熱帯魚 (文春文庫 よ 19-2)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167665029

感想・レビュー・書評

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  • 吉田さんの小説に出てくる人達、世界観、人間臭くて好きです。

  • 吉田修一の描く男をみていると なぜか ささくれ立つ。
    なんとも言えないほどの頼りなさ。
    そして、自分中心なのだ。それに愛想を尽かすオンナ。
    いつの間にか ドロドロの関係になって、すすめなくなり
    結果として 別れるしかないみたいだ。
    この三つの短編も、底流は 似ている。

    「熱帯魚」
    大工さん。大輔。ある程度任せられるけど、任せきれないところがある。
    吉田修一の男主人公としては、めずらしく 高給取り。
    大工さんに、ボーナスで プーケットに4人が行けるほど出るのだろうか?
    大輔は、ちょっと、おせっかい。『オレについてこい』系。
    大家は 時先生で いつもむつかしいことを考えている先生。
    歳をとっているが、ちょっとゲイっぽい。
    大家から借りたマンションに、真実とその子供 麦子と一緒に住む。
    真実は 天真爛漫系。何となくイメージがわく。
    大輔の親はつれ子同志の結婚で、義理の弟 光男がいるが、
    これは、箸にも棒にもかからない感じ。吉田修一が好きなタイプ。
    ちょっとのろまで、しかし 羅生門の演劇をしたいと思っている。
    熱帯魚を 見つめて ぶらぶらしていて、熱帯魚の顔のちがいまで分かるようになった。
    光男も 転がり込んで居候となる。
    4人の疑似家族ができ上がる。
    大輔のついてこい系で、まわりは、それをどちらかと言うと 迷惑がっているが、
    気がついているようで、気がつかない。

    その光男が プーケットの代金と真実の貯めた50万円を盗んで 逃げた。
    大輔は 家をつくっている家主の娘14歳とねんごろとなり、ぼやを起こす。
    これは、完全に 淫行条例違反 ですね。ロリコンですまされない。
    大輔は、棟梁に ボコボコにされるだけで、まわりは 簡単に受け止めている。
    普通は クビ でしょう。
    なぜか、読んでいると 気分がささくれ立ってくる。
    余っている エネルギーと その扱い方が分からない青年たち。
    吉田雄一の 男たちは なぜか そのような雰囲気をまとっている。

    「グリンピース」
    僕と千里。鷹野と椿。
    カップル同士のつきあいで、鷹野と椿は マジメ。
    千里は 冗談の分かる女。
    僕は 失業中。千里が すきだけど、どうも気に食わない。
    千里がカレーを作っているときに グリーンピースをぶつけ始める。
    それで、千里が 家出する。そこから 物語は 奇妙になる。
    吉田修一の『どろどろ』が始まる。
    『許す』ことは、分かるが、『許さない』とは どうすればいいのか?
    本来ならば 別れるという方向に行くはずだが、別れないで許さないを考える。
    真っ白な雪が 降って すべてを覆い隠す。

    「突風」
    新田は どうも いい会社に勤めているが、休暇で 海辺の民宿でアルバイト。
    民宿の 奥さん すみれさん。ふわふわと浮かんでいる女。
    それに、ちょっかいを出す 新田。
    吉田修一的ワールド。不安定な状態での不安定な感情。

  • 美しい俳優が演じることを想定したダメ男ものの群像劇を、なぜかそのへんの一般人が主演しちゃった!ダメだよ〜人間臭すぎるよ〜!みたいな小説×3篇。好きです。

    共感しながら読むやつじゃないはずなのに、自分のダメポイントを浮き彫りにされるような居心地の悪さを感じながら、ぞわぞわしながら読みました。でも妙に爽やかな読後感なのがウケます。なぜ。

  • 表題作、ほか3編。いずれも、幼稚で身勝手な若い男性が主人公。

    一見普通に見えて、じつは心の奥底に凶器を隠し持っているような、精神的に不安定な男たちを主人公にするのがうまい、といつも思う。おそらくは肉親の愛情だろうけれど、彼らには大事な何かが欠落しているため、ふとした瞬間に突然牙をむき、破壊的になる。当人は無自覚なのだろうが、破滅願望すらうかがえる。
    だから、周囲の人間、とくに側にいる女たちはいつも振り回され傷つけられることになるため、読後感もよくはない。設定こそ違うけれど、3編に共通するこういう種類の男には、近づかないに限る。

    最近は、わかりやすいストーリー性のある作品も増えてきたが、初期の頃はなるほど芥川賞作家、という雰囲気のものが多い。これもそんな1冊。
    今年から芥川賞の選考委員にもなり、ベテラン感も増している。今後も不条理で重みのある作品を楽しみにしたい。

