日本語の本質 司馬遼太郎対話選集2 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2006年4月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784167663223

作品紹介・あらすじ

司馬遼太郎の「軟体動物みたいな、ビールの泡のような日本語がはびこる」という言葉は、いわゆる「日本語の乱れ」を嘆ずる言葉ではなかった。人を言いくるめる技倆の向上、あるいは口喧嘩に勝つための屁理屈の達者さをよしとするがごとき風潮への憂いであった――(解説・解題 関川夏央より)。



さまざまな角度から、日本語の本質に迫る。



目次



中世歌謡の世界 大岡信



日本文化史の謎 丸谷才一



空海・芭蕉・子規を語る 赤尾兜子



日本語その起源の秘密を追う 大野晋



日本語の母語は各地の方言 徳川宗賢



“人工日本語”の功罪 桑原武夫





言葉の共同作業を尊ぶ心 解説・解題 関川夏央

みんなの感想まとめ

日本語の本質に迫る対話集であり、著名な評論家や国語学者との深い対話を通じて、言語の成り立ちや方言、そして現代日本語への懸念について多角的に探求しています。中世歌謡や日本文化史、さらには著名な文人たちの...

感想・レビュー・書評

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  • 司馬遼太郎対話選集2
    さまざまな角度から日本語の本質に迫ります。

  • 大岡信との対談「中世歌謡の世界」、丸谷才一との対談「日本文化史の謎」、赤尾兜子との対談「空海、芭蕉、子規を語る」、大野晋との対談「日本語その起源の秘密を追う」、徳川宗賢との対談「日本の母語は各地の方言」、桑原武夫との対談「゛人工日本語゛の功罪」を収録。

    赤尾兜子との対談は、内容がよくわからなかった。俳句や和歌の世界は難しい。

  • 思った以上に散漫な内容、タイトルに違い本質ではない

  •  日本の国語教育の話で、著者の作品が大学の入試試験に出題されることになる、担当者から連絡があり「何がどこにかかるのか」と問われたが著者は答えられないで困惑したとか(P228参照)それで思い出したのが、コルトレーン(サックス奏者)の曲を譜面に起こしたファンがいて、彼にその譜面を渡しもう一度吹いてほしいと依頼したところ、コルトレーン曰く「難し過ぎて吹けない」と言ったというが・・・天才の閃きは説明できないものなのである(笑

  • 大岡信、丸谷才一、赤尾兜子、大野晋、徳川宗賢、桑原武夫というそうそうたる顔ぶれとの対談。
    まず、大岡信との対談では、いきなり中世の歌謡の話から始まる。大岡も司馬もよくこういう専門的な話で議論が出来るなという驚き。

    ○「(司馬は)『翔が如く』を書くときは、薩摩弁を一生懸命ならったという。薩摩弁が分からないと、薩摩人のユーモアが分からない」

    ○「日本人の秩序感覚は江戸時代を経ているから、非常に差別的になってしまった。それ以前はどうもおおらかだったらしいということが、歌謡を見ていると出てくる」
    ⇒確かに、司馬の「箱根の坂」とか「国盗り物語」を読むと、その時代の身分感覚はよく理解できるような気がする。

    ○「また連歌という芸を中心においたサロンでは、人間は階級も身分何もないという、不思議な社会階層が出来ていたようです・・・中国・朝鮮は連歌どころか、その類のものは卑しめられる・・・ですから本当の意味の民間の芸術というものが発達しなかった。だから福沢諭吉がいうまでもなく、明治以後の日本は脱亜主義だったけれども、もともと脱亜社会だった」

    ○「日本は歴史の発展過程で、中国、朝鮮の影響を浴びるように受けている・・・ところが、菅原道真が、遣唐使をやめようと上表してやめてしまう。そこから今度は日本の、それまで眠っていたようなものがずうっと出てきて、それ以前に受け入れていた大陸の影響を非常にうまく変形させて、日本人のものにしていく・・・それがちょうど「古今和歌集」の時代からあっという間に花開いて、『源氏物語』まで生んでしまう」

