その日のまえに (文春文庫 し 38-7)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • / ISBN・EAN: 9784167669072

感想・レビュー・書評

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  •  人が亡くなる「その日」は誰にでも訪れる。
    それが「不意」であるか「予告」があるかの違い、「早い」か「遅い」かの違いはあっても、いつか訪れるという点は万民に平等なのである。だから、この短編集は特別な悲劇ばかりを扱ったものではなく、成長や進学や結婚や繁栄や出世を目指して平凡な幸せな日々を送っている多くの人が普段意識していない「終わり」に目を向けなければならない時を普通のこととして書いている。

    「その日」が事故などで「不意」に訪れた場合の悲しみとやるせなさは大きすぎる。亡くなるほうも、残された人も愛する人に「今までありがとう」も「今までごめんなさい」も言えなくなってしまったのだから。

     癌などで「その日」が予告された場合の苦しみと悲しみも大きすぎる。自分に残された時間があと僅かと知る時のショック。人生の予定を次々キャンセルして行かねばならないやるせなさ。愛する人にそのことを告げる心の痛み。そのことを知った家族の悲しみ。その期間は辛くて悲しい。

     だけど、一つ不謹慎なことを書くのを許して頂きたい。
    『その日』で、癌で亡くなっていく和美の主治医から夫の元へ「いよいよ今日だと思います」という電話があり、夫、二人の息子達が、悲しいが心の準備をして和美のベッドの周りに集まった。和美の両親も遠方から覚悟して病院に訪れた。そして、愛する人たち皆んなに見守られて和美は息を引き取った。
     このシーン、実は赤ん坊が生まれるシーンに似ていると思った。「いよいよです」と連絡があって、家族が集まる。人は生まれる時と亡くなる時は独りである。この世界と別の世界を渡る孤独な旅路を愛する人達皆んなが見守る。生まれる時と亡くなる時、正反対のシーンではあるが、そこに涙を伴う温かさがあるというのは共通である。
    こんな亡くなり方が出来た和美さんは幸せであった。こんな見送り方を出来た和美さんの家族も幸せであったと思う。

     そうではない亡くなり方をする人もいる。
    『潮騒』でのオカちゃんは、小学生の時に海で一人遊泳中に、誰も見ていない時に波にさらわれてしまった。その時に「一緒に海行こうぜ」と誘われていたのに行かなかった俊治は自分にも友達にも責められ苦い思いをしていた。が、30年後くらいに癌で余命宣告を受けた時、ふと思い出してその海辺の町を訪れたことがきっかけで、同級生と再会し、送り火のような「花火大会」のきっかけになった。そしてその花火大会には縁があり、和美さんを亡くしたばかりの夫も参加することとなった。
     ずっと昔に独り孤独に亡くなった人が結んだ友情。良かった。ほっとした。
     ここで、もう一つ不謹慎なことを書くのを許して頂きたい。
    「お葬式って実は同窓会っぽいところもある」と思う。ある人が亡くなったことを悲しんで集まった人達の中で、とっても久しぶりに会った友人を見つけ、そっと微笑んでしまうこともある。
    「友達を残してくれてありがとう」と心から感謝したこともある。

     亡くなった人のことを霊だとかなんだとか怖がって言うこともあるけれど、幽霊でもいいから会いたい人っているよね。

  • その日をちゃんと迎えるために、いろいろ準備をしたり覚悟を決めているほうが楽だという和美の言葉が印象的だった。
    葬式の話や身辺整理。縁起でもないと思うが、奇跡を信じて過ごすより気持ちが楽なんだ。

    家族構成も年齢もほぼ同じ。感情移入しないわけがない。
    もうやめてっていうくらい泣けた。


    映画化されてると思ったら、びっくり!
    ナンチャンなの!?

    • yhyby940さん
      こんにちは。私は、この作品を中央線の荻窪から八王子の間の車内で読んでいました。何度も声が漏れそうになるのを堪えた記憶があります。映像作品は観...
      こんにちは。私は、この作品を中央線の荻窪から八王子の間の車内で読んでいました。何度も声が漏れそうになるのを堪えた記憶があります。映像作品は観ましたが、残念なもののように思います。監督が大林宣彦さん、ナンちゃんと永作博美さんが夫婦役で出てました。原作が、遥かによかった。
      2023/08/28
    • ムク助さん
      yhyby940さん
      コメントありがとうございます。
      この本を電車の中で読むのは大変だったでしょうね。
      映画も気になります。ナンチャンってち...
      yhyby940さん
      コメントありがとうございます。
      この本を電車の中で読むのは大変だったでしょうね。
      映画も気になります。ナンチャンってちょっと意外でした。原作には勝てないかもしれませんが、観てみたいです。
      2023/08/28
  • 私は基本的に短編集を好んで読まない。

