十一番目の志士 下 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2009年2月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784167663322

感想・レビュー・書評

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  • 明けましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。

    さて、久々に再読した本作品。司馬遼太郎ならではの立体的な人物描写が際立っています。高杉晋作は骨の髄まで革命戦士、土方歳三はどこまでも陰キャ、桂小五郎は理屈っぽい。どこからどこまでが十一番目の志士なのかわかりませんが、とにかくキャラがたっています!

    そして主人公、天堂晋助。長州藩の刺客です。宮本武蔵に源流をたどる神業を連発します。新撰組さえかなわない剣技の描写が見事すぎます。話が進むにつれ、斬っても斬っても安寧の日は来ない刺客の空しさ、心細さが募ってきます。長州、薩摩、幕府或いは、勤王、佐幕、攘夷、開国と目まぐるしく変わる時勢に翻弄される姿に儚さを感じずにはいられません。そもそも刺客というものは皆非業の死を遂げています。
    晋助もそうなるのかなと心配しつつ読み進めました。初めは思考というものをまるでもたなかった晋助が徐々に人間らしい気持ちをもち始めます。ぶっ飛んだ登場人物や状況が頻出するなか何かしみじみした気持ちになります。
    斬られる人間にも家族がいて、それぞれの人生がある。西本願寺で晋助に滔々と諭す、お弥寸(おやす)の言葉にじんと来るものがありました。当たり前のことなのだけれど、司馬遼太郎の時代描写のリアルさが言葉に重みを与えています。
    また、晋助のゆくところ災いが巻きおこるのですが、その災いに巻き込まれないたった一人がお里という女性です。下層階級の出身で四民平等の世を目指し長州の間者として命を懸けて生きている。この作品のヒロイン的存在のように思えるのだけれど、晋助と結ばれてほしかった…。

    現代から150年もたどっていけばこの時代に出会える。この特異な時代は今にしっかりと繋がっている。そう思えるほどに人々の足音や息づかいを感じとることができました。

  • ウソの上手な作り方は真実をまぜること

  • この小説でこの作家はどうしても天堂晋助という架空の人物を描きたかったのかな?
    どことなく煮え切らない感じで、いまいちその熱量というか、想いが感じられなかったなぁ。
    ただ幕末の主要人物の論点整理ではないけれども、この人物を駒にして人物評的紹介が一通りなされていて、その観点で幕末の簡単な外観図を手っ取り早く頭に入れたいというリクエストには十分に応えられるものかと。

  • 幕末の長州の低い身分から出た剣の達人という設定の主人公が実際の歴史のながれに沿って活躍する話だが、主人公のキャラ設定が中途半端で、何がしたいのかフラフラしているうちに物語が終わってしまった感じがした。
    かといって、背景的に描かれる実際の歴史の方も誰がストーリーを引っ張るでもなく、なんとなく無責任な感が否めなかった。
    2023.07.19読了

  • 「わからないけど」
     と、つぶやいた。おのうが言うところでは生きる甲斐もなくきていて、たまたま晋助という男を知り、ごく自然に身をまかせた。いずれは離れてゆく男だということはわかっているが、こうして一緒にいるあいだだけでも亭主だと思いたい。幻覚かもしれないが、この幻覚を自分は楽しんでいる。亭主が長州の間者ならばそれはそれでおもしろく、自分も間者の女房としてあぶない瀬を踏んでみた。やってみると結構たのしくもある。この幻覚のなかでたとえそのために死んでも自分に悔いはない。というのである。
    (そういうことかな)
     と、晋助は自分の身に引きかえておのうという女と、その言葉を想った。この女は幻覚こそ生き甲斐であり、そのために死ねるという。人の一生はそういうことかもしれない。
    「おれのやっていることも、おまえよりもすこし大きいだけの幻覚かもしれぬな」
     と胸中のつぶやきを、つい言葉に出した。この幻覚を吹き入れてくれたのは高杉晋作であった。幻覚からあやうく醒めようとする晋助を、高杉はややあわて、ふたたび別な操作で吹き入れた。

