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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784167679651
みんなの感想まとめ
在宅での死をテーマにしたこの本では、訪問看護の専門家が実際に関わった患者と家族の物語が11例紹介されています。初めは淡白に感じる部分もありましたが、章が進むにつれて、患者や家族の心情が丁寧に描かれ、次...
感想・レビュー・書評
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タイトルだけで手にとったこの本。
いずれ在宅死を迎える患者と家族への訪問看護の実例が11例記されていました。
人様の最期の話にも関わらず大変失礼な話ですが、はじめの数話はドラマ性に欠ける印象でなんとなく淡白に感じでしまいました。
以前私が終末期の小説を読んでいたため、
小説のドラマ性と無意識に比較してしまったからなのだと気づきました。(汗)
章が進む事に患者や家族の心情が丁寧にかかれている印象でそこからだんだんと引き込まれていきました。
患者の状態の観察も大切ですが家族の精神面含めた介護力を見極め、サポートや医療処置を決定すること。
死生観や倫理観を患者、家族ですり合わせながら、最期の迎え方の選択を迫られること。
医療処置を含む介護する家族も重責を背負い、家族への精神的なサポートが必要なこと。
患者本人のみならず家族の死への受容が大切なこと。
患者、家族、医療とチームで一体となって
望む死へサポートしていく、、、。
在宅死って本当に尊く感じました。
「妻の在宅奮闘記」と最期の「父の発病」が好きでした。
自身の親のことになると、旅立ったあとに
後悔や疑問が残るようなところも作者の率直な人間らしさを感じました。
経済的事情で在宅死を迎えるしか選択肢のない人もいたりして?とも感じました。
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(「BOOK」データベースより)
「今日で花火終わるの。私も体調よくなるのを待っていたけど。もう今日しかないの」「楽になりたいの。そう思うのは…いけないこと?」「入院したら帰れないのがわかっているんだと思います。できれば家にいさせてあげたい」。在宅での死を十数年に渡って見続けた訪問看護のプロが綴る涙なくして読めない実話の数々。 -
毎日があつといふ間に過ぎて行くのであります。毎日忙しい忙しいでやり過ごしてゐますと、いづれは自分も死ぬのだといふことを忘れてしまひます。
押川真喜子さんの『在宅で死ぬということ』を読むと、自分は貴重な遺された時間を垂れ流すやうに浪費してはゐないか、と自責の念に苛まれてしまふのでした。
さらにわたくしなどは、死に際などはあまり考へず、たとへば近親者に看取られながら死ぬイメエヂはつかめないのであります。
落ちぶれて、どこかの橋の下で凍死か餓死するくらゐが自分に相応しいかな、とも思ひます。
それに比べたら、本書に登場する人たちの、何と強靭な精神であることでせうか。
もちろん家族の支へなしには到底不可能であります。それぞれの「覚悟」が求められます。
そして何より、押川さんたちのやうな訪問介護のメムバアがゐてこその在宅死であることだなあ。本日もどこかで誰かのために訪問介護は行はれてゐることでせう。頭が下がるのであります。
最終章に、著者自身の父君のケースが書かれてゐます。タイトルに「在宅医療の限界」とありますやうに、実際にはうまくいかないことが多いのでせう。
自らの死に際を考へるのに、早すぎるといふことはありますまい。誰もが自分の問題として捉へるべきものと申せませう。
http://ameblo.jp/genjigawa/entry-11219730539.html -
訪問看護師が語る「生と死」。「死」を真剣に考えることが、よりよく生きることにつながる。自分はどんな「死」を望むのか。『在宅療養がベストではない』山田太一さんのあとがきが、まったく共感できる。
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先だって読んだ『自宅で迎える幸せな最期』同様、感動的な一冊。
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どどんさんのレビューから、読んでみたくなり、読みました。在宅と医療機関での環境の違いは大きいもの。限られた環境の中で、対象者がその人らしく生きる、そしてその人らしく死ぬ、ための「創意工夫の看護」を感じることができる。
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「在宅で死ぬということ」について考えていた私の気持ちの拠り所になるかな?と思って読んでみた本。在宅の大変さや良さを感じ取れます。いつも患者さんの思いを優先する看護に触れることが出来ます。拠り所になったのかは・・・分からないけど。
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2005/11/11 購入・読了
押川真喜子の作品
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