    世界観に没頭する前に話が終わってしまうのが、どうしても歯切れ悪さを感じて…。しかし本作『その日のまえに』は重松清さんの一貫した想いが伝わってくる短編集でした。

    簡単な概要を綴ると、「その日」を告げられた人や周りの人々が「あの日」を振り返りながら生と死を考える短編集になりますが、そのような言葉で纏めるのが申し訳ないほどに読後感を表現し難い作品でした。

    重松清さんは初読みで名作の『きみの友だち』に惚れ込んだこともあり、本作『その日のまえに』は前半の数編でしんどさを感じていましたが、表題作『その日のまえに』に辿り着いてから作品全体の構成と意味にようやく気づけました。これからお読みになられる方は、一つ一つの編を大事に味わって頂けたらなと思います。

  • これはやられた!
    涙腺緩みっぱなし
    後半は電車で読んではいけません

    「死」をテーマにした連絡短編集
    ・ひこうき雲
    ・朝日のあたる家
    ・潮騒
    ・ヒア・カムズ・ザ・サン
    ・その日のまえに
    ・その日
    ・その日のあとで
    からなる物語。
    とくに「その日のまえに」以降は電車では読めません(笑)
    自宅でじっくり読むことをお勧めします。

    もしも身近な家族が、自分が「その日」を迎えるにあたって、それまでに何をするのか?
    そして、「その日」のあとでの日常は..
    渡された一通の手紙の内容はぐっときてしまいました。

    お勧め
    自宅で読みましょう!

    • 松子さん
      はじめまして(^^)
      本棚を覗かせて頂いて興味津々でレビューを読んでいたらフォローするの忘れてました(^^;;
      フォローしあえて嬉しいです。...
      はじめまして(^^)
      本棚を覗かせて頂いて興味津々でレビューを読んでいたらフォローするの忘れてました(^^;;
      フォローしあえて嬉しいです。
      masatoさんの本棚、読んだことのない本が沢山あります。
      本の情報交換が楽しくできたら嬉しいです。
      どうぞ宜しくお願いします♪
      2022/08/16
    • masatoさん
      松子さん、コメントありがとうございます
      私も基本、往復の通勤時間が読書時間です。
      なので、涙物は電車の中では苦労します(笑)
      どうぞ、...
      松子さん、コメントありがとうございます
      私も基本、往復の通勤時間が読書時間です。
      なので、涙物は電車の中では苦労します(笑)
      どうぞ、よろしくお願いします
      2022/08/21
  • 私にとっては初重松清作品。
    「死」というその日をテーマにした連作短編集。

    その日を準備して迎える人。
    ある日突然その日を迎える人。

    その日のまえにいる私は、どちらのその日を迎えるのだろうかと考えるも無論、答えなど出るはずもなく。
    これは私の大切な人も同じく。

    結論、今を大事に生きなきゃなと、襟を正すきっかけを貰った作品だった。

    • akodamさん
      おっしゃる通り、悔いなき人生と思えることは難しいでしょうね。私は特に欲深いタチですから、きっと悔いだらけになると思います。

      日進月歩の人生...
      おっしゃる通り、悔いなき人生と思えることは難しいでしょうね。私は特に欲深いタチですから、きっと悔いだらけになると思います。

      日進月歩の人生に、1日でも多く喜びを感じられたら○かなと思っております。
      2021/06/26
    • yhyby940さん
      話題から少しずれてしまうかもしれないのですが、立花隆さんの臨死体験に関する本で、体験した方の全てが、その経験が素晴らしく気持ちの良いもので、...
      話題から少しずれてしまうかもしれないのですが、立花隆さんの臨死体験に関する本で、体験した方の全てが、その経験が素晴らしく気持ちの良いもので、死という事実が怖くなくなったと言うのを読んだ記憶があります。死に向かうまでは辛くても、直前になると人間の脳の作用が辛さを忘れさせてくれるという説もあるようです。どちらにしても、いつやって来るかわからない事実に少しでも悔いを残さない生き方をしたいものですね。
      2021/06/26
    • akodamさん
      臨死体験による、そのような説があると言うのは初めて知りました。ご教示いただきありがとうございます。その日は必ずやってきますから、今のこの時を...
      臨死体験による、そのような説があると言うのは初めて知りました。ご教示いただきありがとうございます。その日は必ずやってきますから、今のこの時を健やかに過ごしていたいですね。
      2021/06/26
  • 重松清 著

    作品のタイトルから、その言葉の意味を何となく感じとることができる。
    いつかは誰しも迎えるであろう『その日』に焦点を当てながら…それを紡ぐように
    6編の短編集
    色々な立場や環境、違う場所や場面の中にいる人間模様を描いているけど、会えるはずもないような、どこかで人は繋がっている。
    「世間って広いようで狭いね〜」って時々、
    会話の中で交わされる言葉が…その真実を現すかのように着実にこちらに向かって語りかけてくるような物語りだった。

