功名が辻 4 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2005年3月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784167663186

みんなの感想まとめ

戦国時代を舞台に、山内一豊とその妻・千代の成長を描いた物語は、二人の関係性とその変化が魅力的に表現されています。一貫して真面目な一豊を、千代が巧みに導く姿は、彼らの出世の過程を通じて多くの教訓を与えて...

感想・レビュー・書評

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  • 戦国時代、土佐24万石を手に入れた山内一豊と、その妻・千代を主人公とした物語。
    律義さだけが取り柄の一豊を、千代が上手く導きながら徐々に出世させていくところがとても面白かった。
    土佐の領主となり身分が上がったことで、少しずつ変わっていく一豊と、その変化に戸惑う千代の姿には複雑な気持ちになった。
    身分が変わっても初心を忘れてはいけないのだと強く感じた。

  • 人の人生とは不思議なものだなぁという印象が大きく受けた。

    一豊は一貫して真面目でコツコツと積み上げていく、千代は独自の感性と時代の流れを汲み取る力でお互いに支えて登ってきた。そこには運も絡んだであろうことは明白であるが。

    最後はどちらの考え方にも正解はなかったというと語弊があるが、どちらのやり方も間違ってはいなかったのではないか。しかし最善手ではなかったように思える。一豊も千代も年齢を重ねており、様々な思考の散りつもり、若々しく話を重ねていくというのが難しかったのではないか。
    あそこでお互いの折衷案のような形を出せれば良かったのかなぁ。流れは変わったのか、変わらなかったのかは知らないが。

    何事においても、自分を信じ、相手に耳を傾けて、自分を疑ってみる。この工程が大切なのではないか。

  • 実直で自惚れることのない、伊右衛門の姿は人生の指針になると感じていた。関ヶ原の合戦前の小山軍議において、伊右衛門が自分の人生を振り返る場面がある。
    「よく生きてきたものだ。運が良かった。ワシには知恵がないが、千代達の助けを借り、場数を踏む中で動じない心を作り上げた。」と、
    かくありたいと思った。
    一方で、土佐入国後の種崎浜事件に失望し、読むのをやめようかとも思った。反乱分子となりえる領民のリーダー格を相撲大会と偽り集め、楽しみに集まった70余名を全員虐殺したのだ。
    失望の一方で、凡夫たる人間の両側面を見た気がする。

  • 信長の岐阜時代から、関ケ原後の家康政権までの話を、小大名の視点で楽しめます

    この二十四万石の殿様から竜馬へ続くのかと、ちょっと感慨深かった

    言うほど「千代あっての」とは思いませんでしたが、とはいえ主たる功名が小山軍義しかないとなると、やはり千代あっての二十四万石と言わざるをえないかな…

    信長時代がいちばん読んでて面白かったです

    一豊は辛かったかもしれないけど、命懸けで進撃していく姿は地味ながらも、ちゃんと物語の主人公でした

    しかし秀吉の晩年から家康時代では、もはや一豊は脇役同然
    槍なんか振るうわけもないし、単純に展開が暗いし

    ふつうに秀吉や家康が主役の本を読みたくなります(苦笑)

  • 山内一豊と千代の一代記。

    山内一豊(伊右衛門)は千代の作品である

    という軸に貫かれた作品。司馬遼太郎が描く主人公に共通する快活さや明晰や、人間的魅力は伊右衛門ではなくどちらかというと千代にそれが見いだされている。

    出世や功名、その前提としての主人との関係というものを当時の武士、武将がどのように捉えていたか(江戸時代以降のいわゆる忠義や礼節重視のあり方ではない)ということを繰り返し描いてくれるのですが、こういう当日の「普通の感覚」的なものは、時代をつくった英雄による物語では描きにくいし、想像しにくいわけです。伊右衛門という一人の特別の才のない武士の目線で語られるからこそ、家を興すことに対する強力な執念や、戦場に赴く怖さや、一つ一つの判断の難しさが分かる。

