「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」 一九七二 (文春文庫 つ 14-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (487ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167679798

感想・レビュー・書評

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  • 我田引水、自画自賛。
    読んでいて不快になるほどの・・・
    同世代で時代の共通体験あるが、まったく共感できず
    10ページでRetire。

  • 連合赤軍の浅間山荘事件、ニクソンの中国訪問、グランドファンクレイルロードの来日、頭脳警察とはっぴいえんど、ぴあの創刊と拡大、これらの同時代に発生したテーマを雑誌記事を丁寧に引用しながら横断的に論ずる。こんなことができるのは坪内祐三だけだし、しかも淀みなく読ませる文章力はとても優れていると思う。
    もっと早く読むべきだったし、もっと長く書き続けてもらいたかったな。
    まだ未読の本がたくさんあるのはうれしいけど、コロナ禍における大相撲とか、いろいろ書いてもらいたい出来事が毎日起こってるよ、ツボちゃん!

  • 大学2年だった。思い出したくないことを思い出しながら読む。


    連合赤軍・浅間山荘、ロックバンド来日、アイドル、日本のロックとフォーク、ぴあ創刊、横井さんの発見と帰国

  • 1972年に時代の切断線を引くことができると著者は主張し、そうした観点から当時の社会や文化の動向を読み解いています。

    当時の雰囲気を直接は知らなくても、古い時代の終わりを象徴する連合赤軍事件と、新しい時代のはじまりを象徴する雑誌『ぴあ』の創刊がともに1972年の出来事だと聞くと、1972年が時代の転換点だという主張に納得できるような気がしてきます。ただし本書は、そうした時代の変化を客観的に論じるのではなく、14歳にしてジャーナリスティックな鋭敏さをもっていた「坪内少年」の目から見られた時代の動きが語られているところに特色があります。文化評論としては客観性に欠けるのかもしれませんが、当時の体験をもたない読者としては、それぞれの事件や流行が身近に感じられて、おもしろく読むことができました。

    1972年頃に『ぴあ』が月刊誌から隔週誌へと変わったことで、ハレとケの区別が失われ、田中角栄内閣のもとで地方の個性が失われていったと著者はいいます。そしてこれこそが、本書の冒頭で述べられている、若い世代と歴史感覚の断絶が生じた理由の一班となっているように思われます。日本中がひとつのものに熱狂する時代が終わり、人びとがもはや同時代の感覚を共有することができなくなった時代、そして、歴史の変化に普遍的な意味づけを求めることが無意味になった時代が今なのだと、おそらく著者は考えているように思います。

  • 昨年から続く1968年への半世紀ぶりの本の旅、「革命とサブカル」からたどり着きました。この本に来る前に、全共闘運動による1968年のエネルギーは1972年の連合赤軍事件で消滅していったことは理解していました。それを著者は『高度成長期の大きな文化変動は一九六四年に始まり、一九六八年をピークに、一九七二年に完了すると。さらに言えば、一九七二年こそは、ひとつの時代の「はじまりのおわり」であり、「おわりのはじまり」でもあるのだと。』(P14)と捉えています。それは、社会運動のことだけでなく、例えばロックについても『ある人は言う。ロックは60年代の音楽であると。またある人は言う。ロックは70年代の音楽であると。共に、とても大ざっぱな言い方だ。一九六七年から七二年までの六年間は特別な六年間である。一九六七、八、九年を60年代としてくくることができないように、一九七〇、一、二年を70年代としてくくることは出来ない。そしてロックは、その時代の特別の音楽、を超えたアート、カルチャー、いや思想だった。』(P279)と、デリケートに時代を区分します。それはその時代、著者がローティーンであり、遅れて来た当事者としての皮膚感覚を知るからこその繊細さです。たまたま平成最後の日の読了となりましたが、メディアが一斉に「平成から令和」として語っていることも、もっと微分しないとわからなくなること、あるのかな、と思います。『「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」の年である一九七二年に起きた大小様ざまな出来事を紹介、分析することによって、私は、私の歴史認識を呈示し、…」という極めて個人的な時代のタイムスライスですが、点が点と繋がり、記憶が記憶を呼び覚まし、「はじまり」と「おわり」の大きな固まりになっていきます。連合赤軍、ポルノ、南沙織、横井庄一、「あさま山荘」とニクソン訪中、本のデパート大盛堂書店、奥崎謙三、札幌オリンピック日の丸飛行隊、CCR、レッド・ツェッペリン、糸山英太郎、グランド・ファンク・レイルロード、「はっぴえんど」松本隆、「頭脳警察」パンタ、キャロル、ストーンズ来日中止、立花隆、アントニオ猪木クーデター、、日本プロレス崩壊、「太陽にほえろ!」、ぴあ創刊、「大相撲ダイジェスト」、田中角栄「日本列島改造論」…。それにしても本書の参照となったタイムカプセルとしての週刊誌って、すごい。ネット時代はこういう歴史の振り返りと再構築はどうやってやるんだろう。

