ベトナムの少女―世界で最も有名な戦争写真が導いた運命 (文春文庫)

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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (455ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167651114

作品紹介・あらすじ

1972年6月8日、アメリカ軍のナパーム爆撃から逃げまどうはだかの少女の写真が世界中を駆け巡った。「世界一有名な戦争被害者」になった当時9歳のキム・フックの人生は、ベトナム戦争後もこの写真のために翻弄されつづける。それは、冷戦構造のなか、「プロパガンダの道具」として彼女を利用するベトナム共産党政権との闘いだった。

感想・レビュー・書評

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  • 私が学生の頃は、ほぼ毎日、新聞記事の国際面は「ベトナム戦争」の記事でした。近代兵器を駆使する米軍、地に足をつけたベトコンのゲリラ戦・・・、泥沼の戦いは何年続いたことでしょう・・・。デニス・チョン著「ベトナムの少女 世界で最も有名な戦争写真が導いた運命」、2001.9発行、1972年6月8日、米軍のナパーム爆撃から逃げまどう当時9歳のはだかの少女、キム・フックの人生を追った作品です。日米戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争・・・、ノーモアです!

  • 彼女の存在そのものが戦争の惨禍を体現している。

    ヴェトナム戦争では数々の衝撃的な写真が撮影された。彼女はそんな
    写真のうちの一枚の被写体であった。AP通信のヴェトナム人カメラマン
    によって撮影され、「戦争の恐怖」と題された写真には泣きながら全裸
    で逃げる9歳の少女の姿がある。

    キム・フック。ヴェトナム語で「幸福」との意味を持つ名を持つ少女は、
    アメリカ軍の誤爆によりナパーム弾に焼かれた。

    ピュリツァー賞を受賞したこの1枚の写真は、ヴェトナム戦争後も彼女
    につきまとう。全世界に配信され衝撃をもたらした写真は、被写体で
    あったキム・フック自身の人生に一番影響を与えたのだろう。

    南ヴェトナムの比較的経済的に恵まれた家庭で育ち、健康状態がよかった
    こともあって、ナパーム弾での大火傷でも命を失わずに済んだ。だから
    こそ、戦後は「戦争の犠牲者」として共産党政権のプロパガンダに利用
    された。

    むちゃくちゃだろう。南ヴェトナム人として家族には重税を課すのに、
    自分たちの主義主張に都合がいいようにその娘を戦争犠牲者として
    世界にアピールする。だったら、少しはキム・フックの望みを叶えて
    やれよ。

    「医師になる為に医学を学びたい」。そんな望みさえ、政府が設定し
    た西側ジャーナリストとのインタビューに邪魔され、しまいには勉強
    する時間まで奪われることになる。

    経済的にもどん底。学びたいことも学べない。どん底にいたキム・フック
    に手を差し伸べたのは西ドイツのジャーナリストと、当時のヴェトナム
    政府の首相ファム・ヴァン・ドンだった。

    このふたりがいなかったら、キム・フックの火傷の後遺症はもっと酷い
    ことになっていただろうし、キューバへの留学も叶わなかったろう。
    特にドン首相とのパイプは彼女の心の支えでもあったのだから。

    結局はキューバ留学中に知り合ったヴェトナム人留学生の男性とカナダへ
    亡命することになってしまう。亡命後も貧困に直面する生活ではあるの
    だが、故国を捨てることで彼女はその名の通りの「幸福」を手に入れた
    のかもしれない。

    どの戦争でも翻弄されるのは一番力のない者である。キム・フックの
    人生は1枚の写真に翻弄された。だが、その写真があったからこそ、
    彼女を支援する多くの人々が現われたのも事実だ。

    読んでいて辛くなる部分が大半の作品だったが、長くつらい時間を経て
    彼女が安住の地を見つけられたことに救われる。

  • 文庫本表紙の、AP通信社によって撮られ世界中に配信された有名な戦争写真。ベトナム戦争時にナパーム弾で被爆したキム・フック(当時9歳)の、その写真に翻弄される人生を綴ったルポルタージュです。

    戦争の悲惨さや冷戦構造の中での東側・西側の対立の凄さはもちろんのこと、「一枚の写真がこれほどまでに一人の人間の人生を左右した」ということに単純に驚かされる一冊です。

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