デッドエンドの思い出 (文春文庫 よ 20-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167667023

感想・レビュー・書評

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  •  何から書こうかな。
     小説の話ではなく、私の話なのですが、実は最近、入院していた母が、一人暮らしの家には戻らず、ホームに入居しました。
     誰もいなくなった実家に母の荷物を取りに行くと、ひんやりと薄暗いその家の中に母と亡くなった父が作っていた温かい空気と笑い声を感じることが出来ました。
     母はその小さな家で幸せでした。父とかつては私と肩を寄せ合ってささやかに暮らし、孫たちが生まれるとよく預かって面倒を見てくれました。
     病気で倒れる前から、傍から見て一人暮らしは限界であったのに意地を張って頑として一人で暮らしていた母の守りたかったものは、この空気だったのだなと思いました。
     そう思うと塵ひとつ愛おしくなりました。
     よしもとばななさんの書きたかったのはこれに似た空気感だったと思います。
     母は病院で自分の状況がいまいちはっきり分からず、「家に帰る」とまだ意地を張っていましたが、病院のスタッフの皆さんに寄り添われ、諭されて、ホームに入ることを納得してくれました。
     母は80歳を超えてなお、更に大人になってくれたのです。
     ありがとう。そして、ごめんね、お母さん。

    • yyさん
      Mocomi55 さん

      Mocomi55 さんの優しさにあふれるレビューに
      何とも言えない切なさと温かさを感じました。
      よく似た経...
      Mocomi55 さん

      Mocomi55 さんの優しさにあふれるレビューに
      何とも言えない切なさと温かさを感じました。
      よく似た経験をしているものですから…。

      それぞれが少しずつ辛抱しながら
      best ではなく、better を選んでいくしかないですよね。
      お母さまが、これからの人生を
      少しでも幸せに過ごされますように。
      2022/04/01
    • Macomi55さん
      yyさん

      こんばんは。コメントどうもありがとうございます。嬉しかったです。
      yyさんも同じような経験をされているのですね。
      親が歳をとると...
      yyさん

      こんばんは。コメントどうもありがとうございます。嬉しかったです。
      yyさんも同じような経験をされているのですね。
      親が歳をとると、頼りないところばかり目がいってしまい、そのうちこちらが「大変だ」という思いに陥ってしまい…。
      でも、親は何処までいっても人生の先輩なんですよね。自分の体や頭が自分のいうことを聞いてくれなくなるという経験、そんな中で、すがりつきたいものに力一杯すがりつき、最終的には本能的に家族のことを一番考えた選択をしてくれた。そんな姿を人生の先輩として見せてくれたと思います。いつか、この母の気持ちが分かる時がくるのでしょうね。
      よしもとばななさんの本のレビューだったのですが、この渦中にあったので、ついつい母への思いと重なり、自分の話を書いてしまいました。
      2022/04/02
  • せかせかとまわっていく日常のなかに、ほっこりとした物語と、さらにはその物語の中に、せかせかとまわっていく日常では気づけない、大切な、細やかな瞬間を感じたくて、手に取った。

    大切な人を改めて大切だと思わせてくれる描写と、日常的に溢れている何気ない幸せへの気づき、そして、誰かと別れることの、哀しさ。心にぽっかりと穴が空いたような。

    この作品は、その穴に、すっと、優しく入ってきて、包み込んでくれるような温かさがあります。
    誰かを失って、誰かと出会って、誰かの大切さに気づいて、わたしたちは生きてゆく。

    やはり表題作の「デッドエンドの思い出」が一番よかったです。
    一度受けたダメージから回復することって、ものすごく時間がかかることで、目を逸らしていた部分、自分の心の奥深くを見つめる作業でもある。
    そうやって、心を無防備にした瞬間に、人の優しさが、ふわっと、ぐっと、入ってくる。その優しさの質量は、前と変わらないはずなのに、ダメージを受けた心には、その何倍もの質量で、入ってくる。
    だんだんと満たされてゆく心が、大丈夫と思えること、今を大切にできるということ、自分を大切にできるということ。
    ずっと大切にしまっていた、素直な気持ちが現れてくる。
    そんな素直な気持ちで人や物と向き合っていくと、なんだか、どうにかこうにか生きていける気がしてくる。