  • 面白くて一気に読了。
    激動をくぐりぬけた主人公が最後に感じる虚しさに、ぽーんと置いてかれる。ここで終わりか…とあっけにさえとられたけれど、高杉と天堂の関係性を考えたらじわじわと腑に落ちる。

  • 熱量がすごい

  • まぁまぁ
    強くて女を抱きまくった天堂晋助という人斬りの話

  • 「十傑」から漏れるという意味での「十一番目」かとも思いを巡らせ、改めてその十傑と呼ばれる人の並び具合を見てみた結果どうも違うらしい。やはり冒頭部の「伝世十一代で…」の部分が本命として考えるのが妥当なのだろう。

    あとがきで気づければもう少し幸せだったのかとも思いつつ、柱島出身の歴史家奈良本晋也氏であるからこそ言える多少キツ目の「もの言い」も楽しませていただいた。世の中には司馬遼太郎を史実と空想をごちゃまぜにした戦犯のように扱う人もいるようだが、そういう人達は彼という人がいなければこんなにも歴史上の人物が今日の我々にとって生き生きと伝わってくることは非常に難しいことであったろう現実を棚にあげてしまっている。奇兵隊の隊員名簿に「高杉晋作」という項目があったとしてそれだけではなんの人となりも伝わってこないし、そもそもそんな名簿を見ようという動機も生まれない。その彼の口を借りてあれやこれやと言わせることにより俄然魅力が備わってくる。シバさんは本人の筆においても「自分は歴史家ではない」というようなことを重ねて言われていたはずだがやはりそうなのだ。我々がシバさんの作品を通して楽しむべきところ、それは彼がそうした史上の人物の所作や口を借りて我々に伝えんとしていたのはなんだったのだろうということを考える場をを与えてくれていることそのものなのではないかと。

    で、話の筋もおもしろいのだからなおよい。

  • 大坂での坂本龍馬謁見、そして新撰組のと対峙から始まる下巻。
    読み始めて間もなく主人公、天堂晋助は架空の人物だと気づ始めてからは歴史上の人物と多く関わりつつも歴史に関わらない行動をしているのがひどく気になりながら読み進めることとなった。
    とはいえ、幕末の長州藩には血気あふれた人物が有名無名含め多数排出された時勢であり、伝えられていないドラマが多数あるのてはと想像する。
    加えて、長州藩には有名な人斬りがおらず、土佐の岡田以蔵や薩摩の中村半次郎を模して晋助を作出したのかもしれない。その人斬りたちはほぼ登場しないが。
    ネットで天堂晋助を調べると、NHKの大河ドラマ「花神」にも粟屋菊絵とともに登場し、戊辰戦争で戦死ていることに驚く。菊絵や妹のその後があまり語られないのが多少気になる。

  • 1965年連載の、司馬遼太郎さんの小説。舞台は幕末。主人公は架空の人物です。珍しいですね。
    司馬さんの小説の中では、「初期の終り」みたいな時期でしょうか。

    #

    主人公は天堂晋介。長州藩士。と言っても下層、ほぼ農奴のような出身。
    この人が、実は超絶な剣の使い手。
    高杉晋作に見いだされ、幕末の混乱期の京都で、「長州の殺し屋」として新選組などを向こうに回して、殺人を繰り返す大活躍…という内容。

    史実で、「薩摩の中村半次郎」「土佐の岡田以蔵」は「人斬り」として有名ですが、長州藩はそういう人物が伝わっていない。
    そんなところに着目して書かれた小説なのでしょう。
    なんだかんだと土方歳三あたりと対決を繰り返し、でも生き延びて、最後も死なずに終わる、という内容。

