父と母 悔恨の手記 「少年A」 この子を生んで...... (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2001年7月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784167656096

みんなの感想まとめ

親の苦悩と葛藤を描いた手記で、加害者である少年Aの両親が自身の育て方や家族の在り方について深く考察しています。普通の家庭でのやり取りが綴られており、特に母親の愛情や思春期の子供との関係性が共感を呼びま...

感想・レビュー・書評

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  • こういう本も賛否両論あるだろうけど
    他人事ではないので読んどいた方が良いですね

    【まさか】は存在するし
    【まさか】がおきない保証はないのと
    子育てにも正解はないですからね…

  • 一週間前に、三年前出版された少年Aの『絶歌』を読んで、いろいろ気になったので、
    ご両親が19年前に書いた手記であるこの本を読みました。

    思ったことを二つ書きます。
    ・Aは本当に立ち直ったのか
    ・何がAのような人格をつくったのか

    『絶歌』は悪評の的になっているようですが、
    私の感想は「良い方向に向かっている。頑張ってほしい」というものでした。

    でもこの本を読んで「彼は本当に立ち直ったのかしら?」と思い始めました。
    というのは、事件前後、両親への騙し方が実に巧みだったから。
    ここで半信半疑になってしまった私です。

    もう一つ、「事件前、彼はたくさんサインを送っていたのではないか。両親は鈍感すぎないか」と思っていました。
    この本を読んで、サインどころか、問題行動をたくさんおこし、両親が奔走していたのがよくわかりました。
    もうすでに、両親には彼の暴走を止める力はなかったのです。

    ではなぜ、彼はあんな風になってしまったのか?
    お父さんもお母さんも普通で、愛情あふれる温かい家庭のように思えます。
    私のまわりに男の子3人4人の家庭がありますが、
    そこと比較しても特別厳しい非常識な親とは思えません。

    でもその中でひっかかったことがあります。
    お母さんは育児日記をつけていました。
    それによるとAが生後一か月のとき
    「今日初めてトイレでウンチさせた。なるべく早く、そういう習慣をつけよう」

    え??なにそれ?!

    「一歳九か月 おむつをすべて取る。昼のおむつはもっと早く取ったのですが、夜になるとなかなか取れなかった。でもそれ以降、お漏らしは大丈夫だった」

    私のまわりの子育てしている人たちは2歳すぎても平気でおむつさせていました。
    しかもAは7月生まれだから、寒い時にトイレトレーニングさせられていたのでしょう。
    年子の弟がいるから、早く自立させたかったのかもしれません。

    また、Aが二歳のとき、食べ終わった食器を流しにもっていくようにしつけています。
    でも「これは無理だ」と三歳すぎてからにしました。
    「長男のAをある程度キチンと躾けていれば、後に続く子も上を見て育つ。
    そういう意識が私の中にあったことは確かです」

    ブログ『保育士おとーちゃんの子育て日記』に次のような事が書かれています。

    「(前略)一方で「トイレトレーニング」に一生懸命な人もいます。

    これをされると子供はつらいね。
    どうしてもその子の持っている能力では出来ないことを要求されるわけです。
    (略)
    それがさらに親が確立を望む年齢をすぎて、あせってきたりしてピリピリ・イライラした対応になってくると、子供はさまざまな問題を抱えることになりかねません。

    自己肯定感の欠如、無気力、殻に閉じこもる、大人に対する不信、情緒不安定、イライラから暴力的になる、ストレスからくる指しゃぶり、チックなどなど・・・。」

    「僕はトイレで排泄させようさせようと努力する代わりに、
    普段の生活習慣や遊び、会話、スキンシップなどをしっかりとやります」

    Aのお母さんは、長男であるAをしっかり躾けるため、まだ能力的に無理なことをさせようとし、その結果Aのような性格の少年がつくられていったのではないか。

    昔はインターネットが無かったから、いまのように情報がなかったのかもしれません。
    親が良かれと思ってやったことが大変な事態を招く。
    子育てにはー子育てに限りませんがー正しい知識が必要なんだなあと思いました。