  • 悲しみをゆっくり溶かすように優しく包み込んでくれるような短編集。素敵な言葉がたくさん散りばめられている。物語を通して、自分の大切な思い出の欠片が次々と思い出され、切ない気持ちになるのだけど不思議と癒された。

    悲しいことが起きる度、こころに蓋をして生きてきた。でも、それはもったいないことだったのかもしれない。悲しい、も大切な気持ちだったんだなぁと。
    感情は自分だけのもの。よしもとばななさんの文章を読むと、どんな感情も味わうことで人生に深みが出るような気がしてくる。

    高校生のとき、「自分を大切にできないと人を大切にはできない」と担任から言われたことがある。もしかしたら自分の気持ちを蔑ろにしているように見えたのかもしれない。当時わからなかった言葉の真意が、今なら少しわかる気がする。
    もっと早くこのことに気づけていたら、少しは楽に生きられたのかな。そして人を大切にできたのかな。

    この本に出てくるみたいに、寄り添ってくれる人がひとり、いてくれたら。いや、もうこの本に出会えただけで十分なのかもしれないなぁ。

    ドラえもんとのび太みたいに、ふすまの前で、ふたりともざぶとんに寝転がって、いっしょにどらやきを食べながら、マンガを読んでいる。それが理想だという男の子。
    ほんと、幸せってそういうことなんだと思う。
    今、私は幸せだ。

    • aoi-soraさん
      ひろちゃん、おはよう。

      とっても温かくて素敵な感想をありがとう(⁠ ⁠ꈍ⁠ᴗ⁠ꈍ⁠)
      悲しい、も大切な気持ち……
      そうかもしれない...
      ひろちゃん、おはよう。

      とっても温かくて素敵な感想をありがとう(⁠ ⁠ꈍ⁠ᴗ⁠ꈍ⁠)
      悲しい、も大切な気持ち……
      そうかもしれないね。
      一冊の本で、今の幸せに改めて気付くなんて、読んで良かったと思う瞬間だよね。

      この本、“読みたい”登録したまま未読だったけど、ひろちゃんのレビューで、必ず読もうと思ったよ。
      朝から癒やされました〜(⁠*⁠˘⁠︶⁠˘⁠*⁠)⁠.⁠。⁠*⁠♡
      2022/11/02
    • 松子さん
      ひろ、おはよ(^^)
      朝からひろのレビュー読んで感動してます。

      本ってすごいね。過去の自分をも抱きしめて癒して、前に進んでいく力をくれるん...
      ひろ、おはよ(^^)
      朝からひろのレビュー読んで感動してます。

      本ってすごいね。過去の自分をも抱きしめて癒して、前に進んでいく力をくれるんだね。
      そして、受けとめるひろの真っ直ぐで柔らかな心。

      あおちゃんと同じく、私もこの本読んでみようと思いました。
      ひろの幸せが伝わってきて、ジンとしたよ。
      素敵なレビューありがとう!(^^)
      2022/11/02
    • ひろさん
      あおちゃん、まつ、こんにちは(*^^*)

      ほんと、今の幸せに改めて気づけたし、過去の自分を抱きしめて癒されて前に進む力をもらえたよ~!
      あ...
      あおちゃん、まつ、こんにちは(*^^*)

      ほんと、今の幸せに改めて気づけたし、過去の自分を抱きしめて癒されて前に進む力をもらえたよ~!
      あったかいコメントありがとう( *´꒳`*)
      2022/11/02
  • H31.4.21 読了。

     「幽霊の家」と「デッドエンドの思い出」が良かった。
     よしもとばななさんの他の作品も読んでみたい。

    ・「そういう素直な感覚はとにかく親から絶対的に大切な何かをもらっている人の特徴なのだ。」
    ・「そうやって人の人生の、本当の意味での背景になるってなんてすごいことだろう、と私は感動したのだ。」
    ・「ゆっくり、ちょっとずつ。いつもの動き、いつもの流れで、ていねいに。そしてそれはおばあさんのお母さんから、ずっと続いている暖かくて安心するやり方なのだろう。」
    ・「世の中には、人それぞれの数だけどん底の限界があるもん。俺や君の不幸なんて、比べ物にならないものがこの世にはたくさんあるし、そんなのを味わったら俺たちなんてぺしゃんこになって、すぐに死んでしまう。けっこう甘くて幸せなところにいるんだから。でもそれは恥ずかしいことじゃないから。」
    ・「自分がとらえたいものが、その人の世界なんだ、きっと。」
    ・「人の心の中にどれだけの宝が眠っているか、想像しようとすらしない人たちって、たくさんいるんだ。」

