銭湯の女神 (文春文庫 ほ-11-1)

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  • 文藝春秋 (2003年12月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784167656881

みんなの感想まとめ

日常生活の裏側に潜む人々の努力や、社会の構造について深く考えさせられる内容が展開されている。著者は、身近な物や出来事を通じて、私たちが見逃しがちな視点を鋭く捉え、現代社会の常識や違和感に対する洞察を提...

感想・レビュー・書評

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  • 〇あなたの生活の快適さを保証するために、あなたが眠っている間に働いている人たちが社会にはたくさんいるのだ。

    ☆だから、人のことをとやかく言うもんじゃないなあと思う。そうなると、どうも無口になってしまう。なんも言わないのが一番いいような気がして。

    〇100円の健康青竹を踏むことは、幼い頃の自分自身の記憶を踏みにじることだった。

    ☆その商品の裏にいる人たちのことを考えてみると、100均の商品が不気味に思えてくる。298円のパイナップルでさえ、え、外国からきてこの値段なのかと思うけど、本当に元の元の人の所にはいくら入っているんだろうか。

    〇日本とて、もともとは多民族の寄せ集まりだった。

    ☆「日本人」で統一することで、国民意識を一体化させてきたという。こうやって国民像を作ったさきにあるものは何だろう。

    〇彼女が私を選んだのは、つまるところ私になら勝てると彼女が判断したからなのだろう。

    ☆こういう人、いるよね。だからこそ、堂々としていよう。付け入る隙を与えないように。

    〇旅に出たら考えるのは当たり前だ。

    ☆旅にでたいなあ。

    • やまさん
      えりりんさん
      こんばんは。
      いいね!有難う御座います。
      野伏間の治助 北町奉行所捕物控 シリーズの8作目です。
      長谷川卓さんの本は、...
      えりりんさん
      こんばんは。
      いいね!有難う御座います。
      野伏間の治助 北町奉行所捕物控 シリーズの8作目です。
      長谷川卓さんの本は、「戻り舟同心」シリーズの新装版が出てから読み始めたのかな?
      はっきりは覚えていませんが、新刊が出たら読んでいます。
      読んでいて面白いです。
      中でも一番は、「嶽神」の上下巻です。
      真田忍者、伊賀忍者は出て来るは、そして武田家の遺金をめぐって壮烈な戦いです。
      是非読んでみてください。
      やま
      2019/12/09
    • えりりんさん
      やまさん
      コメントありがとうございます。
      伊賀忍者、興味あります。
      おすすめの紹介、ありがとうございます。
      やまさん
      コメントありがとうございます。
      伊賀忍者、興味あります。
      おすすめの紹介、ありがとうございます。
      2019/12/10
  • かなり古いエッセイだけれど、人々を観察して世の中を考察する切り口は鋭い。著者が香港に住んでいたことが外側から日本を見る目になっているのだろう。一番好きな所は、引っ越す時に大家さんが茗荷を持ってきてくれた所。今もこんな交流はあるだろうか。段々なくなっていく日本の情景と感じた。

