとの対談は思慕にあふれている。

  • この時代の人達は、養子縁組をして生みの親と育ての親がいたり、両親がなく一人で人生を切り開いたり・・と大変な時代を生き抜いたんだな。。

  • 1970-72年に雑誌掲載され、のちに出版されたものの復刊、ほりだしもの。女優としての仕事はほとんど知らないが、文筆家としての高峰秀子はやっぱり一目も二目もおける人で、この本は対談と随筆(回想)がふしぎにとけあった文章。
    東海林太郎や趙丹(中国の俳優)とのエピソードには人間と人生の深みを感じる。対談は、有吉佐和子、東山魁夷、松下幸之助、円地文子、森繁久彌、團伊玖磨、木村伊兵衛、市川崑、梅原龍三郎・・・どんなスゴイ人とでも臆せず率直に向き合える。そして、その人の魅力を余さず伝えて読み応えじゅうぶん。掉尾を飾る夫・松山善三との文章対談は傑作。

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著者プロフィール

高峰 秀子(たかみね・ひでこ):女優、随筆家。1924年北海道生れ。5歳のとき映画『母』で子役デビュー。以後、『二十四の瞳』『浮雲』『名もなく貧しく美しく』など300本を超える作品に出演。キネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞ほか、受賞数は日本映画界最多。55歳で引退。名随筆家としても知られ、『わたしの渡世日記』(上・下、新潮文庫)で第24回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。2010年12月28日死去。享年86歳。

「2024年 『高峰秀子 夫婦の流儀 完全版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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