  •  五話からなる短編集です。秋の紅葉の情景がとても似合う気がします。ゆったりと流れる時間とともに、大切な人との思い出が、回顧するように切なくも優しく描かれています。
     冒頭に「藤子・F・不二雄先生に捧ぐ」と献辞があり、「ん?」と思いながら読み始めました。物語の会話で2ヶ所に、「理想の光景」「幸せってどういう感じ」との問いに、「のび太くんとドラえもんが漫画を読みながらどら焼きを食べている」場面・関係性を答える部分があります。何気ない日々の生活の中に、小さな幸せを感じる心をもっていたいと、改めて感じました。また、こう思わせてくれる瑞々しく洗練された文章です。
     筆者は『デッドエンドの思い出』が一番と書かれていますが、個人的には『幽霊の家』が一番気に入りました。
     五話のいずれも、タイトルのような袋小路・行き止まり、将来の展望が見えない終わり方でなく、これからの人生に温かい希望を与えてくれる力をもっています。辛い思いをした人にほど刺さる(と思える)、良質な物語でした。

  • すごく辛いことがあって、もう二度と立ち上がれないかもしれない。そう思っても、悲しみが永遠に思えても、生きている限りいつかは乗り越えていけるんだろう。未来の自分から「絶対大丈夫だから」って励ましてもらえるような、そんな優しい本。

    • hetarebooksさん
      ぴちほわさん

      はじめまして。コメント&フォロー&花丸ありがとうございます♪雑食な本棚ですが気に入っていただけたら嬉しいです☆

      す...
      ぴちほわさん

      はじめまして。コメント&フォロー&花丸ありがとうございます♪雑食な本棚ですが気に入っていただけたら嬉しいです☆

      すごく気分が沈んでいたときに談話室でこの本を紹介してもらったのがきっかけだったのですが、読み進めるうちにすーっと気持ちが軽くなっていくようで救われたのを憶えています。

      文庫版も同じジャケットで素敵ですよね。音楽や本にはそのときの自分にとって誰の言葉よりも届く瞬間がありますね。

      今後とも素敵な音楽や本を教えていただけたら嬉しいです♪
      2014/09/29
  • 久々に吉本ばなな先生の本、読了!
    吉本先生の独特な世界観に浸ってしまった。
    5つの短編集。それぞれ、生き方の違う女性が登場。幸せもあれば、辛さもあり、無意識に人を傷つけていたり、後悔もある。
    詩人的要素を持つ吉本ばなな先生のストーリーは、日々どこにでもありがちな様子で、話の展開的要素はないけど、なぜか浸ってしまう。
    中でも、最後のストーリーでもある『デッドエンドの思い出』は恋相手に裏切られてしまっても、異性の友情に救われる点はスッキリした!
    また違うストーリーも読んでみたい。

  • 人の縁って、出会いって、いいなぁ。
    夫婦になれたとか、家族になれたとかじゃなくて、自分の心の中の宝箱にそっとしまってある温かいもの。

    温かさという目に見えないものを、うまーく表現して、ほろっとさせてくれる素敵な本でした。
    そういう想い出を、いつまでも大事にしたいです。

  • 5つの短編。
    せつない内容だけど、静かで穏やかで読後じんわり温かい感情が残る内容なので、
    静かな夜、一人で読むのにもってこいの小説だった。

    あとがきに、つらいラブストーリーばかりで、
    人生で一番つらかった時期のことがよみがえる。だからこそ大切な本になったと、

    短編の中のデッドエンドの思い出という小説がこれまで書いた作品の中でいちばん好きだと、
    よしもとばななさん本人のコメントが書かれていた。

    わたしもデッドエンドの思い出がとても良かった。
    ハッピーエンドになるとかは関係ない世界。
    本当に人の感情をこんなにも優しく、やわらかく、丁寧に書けるよしもとばななさんが大好き。