  • 星野博美(1966年~)氏は、東京都生まれ、国際基督教大学教養学部卒、会社勤務を経て、写真家・橋口譲二氏のアシスタントを務めた後、1994年に独立してフリーの写真家・作家となる。1997年7月の香港の中国への返還を挟んで、1996年8月~1998年10月に香港に住み、そこに暮らす人々を描いた『転がる香港に苔は生えない』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。その他、読売文学賞随筆・紀行賞、大佛次郎賞等の受賞実績あり。
    本書は、上記の2年間の香港滞在から帰国した直後に書かれたエッセイ39篇をまとめ、2001年に出版、2003年に文庫化された。
    著者は本書を記した背景をについて、まえがきで、「香港で何かを見てしまったということなのかもしれない。香港という比較の対象が一つできたことで、自分の視点が一歩後ろに下がり、これまで当然だと思っていたことが当然だと思えなくなった。それまで何の疑問も持たなかったことに、疑問を抱くようになった。居心地の悪さがなんとなく、いつでも漠然と自分を包み、まるで自分の存在そのものが異物になってしまったようだった。」と書いている。
    そして、2003年10月の「文庫版のためのあとがき」には、次のように書かれている。(その間には、2001年の9.11米国同時多発テロがあった)「私は世界に加担している。時には加害者として。時には「無関心」という形で消極的な傍観者として。私が享受している何かのために、世界のどこか、あるいはごく身近なところで、誰かが抑圧されたり、犠牲を強いられたりしている。世界を日常に置き換え、自分との関わりを想像してみると、世界と自分が無関係だとは到底思えなくなる。世界は必ず、日常から始まっている。日常は、世界の末端であり、出発点でもある。日常の中に、きっと何かヒントがあるはずだ。私はとにかく、日常を見続けることから始めてみようと思っている。」
    私は著者の数歳年上で、ほぼ同じ時期に東京で大学時代を過ごし(私もアパートに風呂がなく、銭湯に通っていた)、バブルも経験した。そして、今般この本を読んで、著者が書いている違和感や疑問の多くに共感を覚えたのだが、一方で、本書が出版されたときに30代で読んでいたら、随分異なる感想を持ったのではないかとも思った。
    解説でコラムニストの中野翠(1946年生まれ)が、「バブル絶頂期に二十代だったという世代の人」の中にも(こんな感性を持ち、それを表現できる人が)「いるもんだなあ」と書いているのだが、そういうことなのだ。。。20歳年上の中野が当時持った感想を、20歳年をとった今の私だから理解できる。そして、30代前半だった著者が、こんな感性を発揮し、それを表現できたのは、おそらく稀なことなのだ。(同時に、30代前半ゆえ、著者自身「いま読み返せば、顔から火がでるような箇所も少なからずある」とも書いているが。。。)
    若者には分別がなく、年をとるとそれが身に付く、などと言いたいわけではない。しかし、著者も書いている通り、「自分の視点が一歩後ろ下が」ると、距離こそ離れるものの、おそらく、物事の本質が見えやすくなるのだ。人々の多くがそうした視点を持てるようになったとき、社会は成熟度を増したと言えるのではないだろうか。
    エッセイ本文の中にも印象に残る記述は多数あるが、備忘も兼ねて一つ挙げるなら以下である。
    「私個人が考える上品と下品の境界線は、その場所に流れる空気を察知し、そこで期待される行動をとれることが上品、その空気に鈍感であることが下品、というものである。・・・つまり絶対的な上品や下品など存在しない。一人の人間が空間を移動することによって、同じ行動をとっていても下品になったり上品になったりする。その空間で自分に期待されているのはどんな行動なのか、その空気を感じ取る能力が勘である。日本人が下品になった、と感じられるのは、その空間の空気を感じとる能力がなくなった、つまり鈍感になったことが原因だと私は考えている。日本人は下品になったというより、鈍感になったのだと思う。」
    20年以上前のエッセイだが、読み継がれる価値のある一冊と思う。(できれば、若いうちに読みたい)
    (2025年1月了)

  • もう20年くらい前のエッセイなんだけど、ここで書いてある世のなか……というか現代日本への違和感とかとても共感できる。常識ばかりがはびこって良識が通じなくなっている。そういう世のなかで生きていくのってつらい。

  • 香港から帰国した著者の日本を舞台にしたエッセイ。
    香港を舞台にした前作に比べると、著者の元気がなくなってしまっている気がする。
    日本社会が人間同士の関わりが少ない社会だからかもしれない。
    私がテーブルを買うとき、パンクは態度である、偽装結婚、歴史の教科書の項は著者の威勢が感じられてよい。

    著者の思想が感じられる本はいい。
    疑うということをやめないこと。

    2025.5.24

  • 星野博美は1996年から98年まで中国への返還前後の香港にどっぷり浸かった。本書はそれから帰国後の3年間のこと。ほぼ書き下ろしのエッセイ。
    住み慣れたはずの東京、なのにどこもかしこもおかしく感じられる。一種のカルチャーショック。そのなかで、香港のルポをまとめるという孤独な作業に取り組む。待っていたのはバーンアウト。燃え尽きてしまったのかもしれない。
    エッセイの舞台は西荻や吉祥寺のファミレスや銭湯。ファミレスの店員の対応がどうしても理不尽に感じられる(それは星野の鬱屈した心の反映なのかもしれない)。行きつけの銭湯では、どっしりとしたアフロディーテに遭遇し、感動したりもする。
    全体的なトーンは明るくない。でも、この長いトンネルを抜けてゆかなければ、次の星野博美はやってこなかった。『コンニャク屋漂流記』『みんな彗星を見ていた』『世界は五反田から始まった』をいま読めるのは、このトンネルがあったからだ。トンネルの果て、最後は少しだけ光が見えてくる。