  • [ 内容 ]
    連合赤軍があさま山荘にたてこもり、宮の森シャンツェに3本の日の丸が揚がった年は、今太閤が列島改造を叫び、ニクソンが突如北京に赴いた年でもあった。
    高度成長期の生真面目さとエンタテインメント志向の萌芽が交錯する奇妙な季節。
    3億円事件を知らない世代に熱い時代の息吹を伝える、新感覚の文化評論。

    [ 目次 ]
    なぜ、この年なのか
    ポルノ解禁前夜
    日活ロマンポルノ摘発される
    ストリップショーと「四畳半襖の下張」
    連合赤軍事件と性意識
    赤軍派と革命左派の女性観の違い
    それは「水筒問題」からはじまった
    永田洋子の期待と失望
    遠山美枝子のしていた指輪
    榛名ベースでの新党結成と意識の落差〔ほか〕

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 世のなかに起こった事象を他の出来事と結びつけて読み物に仕上げる手腕はさすがですね。浅間山荘事件のTV画像はいまでも忘れられません。南沙織の可愛かったことも覚えています。私は『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』文庫版を読んでからのファンで、『靖国』も楽しく読みました。この種の作品類はたいへんお気に入りです。あとがきにあるように坪内氏はこの三作をもって、日本近代三部作と考えられています。五部作、七部作、九部作と続けていくつもりと仰っていますので、楽しみに待つことにします。

  • この本の内容であれば、おそらく書き手の年齢や嗜好に応じて「一九七一」であろうが「一九八九」であろうがいくらでも書くことが出来る。本書の標題がなぜ「一九七二」である必然があるのか、その最も肝心な部分が全く書ききれていない点で、年代記の意義を失ってしまっている。特にロックを扱った部分ではいたるところ「一九七一」や「一九七三」のオンパレードで、著者自身、書きながらこのタイトルを後悔していたのではないかと推察される有様だ。
    タイトルへのクレームは置いたとしても、様々な事象から事象へとひらりひらりとアクロバチックに筆をすすめているようでいて、その「飛び移り」の不自然さ、牽強付会が鼻につく。一言で言って力量が無いのだろう。ではせめて生煮え評論とはこんなものだという開き直りくらいは欲しかった。
    読んでいて悲しくなったのは、最後の章のところで記者や編集者という人種の「組織人としての不自由さ」を批判する尻から著者自身が売文業の不自由さを余すところ無く体現する部分だ。
    「週間読売」という保守系媒体で、1972年当時北朝鮮のチュチェ思想を礼賛する特集が組まれていたという驚嘆すべきトピックをいともアッサリと紹介したあとで、実に当たり前のことで驚くにあたらない岩波「世界」の「北」礼賛ぶりを念入りに嫌味たっぷり攻撃する著者は、「諸君」という保守論壇誌の色に配慮するあまり、年代記としての面白さをかなぐり捨ててしまったといわざるを得ない。

  • プロレスに関する部分以外は楽しく読んだ(笑)。

    何しろ2000~2002年に1972年のことを振り返って書かれたものであるので、「今から見れば牧歌的な時代…」云々といわれたって、今読むと2000年あたりだって随分今とは状況が異なっていて、どうにも違和感を覚える。

    アイドルならまだAKBはいないし、廃刊してしまった「ぴあ」はまだ刊行中で機能しているし、SNSなどインターネットの様相も異なるし、なんといってもあの大震災を経験していない。

    というようなこともあって、時に坪内さんの私見に「そうかな?」と思いつつも、あさま山荘、はっぴいえんど、頭脳警察、キャロル、ストーンズの幻来日公演、ぴあ創刊などなど、個人的に興味ある分野でもあり、当時の週刊誌等からの引用盛りだくさんで、楽しく読んだ。

  • 2011/01/10 鎌倉・小町通り古書店 100

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著者プロフィール

評論家、エッセイスト。1958年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒。「東京人」編集部を経て、コラム、書評、評論など執筆活動を始める。評論、随筆、対談、日記エッセイ、解説等多彩に活躍。『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り―漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代―』で第17回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『ストリートワイズ』『靖国』『文学を探せ』『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』『総理大臣になりたい』など多数。近著に『昭和にサヨウナラ』『文庫本を狙え!』『文庫本宝船』など。

「2017年 『壁の中【新装愛蔵版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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