    温かい気持ちになりたい時。
    また読み返したい。

  • デッドエンド(袋小路)の思い出。
    なんとなくタイトルだけで胸がぎゅっとなる。
    この短編集を読み始めて2ページ目でやっぱり私はよしもとばななさんの表現が心の底から好きなんだと思いました。
    どのお話も、「辛い」なんてものではない背景や過去がありながら、それでも今それぞれの主人公がいる場所や手にしているものの大切さや幸せを自分らしさを失わず感じようと、もがきながらも悟りながらも生きようと、生きていこうとする姿が痛々しくも頼もしくも感じられました。
    私は特に「幽霊の家」の岩倉くんと「デッドエンドの思い出」の西山くんが好きでした。

  • 表紙絵からも分かるように読むならば秋。5つの短編集。つらい出来事、落ち込むことがある各話の主人公たち。でもなぜこんなにも多幸感があるのだろう。よしもとばななさんが当時「これが書けたから小説家になってよかった」的なインタビューがあったように、魅力あふれる読むたびに引き込まれるような作品だった。表題作がとにかく好き。何度も読み返すが、毎度良いという奇跡。
    心に残り続けている。

  • ずっと美しい装丁が気になっていたんです。
    どのお話もその印象の通りでした。
    それにしても、自分でも意識できていない、重い暗い気分や感情を言葉にするのが本当に上手な方ですよね。でも最後には前向きでキラキラしていて、自分のことが好きなにれそうな、そんなお話たちでした。『あったかくなんかない』だけは少し違いましたが。
    表題作に登場する西山君の、「相手が君の人生からはじき出されたと思えばいい」というセリフはなんだか元気が出ました。

  • よしもとばななは、ずーっと昔に『キッチン』を読んで以来でした。もうそのキッチンも、記憶が薄くなってしまって、よしもとばななってどんなだったっけ?という動機の読書でした。

    『デッドエンドの思い出』は5つの短編が綴られています。

    どれもかなりその人にとっては過酷な、でもあり触れたともいえる過去の心の傷から、ふとした出会いで吹っ切れていく時の心情の変化が描かれてます。最後の『デッドエンドの思い出』がいちばん良かったかな。

    辛い事から抜け出られる瞬間って、何か劇的な事や直接的な強い言葉とかで助けられるのではなくて、こんな風だなと思う。どの話も、読後がふわっとあったかく、ちょっと疲れている時や、何かサラッとしたサプリが欲しいような時に読むといいかなという本でした。

  • 心に傷を負った時、無理に治そうとするのではなく、見ないふりをするのではなく、ただ一緒に回復を待ってくれる人がいれば、どれだけ支えになるだろう。
    この本は、そういう本。

    とても透明で、すこぶる柔軟で、暖かい心を持った人がいる。
    育ちがいい、というか、育てられ方がいい、というか、極めて自然に人のために動くことができる人がいる。
    直接問題が解決するわけではなくても、その人がそばにいてくれたら、イケそうな気がしてくる自分がいる。

    この本が人気なのは、そういうことなのではないかと思う。

    作者は、出産を一か月後に控えて書いた表題作を「これが書けたので、小説家になってよかったと思いました。」とあとがきに書いているが、私は『「おかあさーん!」』を読んで、彼女が小説家になってくれてよかったと思った。
    朝、仕事を始める直前まで読んでいたら、目が真っ赤になってしまって大変困ったけれども。

    “おかげで私は、中途半端に体の具合が悪くなるということはどれほどたちの悪いことか、身をもって思い知った。ずっと微熱の続く風邪のようなもので、起きていられないわけでも、働けないわけでも、笑ったり泣いたりできないわけでもなかった。ただいつでも、だるくて、頭の中がしびれているような感じだった。だから、何をどうしたらいいなんて何にも考えられなかった。ただ、頭がはっきりするまでをしのいでいただけだったのだということもわかった。”(「おかあさーん!」)

    そう。ただだるいだけ。気力がわかないだけ。
    自分の心がどれほど小さく固く凝りかたまっているのか気がつかなかったころ、私もそう思っていた。
    すぐ治るはず。大したことない。
    でも、実は自分がものすごく我慢をしていたことに気づいたとき、少し息をすることが楽になった。
    そんなことを思い出した。

    “それは神と呼ぶにはあまりにもちっぽけな力しか持たないまなざしが、いつでもともちゃんを見ていた。熱い情も涙も応援もなかったが、ただ透明に、ともちゃんを見て、ともちゃんが何か大切なものをこつこつと貯金していくのをじっと見ていた。”(ともちゃんの幸せ)