    ○「北条早雲は駿河に行き伊豆に行って、国人、地侍層を組織して、じかに支配した。だからこれは革命だったと思います・・・それが彼が関八州を得た、ただ一つの理由と言っていいぐらいのポイントだったと思う。だから、ここから戦国が始まるといわれるんです・・・国人、地侍、あるいはそれより下の人が、鎧、兜をかぶって、ついに大名になっていく。それが戦国時代でした。ほんとうに底ざらえの革命がおこなわれたのが、江戸期で怖くなって、停止したんでしょうね」

    ○「一芸を持つ者が非常に価値が高くなったというのは、日本文化の幸いですね。この室町時代がなかったら、ぼくらは何でもない文化をもった民族ですよ」

    こんな風に書き連ねていくと、切りがないので、以下は省略しますが、高度な知的対談の妙味を味わわせてくれる一冊です。

  • 日本語についての現在、過去、未来を学者たちと語る司馬氏。
    軟体動物のような、ビールの泡のような日本語とは感覚はわかる。
    私もそんな日本語を使っている瞬間がある。
    これから日本語はどうなるんだろう。
    そしてそれが日本はどうなるんだろうということにつながるのである。
    大切に使わなければならない。

  • 評論家、国語学者等、6名の著名人との対話集。日本語の成り立ち、方言への興味、現在の日本語への憂え。興味深い話題ばかりだった。14.3.1

  • 日本語はまだ若い

  • 単純こそ神様に近い。
    日本人の社会秩序は江戸時代から非常に差別的になってしまった。
    モンゴルと日本は似ている。モンゴル人は女性的でおしとやからしい。
    人間は人間が好き。
    方言を馬鹿にしてはいけない。

  • ニッポンは島国で土着で農耕で育った国で。性格的にも村社会の粘着気質なのはよく言われることなんだけど。つまり遊牧じゃないから。知らない者同士がぶつかってはじまることが少ない。言葉だってそうだって言う。ツーカーみたいなのも。そんなもんばかり育っちゃう。あの嫁さんはドコソコの村の。そうやってだいたい初めからわかってる。話すこともだいたいどっかで聞いたことばかりだ。おまえのことはよく知ってるし。あんたもおいらのことはよく知ってるだろう。そういうこっちゃ。安心しきってしまう。逆にそれがイイ。夫婦らしい。となる。会話が減る。言わなくてもわかる。わかっちゃえば言葉を使わない。わかろうとしなければ言葉を使わない。日本語って美しい表現は沢山あるけれどそれをうまく使いこなせない。ボクも美しい言葉をほとんど知らない。キレイな風景を見て綺麗だとしか言えない時何とかならんもんかなと思う。「おい。お茶。」「はい。新聞。」これさえ言わずにお茶と新聞がテーブルに置かれる。昔はよくあった光景らしいが今だとお茶や新聞はいくら待ってても出てこない。小言はいくらでも出てくる。言葉をあまり使わないニッポン人って。よく考えると味気ないもんだ。島国っていう形に問題があるんだやっぱり。これ抜きにしては語れないことをニッポンという国はいろいろ抱えているってことなんだ。ぜんぶ島の形のせいにするのは若干抵抗があるがいまのところこの形を上の大陸にくっ付ける技術はない。

  • お話の内容が高尚すぎて、ついていけないところもしばしば。でも日本語に未来形ができたのが、戦後になってからだと初めて知りました。

  • 日本語ほど論理を説くのに不都合な言葉はなく、感覚的阿吽の呼吸が要求される言語もめずらしいのかも。そしてその特性に無頓着だと、感性の貧しい人間になったり、薄っぺらな屁理屈御託を並べるニホンジンになってしまうのだろうか。いい悪いの問題ではないんだけどね、日本語は五感ですよ、きっと。残念ながら組み細工に向く言葉ではなく。そのあたりがわかってないと、なんだかゆがんだ言霊が。

  • 日本語は難しいです。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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