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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784167679262
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テーマは、サンカという漂泊民の歴史とその社会的背景を探ることであり、資料に基づいた誠実なアプローチが印象的です。著者は古文書や一次資料をしっかりと読み込み、柳田國男や三角寛の活動を批判的に考察しながら...
感想・レビュー・書評
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サンカという人々のことを知ったのは、五木寛之の小説「風の王国」でだったかと思う。竹細工や川漁を生業とし、もっぱら山中を流れ歩き、ほとんど史実にも足跡を遺していない幻の民。一種の伝奇小説の体裁であり、まさに血が騒ぐような面白さではあったが、やはりきちんとした記述にも触れておきたいと思ってはいた。ずいぶん時間が経ってしまったが、ふとしたことから本書に行き会えたのは幸運だった。著者の沖浦和光氏は民俗学の大家であるけど、それだけではなく、本書にはまさに氏でなくては書き得ないのではないかと思わされる記述が至るところにあった。そのことについては後述する。
本書の前半はおもに文献に依りながら、このサンカという人々がいつごろから・どのように記録されていたのかということを辿ってゆく。それは沖浦氏の長年の研究テーマであった被差別民と近いところにあるようでいて絶妙に重なり合わない。なにしろサンカについては客観的な記述が少なすぎるのだ。いかにもっぱら人跡まばらな山間を漂泊の中に生きていた民だとしても、そんなことがあるのだろうか? というのが沖浦氏の問いかけである。
膨大な資料に当たりながら、沖浦氏は、このサンカが「書かれていない」と言うことを逆に照射してゆく。江戸時代に入ればかなり徹底した住民管理システムが強化されており、とりわけ無宿者や流浪の民には厳しい処遇が為されていたという。また、多くの官吏や文人たちによって土地の風土や風俗を描写する史料は数多く残されており、そのどこにもサンカに該当する記述がないことを沖浦氏は丹念に確認してゆく。その手法にも、そして資料や文献が残っていると言うことの凄みにも唸らされる。史実を読み解いていくとはこういうことなのだろう。
最終的に沖浦氏が導いた結論は、サンカとは幕末の動乱期、生きるためにやむを得ず山に入った窮民たちだったのではないかと言うことである。この学問的な妥当性を判断する力は自分にはないが、示された史料から考え得るかなり蓋然性の高い推量ではないかと思う。少なくとも従前信じられてきたような、古代の民の末裔であるとか、隠然たる力を有するまつろわぬ民だとか言ったような説よりも信じるに足るものであると思われた。
本書の後半では、むしろ沖浦氏の個人的な経験に近いところからサンカの実像に迫ってゆく。その一つが三角寛の生涯と業績を追っていくことなのだが、1927年生まれの沖浦氏はなにしろリアルタイムで三角作品を読んでいるのだ。戦前のキワモノ流行作家としての三角に触れた最後の世代だろう。そして世が戦中から戦後に移り変わり、開明的になってゆく世情と時を一にして三角的世界が失墜していった流れが同時代の視点から生き生きと描かれていて、興味深い。
そして最終章、極めて充実した本書の中でも白眉はここにあろう。筆者は21世紀初頭の時点で辛うじて残存していたサンカの末裔に接し、その風俗を取材している。その手法はごく穏当なものに見えるが、長く被差別民との接点を維持してきた人物でなければなしえないのではないかとの印象を持った。熱に満ちた叙述である。
読んでいて痛感したのが、物事には時宜があるということだった。2001年時点で59歳だったサンカの末裔が10歳頃までは川漁の旅をしていたとの記述に胸を突かれる。この時期に辛うじて拾えた奇跡的な記述としか言いようがなく、20年が経過した今でも同じことができるかといえば難しいだろう。沖浦氏の学問的な蓄積と、滅び行く民俗とがギリギリのところでかみ合った結果後世に残すことのできた記述であり、学問とは結局のところは人間個人個人がなしえるものなのだと言うことを再認識した。
本書において沖浦氏がサンカという一種のファンタジーを丁寧に解体していくさまは見事であり、同時に一抹の寂しさを感じもした。しかし、その感情は例えば高貴な野蛮人幻想みたいなものに似ていて、マイノリティに対する身勝手な偏見や覗き見趣味と大差ないものではないのか。こういった気付きは、鋭く、苦い。そしてこれこそが、沖浦氏の精緻な分析を通じて得られるいちばんの実りではないかと思わされた。今年最初の読書でとても豊穣なものを経験させてもらったと思う。おすすめの一冊です。
2020/1/11詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
先生が、ちゃんと資料を読み込んで、柳田大先生のアレとか、三角大先生のナニとかをばんばん批判して、
サンカと呼ばれる人が、いつ出て来たかを説く。
南方熊楠の「柳田君他の本州土人批判」がないーとか、
他 なんか左翼の人権思想がどうたらがうざい―とか、
いろいろあるのだが、読んでた次に、超絶人気マンガで、本著で「サンカのようなお話がドライブしそうだけど近世はまぁまともな人間扱いだった皆さん」にカテゴライズされる、炭焼きの少年が活躍するので、なんか、「あー」
本居内遠『賎者考』にああ言ふ山関係ないし。沖浦先生も「いわゆる非人関係に入ってないしサンカでもない」て言ってるし。 -
柳田国男、三角寛などのサンカ論を検証している前半は読ませるが、後半の自身のサンカ論になると一機に牽強付会気味になる。元になる情報が少なすぎるのと、三角寛の一連の小説でミーム汚染がおきているのでしょうがないのかね…
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サンカについて丹念に分析した一冊。
歴史書から実際のサンカの末裔のインタビューまであり、とても勉強になった。 -
「私は、彼ら(漂泊民)の存在が歴史の余聞だったとは考えていない。ウラがなければオモテが成り立たず、カゲのない日向はそもそもありえない。ウラに潜む真実が描かれていないオモテだけの歴史論や人生論なんぞは、読む気もしない人が多いのではないか」(p380)
「この本は日本の民衆社会の下支えとなって生きてきた彼ら漂泊民への、私なりの賛歌(オマージュ)である。それはまた、もはやその姿を見ることができぬ漂泊民への、私なりの鎮魂歌(レクイエム)でもある」(p381) -
ずっと気になっていたサンカのことがよくわかった!