  • 加害者の親という世間から見て厳しい立場から何を書くんだろうと思って購入した。親と子供だから分かり合えなかったところもあるんだろうな

  • この本の感想は、遺族の手記「淳」を読む前と後で分かれる。

    【前】
    とても普通の家庭であり、この手記を読む限りまるで少年Aと親のやり取りが私の家庭のやり取りかと思うほど普通であった。特に母親の正義感や子供に対する愛情のかけ方、たまにとんちんかんなことを言って思春期の子供の気持ちを汲み取れていないところ。その結果、子供は親を煙たがり非行に走る。私と少年Aの成長はほぼ同じで、私は少年Aとは違い、動物愛が強く、勉強を放棄することはできなかった、ということである。私が動物愛がなく虐待ができ、成績に無頓着だったら少年Aのように飛行がエスカレートしてとんでもない事件を犯してもおかしくなかった、そう思った。親の教育方針もこれを読む限り異常ではないし、しっかりと何が悪いかを教えていたと思う。親が少年Aの異常性に気付いていなかったのも、自分の親がそうだったように、少年Aが上手に親をだましていたからだなと思った。
    特に夫のためには死ねないが子のためなら死ねる、子供を引きずってでも被害者遺族の前で謝罪をさせたいという思いは、自分の親でもそうだし自分でもそう思うなと思った。

    【後】
    「淳」で被害者の父が記載していたように、事件後の母親の奇妙な行動は、どう考えても不自然で、少年Aが罪を犯していたことを親は気づいていたと思った。本書では寝耳に水といった感じだが、被害者の父が指摘していたように不自然な行動が目立っていた。また、弁護士に相談しながら準備した手紙や、手紙を書くまでに時間を要したのは子の無実を信じていたからなど、よく考えると不自然な点に多く気づいた。その後の言動でもやはり両親に誠心誠意の謝罪の意があるとは思えない。
    加害者両親もある種で被害者であるが、やはり何もかもが足りない。

  • これを読んで得られるものは特にない。
    ここに書いてあるAの行動も全てが本当かは分からない。
    それでもこの事件に興味を持つ僕としては価値のある内容だった。

  • 子供を持つ親として、加害者、被害者どちらも地獄
    親が一生懸命育てているつもりでも、受け取る側の子供の気持ちがそうでなければ愛情は届かないのでしょうか

    本当に亡くなった方達のご冥福をお祈りいたします

  • 自分か生まれる前の事件なので、関東大震災とか阪神淡路大震災とかと同じくらい昔のことだと思っていたが、手記の内容が現代社会にも通じるほどリアル。
    特定の要因がこの事件を起こしたのではなく、様々な複雑な要因か絡み合った結果、起こってしまった事件なのだろうなと思う。

  • 「あなたの子どもを加害者にしないために」と言う本を以前
    読みました。その本は「「少年A」この子を生んで・・・」を元に、少年Aはどのように育ったのか、どうして酒鬼薔薇聖斗が生まれたのかを分析した内容でした。

    そこでやっぱり気になってこの本を買いました。
    ちなみにこの本の印税は、被害者遺族の方々への賠償にあてられるそうです。

    これを読んでみて思ったのは、この両親は案外普通だなと言う事。
    もちろん全てをありのままに書いているのかどうかは分かりません。あくまでこの手記を読む限りですが。

    時々「ん?」と引っかかる考え方や言動があるにはあるのですが、
    明らかにおかしな考えって言う訳でもないように感じます。

    被害者家族への謝罪の言葉も度々出てきますが、本当の意味で
    謝罪の気持ちがあるのかな?と、文章を読む限り感じました。
    我が子をかばうような書き方も気にはなります。
    でも、実際我が子がこのようなひどい事件を起こしたとしたら
    何を書けるのか、と思うとこういう文章なのも納得と言うか
    しょうがないのかなと思ったり。。。

