西日の町 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167679590

作品紹介・あらすじ

西日を追うようにして辿り着いた北九州の町、若い母と十歳の「僕」が身を寄せ合うところへ、ふらりと「てこじい」が現れた。無頼の限りを尽くした祖父。六畳の端にうずくまって動かない。どっさり秘密を抱えて。秘密?てこじいばかりではない、母もまた…。よじれた心模様は、やがて最も美しいラストを迎える。

感想・レビュー・書評

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  • 42歳大学教授の、少年時代の回想録。

    離婚してからの2年間、まるで西日を追いかけるように西へ西へと点々と移動し、ようやく辿りついた北九州の町。
    母息子二人きりの、西日の照りつける寂れたアパートでの慎ましい暮らしの中に、突然として祖父が転がりこんで来た。
    いきなり浮浪者のような身なりで現れたかと思うと、部屋の片隅でじっとうずくまる"てこじい"の一挙手一投足に10歳の少年の目は釘付けになり、いつしか"てこじい"中心の生活となる。

    「夜、爪を切ると、親の死に目に会えない」という迷信を息子に教えながら、父・"てこじい"の目の前で深夜ゆっくりと見せつけるように爪を切る娘。
    父に対して冷淡かつ邪険に扱うことしかできない娘の不器用さ。
    父の前では弱音を吐けず、つい意地を張ってしまう…この娘の行動にはちょっと共感した。

    3世代で過ごす時間は静かに淡々と過ぎ、"死"のにおいがつきまとうのに、何故かどうしようなく生々しい"生"を感じずにいられない。
    特に娘の最後の覚悟に泣けた。
    母であり娘であること…その狭間で揺れ動く"母"を見て、少年はいつしか"母"と対等の大人になれたのだと思った。
    読後のざわざわした余韻が未だに続いている。
    湯本さんの作品を読むと、何故かいつもそうなる。

    • nejidonさん
      mofuさん、嬉しいなぁ!この作品大好きです!
      不可解な「てこじい」が理解できていくにつれ、別れが近くなっていくんですよね。
      私は「アカ...
      mofuさん、嬉しいなぁ!この作品大好きです!
      不可解な「てこじい」が理解できていくにつれ、別れが近くなっていくんですよね。
      私は「アカガイ」を食べる場面がとても好きです。
      そして最後はやっぱり泣けてしまって。
      湯本さん、いいですよね。心に沁みてきます。
      実は他のレビュアーさんにもお勧めしているところなんですよ・(笑)
      2020/10/18
    • mofuさん
      nejidonさん、こんばんは。

      初めは てこじい の行動が不可解だったんですけど、そこに至るまでには、 てこじい なりの人生があって、徐...
      nejidonさん、こんばんは。

      初めは てこじい の行動が不可解だったんですけど、そこに至るまでには、 てこじい なりの人生があって、徐々に打ち解けていく様子が良かったですね。
      そして てこじい との別れ…(ToT)
      私も3人がアカガイを食べる場面好きです。
      てこじい の不器用さがよく表れていましたね。
      湯本さんの描く 死 はほんと切ない。。
      他の方にオススメされる気持ち、分かります(*^^*)

      コメントをありがとうございました!
      2020/10/18
  • 詩集のように大きな字で読みやすいと思ったら、この短編小説は一文一文がまるで詩であった。
    (引用 1)
     その頃僕たちが住んでいたのは、北九州のKという町だ。Kは製鉄が生んだお金で栄えた町で、人の気質や言葉は荒っぽかったが、町並みにはしっとりしたあたたかみがあった。まだ決定的にさびれてはいないのだけれど、ある時点で進むことをやめてしまった、そういうものだけが束の間持つことの出来るあたたかみだ。

    (引用 2)
     離婚から二年ほどの間に、母は僕を連れ、まるで西日を追いかけるように西へ西へと転々とする生活を続けた。(以下略)それはまさに、「風に吹かれる二枚の木の葉のような生活だった」はずだ…