    また、この作品の価値は、『新史太閤記』では描かれなかった秀吉の晩年を描いたことにもあるように思う。(『関ヶ原』にも描かれているのかもしれませんがまだ読んでない)司馬遼太郎に「日本人の傑作」とまで言わしめた秀吉も、その晩節は非常に醜く、後世にもさまざまな禍根を残すものでしたが、その変容を「家を興す、残す」という戦国的発想から描き、かつ土佐入国後の伊右衛門とも重ねながら描いたのはなるほど、とうならせるものだった。

    伊右衛門の土佐での国造りの影響がその後幕末に至るまでどのような影響を残したのか、それこそ圧倒的な竜馬びいきの司馬遼太郎がどのように結末を描くのかとドキドキしながら読み進めたがある意味拍子抜けするほど淡白な描き方でなるほど司馬遼太郎らしい、と感じる作品でした。

  • 最終巻はとにかく怒涛の展開でぐいぐい引き込まれて読了。
    家康が天下をとり、一豊と千代の最期まで。

    ここまで読んで、一豊と千代のほのぼのとしたやり取りにほっこりしていただけに、後半一豊が土佐の国主になるあたりからなんだかもう読むのがつらくなる。
    確かに、身分不相応な地位を得ると人はおろかになるのかもしれない。
    でも、一豊には最後まで千代に相談してほしかった。
    二人三脚でここまで来たのに……と思ってしまうほど、最期が切ない。

    ただ、種崎事件の後、「あとがき」としてその後の二人が描かれているけれども、そこでは二人は仲睦まじくしていたようなので、この事件は二人の間にそこまでのことではなかったのかな? と思ったり。
    いや、もしかしたら千代はあの事件ですべてをあきらめたのかもしれないけど……うーん。

    ただ一つだけわかったのは、歴史小説意外と面白いってことで(笑)
    次は何を詠もうかな♪

  • 歴史長編小説。
    四巻やっと読めました。

    律儀だけが利点の旦那(この言い回しは何度も出てくるが、作者が結構歴史人物をディスっていて最初驚いた)
    を一国の主へと上手に導いていく千代の賢さが面白かった。
    これは、会社の上司に対しても使えるかも、などと勉強になりました。

    これから先どうなっやって出世していくのだろう、とワクワクしながら読んだ一巻が1番面白かった。


    以前NHK大河ドラマにもなったそうですが見たかったなぁ。

  • 完結編。
    しかし、この夫婦、最後は幸せだったのだろうか。
    分不相応にも二十四万石の大名となり、しかも長曾我部の旧臣たちは山内一豊を認めようしない。
    ヒステリックなくらい力で弾圧しようとする一豊と、懐柔策を提言する千代。
    ふたりの思いは最後まですれ違う。

    千代は後悔した。
    身に余る褒賞を受け、上手く抵抗を抑える術を持たない夫を見て、鼻白む。
    自分の提言を聞く耳すら持たなくなった夫を見て、こんなはずでは…と思う。

    この二人には、どうも夫婦の間にある機微が欠けているような気がした。
    千代が夫を操作する姿は、過保護な教育ママが息子を操っているように見える。
    微塵も尊敬とかないよね。

    築城に関しても、本職を差し置いて意見を言うのだけど、直接言うのではなく、伊右衛門の弟に入れ知恵をする小賢しさ。
    「女の身で築城のことにまで口を出すなどとはいかがわしうございますから、康豊殿のお考えとして殿に申しあげなさい」だってさ。

    しかし折々に顔をのぞかせる司馬遼太郎らしい目線。

    「いつの時代、いつの場合でも、人間の十中八九は定見もなく風次第で動く、というのが正直なところ、浮世の姿でござるよ」

    「人々の暮らしに希望をもたせる、というのが国主の政治のかなめどころではありませぬか」

    何百年たっても、人の世とは変わらぬものよの。

  • 小山軍議より山内一豊の死まで(あとがきも含め。)

    土佐一国を賜った山内一豊。掛川から土佐へ移る経緯が面白い。
    大名の転封はどのようなかたちで進んだのか、
    ほかの大名はどのようだったのか、もっと知りたいと興味が湧いた。

