- 文藝春秋 (2011年7月8日発売)
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感想 : 82件
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Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784167669119
みんなの感想まとめ
過去の思い出や失敗、そして新たな始まりをテーマにした短編小説集です。夏の終わりを迎える物悲しさを感じさせる12編の物語は、家族や友情、別れに向き合う登場人物たちの繊細な心情を描いています。特に「ささの...
感想・レビュー・書評
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「夏は思い出も、失敗も、そして終わりも作り出す。」
今までの「冬」「春」とは少しテイストの違う「夏」。
過去の思い出、失敗に今の自分がどう向き合うかという話が多かった。やはり、そこに答えは無く、でも周りの世界は優しい。相変わらず暖かい小説たち。
「べっぴんさん」「タカシ丸」には号泣。最近の若い作家では到底及ばない、人死をこんな暖かい話しにしてくれる手腕に感謝。その2作の後の「虹色メガネ」で、ほっこり笑顔に。さすがの重松清様でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
◾️サマリー
・夏の終わりと始まりをテーマにした12編で構成
・全体的に悲しいテーマ
・電車や公共の場で読むときは要注意
◾️所感
先日、本小説の春を読んだ。
春が出会いと別れなら夏は終わりと始まりがテーマである。
夏の甲子園、お盆、帰省…何となく別れた人との思い出を辿ったり、昔を懐かしんだり、子どもの頃に駆け抜けるように夏を過ごしたり…何となく物悲しい季節である。
本書は、そんな物悲しさを12個の短編が400ページで語りかけてくれる。
思わず涙しそうになったのは「ささのは さらさら」、「タカシ丸」の2作品。とぼけたタイトルとは裏腹に、子を持つ父親ならグッと胸に込み上げてくるものがあり、図らずも電車で鼻の奥がツンときた。
前者は、幼い頃に父親が病気で亡くなり母親が再婚しようとする。義理の父になるであろう近藤さんを、娘は葛藤を抱えながら迎え入れる様子を絶妙に表現。
後者は、末期癌の父親が息子と夏休みの工作として船を作る。父と息子の最期の取り組みを悲しく描く。
二つの作品に共通するのは、父親が病で亡くなること。家族を残して旅立つ気持ち、残された家族の描写が、こんなにも繊細に表現された重松さんに脱帽である。
◾️心に残る部分
・近藤さんの短冊には、こんな言葉が書いてあった。
<ご家族が幸せになるお手伝いをさせてください>
・「お父さん」、「なんだ?」、「来年も、工作、手伝って」 父親は、少し間をおいて、うん、さらに間をおいて、うん、うん、わかった、とうなずいてくれた。
・なにも考えず、なにも言わず、雅也は父親の膝に抱きついた。泣きだした。激しく泣いた。だめだ、まだお父さんは死んでないのに、死んでほしくないのに、こんなふうに泣いちゃだめだ、と自分を叱っても、涙は止まらない。
父親の手が、雅也の背中に載った。涙があふれる。声が出る。 -
季節風シリーズの『春』が面白かったので、お盆前に買って少しずつ読んでいたが、ようやく読了。
お盆を挟む期間であり、どうしても「死」に繋がるストーリーが多く、気持ちが沈んでしまい、何となくページが進まなかった。1話読んでは数日空けるスピードだった。夕暮れ時や夜に「ちょっとしんみり」したいなら問題無いのだが。。
でもまあ、「終わりからの再生」ということで、どの話も登場人物が人生の新たなステージに向かう構成になっており、安心させられた。
中盤の高校球児の話や、親友と海まで自転車で行く話がお気に入りある。少年達のほろ苦い思い出だが、これから経験するであろう困難を乗り越えるエネルギーに昇華させていくのだろう。 -
季節風シリーズの「夏」編。
子供が主人公とか、または大人になって振り返る子供の頃の思い出とか、さらには親の死、友達の死など、別れを題材にした作品が多い。
やはり、お盆や終戦記念日あるいは日航機事故とか、夏は過去に思いを致す鎮魂の季節ゆえか。
なかでも、家族愛を描いた『あじさい、揺れて』『ささのは さらさら』『タカシ丸』が、特に印象深い読後感。 -
とくに
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短いストーリーに大きな感動、毎度毎度泣かされる…。夏の旅行鞄に忍ばせました。
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季節風シリーズを順番に読んでいます。
この中では、「魔法使いの絵の具」が好きです。
自然の中での遊び方を大人になっても覚えているところが羨ましいというのと、
状況や性格が違う相手に対して、蔑んでしまったり逆に劣等感を感じてしまう心理描写が刺さったというのが理由です。 -