    #

    正直、司馬さんの小説としては、第1級のオモシロサ、ということはありませんでした。
    その分、「架空の主人公で娯楽小説家に徹したら、司馬さんはこうなるんだなあ」というのを楽しんでしまった、という風情。
    とにかく女性にもてまくる、というか、縁がとにかく多いです。
    そして、あらためて史実に縛られずに書かれた感じを味わうと、ほとんど「ゴルゴ13」ですね。
    もっと言うと、現代の常識的なフェミニズム感覚で言うと、女性陣が怒りそうなくらい、「男性本位」な女性像ばかりです。
    まあ、実際に江戸時代で言ったらそうだったのかも知れませんが、男性主人公の都合で描かれる女性たち、という意味では、ほんっとゴルゴ13です。
    それはそれで、まったりと愉しむ分には、なるほどなあ、やっぱり執筆年代も60年代だもんなあ、そして司馬さんも実はフェミニズム度は低いしなあ、と読みました。



    そして、主人公が強いわけです。剣を取ったら。
    もう、とにかく強くて笑っちゃう。その意味でも、司馬さん版「ゴルゴ13」。
    あんまり強いんで、どんどん「絶体絶命の危機」がきつくなるのだけど、徐々にだれてくる(笑)。
    しかもその剣技が、よくわからない(笑)。
    とにかく精神論みたいな気合いみたいな感じ。
    時代劇ヒーローで言うと、眠狂四郎の円月殺法みたいな。「なんじゃそりゃ」な感じです。
    恐らくは週刊誌連載でしょうから、終わり際なんて、「うーん、作者の方が飽きたんぢゃなかろうか」という手触りが、なんともはや、微笑ましいレベルでした。

    #

    やっぱり、こういうの書かせたら、池波正太郎さんとかのほうが、オモシロイ。

    …と、書いている司馬さんも思ったのではないでしょうか(笑)。

  • 2017*12*06 読了

  • 読みながらここに書く感想を考え始めてしまうくらい、ぼうようとした印象の、眠くなってくる物語だった。主人公は架空の志士で、高杉晋作に息を吹き込まれ、人を切り死線を潜ってあっちへこっちへなんとなく流されながら動いている。剣客より、政治家や革命家の物語の方が好きだから、これはいまいち好みでないと思ったけれど、幕末オールスターズ☆といったかんじで、無数の巨星が登場する。そこがよかった。一通りしばりょ先生の幕末ものを読んできたあとだけに。高杉晋作、桂さんにはじまり、西郷どん、中村半次郎、新撰組、勝先生、龍馬!!次は誰が来る?!そういう風に楽しんだ上下巻でした。

  • 革命期の芳醇な匂いに満ちた作品

  • 16/11/6読了

  • 最後の解説を読むまで、主人公が架空の人物とは思わなかった。どうりて、おそろしく、強いわけだ。

  • 司馬遼太郎の作品にありがちなのだが、作品のプロットが途中で変わってきてしまっている。
    小栗上野介の暗殺の件はどうなったんだ?晋助を仇と狙う菊絵はどこへいったんだ?という感じ。
    最後も尻切れとんぼで終わってしまい、なんだか腑に落ちなかった。

  • 架空の剣客・天堂晋助と、実在の“幕末オールスターズ”達との絡みが自然で、晋助は実在したのでは?と思わせるものがあります。さすが司馬さんですな。
    ただ、ラストが唐突で、結局、菊絵やお里はどうなったのか気になります。。。

  • 長州藩の高杉晋作に見出された天堂晋助が戦国時代の遺風を残す二刀流を駆使して、幕末長州藩のために大活躍する青春小説残す下巻。ラストに向かって、晋助の存在意義が問われ、なんとも複雑な幕切です。

  • 架空の人物天堂晋助を描く。
    いわゆる長州系の人斬りって某漫画のモチーフかもしれないなと思いつつ。でもこちらは高杉系で向こうは桂系とその違いのみ。
    司馬の小説は大体主人公の死でさらっと終わるのだが、本作は違った。人斬りが殺されるのではなく、その後どうしたの?という想像力が掻き立てられるのも某漫画のモチーフかもと思った。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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