     てこじいというのは母親の父で、母親がほんの小さい頃は北海道で荒っぽい力仕事を人に頼らず色々とこなしてきたが、終戦後、東京に出てからは、家のお金を度々持出し、何日も家を開け、無頼の限りを尽くしてきた人だった。
     僕と母が暮らす、西日の当たる1Kのアパートに、ある日ふらっと、てこじいが現れたとき、浮浪者のような姿だった。てこじいはその部屋の隅っこのタンスの前で、昼も夜もずっとうずくまっていた。
     母親のてこじいに対する態度は複雑で、いつも怒っているようで、掃除機をわざとぶつけるなど、ぞんざいな接し方をしていた。
     けれど、たまには、てこじいの好きな蛸をおかずに加えたり、健康に気遣ったおかずを沢山食べさせようとしたり、よく面倒も見ていた。
     その頃、母親は会社の上司と不倫関係にあり、お腹の子供のことで、泣きながら夜中にてこじいに相談もした。やっぱり、心の支えであったのだ。「諦めろ」とてこじいは諭すが、その後、母親を元気づけるために、余命幾ばくもない体で、何キロも離れた海までバケツ2杯もアカガイを取りに行って、一人歩いて帰り、母親と僕に刺し身として振る舞った。
     間もなく、てこじいは入院するのだが、母親は目を釣り上げながら、最後まで、毎日、シジミ汁を作って、てこじいの見舞いに行く。そんな母にはまだてこじいが必要だ、と子供心に悟った僕はてこじいの耳元で「死んじゃ駄目だよ」と言う。
     てこじいが家に来てから母は変わった。僕と二人で暮していた時には、メソメソ泣いたり、「いつか、お金が貯まったら南の島を買って二人で暮らそう」などという、現実逃避の夢ばかり語っていたが、てこじいが来て、世話をするようになってからは、現実的な問題解決をするようになった。そして、僕も知らなかったてこじいの昔話や母親とのエピソードを聞いて、自分と血のつながった人たちの人生に興味を持った。
     てこじいが亡くなった後、母親は東京に戻る決心をする、太陽が沈んでいく町で、わだかまりのあった自分の父親と悔いのない最後を過ごしたあとで、前向きに東の町へ戻ったということであろう。

     ネタバレすぎるくらい筋を書いてしまったが、話の筋よりも、文章が美しく、とっぷりと浸っていたくなりますので、是非ご一読を!

    • nejidonさん
      Macomi55さん、コメント連投でごめんなさいね。
      この作品、大好きなのです。湯本さんは全部好み。
      アカガイを食べるところが良かったで...
      Macomi55さん、コメント連投でごめんなさいね。
      この作品、大好きなのです。湯本さんは全部好み。
      アカガイを食べるところが良かったですね。
      てこじいの思わぬ良さにふれることが出来て、生涯の宝物になっただろうと思います。
      子どもの頃のそういう体験って、その子をずっと支えるものなんですよね。
      「ポプラの秋」や「岸辺の旅」もおすすめです。
      どれもみな、喪失と再生の物語です。興味がありましたらどうぞ♪
      この話を思い出して、それだけでジーンとしているワタクシです。
      2021/01/15
    • Macomi55さん
      nejidonさん、いつもコメントや「いいね」を有難うございます。
      「西日を追いかけるように西へ西へと転々と」して辿り付いた所が斜陽の町で、...
      nejidonさん、いつもコメントや「いいね」を有難うございます。
      「西日を追いかけるように西へ西へと転々と」して辿り付いた所が斜陽の町で、しかも西日の当たる部屋。沈んでゆくばかりの親子の生活でしたが、突如現れた「てこじい」が沈みゆく太陽の最後のパワーを二人に存分に与え、生まれ変わらせることが出来たのですね。芸術的で美しく、元気を貰える作品でした。
      てこじいの皺の描き方や体の折り曲げ方の表現など、年老いた親族を見るときの痛々しさと愛情を同時に感じる視線も上手く表現されていたとおもいます。
      湯本さんの小説をまた読みたいと思いました。「ポプラの秋」や「岸辺の旅」も読んでみようと思います。ご紹介有難うございました。
      2021/01/15
  • 無頼という言葉を聞かなくなって久しい。
    この作品には、その無頼の限りを尽くした「てこじい」なる人物が現れる。
    十歳の主人公「僕」が語る、母とその父「てこじい」の物語。
    あとは、母の七つ下の弟にあたる叔父の、四人の登場人物だ。

    西日を追うようにしてたどり着いた北九州のとある町。
    若い母親と僕は、身を寄せ合うようにして生きている。
    「いつか南の島でのんびり暮らそう」・・いつも親子でそんな頼りない夢を語っていたのだが、「てこじい」なる祖父が、ある日ふらりと現れてから変化が訪れる。
    いつも壁にもたれたまま眠る祖父。どっさりと秘密を抱えた祖父。そして母もまた。
    祖父の生涯と死。憎み、抗いながらも必死で「てこじい」と生きる母。
    ふたりを見守る僕。それらの心模様が重なるとき・・