あとがきにあった、夏は四季の中で最も「終わり」を意識する季節という記述に納得する、どこか切なくほろ苦い夏の短編集。『僕たちのミシシッピ・リバー』『あじさい、揺れて』『その次の雨の日のために』『ささのは さらさら』『タカシ丸』が良かった。私の父は余命宣告を受けた2日後に亡くなったため、最期に思い出作りができた雅也が少し羨ましい。『虹色メガネ』は可愛らしくて好き。夏休み最終日のあの空気感が見事に再現されている。
季節や心情の切り取り方が本当に上手く、まだ秋・冬の2作品楽しめるのが嬉しい。 -
2.0
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電車の中で読んじゃダメだった。
涙が滲んで、何度も心を落ち着かせるために本を閉じてた。
短編集。
どの物語も、喉の奥がひゅっと痛い。
友人や身内の死が出てくる話では、父を癌で亡くした自分を重ね合わせてるのかなぁ。
「タカシ丸」は、まさに父親が癌で命を落とそうとしてる物語。
家族を遺して逝ってしまう父の寂しさ、無念さ…を我が父に重ね合わせ。
最期の時間を過ごし、父との記憶を作れた雅也。感情のままに声を上げて泣くことができたことが何よりの幸せかな。
重松さんの物語は心をきゅっとされるけど、「あぁ、私の中のわだかまりってこういうことなんだ」とある意味すっきりする泣き方ができる。 -
終わりの後の始まりの前が、たっぷり詰まった短編12編
最後のあとがきで、夏という季節がいかに終わりというフレーズに相応しいかが書かられていて、少し納得。
終わり=人が乗り越えていくもの。人の死も然り、卒業も然り。本作で印象的だった終わりは、死んだ兄の奥さんが再婚することによる、家族との別れ。一回家族になり、孫も出来ても、再婚することで赤の他人になる。嬉しいような、悲しいような。。。
人はそれらを受け入れて、少しずつ変わっていく。変わっていくから人であり、人はみな変わっていく。
死に関わるテーマが多いけど、なぜか身近に感じられるエピソードが多い。ストーリーに入りやすくて、読みやすく面白いです。オススメ。
違う季節のも読んでみたい。作者がその季節をどう感じているか、に少し触れてみたくなりました。 -
泣けました。
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季節風シリーズの「夏」
重松さんは夏のイメージを「終わりの似合う季節」と語っている。
12編の作品もどれもちょっと切なく、胸がキュッとなるものばかりだった。
少年たちの友情や父子の愛を題材とする作品は重松さんの得意分野だろう。
「その次の雨の日のために」
「僕たちのミシシッピ・リバー」
「タカシ丸」
が心に残った。
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「ささのはさらさら」の話が好きだ。
「ひとを好きになるのって、なんていうか、どうしようもないものなんだな、って。理屈で筋道を立てられるわけじゃないし、理由を言えって言われても困る、ただ、好きなんだ、好きで好きでしょうがなくなっちゃうんだな、ひとを好きになるっていうことは」
お母さんも、きっと、そう。
新しくお父さんになる人へのわだかまりも、その人の言葉で解けていく。お母さんは勿論、新しくお父さんになる人のことも理解していく。
お母さんの再婚の第一条件はもとのお父さんのことをほんとうに好きなんだな、と思わせる。
新しくお父さんになる人の言葉から、お母さんの再婚の第一条件からも、こういう男女関係もありなんじゃないかと思う。 -
季節風 春に続いて読書中
夏は照り付ける太陽の明るさと同様に影も濃いような、そんなイメージがある
「あじさい、揺れて」の家族みんながいとおしいし、「ささのは さらさら」と「タカシ丸」は自分の年齢に近いからか、共感するところがあった。
大切な人を失う悲しみも、その悲しみが少しずつ薄れていくのも受け入れたくないという思いは今もあるのかもしれない、、 -
季節風夏。どれも聞いていて飽きなくて、どことなく寂しい感じだったかな。
夏祭りや楽しいことが多いけど毎年確かに水の事故だったり、と相次ぐ。なんとなくそのこんなにもギラギラして生きている感じの中にも、なにか儚げなものがある、というようなことを感じる夏。
確かに終戦の時期、お盆などもあってそういうことも感じるのかもしれない。 -
今は冬だけど、だいぶ前に母親に買ってもらったなあと思って読んだ。毎日1話ずつ、日々の癒しでした。重松清さんの本は中学受験でお世話になったけど、成人したあと読んでも、好きだなあて思います。
感想は、
主に終わりにまつわるお話が多いけど、最後だけ始まりの前の話を持ってくるのは上手いなと思った。どの話も心が暖かくなる。すごく泣きながら読んだ回もあった。
この世のもの全てに、終わりはいつかくるけど、それがどんな終わり方を迎えるのかは分からないけど、どんな終わりでも受け入れるようになりたい。
きっと最後に後悔しないように過ごすのは難しい。
終わることに対して、誰だって戸惑うし、不安になるし、悲しい、寂しい感情が付き纏うと思うけど、最後は前を向いて受け入れるように、次があるなら次に繋がるように、生きていきたいな
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