神のふたつの貌 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 860
レビュー : 107
  • Amazon.co.jp ・本 (439ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167682019

感想・レビュー・書評

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  • ―神の声が聞きたい。牧師の息子に生まれ、一途に神の存在を求める少年・早乙女。彼が歩む神へと到る道は、同時におのれの手を血に染める殺人者への道だった。三幕の殺人劇の結末で明かされる驚愕の真相とは?巧緻な仕掛けを駆使し、“神の沈黙”という壮大なテーマに挑んだ、21世紀の「罪と罰」。

    ・レビュー

    これは面白い小説だった。・・・が、万人向けかというと怪しい。少なくとも聖書とユダヤ教・キリスト教の勉強をしていないとなかなか深い考察は出来そうもない。巻末の解説を読めば幾分解るかもしれないが。
    その一方で、プロテスタント教会にカトリック教会の特徴があったり、少々設定が甘いところがある。
    旧約聖書と新約聖書、ヤハウェとイエス、視点(観点)のレヴェルの上下関係、罪と罰、これらをミステリに落とし込んだ構成は見事。
    神というものの存在意義を幼い頃から「論理的な懐疑」とともに思い耽っていたような、思考好きの読者ならば、なかなか得るものはあるように思う。

  • よかったです。
    「神の沈黙」を問う---個人的には貫井ベストです。
    この人の今のキャリアで、もうこういう主題に取り組むなんて、びっくり。ナメてました。先が楽しみになってきました~。

    普段は野暮ったくてスマートさに欠ける持ち味も、こういうものには却ってプラスに働いていると思います。美文で流れると、嘘っぽく・薄っぺらくなると思うので。

    出だしは花村萬月「ゲルマニウムの夜」(あの青年は「朧」だったのね・・・氷川瓏の「ロウ」だと思ってました)調の話かと思いましたが全然違いました。

    「21世紀の罪と罰」なんて、文春さんも大きく出たなーと思いましたが、いえいえ、遜色ないのでは・・・はさすがに言いすぎかな。

    ワタクシとて若かりし頃には三浦綾子や遠藤周作(こちらさんはカトリック)に傾倒した悩ましい時期もあったよなあ・・・気がつくと狐狸庵先生でしたが・・・なんて、軽くプレイバックしてしまいました。

    牧師館といえば、ミステリ読みは真っ先にクリスティの「牧師館の殺人」を思い浮かべるところ。あ、あれも不倫絡みでしたね、確か・・・

  • 神の存在を問う神父の息子。
    叙述トリック!やられた!
    しかし、相変わらずテーマが重い…。

  • 貫井徳郎作品はまだ沢山読んだ訳ではないけど、
    今のところ、貫井作品で一番好き。


    神の不在。
    まず、恐らく個人的にこのテーマが好き。
    遠藤周作に読みふけって居たくらいだから、
    興味をそそられない訳が無い。


    第一幕の少年時代のあらゆる疑問は、もう本当に夢中に読んでしまった。貫井作品というと、「トリック」の展開に神経を向けそうですが、ミステリとしてというより、宗教問題提起という面により興味があるのでそのような視点で読みました。
    なので、トリックが暴かれた時は目から鱗状態、しばらく理解できないくらい、信仰と狂気を追っているだけで充分な読み応えでした。




    それでも、うまく感想は書けないのですが…。

    手元に残しておきたい一冊になりました。

  • 牧師の息子としてうまれた少年の信仰の行き着いた先は殺人者の道だった。本書における宗教の解釈が細かな点で正しいのかは不勉強でわからないが信仰は突き詰めると極端に行くよねとは思える。他の作品の仕掛けに似たものがあるが総じて全く異なる小説の色を放っているので、貫井作品何杯でもイケる。



