作家の日記を読む 日本人の戦争 (文春文庫 キ 14-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167651800

作品紹介・あらすじ

永井荷風、高見順、伊藤整、山田風太郎らは、日本の太平洋戦争突入から敗戦までをどう受け止めたのか。勝利に歓喜する者、敵への怒りに震える者、無力感から諦念に沈む者…。作家たちの戦時の日記に生々しく刻まれた声に耳をすまし、国家の非常時における日本人の精神をあぶり出す傑作評論。巻末に平野啓一郎との対談を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 1941年から1946年にかけての5年間、日本社会は開戦、空襲、敗戦、占領と目まぐるしく変化した。この間、徴兵されなかった日本人作家たちは作品を発表する場を失ったが、「書く」という欲望を満たすために、日記をつけた。

    誰に見せるつもりもなく、世間に発表するつもりもないが、再び作品を発表できる世の中に戻れば、日記を記したことの経験が意味を持つ。空襲で焼けた家から真っ先に日記帳を持ち出した作家もいた。

    元アメリカ海軍の日本語通訳官の日本文学者ドナルド・キーンは、残された日記から、作家たちが戦争をどのように考えていたか、庶民の戦中生活はどのようなものだったのかを知ろうとする。

    日記には個人的な著者の本音が記されているはずだが、当時の厳しい検閲を恐れてか、あえて自分の意見を伏せ、当時の社会や軍におもねる表現も多い。

    本書で取り上げられる作家たちの中で異色なのは山田風太郎。戦中はまだ作家ではなく、大学生であった。多くの作家が戦争に対する倦怠、後悔、政府への批判を日記に記すのに比べて、山田の日記は元気で高揚感があり、日本の必勝を信じ、アメリカへの憎悪に満ちている。

    プロ作家の日記だけじゃなく山田風太郎のような学生や一般市民、主婦、兵隊などの日記も取り上げてくれれば、戦中史としてもっと面白かったかも。

  • 太平洋戦争が始まった1941年から、連合国による占領から一年が過ぎた1946年までの激動期を、作家たちの日記にスポットを当てて描きだした一冊。
    まず、戦争に対する考え方が人によってこれほどまでに違うのかと驚かされる。狂信的に好戦的な人、自分の良心に従いつつ葛藤する人、達観した人。著者が巻末の平野啓一郎との対談で言っている「いちばん深く感じたのは、当然のことですけれども、日本人にもいろいろいるということです」に強く頷く。
    それから、もう一つ印象的だったのは戦争が終わったすぐ後のこと。これで自由に書ける!と思う一方で喜びを感じないとか、アメリカ兵と日本人女性の関係に顔をしかめつつも可能性を見出すとか、これから始まる「戦後」に対する戸惑いや希望が興味深い。

  • 1941からの1946年に書かれた作家たちの日記からみた当時の日本の状況について

    特殊な時代をより良く理解するためにも、当時のインテリの日記は極めて得難い資料。
    大きな情報統制がある中での、作家一人ひとりの多様で私的な言葉。

  • 初出誌 『文學界』2009年2月号
    単行本 2009年7月 文藝春秋刊

    [版元PR]
    “永井荷風、高見順、伊藤整、山田風太郎らは、日本の太平洋戦争突入から敗戦までをどう受け止めたのか。勝利に歓喜する者、敵への怒りに震える者、無力感から諦念に沈む者……。作家たちの戦時の日記に生々しく刻まれた声に耳をすまし、国家の非常時における日本人の精神をあぶり出す傑作評論。巻末に平野啓一郎との対談を収録。”


    【目次】
    序章 009
    第1章 開戦の日 021
    第2章 「大東亜」の誕生 044
    第3章 偽りの勝利、本物の敗北 067
    第4章 暗い新年 089
    第5章 前夜 111
    第6章 「玉音」 133
    第7章 その後の日々 155
    第8章 文学の復活 177
    第9章 戦争の拒絶 200
    第10章 占領下で 223

    あとがき(二〇〇九年五月) 246
    文庫版あとがき(二〇一一年十月) 250

    対談 ドナルド・キーン×平野啓一郎(二〇〇九年九月) 252
    意外な本音を見せた作家たち/過去を語らなかった伊藤整/日本特有の日記文学/作家と兵隊の日記の違い/戦争に対する作家たちの温度差/日記に見える作家の人間性/日本人にもいろいろいる/日記に書かれた多様で私的な言葉

    注  釈 [284-308]
    参考文献 [309-314]
    人名索引 [315-318]



    【抜き書き】
    □44―45頁。注釈も載せます。
     “当時、複写されて広く出まわった報道写真に、山下奉文〔ともゆき〕大将がシンガポールの英国軍司令官パーシヴァル中将に対し、「イエスかノーか」と居丈高に降伏の最後通牒を突きつけている写真がある。この写真は、西洋で教育を受けた日本の知識人の間でさえ、なんら当惑の種とはならなかった。それどころか一世紀にわたる西洋への屈従の後に、今や日本人が優位に立ったことの紛れもない証として称賛された。同時にこの写真は、日本人が日清日露の戦争で敗軍の将を遇する際に見せた礼儀を、もはや守るつもりがないことを示していた[※3]。小田島大佐は、捕虜の待遇について「日露戦争の頃は西洋崇拝的であったから、現在は日本主義的にした」と述べている[※4]。

    [※3] 日露戦争の旅順での勝利を知った時、明治天皇の最初の反応は歓喜ではなくて、ステッセル将軍の祖国への揺るがぬ忠誠に対する称賛だった。天皇は、山県有朋に命じてステッセルが将軍としての威厳を保てるように配慮している。
    [※4] 清沢「暗黒日記」147ページに引用されている。清沢は、日本人が捕虜をあたかも罪人のように扱うと書いている。罪人に体罰を与えるのが普通であれば、捕虜もまた殴られることになる。”