    母親によると、事件の直前も後も、息子の様子に何も変わった
    所はなかったと。何も気付かなかったと。
    そんなことってあるか?と思いますが、でもまさか自分の息子が
    殺人犯だなどとは考えないだろうなぁ。

    でも少年Aは、事件の前から万引きしたり、同級生を殴ったり
    家に斧を隠していたり、猫の死体が出て来たり、やっぱり
    前兆のようなものはあったんじゃないでしょうか。
    それでも母親は「男の子だからこんなもの」みたいな軽い感じで
    やりすごしているのが、引っかかりました。

    それなりに本人に聞いたり、謝罪に行ったり、叱ったりはして
    いるのですが、どうも軽い印象。

    子育てって本当に難しいし、本当に一人一人その子によって
    愛情の受け止め方も違うんですよね。
    そういう事を痛感しました。

  • Aは自分の息子です。あんな凶悪な事件を起こしても、怖いとも思わないし、憎いとも思えません。見捨てようとも思いません。(115)


    少年Aの両親の悲痛な想い。
    被害者の遺族の方々始め、厳しい世間の目のある中書かれた懺悔の手記なので、始終、申し訳ございませんと綴ってある。
    だが、酒鬼薔薇聖斗を産んだのは、本当にこの両親だけなのか。


    葉書に頭部の絵。「お前たちが交尾してできた化け物の責任を取れ」(94)



    私は25にもなりながら、まだ子を持つ親の気持ちが理解できないでいる。
    だから、子供視点の見解なのかもしれないが。



    交尾して子をつくるのは、とても一般的なこと。
    その子が、人間か、「化け物」か、それは子が選ぶことは出来ないし、親も然り。
    育て方に、正解とか間違いとかが、あるのだろうか。


    少年Aが虐待されたと感じている出来事が、
    他の家庭にもあるような躾程度のものだったのか、それとも本当に虐待といえるものだったのか、真相はこの手記からはわからないが、
    両親の証言の方がより現実に近いとすれば、
    Aの、直観像素質者であるという性質が大きく影響したのではないかと思う。
    その性質を持つか持たないかは、親にも子にも選択出来なかったはずだ。


    この本を読むきっかけになった村上龍氏の『インザ・ミソスープ』の一節が脳裏をよぎる。


    ―…要するに、子どもが犯した殺人の原因を見つけて、みんな、安心したいだけなんだ、子どもの殺人に原因はないよ、幼児が迷子になるのに原因がないのと同じだ、親が目を離したから?それは原因じゃなくて子どもが迷子になる過程の一つに過ぎない―



    他人の命を奪うことは、許されないし、受け入れられない。
    だから、Aの発言や行動も、受け入れられない。
    Aのそれは、すべて開き直りとして解釈されている。

    たぶん、理解出来ないひとたちは、
    受け入れられない、と、一刀両断して
    その原因を育ち方に求めようとする。
    確かにその人格形成に家族は大きくかかわっているが、
    果たしてそれだけなのだろうか?


    「化け物」じみた世界に、たまたまそういった性質に生まれた子どもが生まれたとして、
    自分がその親には絶対ならないと、誰が言い切れるのか。




    私は、私自身が酒鬼薔薇聖斗かもしれないと未だ危惧しているし、
    私が子どもを産んだとき、その子が酒鬼薔薇聖斗かもしれないと憂慮している。
    この手記を書いた両親の悲痛な想いを感じれば感じるほど、
    他人事ではないように怖くなる。





    私が狂っているのか。

  •  神戸連続児童殺傷事件が起きたのは、1997年の2月から5月で、この本はその2年後の1999年の4月に出版されました。
     個人的な意見ですが、この本は本当胸糞悪いです。
     なぜなら、この本の構成要素のほとんどが、
     ①手記『淳』で書かれた自分たちへの疑惑の反撃
     ② 「愛情に飢えて、厳しく躾けられた」と審判で指摘されたA少年と母親の関係への弁解(母親の手記)
     ③Aの家族の被害者ヅラ感。