  • こんなカレシいやだな~と思う男ばっかりだった。

  • どの作品も、読んでいるとひんやりとした薄気味悪さが残る。
    「パレード」みたいになったらどうしようと、どきどきしながら読む。

    表題作は、主人公の大輔が恐い。
    よかれと思ったことは強引なまでに押し付けてくる、話の通じなさが恐い。

    ろくにつきあってもいないのに、同棲するにあたって彼女には仕事をやめさせ、養ってやる。
    子どもの面倒も、もちろん見てやる。
    母の再婚相手の連れ子だった光男が転がり込んでくれば、もちろん一緒に暮らして面倒をみてやる。
    ボーナスが出たら、彼女とその娘、義理の弟を海外旅行に連れていってやる。誰も望んでいないのに。
    そればかりか、大家さんである独り暮らしの老人、時先生まで、連れて行ってやる。
    さすがに度が過ぎている。

    人に何かをしてもらうことが嫌いで、反対に何かをしてやることが大好き。多分無自覚。
    無意識の優越感?

    大輔は、真実や小麦(娘)や光男を守ってやっているつもりでいるのだろう。
    人が手をかけてやらないと死んでしまう熱帯魚のように。
    でも、大輔の方が優越感を持たせてもらっていることで、守られている。
    彼らを見下すことで、かろうじて自分を肯定できるのかもしれない。

    本当に世間と関わろうとしていないのはどちらなのか。
    光男より、大輔の方が一歩間違えるととんでもないところへ行ってしまいそうで、それがとても怖かった。

    “学生と話しているときの先生は、大輔の前では見せたことのない顔をした。もちろん彼と一緒の時でも、先生は楽しそうな顔はする。ただ、学生に何かしら難しい質問をされたときのような、嬉しそうな顔はしたことがない。楽しそうな顔と嬉しそうな顔は、似ているようでどこかが違った。”

    誰からも一番に好かれたいというのは、傲慢なことではないか。
    なのに、誰かに一番好きなわけではないと思われたら、途端に不安になってしまう。
    危ういバランスで保っているプライドが、痛々しくてつらい。

    「グリンピース」「突風」共に、ここにいる自分は仮の姿と思い、周囲の人間を見下して、ひとり孤高を保つ青年が主人公。
    皆、目の前の人を見ようとしないし、知ろうとしない。
    見たいものしか見ない。知りたいことしか知らない。頑なに。

    コミュニケーションを拒み、自分を守ることだけに懸命になる主人公たちは、守った末に何を得るのだろう?

    “いくら高くても悲観論を買え。騙されちゃいけない、もともと楽観論は無料なのだ、と。”

  • あまり何が言いたいのか分からなかった

    自分には合ってない作品だった

    最後のカップルにもイライラしていた

  • 1遍目の大工?が中学生といちゃつくシーン、好きでした。

  • 「__親切にされればされるだけ、身動きできなくなる人だっているの。それにもし、その親切にしてくれる人が淋しそうな人だったら……」

    ファミレスで読んでいて良かったと思った。家で読んでたら泣き出してたかもしれない。他人を過剰に慮って親切にするのは淋しいから。ズレているようで、1ミリもズレることなく当たっている気がする。とにかく心の中の何かを抉られているようで怖かった。

  • 籍も入れていないのに、子連れの女とともに過ごす大輔。さらには仕事をしないで引きこもっている光男。光男は毎日出かけずに熱帯魚の世話をする。大輔はボーナスで家族全員を連れて海外旅行へ行こうというが、だれもまともに取り合ってくれない…。

    吉田修一の短編3編で、いつもどおりなにか起こるようで起こらないようなグズグズとした話である。しかし、とにかくあるかね全部使って何かを変えようとしたり、女子中学生に手を出したり、女にグリーンピースを投げつけたり、作りかけの酢豚を皿ごとゴミ箱に捨てたりと、突然爆発する。

    どこかにあるようでどこかにない、掴みどころのない作風なのだが、なぜか日本映画のような妙な静けさと喧騒が同居したような、BGMも無いんだからしゃべれよといいたくなるような、独特の間が存在するのが吉田修一の作風である。

    現状が嫌になって、何もかも投げ出してしまうが、自分が悪いのをわかっているあたりは、読んでいて救われる。だからといってとっつきやすいわけでもない。

    なぜかわからないが、吉田修一や長嶋有の作品を読むと、自分でも小説を書きたくなってしまうのだ。本作の3篇もれいにもれず。読み終わった今、書かないといけない気がする。不思議だ。

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著者プロフィール

1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業。1997年『最後の息子』で「文學界新人賞」を受賞し、デビュー。2002年『パーク・ライフ』で「芥川賞」を受賞。07年『悪人』で「毎日出版文化賞」、10年『横道世之介』で「柴田錬三郎」、19年『国宝』で「芸術選奨文部科学大臣賞」「中央公論文芸賞」を受賞する。その他著書に、『パレード』『悪人』『さよなら渓谷』『路』『怒り』『森は知っている』『太陽は動かない』『湖の女たち』等がある。

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