    見ていてくれるなら、それだけでいいと思う。
    見ていてくれるなら。

    作者の考える幸せの情景って、部屋でマンガを読むのび太とドラえもんなんですって。
    なのでこの本は、藤子・F・不二雄先生に捧げられています。

  • 短編集。この本のタイトルにもある「デッドエンドの思い出」が特に良かった。
    悲しい出来事なはずなのに優しく包まれていくような感じ。

    キッチンで初めて吉本ばななさんの小説を読み「好きだなあ、こういうの」と感じていたものが、デッドエンドの思い出を読み、やっぱりこの人の作品が好きだっ!!になった。

  •  すごく大変なことが起きて、毎日寝る暇も惜しんで仕事をして。本なんて読む時間がないよ、でも短編なら合間に読めるかな、と思って。ずっとアマゾンの欲しい物リストに入れておいたこの本を買った。結局、たまたま時間ができて、すぐに最後まで読んでしまった。
     どの短編の登場人物も、つらい思いをして、普通ならとても耐えきれないと思うほどなのに、逃げながら、流されながら、受け止めていく。「俺や君の、不幸なんて、比べ物にならないものがこの世にはたくさんあるし、そんなの味わったら俺たちなんてぺしゃんこになって、すぐに死んでしまう。けっこう甘くて幸せなところにいるんだから。それは恥ずかしいことじゃないから(デッドエンドの思い出)」
     私はよしもとばななさんの作品は数える程しか読んでいないし、代表作もまったく手つかずなので、こういう言い方はおこがましいのかもしれないけれど、このかたの作品は、悲しみの深層をえぐりながら、それをいつも柔らかく救ってくれる。淡々を悲しい事実を綴る小説はある、いくらでもある。私が読んだよしもとさんの作品は、悲しみ、つらさを心の奥底からすべて引っ張り出しているのに、それを入れた器は透明であたたかく愛に満ちている。そういう文章にいつも、私は穏やかな息を吐いて最後の頁を閉じる。こういう小説が世の中にあるというのは、ありがたいことだ、と思うのである。

  • 本を読んだあと心に残るもの、とか言えば何とも小学生の感想文のようだけど、それこそが甘い甘い読書の「蜜」だと僕は思う。それは小説によって色も触感も匂いも温度も違うし、僕なんかはこうして何とか文章に残したいと思うけど、言葉で表現することが何よりもむずかしい抽象的なものであって、でもそのあいまいさこそが、読書の普遍的なよさでもある、というのは僕の勝手な思想であります。
    でもだからこそ(いつも)不思議に思うのは、ある小説を読むと言うこと、それはその小説の舞台、主人公の性格、状況はいつも決まっていて、読みはじめたら(というか作品が読まれる状態で存在する時点で)揺らぐことがない、どこまでも具体性に満ちた世界に飛びこんでいくことであるのに、その世界を突きぬけた僕の心には、あいまいで抽象的、かつ普遍的な「蜜」の味が残っているということだ(一つの小説を読み終わって、別のを読むとき、何となくそれを億劫に感じる理由の一つかもしれない)。
    そんなことを、この本を読んでまた強く感じた。
    ……短編集だからなおさらかなあ。
    それぞれ違う話で、それぞれ違う「蜜」なんだけど、ぜんぶが最後の「デッドエンドの思い出」のいちょう並木につながっていくような。不思議な感覚なんだけど、それがまたばななマジックっていうか。女性的というか、母性的?みたいな(もはや自分でも何言ってるかわからん)。とにもかくにも、最終的に短編集としてのこの作品の「蜜」に、物語の展開や、描写や、言葉選びに、読む人の心をまるごと包み込むような優しさを感じるのです。それで僕は、昼休みの社員食堂にも関わらず、目を赤くしちゃったんだろうなあと思います。

    「みんな、とりあえず形のとおりにふるまっているだけで、本当はそこの奥にあるすてきなものをお互いに交換しあっているのかもしれないと私は思った。……私はその日、……何ともならないおかしな道に沈んで行きそうだった自分が、不条理でいつ死んでもおかしくない、この不確かな世の中の仕組みの中でかろうじて働く、人間というもののよさに、大きく救い出されたような気がしたのだ。」(p.101)