  • 蛙の四肢を石で潰す。ひくひくともがく姿を見下ろす12歳の少年。
    彼は痛みを感じることのできない障害、無痛症であった。そこで、蛙は痛みを感じるのであろうかと疑問を持つ。痛みを感じないのであれば、自分は人間ではなく、動物や昆虫と変わらないのではないかと。
    蛙を潰し壊し続ける。無痛症は肉体的な痛覚が欠落しているだけではなく、精神的な痛みも欠落しているのか。
    少年の父や祖父もプロテスタントの牧師である。
    キリスト教カトリックとプロテスタントの教義を交えながら、神とは何かについて物語は進む。
    神がいるならば、何故世界に不幸は溢れているのか。
    あまりにも素朴で深淵な疑問だが、聖書は恣意的に取れる節が溢れている。
    生と死。始まりと終わり。この境界線をどう解釈するか。仏教で言うと、解脱や輪廻にあたるのか。
    不幸にまみれ、苦痛に喘ぐ者を殺すとする。
    法治国家であれば、犯罪として断ぜられるわけだが。
    しかし、法を無視したとするなら、それは救ってやることになるのか。苦痛から解放してやったと。神の身許に送ってあげたと。
    久しぶりに、じわじわと恐ろしさが込み上げる一冊でした。キリスト教プロテスタントに帰依する門徒の方が読んだら、どういう感想を持つのだろうか。

  • ・なんかモヤモヤとする終わり方の作品

    ・田舎町の牧師とその息子が主人公

    ・2人とも、神への想いが変な方向にいき
     善い行為、神へ近づくための行為が
     まぁそれなりの結果になる

    ・プロテスタントという設定だったが
     そもそもキリスト教では殺人、姦淫など
     一般的に「悪い」とされていることは禁じているのでは?

    ・最後に明かされる衝撃の・・・というのは
     確かにトリックではありましたが
     全体のストーリーを見直すと
     単なる勘違い、神へのストーカーみたいに感じた

    ・題名と内容も、あまりリンクすると思えなかった

  • 誰が何を信じようと自由ですが
    そういうのはよくないと思います

  • どうも、教会・牧師・クリスチャンとかあまり馴染のない設定に惑わされて、面白く読んでいたのにもかかわらず、トリックにも気づかず(苦笑)、読み終えてしまった模様。。
    なんかもったいないことしたかも。

    ネタバレサイト読もうっと。

  • 神父として神に身を仕える父を持ちながらも、主人公の息子の早乙女輝は、痛みが分からない無痛症。
    神の愛を受けられる人間なのに、痛みの分からない自分は畜生と同じではないのか。そもそも紙とは・・。神の「許し」が分からない少年時代に、朝倉というヤクザに追われた青年が舞い込んだ事により、家庭の歯車が少しずつずれ、彼は許しとは何かを追求し、それを知る。

    あまり宗教には詳しくなく、「許し」について書かれた作品は遠藤周作著の「沈黙」だけでしたので、こういう話は非常に珍しく感じて楽しめました。
    解説で詳しくプロテスタントとカトリックの違いを軽く説明し、父と子・・神に愛される者は決まっているなど解説もしてくれているので、非常に助かりました。
    神の愛は正に許す・・ですが、その許しとは「否定しないこと」という考えが私個人は興味深かったです。
    2部では、主人公は1部と違うのか、それとも同じだけれど、ループしているのかと不思議な感覚に陥ります。3部に入るとそのループ感は増々強まります。
    それもプロテスタントの聖母ではなく、父と子を重視した考えによって構成された物と分かると、胸の中でストンと落ちた気がします。

    痛みを感じない輝は、全ての行動や考えを許すという意味で「否定しない」事が神の愛。
    息子の創は「苦しみは死によって解放される」事が愛であると悟ります。
    聖書の表現自体が曖昧で、他の追随を許さないような確定された物でない。推測したり空想できてしまう所があったりするために、信者が四方八方に悩み、独自の考えを悟ったり、見つける点に置いては中々面白いものでした。

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著者プロフィール

1968年東京都生まれ。93年『慟哭』でデビュー。2010年『乱反射』で日本推理作家協会賞、『後悔と真実の色』で山本周五郎賞を受賞。他書に『天使の屍』『崩れる』『灰色の虹』『新月譚』『微笑む人』『ドミノ倒し』『私に似た人』『我が心の底の光』など多数。

「2018年 『女が死んでいる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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