    などなど言い訳で埋め尽くされ、被害者に配慮しているとは思えない本だからです。

     本当は文章一つ一つをあげて、
    「まじで、この本誰向けなん?、自分たちの保身のために書いてるとしか思われへん」とか、
    「【私(母親)の至らなさ】って散々育児頑張ってましたよアピールしてたやん」とか、
    「なんで言葉の裏を読もうとしないんだろう。」とか、ツッコミどころをたっっっっっくさんあげたいのですが、数えてみたら読書メモの項数が100を超えていたのでしません。

     ですが、本の中にあったAの言葉である、「母さんには、僕のこと分かってほしかった。間違っているかもしれないけど、分かってほしかった」が、全てなのではないかと思います。
      
     Aの母親が手記中何度も、「この子はズレている」とAの内面を表現しているですが、それは「【自分の常識から】ズレている」ということなのだと思います。その証拠に、Aと鑑別所での面談中Aと話している最中「矯正しないと」と思っていたり、Aが同級生とトラブルになった後しかるときに「わからせる」「Aは話を聞き入れてくれてない」と自分の意見をわからせようとしていたり、「私は子供の理想像があった。こういう子どもに育てたかった。」とあったり、「あんたは他の子よりも(性的に)幼いかもしれないよ」とか、「ほんまに他の子と比べてトロいね」と話していたり、とにかく、Aを母親にとっての理想にしようと、Aの話を聞くことはせず、自分の意見ばかりを押し付けているように見えるのです。

     そういったことがあるから、「Aは愛情に飢えて、厳しく躾けられた」と言われているくせに、『神経内科の先生に構いすぎですよと言われた』。だから構わないようにしたんだとか、もう、こういう言い訳ばっかりこの本はあるのです。
     
     手記『淳』で、親はAの事件のことを知っていたのではないかと書かれていたようですが、この本では、一貫してず〜っと【知りませんでした】って書いてあります。

     そして、淳君のお家でAの母親が電話番をしに来た時Aの自慢をされたと『淳』に書かれていたようですが、本当にしていたのではないかと思います。なぜなら、p.179で「Aでなければ淳君を簡単には連れ出せなかったでしょう。」と、どう読んでもAのことをプラスに書いているような文が差し込まれてたりするからです。p.272で初めて、「愚かな息子」とAのことを落として表現したのではないでしょうか。

     この本を通して私が感じたことは、この母親は異常で、ちゃんと毒親だったということです。
     Aは時々、言葉で「僕は今辛いんだよ」というSOSのサインを出していたと思います。
     ですがこの親は、Aの非行に対し叱りつけるという対症療法ばかりをして、Aが非行にはしった本当の理由まで深く知ろうとしなかった。病院などには連れて行っていたようですが、自分たちにその原因があるかもしれないとは考えていなかった。
     そしてその対症療法の話を、この本で嬉々として書いているわけです。

     生きている人間を、型にはめて育てようとしなければ、こういった不幸な子どもは生まれないのかなと思います。

  • 読みやすかったが、単純に文章能力が無いんだなという印象。
    日記を元にしているから仕方ないのだろうが、
    「眠れない」「体調が悪い」など自分のことばかり。
    これを被害者家族や関係者も読めてしまう商業作品として売り出すのはどうだろう…。