    家族とか、恋とか、別れとか、幸せとか、絶望しても生きていくうえでとても大事な要素のこと(とくに人と人のつながりについて)をたくさん書いてくれていて、たぶんこれを書いたのがばなな氏にとってもそういうことを一生懸命考えた時期なんだろうなあと言うのはあとがきを読まなくてもわかる。こういう本に救われる人はけして少なくないはずだ。もちろん僕も、その一人なのですがね。

  • おそらく6,7年ほど前に読書好きの方がお薦めする本を探している時に知った本で、当時よしもとばななの著作も何冊か読んで好んでいたので手に取った。
    久しぶりに読み返してみようと思い再読。

    女性視点の少し切なさのある短編集で、いわゆる恋愛の成就をゴールにしているわけではないのが自分好みと思った。
    最初に読んだときはもっと好みだった気がするが、今回はそんなに心に刺さらなかったので評価は普通くらい。

    最初の「幽霊の家」が淡々としつつ、ほんのりしあわせと切なさがあって今回も好きだった。

  • どれも切ないお話。全体的に"悲しい〜どん底だけど、小さな幸せを見つけました〜"みたいなお話。
    どん底でも前向きになれる、前向きにさせてくれる人たちのあったかいお話なんだろうけど…
    あまり共感は出来ず、読み進めるのに苦労した。

  • 切なさが苦しくて、でも痛いようにわかる
    「おかあさーん!」「あったかくなんかない」「デッドエンドの思い出」がとてもよかった
    とにかく泣いた、、、涙で世界が歪んで読めなくなって思わず本を閉じた。

  • <感想>
    ずっと気になっていた「よしもとばなな」さんの作品。
    作者の代表作とのことで購入、読了。

    うーん、何だろうこの読後感…
    切ないようで、でもちょっと何か心温まるものがあって…
    今までココまで感想がまとめにくかった小説も無いように思う。
    ただ、何となくもやもやするこの雰囲気がこの作品の良さでもあるように思う。
    よしもとばななさんの本って、こんな感じなのかな?

    個人的には「おかあさーん!」が一番印象に残った。
    自分のことだけに精一杯になる主人公の気持ち、痛い程良く分かる。
    辛い経験を乗り越え、ひと回り大きくなった笹原さんの気遣い。
    世知辛い世の中だけれど、こういう風に他人を救おうとしてくれる人もいるのかなと、希望を持たせてくれる。
    人生をもう少しのんびりと、楽しみながら進んでいって良いのだと思わせてくれる、そんな作品。

    もう少し色々な経験をした後で再読したら、また感じ方が変わるかもしれない。

    <印象に残った言葉>
    ・で、あると思うともう、したいという考えがどうにも止まらないんだけど、でも、もうすぐ日本からいなくなってしまうから、悲しくなりたくないという気持ちもあったりする。(P39、岩倉)

    ・思春期でまわりが恋愛一色の時も、勤めはじめてまわりが結婚一色になった時も、私はずっと自分の内面だけに没頭し、それを守ってきたような気がした。心のどこかでは、みんながうらやましかった。浮ついたことが好きな人たちは、きっと無駄にしてもいいような愛情に無頓着になってよかった人たちに違いない、と私は思っていた。(P88、松岡)

    ・私は子どもみたいに自分のことで頭がいっぱいで自分をまきちらしていただけだったが、会社にはいやな人がいるぶん、こうやってちゃんと人を見て、負担にならないように助けてくれようとする人もいる。あの、神経質でいつもいらいらしていた笹本さんが、死にかけて、生き返って、にこにこして優しい目で私を見ている。その私も死にかけて、運良くまだここにいて、こうしてその優しさに触れている。その全体が、何かすばらしい奇跡のように思えたのだ。(P107、松岡)

    ・ひさしぶりの自分の部屋はほこりっぽくて、少しのどが痛かったので、私は窓を開けて空気を入れ換えた。新鮮な空気がさあっと部屋をめぐり、暗い窓から見上げる空にはたくさんの星が輝いていた。わあ、きれいだ、と私は思った。肺の中にきれいな空気がいっぱいに入ってきて、体中が冷たく神聖な感じになった。不安な考えに満たされそうになったのは、きっと空気が悪かったせいだわ、と私は思った。(P124、松岡)