    「生きること」と「死ぬこと」、
    「のこされること」と「歩きだすこと」を
    まっすぐに描いてみたかったという
    作家、重松さんの思いが凝縮されたような作品に仕上がっていたと思います。
    重松さんらしいあたたかさを感じました。
    「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」後半の短編は主要な登場人物が同じ家族で成り立っているが、どの違った家庭や家族の中にも形を変えて存在している。

    文中で、
    悲しみと不安とでは、不安のほうがずっと重い。
    輪郭を持たない不安は、どんなにしても封じ込めることができない。
    ー中略ー
    形のなかった不安は現実的な悲しみになった
    ーそれでも、取り乱すことはなかった。
    不安に包まれていた日々、僕たちはその不安を収める為の器を心の中に用意していたのだろう。と書かれていた。
    何だかその言葉がとても腑に落ちたので…
    私は泣きそうになる心を押しとどめて、この物語りを見届けた。
    ただ、愛おしい人を見送る立場の人間、
    それが子どもであれば…尚更
    その日がいつか来ることは理解しているつもりでも…のこされる人のことを思うと悲しみに満ちてしまう。悲しみが満ち溢れてしまわないように…
    多分、私も悲しみを収める為の器を用意している気がする。

  • 本作のテーマは、自分自身や自分の愛する人の生きてきた意味と死んでいく意味を考えること。

    「その日」を迎えることは寂しくて、重くて、考えたくないことだけど、「その日」に向き合うことは、きっとこれから自分自身や、他者に対して、優しく接するきっかけを与えると思いました。

    本作は短編集ですが、後半の「その日の前に」、「その日」、「その日のあとで」は、小説や映画で滅多に泣かない私も、涙しました。
    以下、散文的ですが、感想です。

    ■その日
    その日に近づいていく和美さんの、言動が泣ける。
    残された子供たちが成長していくことを想ってホームヘルパーさんには、子供たちの苦手なものや和美さんが作らなかったものを作れる人を雇ったり…自分が亡くなった時に着る喪服に、旦那さんを茶化すメモを入れたり…自分の歯ブラシは捨てておいて、自分がいなくなった日常を、家族が受け入れやすくなるようにしたり…
    和美さんが、自分がいなくなった世界での、自分の大切な人たちのその後を考えての、言動が泣ける。

    ■その日のあとで
    「その日」を見つめて最後の日々を過ごす人は実は幸せなのかもしれない、って。
    自分の生きてきた意味や、死んでいく意味についてちゃんと考えられるから。
    後に残される人にとっても。
    そして、それは答えが出なくてもいいのだと思う。
    そのことに向き合って、考えることが答え。
    死んでいく人にとっても、後に残される人にとっても。

    死んでいった人のことは忘れていく。
    けれど、かならず、いつだって思い出す。
    残された人が、死んでいった人のことを思い出した時、「おかえり」って温かく迎えてあげたい。

  • 今は読書をする時間がとれなくなって、やっと読めた作品でしたが、こんなにボロボロ泣いた本は久しぶりでした。これは切ないストーリーで、時間がゆっくりとれた時にはじっくり読み返したいです。

  • 樹木希林さんが、癌は、いろいろ自分の人生の後始末や死後の準備を整えて、その日を迎えることができると、どこかで話しておられた 
    そして、その言葉通り、自分の葬儀や墓、遺産相続のことまで事細かく手配した上で、あの世に旅立たれた
    あっぱれというほかない

    この短編集の『その日のまえに』『その日』『その日のあとに』の主人公和美も、癌の告知を受けた後、絶望感と必死に闘いながら、家族との日常を過ごし、いろんな準備をする様子が書かれていた
    その胸中を察すると涙が止まらなかった

    短編7篇、どれも病気でその日を迎えた人と家族の物語だったが、前半の4篇の登場人物が、後半でいろんな形で登場し、人が亡くなった後も、世の中は何にも変わらなように見えるけれど、遺された人々の心にしっかりと生き続けることを感じさせてくれる

    「その日」を自分はどう迎えるのかは、誰にも分からないけれど、必ず「その日」は、やって来る

    ジタバタしないように、後悔しないように、今を大切に生きよう
    小さなケンカはするけれど、夫と過ごせる今を大切にしたいと思った

  • H29.5.31 読了。

    ・「ヒア・カムズ・ザ・サン」表題作「その日の前に」「その日」「その日の後で」が、良かった。

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著者プロフィール

重松清
1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。91年『ビフォア・ラン』でデビュー。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木三十五賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞を受賞。著書に『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』『とんび』『ステップ』『きみ去りしのち』『峠うどん物語』など多数。

「2023年 『カモナマイハウス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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