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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784167660123
みんなの感想まとめ
美しさと親しみやすさを兼ね備えたエッセイ集は、読む人に安心感を与え、何度でも手に取りたくなる魅力があります。著者は「自分を愛する」や「自己肯定感」といった言葉を使わずとも、読者の心に深く響く感情を呼び...
感想・レビュー・書評
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こんなにエッセイという形式で、美しさを感じさせながら、それでいて親しみやすく何度でも読み返したくなる、実家のような安心感もあるものは他には存在しません。
この本のなかに、最近よく耳にする「自分を愛する」とか「自己肯定感」という言葉は特に出てこないのですが、これを読むとそういう感情が刺激されて満たされる感じがします。不思議。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
数十年振りに『ミシン』を再読してみようと思い、ならばその前にこちらを読むべきだろうと通読。
ある種の少女には絶対的に必要であるだろう言葉が詰まっていて、なるほど「乙女のバイブル」とは正しい評。自分にはまったくもって必要ないのだけど、知らない世界、もしかしたら隣にあるかも知れない世界を覗かせてもらえた感じ。きっと、少女と言われる年齢の女の子たちは1ページずつ大切に読むのだろうなあ。そのわりには結構難しい言葉も多いから、今ならスマホで調べながら読むのかな。
嫌いじゃない、寧ろ好きな世界なのだけど、そこに浸かろうとは思わない。この作家をそういう距離感で捉えているので、手元には置いておきたい。オルタナティブロックを聴きながらYohji Yamamotoのデザインを愛で酒を煽るおばさんですが、乙女の存在を否定する気はしない。それぞれの世界が並走しているのがいいんだと思う。 -
現代における乙女のカリスマ、嶽本野ばら様の記念すべき第一エッセイ集です。乙女という生き方を選択した者にとって、この作品ほど功績の大きい書物はありません。
乙女にはお友達なんていりません。根性ワルは乙女の基本。嫉妬する乙女は美しい…。
こんなことを、美しくレトロでユーモラスな文章と独特の美学で綴っている方が、野ばらという名前で、しかも男子!この本を読んだたくさんの女子が、作家にせつない恋心を抱いてしまったのは仕方のないことです。それまでは、清く正しく花も恥らう若い女子にのみ与えられるちょっと古臭い称号だった「乙女」という単語は、この本によって生気を取り戻し、恥ずかしながら私にとっては、自身の生き方を表す言葉となりました。
オマエいくつだよ、ですって?乙女であることに年齢も性別も関係ないのです。ボロは着てても、小じわはよっても(よりたくないけど)、心は乙女、ですわ。ね?乙女の皆さま。 -
バイブルであり、毒薬。
大人になって改めて再読して、これはある種の少女にとっての毒だと思った。
素直な心のままに読めば少なからず影響を受けてしまう、けど影響を受けなければ生きられない人がいる。
そうして毒を呷って心に不可逆な歪みを抱えなければ生きていけない存在こそが、乙女というものなんじゃないかな。なんて。
そんな毒を飲み下してもなんともないほどに大人になった身で触れても、少し気取った美文に酔ってうっとりしちゃう。
人生に悩んだ女の子に禁書庫からくすねてそっと渡したい、そんなエッセイです。 -
他人の思想を鵜呑みにしてはいけない
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私が1番と考えるちょっと嫌なやつになることも乙女としてはあるべき姿で、あれこれ人の気持ちを考えすぎる自分はこのくらいの気概を持つ気持ちが良いのかもと思えた。
ちょっと図々しいくらいの方が良いのかもなー。
また、素敵なものに憧れるとき、それに釣り合うくらい美しくなる努力をすることなども惹かれる文だった。
ところどころちょっとよくわからんってとこはあった。 -
エッセイのつもりで読んでたけれど、小説と根底は変わらないと感じた。
どこかの本で、小説は自分の遺書のようなものと言っていたのに納得した。
小説に出てくる主人公は作者本人なんだなと思った。
他人の評価を気にせず自分の好きなものを貫き通せるのも、歪んだ価値観を堂々と語れるのも憧れる。
でも、その一方で繊細でか弱さも感じられて、そこが人間らしく青臭くて素敵だと思う。 -
「乙女のバイブル」と呼ばれた本作には、野ばらさんの美的観念が結晶のように凝固しています。あとがきで野ばらさん本文を「ペダンチック」「青臭い」などと述べていましたが、私はこの増幅系の、歪みきった野ばらさんの文章が大好きだと言うことに今更、本当に今更ながら気がつきました。
『ミシン』や『エミリー』を読んで受けた衝撃、蜂蜜を嘗めるように読んだ甘美な文章、我を貫く少女たち、──「君」と寄り添い、「乙女」と寄り添ってきた数数の文章──それら全てが『それいぬ』に始まり、『それいぬ』に帰趨するのは当然のことでした。今回、ある程度野ばらさんの著作を読んでからこの『それいぬ』を読めたこと、そしてどんな姿の自分であっても、それが傍目からは歪んでいたとしても、それを貫く強さ、「根性」を観測できたこと……私は私を好きな私でありたい。私はいつまでも変わらぬ私でありたい。本書は私にとってもバイブルです。どれだけ朽ち果てていても、美しく、廓寥が静謐であり続ける廃墟となった教会で、いつまでも、いつまでも読んでいたいバイブルです。 -
好きです…とても。
乙女というには恥ずかしい年齢ですが、でもこの心は私のなかにもまだ確かにあります。
怒濤のように押し寄せる野ばらちゃんの美意識…その高さに憧れます。野ばらちゃんワールド。
中井英夫は読もうと思いました。弥生美術館も行ってみたいです。
キラキラでも傷があっても、美しく歪んでいけたら、と思います。
これからもわたしのバイブルです。 -
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1番印象に残ったのは「乙女と性欲」というエッセイで、
「腐女子はBLが好き」と普通は言うはずのところを「乙女はホモセクシュアルが好き」と最高のネガポジ転換をしている所が印象に残りました!