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非定住の生活様式を持った人々の考察。
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社会派の内容とは思わず読み始めたものの、この手の類にある感情的なものではなく、淡々と事実を拾い上げている感じが良かった。
以前、仕事で出会った方で、山の奥の集落に住んでいて、とても器用に竹細工を作る方がいた。穏やかで慎ましくて山のことを熟知しているその方の話を聞くのが好きだった。
その方は山から下りることを好まず、ひっそりと隠れるように暮らしていて、山の麓に住んでいる人たちもその方たちとは一線をひいてる感じで、お互いの話を聞くとなんだかしっくりいかないものを感じた。
もしかしたら、こういう背景があったのだろうか。 -
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かつてはサンカが家にやってきた。
職人や芸人でもなかった。浮浪者でもなかった。自分たちで生計を立てていた。定住できる土地もなかったので、山野河川で野宿していた。
ジプシーなどと異なり、決して大群をなさずに、務めて目立たぬように移転する。
山の漂白民サンカに対して、海には、家船という漂白民がいた。 -
大変興味深い
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昭和初期に空前の「サンカ」ブームがあったようだ。超売れっ子作家だった三角寛が書いた小説は「サンカ」という山から山へ渡り歩く謎の民がいて、人里に現れては窃盗や強姦などの犯罪行為を繰り返したり、艶美な女が村の男を誘惑したり、といった怪しげなストーリーらしい。各地のサンカを束ねる頭目がいて、独特の掟をもった秘密結社のように描かれているらしい。たぶん、エログロの類いだと思う(読んだことがないので、想像で書いている)
十数年前にもリバイバルブームがあって、書店の店頭を賑わしていた。そのとき「サンカ」という言葉を知った。
単純に「サンカ」って何だ?という疑問から手に取った本で、単行本でも読んだけど流し読みしたのであまり頭に入っておらず、文庫本で再読してみた。
「サンカ」というのは定住せずに山中を渡り歩く漂泊民のことで、行動する単位が家族ということに特色がある。川原などでテントを張り、しばらくの間そこに腰を落ち着かせ近隣の定住民と商いをした。主な生業は川魚漁で、獲った魚をさばいたり、または竹細工などの日用品を作っては売ったり、修繕したりしていた。もちろん定住民でも簡単にできることでは、わざわざサンカから買う必要はないから、特殊な漁でスッポンやうなぎをとったり、丈夫な竹細工など「サンカでしかできないこと」をウリにしていた。
山中を漂泊するというと、「マタギ」を思い浮かべるが、マタギは基本的に一人で行動するし、狩りをするのは冬で、それ以外は定住している。だからサンカとは全く違う。
漂泊といっても、ある程度のルートと得意とする場所は決まっていたようで、定住民は「ああ、今年もあの一家がやってきたなあ」くらいの感覚だったみたいだ。
三角寛の小説のように犯罪行為をしていれば、お得意さん(得意場)を無くすわけだから、サンカは滅多なことではそんなことをしない。柿の木から柿を獲った息子を、こっぴどく叱った父親のサンカの話なども残っている。信頼を損ねる行為は自分の首を絞めるだけだけだと、サンカはよくわかっていた。
では、何故サンカが犯罪者集団のように間違って伝えられてるかというと、三角寛の小説のせいもあるが、サンカのように戸籍制度の枠外にいて、実態をつかめない集団を国家が厄介者扱いにしていたためだ。税金を徴収はできないし、徴兵もできない。素性もつかめない。素性がつかめない=怪しいものという考え方で、差別意識も手伝って、地方では解決できない犯罪が起きると、サンカのせいにしてしまえ、といったことが多くあったようだ。
柳田國男はサンカの起源を、古代において中央政権との争いに敗れて山に逃れた「原日本人(山人)」と考えたようだが、著者はそんなに古い起源ではなく、江戸末期に頻発した大飢饉によって生活に困窮した人々が、食べ物を求めて山に入ったのが起源ではないかと言っている。いわば「難民」だ。