    山内一豊は、土佐の一領具足たちとうまく折り合いをつけられず、
    不幸な結果になってしまっている。

    『戦雲の夢』で登場した、桑名弥次兵衛がすこし登場する。

    『夏草の賦』、『戦雲の夢』、『功名が辻』、と読んで、
    いずれ『竜馬がゆく』を読むのがとても楽しみになっている。

    解説が永井路子さん。
    彼女も、山内一豊と千代を描いている作品がある。
    読んでみようと思う。

  • 面白かった!歴史物、というか司馬遼太郎良いなあ。ようやく良さがわかる年になったのかしら。名作には名作たるゆえんがあるのだわ。

  • この年になってみて人間分相応が一番だと実感している。

    分を超えると自分も他人も不幸になる。

    分をわきまえずおごった姿は本当に醜い。

  • 関ヶ原の合戦を前に徳川家康に城や領地を差し出す伊右衛門。関ヶ原の合戦では前線へ投入されず、勝ち負けすら分からないほど遠くにあって銃声と馬蹄の轟を聞いているだけだったにも関わらず、恩賞は土佐一国二十四万石。しかしそこには長宗我部の旧臣たちの激しい抵抗が…。

    関ヶ原までは伊右衛門も千代も可愛らしい感じで良かったが、土佐を手にした伊右衛門の変わり方が…。

  • 胸が締め付けられる結末

    種崎事件のあとの千代と一豊の話は、仲直りの様子が見えず、そこであとがきに入る。
    千代の気持ちを考えると切なさや悲しさが襲ってくる。

    途中までの功名を立ててるときは明るく楽しい話だったが、巧妙を立てて、一国一城の主となった四巻は千代と一豊の心が離れていく、いや、根底では繋がってるが、意見が分かれていく、そういう話になって、心苦しかった。

    それでも、千代は一豊を、一豊は千代を、愛し続けていた、それは変わらなかったと思う。

    長編と言いつつも、新聞の連載だったからこその、尻切れトンボのような語り口が、かえって、余韻を残す作品。

    時代が経っても風化しない、いつでも読みたい本の一つであることに間違いはない。

  • そして、最終巻。

    終わってしまった。
    一豊と千代との楽しい旅が。

    歴史は苦手だが、歴史小説は好きだ。
    命を賭して生き抜く様に熱くなる。

    文句なしの面白さ。
    司馬遼太郎、凄い。

  • とても興味深く読んだ。
    山内一豊が土佐の地を家康から拝領した理由、高知という名付けの意味、高知に入ってからの一豊と千代のすれ違い。
    幕末、薩摩、長州と並んで勤王の志士をたくさん生んだ土佐だか、その背景は前者の二つとは違うような気がした。司馬氏の見解を聞いてみたいと思った。

  • 全体を通して読みやすい物語だった。
    千代の先見の明もしかり、織田、豊臣、徳川と次々と変わる時代の流れを読み、人の心を読む力が凄い。それに山内一豊の律儀さ謙虚さが合わさり、2人なら夫婦仲良い掛け合いが面白い。2人が死ぬまでの話はかなりすっ飛ばしてる感あり、物語はあっさり終わる。見所は豊臣から徳川へ仕え、全く縁もゆかりも無い土佐の藩主に命じられるまでの道のりを追う所だと思った。

  • 全4巻の物語の完結巻。山内一豊のことはよく知らなかったが、彼が千代のサポートのもと、見事土佐の大名に任ぜられるところまでは、痛快な話だった。しかし、土佐土着の武士、一領具足たちの反乱が治らなかったため、その指導者たちを騙し討ちのようにして虐殺する場面は悲しかった。
    最後に、長い「おわりに」がある。一豊と千代の別れの場面は、自分のなかでは司馬遼太郎の作品中、一二を争うぐらい感動の場面だ。

  • 土佐を得てからのすれ違いが凄まじい。
    二人三脚でどうこうなるレベルを超えて出世してしまうと、自らの支えがなんだったのか分からなくなるほど眼が曇るのかと思うと、なんとも虚しく感じてしまう。

    関ヶ原までは秀逸そのものだったと思う。

  • 才女千代と律義者の夫一豊が戦国時代を出世していく話。
    一豊が土佐国の領主となった途端に、千代の手が夫に届きにくくなってしまい、最後は一抹の哀しさを感じた。(HPの日記より)
    ※2005.12.16購入
     2005.12.25読了
     売却済み

  • 謙虚さを忘れてはいけないという訓戒のような話。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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