    ひたひたとさざ波のような感動が押し寄せる。
    読後思わず、初めからもう一度読み返してしまった。
    連休で暇だから「小説でも読むか」と気まぐれで借りた本が、私の心を深く揺さぶる。
    「夏の庭」以来の、実に二十年ぶりの湯本さんの作品だ。
    しかもラストでは思いがけず涙ぐんでしまった。
    いやまさか、こんなことになるとは予想だにしなかった。

    抑制のきいた淡々とした文章ながら、無駄は何ひとつない。
    人生への深い洞察力に溢れた心理描写が本当に巧みで、芥川賞の候補作だったというのも頷ける。
    冒頭の爪を切る場面、母が好物の「アカガイ」を貪るように食べるところ。その前後。               
    特に「てこじい」の今わの際の表現がずば抜けて巧く、身内を何人も見送った私も「ああ、そう!この通りだ!」と胸を射抜かれるような描写だった。

    やや頑なな娘の、親との因縁と不器用なまでの受容。僕が繋ぐかに見えた絆。そして喪失。
    度し難い親を持ったが故の切なさ。それとどう対峙したか。 
    どなたか同じ悩みを持ついらしたら、たぶん答えをくれることだろう。読後は爽やかなので、どうかご安心を。

  • 2015.4/24 『夏の庭』と同様、老人と少年が織りなす物語。でもそれが突然転がり込んできた今はやつれた放蕩者の祖父っていうのが...言葉は多くないのにリアルで読み進めてまう。祖父の関係にハラハラする少年や、恨みつらみを抱えながら放り出せない母親の気持ちが手に取るように分かる。静かに涙した。

  • 僕と母の暮らすアパートに、ある日、転がり込んできた祖父の「てこじい」。それ以来、部屋のすみでじっとうずくまったままのてこじいは、夜になっても決して横になることもない。てこじいを邪険に扱う一方で、食卓に好物を並べたりと、戸惑いを見せる母。かつて、北海道で馬喰(ばくろう)として働き、朝鮮戦争時は米兵の遺体を繕う仕事をしていたなどと語るてこじいに、10歳の僕は次第にひかれていく…。

  • ゼミの先生の研究室の本棚を見ていたら、場違いののようにポツンとあったので、先生に借りて読んでみた。
    たんたんと読んでいたのだけど、最後ちょっと泣きそうになった。
    で、久しぶりにお父さんに電話してみた。
    家族って、いいなって、改めて思わしてくれた本。

  • 穏やかなようでいて、父娘あるいは母子の複雑な葛藤というか単純ならざる心情が結構リアル。

  • 親子の関係もいろいろだよな。
    てこじいの不器用で、分かりにくい優しさが愛おしく感じた。

  • 思い掛けず良かった。
    この著者について何も知らずに古本屋でなんとなく手に取ったのだけど。

    簡潔で無駄が無いのにやわらかい、頭だか心だかにすっと入ってくる文章で、いつまでも読んでいたいと思えた。
    情報ではなく空気そのものを読ませるような。

    難しい言葉や表現を使っているわけでもなく淡々としているのにかっこいい。よごれた老人の話なのに。
    こういうのを文体というのかな。
    こんな文章を書けたらいいのに。

    話し手の僕、僕の母、てこじい。
    ほとんどこの三人だけのお話。
    母とてこじいとの間の屈折した感情と、それを観察しながらゆっくりと何かを受け入れていく僕。

    家族の間にある複雑な感情とかって、むりやり名前をつけて分析して定義してしまったらその瞬間につまらなく思えてしまうものだから、省略された言葉で行間に漂わせるくらいが一番心地良いのかもしれない。

    最近、人生とか生き方とか、そういった事を考える出来事がおおかったから、余計におもしろかったのかな。
    他の作品も読んでみたい。

  •  他人には言えない事柄を人は抱えて生きているということが実感される作品。それは決して家族であっても、友人で会っても打ち明けられないものがある。
     しかし、家族の場合はいざという時にはそうした微妙な関係性が瓦解して寄り添うことができるようになることもある。本作はそうした家族の心の揺れを捉えている。

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著者プロフィール

1959年東京都生まれ。作家。著書に、小説『夏の庭 ――The Friends――』『岸辺の旅』、絵本『くまとやまねこ』(絵:酒井駒子)『あなたがおとなになったとき』(絵:はたこうしろう)など。

「2022年 『橋の上で』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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