  • うん、そう、そういうこと、言いたかった!考えてた!ってことを言葉にしてくれて、ああ、これには気づかなかった!ってことに目を開いてくれる。ちゃんと感じたことを考えて、伝えてくれて、それでいて面白いエッセイです。

  • 「キレる若者より怖いもの」だけは心のなかに留めておこうと思う。

  • これは良いエッセイでしたねぇ…香港の熱気が文面から漂って来るやうです…。

    初めて読んだ作家さんですけれども、これは他のも読んでみたくなりましたね!! それくらいこの本にはエネルギーがあるというか…香港という場所にはこれまで全く興味・関心はありませんでしたけれども、本書を読んでこう…行ってみたくなりました!! けれども帰るのめんどそうだなぁ…(!) 社畜死ね!!

    ヽ(・ω・)/ズコー

    香港に長らく滞在していた著者だからこそ、現代日本における違和感とかね…そういうのに敏感になれるんだと思います!!

    まあ、そんなわけで久しぶりにイイ本でしたよ、ええ…さようなら。

    ヽ(・ω・)/ズコー

  • 著者の考え方が理解できる本かと思います。

    が、その論理というか考え方というのは、ところどころ、新たな視点を提供してはくれたのですが、個人的にはどうもあまり馴染めませんでした。

    ほかの本はけっこう好きだったのですが、この本は好きにはならないというか、読まなくてもよかったかなとちょっと残念。

    前後を端折ってピンポイントになりますが、ある項目で記載されていた「性格の欠陥」という言葉が笑えない言葉として私の著者像に残ってしまいました。

    2001年単行本が出ているようなので、現在は当時とはまた異なるかもしれませんけれど。

    払ってもいい金額:350円

  • 香港から帰ってきた著者が住んだのは風呂なしアパート。居場所がファミレスと銭湯しか心安らぐ場所がないような状況で書かれたエッセイは鋭くもあり、時に自虐的であり面白い。

  • この人の本が、もっと読みたいなぁ。写真家の視点・・・なんてわかった言い方をしたくないほどに、日常生活のあらゆるものを見る目がすごい。100円ショップの商品から世界経済を見、ゴミの中から働く人たちへと目を向ける。ちっとも偉そうじゃないのにすごい展開力、深い深いまなざし。この人と一緒に歩くとこんなふうに見えるんだなと、静かに感動してしまう。

  • 中国モノしか読んだことがなかったので、彼女の日常への視点が知れてよかった。共感できるところと、うーん、と思うところがある。社会の軽薄な風潮を批判しても切り捨てないところ、完全に対象を客体化するのではなく、自分もふくめた共通の問題として捉える姿勢が好ましい。

  • 良いけど、香港の方が好きかな。江戸の香りが濃くてくらくらします! しかし、エッセイの上手い人は羨ましいわ。

  • 橋口さんのお弟子さん。彼女の感覚いいと思います。読んでいてハっとさせられることが多いです。

  • ホ//  一般開架

  • 「転がる香港にコケは生えない」の作者の日本でのエッセイ。この人は香港では輝いてたと思う。

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著者プロフィール

1966年、戸越銀座生まれ。ノンフィクション作家、写真家。著書に『転がる香港に苔は生えない』(2000年、第32回大宅壮一ノンフィクション賞)、『コンニャク屋漂流記』(2011年、第2回いける本大賞、第63回読売文学賞随筆・紀行賞)、『戸越銀座でつかまえて』(2013年)、『みんな彗星を見ていた』(2015年)、『今日はヒョウ柄を着る日』(2017年)、『旅ごころはリュートに乗って』(2020年)など多数。

「2022年 『世界は五反田から始まった』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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