その根拠として、サンカの起源として記された文献や言い伝えが存在しないことを挙げている。教育を受ける機会がなかったので、文字が書けなかったからではないか、という意見には、文字が書けないなら誰かに頼めばいいだけだ、と言う。口承でも伝わっているものがあれば、お寺などで文字に書き起こしているだろうが、それをしていない。全国的なネットワークをもつ集団だったら、情報伝達手段としての何らかの記録があるだろうし、どこそこの貴種を祖先に持ち、などの箔付けされた由緒書きがあるのが普通だが、それもない。
だから「サンカ」という組織だった集団がいたわけではなく、ある時期に、各地ばらばらに、漂泊する山の民がいた、ということが真相らしい。
三角寛の小説ブームがなければ、「サンカ」と呼ばれた人々が関心を引くこともなかったのかもしれない。
ともあれ、サンカの実像を研究した本としても、民俗学の本としても、丁寧な記述がとても好感を持てる良い本だった。民俗学に興味がある人には面白いと思う。 -
古本で購入。
かつてこの列島に存在した、「サンカ」と呼ばれた漂泊民。
主に山中を移動して川魚漁や竹細工で生計を立てた彼らについて、その実態を明かそうという本。
「サンカ」とは何者か。
このテーマの下、発生起源、呼称の由来、世間における扱い、研究史を丁寧に紐解いていく。
サンカについての諸々に関する概略がわかるという点で、恰好の入門書になっていると思う。
三角寛による一連の小説で「山野を跳梁する異形の種族」として描かれ、言われなき差別を受けたサンカたち。
しかし実際は信用を第一とする商売に基づいた、農山村の定住民と深い関わりを持つ生活を営んでいた。
この本で貫かれるのは、
「歴史のオモテ舞台に出ることはなく、この人の世のウラ街道を歩き続け」
「日本の民衆社会の下支えとなって生きてきた」
漂泊民への筆者の想いである。
それにしても、1950年代までは山間の川沿いに掛けられた彼らの天幕がまだ見られた、というのには驚いた。
その後、高度経済成長の波が日本全体を覆う頃から姿を消し始め、70年代にはもう見られなくなったという。それは欧米流の近代化が進む中、彼らの生活する「場」が失われていったからだ。
『三丁目の夕日』に代表されるような「輝ける昭和30年代」、あるいは大阪万博に象徴されるような「新時代の到来」、そうした風潮の裏で消えていった人々の姿を、そろそろ知ってもいい。 -
非常に平易にかつ民俗学者として綿密な調査に基づいたサンカの論証です。
私はこの本を通じて、江戸から昭和にかけて民衆がどのように統治されていたか?がわかるのではないかと思い読み始めましたが、論証の過程で幕府や政府が分断統治により、民衆を掌握し、酷税をどのように課してきたかがわかるので非常に興味を持って読んでいます。
丁寧に論考が重ねられたのは最終章での聞き取りが可能にしたとの事です。一読に値する一冊です。 -
「サンカ」と呼ばれた、かつて日本に住んでいた漂白民についての本。差別の対象となってきたサンカに対する、著者の暖かい目線が伝わってくる。「サンカは犯罪者集団」という偏見を、著者は論理的に、なおかつ明快に否定している。専門書ではないから、別に民俗学の知識がなくても大丈夫。僕も民俗学はさっぱりだし。サンカと呼ばれた人々について知れただけでも、十分に読む価値はあったと思う。
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内容(「BOOK」データベースより)
一所不住、一畝不耕。山野河川で天幕暮し。竹細工や川魚漁を生業とし、’60年代に列島から姿を消した自由の民・サンカ。「定住・所有」の枠を軽々と超えた彼らは、原日本人の末裔なのか。中世から続く漂泊民なのか。従来の虚構を解体し、聖と賎、浄と穢から「日本文化」の基層を見据える沖浦民俗学の新たな成果。 -
従来の学者の意見に依存せずに真っ向からサンカと向き合い、更には聞き取りなどのフィールドワークも行ってある素晴らしい本。説の一つ一つに説得力があり、非差別部落やサンカを研究したい人には絶対に読んでほしい。
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サンカ、その起源と謎にせまる。明治時代はその姿を目にした証人もいたが、絶滅とされる今の世。他説さまざまなキロクを読むことができる。日本の歴史に残る民族だと挙げたい。
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