    <内容(「Amazon」より)>
    これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです。これが書けたので、小説家になってよかったと思いました。――著者自らそう語る最高傑作!
    「幸せってどういう感じなの?」婚約者に手ひどく裏切られた私は、子供のころ虐待を受けたと騒がれ、今は「袋小路」という飲食店で雇われ店長をしている西山君に、ふと、尋ねた……(「デッドエンドの思い出」)。
    つらくて、どれほど切なくても、幸せはふいに訪れる。かけがえのない祝福の瞬間を鮮やかに描き、心の中の宝物を蘇らせてくれる珠玉の短篇集。
    ほかに「幽霊の家」「おかあさーん! 」「あったかくなんかない」「ともちゃんの幸せ」の4篇収録。つらく切ないラブストーリー集。

  • タイトルと表紙が印象的でずっと気になっていて久しぶりによしもとばなな読むかって思ったので購入。
    失恋の話を中心に様々な物語が詰まった短編集。
    その内容はとても良かった。
    いつも通り淡々と進むこの作家の物語で期待していた雰囲気を味わうことができた。
    淡々と温度が低い状態で物語が進んでいくのである日急に風景描写が思い出されることがこの人の文章のすごいところだと思う。
    短編でもどの物語もゆっくりと心に突き刺さっていくようで本当に印象的だった。
    短編の中でも比較的長い『幽霊の家』『おかあさーん!』『デッドエンドの思い出』あたりはとても印象に残った。
    秋という季節は自分にとって本当に特別な季節でそんなときにこの本を読めてよかったと思う。
    作中何度かドラえもんのエピソードが出てきてなんだろと思っていたら藤子不二雄に捧ぐって冒頭に書いてあるね。
    幸せというのはのび太とドラえもんが部屋で漫画を読んでいる時間とか関係性のことを言うのだというエピソードと心がほかほかするという表現が好き。

  • 表題作に救われた。
    表紙も美しい
    行間も素敵

    なんか簡単に文章にしたくないくらい大切な作品に出逢えた。

    また、改めて詳しく感想を書きたいと思います

  • よしもとばななの世界観が大好きなんだ…
    ばななレンズを通して世界を見ていたい

    『おかあさーん!』が特に印象的だった
    心の奥深い部分にじんわり入り込んできて、慰めるわけでもなくただ認めてくれるような感覚

    ✏たとえば公園を歩くと、風に木がざわざわ揺れて、光も揺れる。そうすると彼は目を細めて、「いいなあ」という顔をする。子どもが転べば、「ああ、転んじゃった」という顔をするし、それを親が抱きあげれば「良かったなあ」という表情になる。そういう素直な感覚はとにかく親から絶対的に大切ななにかをもらっている人の特徴なのだ。

    ✏そうやって人の人生の、本当の意味での背景になるってなんてすごいことだろう。

    ✏帰る家があるのに、愛されているのに寂しい。それが若さというものかもね。

    ✏そしてはっと気づいた。私は自分がいったん決めたことを変えるのが、かたくなまでに、できないたちだということを。それで、あまりのかたくなさに周りは口出しのしようもなかったということを。
    柔軟さという気持ちのいい波が私の心にふわっと寄せてた。

    ✏虐待された子どもは、自分の体の痛みと心の痛みを切り離すことができる。

    ✏その人独自の趣味や強迫観念をまがまがしいものとしないでつきつめていけば、どんどんどんどん楽になれるような感じがして、それから私はそういう、まるで無駄っぽい考え事をする自分を恥ずかしく思うのをやめた。

    ✏「どうして明かりは暖かい感じがするのかなあ。夜の明かりは。」(中略)
    「人の気配が照らしてるんだよ。だからうらやましく思ったり、帰りたくなるんじゃないかなあ。」

    ✏私はあったかいもののほうを大切にする。ちゃんとこういうからくりを見破ることができる男の人を捜そう、絶対にいるはずだから。

    ✏西山君の体のなめらかな体の線や、なんとなく人をくつろがせて楽しませるその独特な力は、彼が自由であろうとしていることから発しているんだな、と私は思った。

    ✏ああいう人って、ものの味方がすごくパターン化してるんだよ。あのね、ずっと家の中にいたり、同じ場所にいるからって、同じような生活をしていて、一見落ち着いて見えるからって、心まで狭く閉じ込められていたりしずかで単純だと思うのは、すっごく貧しい考え方なんだよ。でも、たいていみんなそういうふうに考えるんだよ。心の中は、どこまでも広がっていけるってことがあるのに。人の心の中にどれだけの宝が眠っているか、想像しようとすらしようとしない人たちって、たくさんいるんだ。