    ただただ「申し訳ありません」を繰り返したり、
    言い訳めいた言葉や「躾はしっかりしていた」などの後から何とでも言える話にはがっかりした。

  • 「少年A」この子を生んで・・・・・・
    ~父と母 悔恨の手記~

    著者:「少年A」の父母
    構成:森下香枝(ジャーナリスト)
    発行:1999年4月10日
    文藝春秋

    どうしてこの本を読もうとしたのか、忘れてしまった。「少年A」自身が書いた「絶歌」を以前に読んでいて、あまりのレベルの低さにあきれかえったが、恐らく両親の書いたものも同じだろうと思ったのかもしれない。
    読後感としては、絶歌ほどレベルは低くない、という感じ。自己主張することもなく、言葉遣いなども当たり障りがない、毒にも薬にもならない謝罪本だった。事件前後の経過報告や、子育て記録などを通じて、謝罪を行っているわけだが、プロの手によって(構成の森下&エディター)まとめられた、プロフェショナルな出来だともいえる。読者は、もう少し毒気があるものを期待したのだろうと思う。謝りつつも身勝手なことをいいやがる!と多少の憤りを覚えるぐらいがちょうどいいのだろうけど、さすがにそれは遠慮したのかも。

    絶歌は、本人は少年院から出て何年かした2015年に出版された。この本は、事件から2年後、本人は17歳で府中の関東医療少年院にいたころに出版された。両親は、鑑定書は読んでいるが、少年院に入ってからは2回しか本人と会っていない。取り調べや家裁の段階から、本人が両親に会うことをほとんど拒否し続け、両親にとってはどうして我が子がそんなことをしてしまったのか分からない状態だったともいえる。

    終始言っているのは、報道されているような、厳しくした、スパルタ教育だった、というようなことはない。〝茶髪やピアス〟など、あんなことをするような雰囲気は微塵も感じなかった、という点。自分たちは他の2人の息子と同様、ごく普通に育てたと思っているようだ。もちろん、反省点はあるとしつつ。本に書かれているように、本当にそんな素振りを全く見せない息子だったのか、実は息子の変化に気づかないほど愚鈍で息子への愛着などがない両親だったのか、よく分からない。

    本人は兄弟に比べて勉強が出来ず、小学校のころから問題を起こし、学校を休ませた時期もあった。中学に入っても同じで、問題を繰り返し、ナイフなどで人を傷つけることもあったため、やはり学校に行かせず、休ませている間に件の犯罪を行った。このあたりは、本当に両親の対応が適切だったのか、本気だったのか、極めて怪しい印象を受けた。
    中学生なら煙草も酒もしたくなるのは当たり前だから、飲みたくなったら言え、家族と飲め、などという教育をしている。

    彼は「直観像素質者」だった。ぱっと見た映像がまるで目の前にあるかのように鮮明に思い出せる。当時、酒鬼薔薇聖斗などの名義で書かれた文章が話題となり、かなり頭がいいやつが書いているなどという人がいた。芥川賞作家の柳美里ですら「不謹慎を覚悟で言えば・・・」として絶賛していた。僕は知性のかけらも感じなかった。宮崎勤の今田勇子も同じだった。反対に、グリコ森永事件の脅迫状などは、知的な人間が書いていると感じた。
    酒鬼薔薇が書いた文章は、直観像素質者の能力を生かし、立ち読みなどをして印象に残った下りのオールぱくりだったことを、この本でも絶歌でもばらしている。

    少年Aは、殺した子供を「野菜」に例えて、次の野菜も狙うというような書簡を書いている。人間は野菜と同じ、だから切っても潰してもかまわない、と精神鑑定で答えている。人を野菜と思えというのは、実は母親が舞台の上で緊張をほぐすために教えたことだったそうだ。この本に書かれている。
    誰でも言いがちな、軽い一言が、重大な犯罪につながる可能性があるということを、我々は忘れていけないのだと戦慄が走った。

  • 酒鬼薔薇聖斗こと少年Aの両親が記した手記。

    この本によれば少年Aは事件前から猫を解剖したり度々学校でも問題を起こしていた。両親は猫のことは知らなかったが学校からは呼び出され、息子に注意もしていた。だけど両親は息子の異常性には気づけなかった。そして逮捕後も息子が犯人だと信じきれない気持ちがぬぐい切れていない。

    両親が甘くてけしからん、と見ることもできるし、息子だからって全部が分かるかというとそりゃ難しいだろうなとも思う。猫の解剖しながら勃起して射精までするとか、ちょっと想像できない。いわゆる普通の親にはどうにもできないんじゃないかという気はする。