    □55―56頁から
    “日本人が東南アジアに作った政府は、よく「傀儡政権」と呼ばれた。これは各政府が無能な人物によって率いられ、その主な仕事は日本からの命令を実行に移すことにあるという意味だった。しかし、当の「傀儡」たちの名前を一瞥すれば、この命名がいかに見当違いなものであるかがわかる。日本が支援したビルマ、フィリピン、インドネシア各政府の首脳(それぞれバー・モウ、ホセ・ラウレル、スカルノ)は、いずれも傑出した人物で、日本の敗戦後も各国で高い地位を維持し続けた。スバス・チャンドラ・ボース(1897―1954)は自由インド仮政府首班を自任し、インド独立のために献身的に働き、しかも断じて日本の卑屈な追従者ではなかった。これらの指導者たちは、いかなる困難があろうとも、日本との協力によって自分たちの国の植民地支配を終わらせることができると考えていた。
     植民地支配からの解放は、独立を望む国々の首班たちにとっては大東亜の構想以上に魅力的だった。だから日本で開催された大会にも出席したし、誇張された言い回しで天皇に深い敬意を表すことも厭わなかった。日本が朝鮮、満州、台湾の国民に民族自決の自由を与えなかったことを、この指導者たちが知らないわけではなかった。しかし彼らが日本を指示したのは、大東亜共栄圏に属する国々に独立を与えるという約束を日本が本気で果たすと信じたからだった。岡倉天心の「東洋の理想」の有名な冒頭の一節「アジアは一つなり」が、「アジア人のためのアジア」といったスローガンと同じように繰り返し引用された。”

  • 実は(常々興味はあったものの)ドナルド・キーンは読んだことがなくて、これが初読。高見順、山田風太郎、永井荷風、内田百間、渡辺一夫など作家の日記を紐解き、彼らが戦時中あるいは戦後に何をどう感じていたのかを解き明かす。

    そこに描かれている作家の思いや印象は様々で、それはそれで面白い(特に、戦争に絶対的な賛美を送る山田風太郎)のだが、やはり特筆すべきはドナルド・キーンの日本に対する洞察の深さだろう。曰く、日本では平安時代から書かれ、読まれ続けている「日記文学」は、しかし、特異だ。そもそも米国人は日記を付ける習慣がある人が少なく、しかも読んで面白い日記というものが少ないため、「日記文学」というジャンルが成立していないそうなのだ(代わりにコラム文学は日本の素粒子だの天声人語だのを遙かに凌駕するけれど)。確かに言われてみると、日本の日記文学は平安時代の数々の〜日記をはじめとして、僕も最近読んだ「ローマ字日記」(啄木)や、本文でも触れられている「断腸亭日記」(荷風)、果ては現代の blog 日記の類まで様々だが、海外作品と言って思い出すのは「アンネの日記」くらいか。キーンはこれを、「日本人は普段あまり自分を語らず、思っていることとは逆の表情を見せることすらある(悲しいときに、人に心配をかけないように笑うなど)。しかし、『書くのはいい』とされており、しかも日本人はそれが非常に好きだ」と分解してみせる。確かに、日記はつけるもの読むのも面白い(この booklog も、日記みたいなものだ)。併録されている対談で、「典型的な〜人」という概念は繰り返し否定されているのだが、しかし、日記を読む楽しみの中には「典型的な日本の何か」があるのかもしれない。

  • 2012年「マイ読んでよかった本」ランキング1位の本。

    その時代を生きた人たちの考え方に触れて、色々衝撃を受けた。
    みんな本当は戦争を嫌悪してたのかと思ってたら、そうでもない人がいたこと事が。
    むしろ欧米の人たちに対する反感が当時強かったんだというのがびっくりだった。

    好感を持ったのは高見整。ニュートラルな視線に感心させられたり共感したり。
    逆に山田風太郎は腹が立った。戦争をすべきという考え方だが、医学生だった彼は戦地に送られる心配がないからそんな事言えたんじゃないかと思う。もし前線に送られてもそんな考えでいられたのか、疑問に思う。

  • 開戦前夜、戦中、戦後における作家の日記を追い、当時のインテリの戦争観をあぶりだす。取り上げられている主な作家は永井荷風、高見順、伊藤整、山田風太郎。終戦間際まで日本の勝利を信じる者、戦闘の行方に一喜一憂する者、皮肉と諦念で紙面を埋める者・・。
    その捉え方は実に多様だ。また意外な作家が意外な所感を披歴していることにも驚く。

  • 読了

  • 過去を知る上で、日記というものに着目する観点にまず圧倒される。また、なによりも書き溜めた日記を守った事実に心を揺さぶられる。

  • 面白い。戦争時代の有名人が書いた日記を紹介したもの。戦争が始まった時に、どれだけ皆が興奮して喜んだかお祭り騒ぎだったか今言われている事と事実は違うとわかる。

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著者プロフィール

1922年ニューヨーク生まれ。コロンビア大学名誉教授。日本文学研究者、文芸評論家。2011年3月の東日本大震災後に日本永住・日本国籍取得を決意し、翌年3月に日本国籍を取得。主な著書に『百代の過客』『日本文学の歴史』(全十八巻)『明治天皇』『正岡子規』『ドナルド・キーン著作集』(全十五巻)など。また、古典の『徒然草』や『奥の細道』、近松門左衛門から現代作家の三島由紀夫や安部公房などの著作まで英訳書も多数。

「2014年 『日本の俳句はなぜ世界文学なのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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