  • 好きだなぁ。

    よしもとばななさんの作品って、なぜだか分からないけど、心がじわ〜って温かくなって、丸ごと包み込まれるような感覚になる。
    自分の生まれ育った環境だとか、気質とかを全て肯定してくれるような感じ。

    「あなたは、あなたのままで大丈夫だよ」

    そんな風に言われてるような気がする。

    上手く言葉では表せないけれど、心の奥底にあるコンプレックスだとかを優しく抱きしめてくれるような温かさがある。

    定期的に戻ってきたくなる。

  • 最近本を読むから感受性が高まっているのかな。
    言葉一つ一つがじんわりと染みて、切ないんだけども温かい気持ちになれる。

    別れの切なさより、誰かに惹きつけられたその瞬間が輝かしく温かい。
    後に別れることになったとしても、不幸と捉えず、その場面を心の奥に仕舞って前を向いて歩いていくんだな。

  • よしもとばなな(現・吉本ばなな)さんの「デッドエンドの思い出」の評価が高く、買ったはいいものの長らく積み本にしていました。すみません!
    じっくり時間をかけて読みましたが、最後の表題作「デッドエンドの思い出」のタイトルに込められた思いが……すごく、胸にくる。文庫本を閉じ、私の「デッドエンドの思い出」はどんな思い出だろうと考える。もしかしたら、この先の未来に、私の「デッドエンドの思い出」はあるのかもしれない。

  • 久しぶりに小説を読んで泣きました。

    いくつかの物語があって、その全ての人たちが大切にしてるものがあって、それがすごく好きで好きで、心に染みて、その全てで泣いてしまったけど、デッドエンドの思い出はちょっと別でした。

    細かい設定とか重さは違えども、ミミちゃんがあたしと少し重なって、心ですごく応援しながら、納得しながら、共感しながら、暖かく想いながら読みました。

    心の中にある宝石。
    見失うし、自信なんてすぐに無くなるし、自分自身が大切にしないといけないのに、すぐ出来なくなっちゃって、曇ってしまう。

    だからやっぱり人はヒトリだけども、ヒトリでは生きていけなくて、だからこそ全部が大切で丁寧に生きていかなければならないのだろうな。

    すぐに忘れてしまうのだけど、忘れずにいたいと思います。

  • 私なら簡単に絶望するであろう出来事を、丁寧に丁寧に悲しんでいるがゆえに、とっても重たい。




    「何かがひとつ違っていたら、いい感じでおつきあいできたかもしれなかったのに、もう会うこともないのだと思うと、涙が止まらなかった。」

    「ほんとうは別のかたちでいっしょに過ごせたかもしれないのに、どうしてだかうまくいかなかった人たち。(中略)この世の中に、あの会いかたで出会ってしまったがゆえに、私とその人たちはどうやってもうまくいかなかった。」

  • ことばで、言い表せないこと。

    こまごました素敵なものたち

    景色、空気。


    そして心の奥底に潜む、
    暗くて不穏なドロドロした
    なにか。

    それらの対比がすばらしい


    感覚が研ぎ澄まされた、
    そんな人が書けるんだろうなぁ

    小さな宝物にしたくなる、そんな本です。

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著者プロフィール

1964年07月24日東京都生まれ。A型。日本大学芸術学部文藝学科卒業。1987年11月小説「キッチン」で第6回海燕新人文学賞受賞。1988年01月『キッチン』で第16回泉鏡花文学賞受賞。1988年08月『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1989年03月『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞受賞。1993年06月イタリアのスカンノ賞受賞。1995年11月『アムリタ』で第5回紫式部賞受賞。1996年03月イタリアのフェンディッシメ文学賞「Under 35」受賞。1999年11月イタリアのマスケラダルジェント賞文学部門受賞。2000年09月『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞受賞。『キッチン』をはじめ、諸作品は海外30数カ国で翻訳、出版されている。

「2013年 『女子の遺伝子』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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