    外野が軽率に口を挟むべきじゃないと思うけど、「勉強はできなくてもいい」みたいな記述が割と簡単に出てくるあたりとか、ヒトラーの『わが闘争』を簡単に渡すあたりはとりあえず自分の価値観からは賛同できない。

    あとは、マスコミによる加害者家族への迷惑行為は本当にお気の毒で規制されるべきだと思う。

    東野圭吾の『手紙』は少し前に読んだ。小説では当然ながら一定の結末があるわけだけど、この手記だけでは解決していないしモヤモヤした感じが残る。
    ただ、『絶歌』なる本は読む気にはなれない。

    誰にでもお勧めできるという本ではないけど、社会の一面、人間の一面を知るという点で意味のある本だと思う。

  • 以前読んだのだけど、再読。
    最近、佐木さんの本を読んでいるせいか、『勉強なんてできなくてもいい』というのが両親どちらも書いていて、印象にのこっている。

    気づくべきだし、気づけたはず、というのは、当人でないから言えることであって、たとえば病気でやつれたりすることだって一緒に暮らしていたら気づかないこともある。ましてや、自分の子、というフィルターのある目であれば、難しいことなのだと思う。

  • この本の印税が、被害者の方々への償いとなるということで購入。
    しばらくは読めずに本棚に在りました。

    いつも読了したあとは、清涼感や達成感があり、気分がよいものですが、そういったものは感じられませんでした。

    両親の育て方に問題があるようには感じませんでしたし、手記にはごく普通の家族の様子しか覗えない。
    だが、少年Aは殺人を犯してしまったのだから、何かが過ちに繋がってしまったのだろう。

    被害者のご冥福をお祈りいたします。

  • 何気なく手に取った本だったのに、予想以上に重くて頭にこびりついてしまった。
    テスト中も別の本を読んでいるときも、読み終わってからはずっと、気がついたら手記の内容や事件のことを考えている。
    自分に少年Aのような、殺人に興味のある子どもが産まれたら、少年の母と同じように見過ごしてしまうかもしれないと思ったけど、その一方で、家から凶器や猫の死体が出てきた時点で、どうしてもっと子どもを疑わなかったのだろうと不思議に思った。
    でも、やっぱりわたしがこの母親だったとしても見過ごしてしまうか、気がついたとしても止めるのは無理だろうな。まさか、自分の子どもがゲームのように殺人をするだなんて思わないから。
    殺害のきっかけとなった要因もなんだか腑に落ちないままです。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「殺害のきっかけとなった要因」
      理由は一つじゃないでしょ、だから腑に落ちないのが正解だと思う。何故を突き詰めて、少しでも真実に近づくしかない...
      「殺害のきっかけとなった要因」
      理由は一つじゃないでしょ、だから腑に落ちないのが正解だと思う。何故を突き詰めて、少しでも真実に近づくしかないと思う。
      2012/07/24
    • りささん
      >nyancomaruさん
      レビューありがとうございます。
      遅くなってしまい、すみません!
      内容に書かれていた精神鑑定に「母親からの虐待」と...
      >nyancomaruさん
      レビューありがとうございます。
      遅くなってしまい、すみません!
      内容に書かれていた精神鑑定に「母親からの虐待」とかあったんですが、 理由の一つもしっくりこなかった のです。
      ですが、考えてみればそうですね。
      真相は本人しかわからないわけですし。
      母親の手記だというのも悪いのかもしれません。
      2012/08/16
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「真相は本人しかわからない」
      相反する二つの感情が湧いてきた。子どもを信じない親も、現実を見ない親も、どちらも情けない。。。この本を書いた親...
      「真相は本人しかわからない」
      相反する二つの感情が湧いてきた。子どもを信じない親も、現実を見ない親も、どちらも情けない。。。この本を書いた親は、どうなんだろう?(まぁわが子を擁護すると叩かれるでしょうけど)
      2013/03/18
  • 絶歌は昔読んだことある。
    あの事件を起こした当人が書いたということでどういう思考だったのか興味本位で。
    昔のことなので感想も曖昧だけど、自己陶酔的で結局何が言いたいんだ、という印象だった。何をしたかどうしたかはわかるけどそれ以上のことはわからないそんな感じ。