ホモは乙女の永遠のテーマとも言い切っているのにも、
腐乙女の私は自信を持ちました。
この本を書いたのが、男性だと言うのが信じられません。
腐女子は男女の恋愛に、自分なんて入らないからBLに逃げていると宣う男女共に読ませたいですね。
キリスト教式の葬式で死にたいから日曜礼拝に行くという考えも面白いし、宗教はミーハー心で興味を持ってもいいんだと思いました。
あと、「ボロは着てても心のロリータ」というエッセイに今NHKでやっている特オタOLが主人公のドラマを感じました。
中原淳一や、竹久夢二の様な美意識を持った方が今日活躍している事に日本の未来を感じました。 -
これぞ乙女のバイブル
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乙女のバイブルの名に間違いなし。
甘いだけの乙女節とも、労働本位でも、下世話でもない、激辛でひたすら理想を追い求める意思を数頁で次々と次々と繰り出す著者を他に知らない。 -
爆笑しつつも、中学生あたりの頃読んでたらどっぷり嵌ってただろうなとも。あとうすぼんやりと暗くなります。陰鬱な雨の日、マタイ受難曲をかけながら白いカーテンが閉ざす薄暗い部屋で、長髪美形のロッカーにでもつのる思いをはせながら読むのにとても適した本とも言えます。(多分)
『とらんぷ譚』読んでみたい。気になる作家や美術かあ何人かちらほら。
ちなみにパラ見でかりたら冒頭には戸川純女史の文章が。あらまこんなとこで。恐れ入ります。 -
清く正しく美しい乙女への道は厳しい。だから、乙女は尊いのです。
とっても野ばらです。閉ざされた世界だから美しい。歪だから美しい。厳しさに耐え続けることが乙女への道。自分を愛し、自分のために生きる、自分のための自己中心主義。そんな絶滅寸前の乙女の世界。 -
この一冊のブレのなさは素晴らしい
最初から最後まで乙女全開、ブレーキなんて必要ないですね -
今思い返せば恥ずかしいですが、高校生の時分、この本は私のバイブルでした。
あの時代にしかない不安定な自我、突出した過剰意識、ナルシシスティックな被害者意識に、無意味にがっちりとそびえ立つ選民思想。そういったものを否定することなく、ひとりぼっちにさせるでなく、かと言ってあまりに過激な方向に走らせることなく、「乙女」というキーワードで胸をきゅんきゅん言わせられる女子たちの心を鷲掴みにする文体に内容。
正直に言えば、今これを読んでもにやにやすることはあれ、激しく頷くようなことはないのだけれど、でも、嶽本野ばらのこの本は、あの時代の私には必要だったんじゃないかと。
トム・ソーヤーも十五少年漂流記もゲッターロボもひとりで冒険が出来ない。でも、女の子はそんなにやわじゃない。乙女は気高く孤高なもの。こんな言葉に、たくさん勇気をもらった気がします。
中学生女子で、学校生活に怯えている方はぜひ。 -
中学生の時に初めて読み、私のバイブルとなった。
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野ばらさんの美意識が凝縮された一冊。
可愛い表紙に油断することなかれ、なかなかにハードでございます。
半分同感、半分引き笑い。
そんな感じでゆるりと楽しめます。
著者プロフィール
嶽本野ばらの作品
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