    その父母の手記があると知り、両親側からなら見えるものがあるのではないかという興味と、親の立場で子が罪を犯したら、を知りたくて読んでみた。

    子供はかわいい。その我が子がまさか、と信じられない気持ちや受け止められないまま物事が動き世間に追われる状況になったことは非常に気の毒なことだと思う。

    ただ、手記中でも何度かあった「Aの親としてではなく1人の人間として、被害者の遺族にどう対応されますか?」と質問されたという話にあるように私もこの人達心の中では思っていたとしても実際に行動してないの?と対応に驚く面があった。
    Aに対してもそんな兆候は見られなかった、と書いてる一方で執拗性や衝動性、非行面、自分の論理に合わないことに対する攻撃性は認識していた記載もある。
    Aについて気遣う様子や下の子達の生活を守る行動はしていても事件に対して下の子達のメンタルを守る話は出てこなくてなんだか親目線でも理解できなくてとても怖かった。

    下の子達にAが出所したら受け入れて、のような記載に対してよくそれを下の子達に言えるのね?という怖さが勝り、この怖さがうっすらとまとわりついてる感じの本だった。

    絶歌も両方読んで思うことは、(教育方針や家庭環境が影響して)なるべくしてなったとは思わないが、親と子でボタンのかけ違いのようなものはあったのかもしれないということ。
    実際の事件関係者の手記なので読んでも消化できないもやもやはある
    #読書記録

  • 売上に貢献したくないので中古で100円で購入した。(が、実は印税は全てご遺族への返済へ充てるとの事だったので、定価で買っても良かったかもしれない。)
    本人の手記ではないが、終始胸糞が悪い。
    最初は(両親が悪い訳じゃないよな…)と思っていたものの、やはり事件が事件なだけに(いや、マスコミもクソではあるけどこの人たちが被害者ヅラするのは絶対におかしいわ)と思ってしまった。
    後半は私たちもしんどかったと言ってるようにしか聞こえなくて、、父親というよりは母親が。
    私の見方が穿っているのかな。
    少なくとも兄弟は絶対に悪くないので、二次被害に遭わずにいられますように。

  • 父親と母親の手記だが、読んでいて少し他人事に聞こえてくる箇所があったように思ったが、こういう痛ましい事件のため、自分の気持ちにも何らかのバイアスがかかっているのかもしれない。
    Aが容疑を否認しているのならまだしも、そうではないのに、子供を信じて被害者にお詫びに行けなかったというところには少し違和感を感じざるを得ない。そこが他人事のように感じたさいたるものだ。
    母親は、厳しいというマスコミの情報もあるが、手記を通しても、厳しさというより、子供に寄り添えて物事を考えていないような気もした。話をしている会話の微妙なニュアンスも含めて。

    この事件について、少し他の著書も読んでみようと思う

  • 自分には言い訳のように思えました。父親の手記はまだ理解できました。(殆ど何が起こったかの記録)8割が母親の手記ですが、子育ての記録や少年との日常のこと。後半は事件が起こった時の、母親の視点での日常や少年Aの様子。少年Aが非行をどんどん起こしても、母親はえーなんで、と呑気なのかなんなのか。脳みそを見立てた粘土?にカッターの刃が沢山突き刺さった作品を学校で作ってきたときにも、その場限りの注意。同級生の女の子を追いかけ回して家に押しかけたり、もし自分が親の立場だったらかなり動揺します。事件後、母親が下の2人の息子に、兄を恨まず、兄弟なんだから助けてやれ(いや、関わりたくないでしょ‥)と、言ったことが衝撃的でした。理解ができないことがたくさんでした。

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