プラナリア (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2005年9月2日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784167708016

感想・レビュー・書評

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  • 山本文緒さんの作品は初。
    以前、知人が山本文緒さんに対して「『鈍痛』を描くのが上手い」と表現していたのを思い出した。
    これまで多くの作家さんに触れてきたと思う、我ながら。まだ触れてこなかった作家さんに、これほどしっくりくる作家さんがいらっしゃるとは。だから読書ってやめられない。とても、夢中になって読んだ。

    「仕事」をめぐる5人の女性の短編集。直木賞受賞作品。
    (プラナリア)働くことが面倒になった、闘病中で無職の20代女性。
    (ネイキッド)バリバリ働いていた過去がありつつも、離婚を経て無職になった30代女性。
    (どこかではないここ)ローンのために必死に働く40代の女性。
    (囚われ人のジレンマ)学生である彼氏との結婚に悩む20代女性。
    (あいあるあした)30代バツイチ男性の目線で描かれる、他人のところを渡り歩く無職20代女性。

    20代、30代と歳を重ねていき、人と関わっていると、いろんな人がいるなと思う。もっと正確に言うと、相手の発言に意図を感じてしまったり、逆に全くそこに悪意がないからこそ、ものすごく傷ついたりする。山本文緒さんは、それを具体的に表現するのがとてもうまい作家さんだと思った。「鈍痛」というのは、すごく的を得た表現だった。これなんて特にそうだ。
    P50(プラナリア)「『恋人じゃないけど、旦那様はいるわよ』 やっぱり既婚者だったのか、と私は少ししらけた気持ちになった。でも、ここでしらけるのはひがみ根性だよなと私は反省する。」
    この『恋人じゃないけど、旦那様はいるわよ』発言の直後の「やっぱり既婚者だったのか」という、一瞬襲い掛かってくる不本意、これこそが「鈍痛」ではないか。ひがみ根性であると反省する前の、誰にも邪魔されていない、生の感情。漠然とした期待。
    あるよ、こういう瞬間。この人には他に拠り所があるんだ、わたしはないのに…そんな気持ちになって、そんな自分にうんざりする。特に悪意も善意もないただの事実である発言。それなのに、そこに勝手に意図を感じてしまう。ただの事実と、裏切りが心を支配する。

    P30(プラナリア)「生きていること自体が面倒くさかったが、自分で死ぬのも面倒くさかった。だったら、もう病院なんか行かずにがん再発で死ねばいじゃないかなとも思うが、正直言ってそれが一番怖かった。矛盾している。私は矛盾している自分に疲れ果てた。」
    という部分を読んでいた時、わたしは猛烈に生きているのが面倒だった。それは仕事のストレスが酷かったからか、生理前だったからか、実は「生きるのって面倒」がわたしの根底にあって、それをこの作品によって引き出されてしまったのか、それは分からない。プラナリアの次に収録されていたネイキッドにもつながる。

    P74(ネイキッド)「十代の頃からの、がむしゃらに前へ前へと、上へ上へと進みたかった気持ちは嘘ではなかった。私は勝ちたかった。ただやみくもに勝ちたかった。でもそれは何にだったのだろう。負けず嫌いだったかつての私は、今は疲れて眠っているだけなのか、それとも最初から無理をしていただけで、この怠惰な自分が本来の自分なのか、それすらも考えるのが面倒だった。」
    わたしは仕事を通して「生きる」を定義づけること、「見えない何か」と戦うこと、そんな風にバリバリ働くことに疲れてしまった。そのくせ、誰かの扶養に入る生き方はしたくない。だとするとそれなりに働かないといけない。でもそれはやっぱり疲れる。では、どうしたらいいのだ。そう、このシーソーを動かすことにエネルギーを使うのだ。全く疲れる。

    なぜ働いているかと聞かれれば、それは生活のために他ならない。
    けれど、その「生活を送る」=「生きること」が面倒になると、非常にやっかいだ。働くことの意味を見失うからだ。けれど「自分で死ぬのも面倒くさ」いし、誰かに迷惑をかけるから、結局は生きることになる。だとしたら楽しい方がずっといい。やっぱり生きるためにはお金が必要で、どうせなら仕事に幸せを見出したい。そう思うことで気持ちを立て直す。
    作中に出てきた小学生が、夏休み明けに学校へ行くことに対して「楽しいもん。友達に会えるし」と、あっさり言う。わたしは主人公と同様「なんで学校なんか行かなくちゃいけないんだ」と思っていたタイプだから、そんな風に自然に「楽しいから生きてるけど何か?」とあっさり言ってみたいと思った。生きていく上で、死について考えることのない、生きていることに疑問を持たないその無垢な心。素直に羨ましいと思った。

    自粛生活に入って、わたしはその、安心と自由で満たされた生活に、心地よさを覚えた。
    P71(ネイキッド)「意外にもそこは暇という名のぬるま湯で満ちていた。そこに横たわっているのは想像以上に楽で、しかも私にはそこから浮上しようという動機や目的が見つけられなかった。」
    まさしく。しかし、自粛生活も終わりだ。再び満員電車にゆられて仕事に行かなければならない日々は、わたしに疲労と傷つきをもたらす。その疲労と傷つきは、わたしから前を向くエネルギーを奪い去り、生きるのを面倒にする。でもそれって、もともとあるエネルギーが奪われて、生きるのが面倒になってるってことだ。と、いうことはだ。きっと、わたしの根底にあるのは「前を向く」、つまりは「生きたい」なんだろう。そしてそのためには、それなりに働くしかないんだろう。時々面倒になる、「生きる」のために。

    • ぬぬさん
      はじめまして!『プラナリア』は高校生の時に読んだことのある作品ですが、内容は忘れていたため、この感想を読んでまた再読したくなりました!素晴ら...
      はじめまして!『プラナリア』は高校生の時に読んだことのある作品ですが、内容は忘れていたため、この感想を読んでまた再読したくなりました!素晴らしい感想文ですね✨
      2020/08/28
    • naonaonao16gさん
      ぬぬさん

      はじめまして、こんにちは^^
      コメントありがとうございます!

      すごい、すでに高校生でこの作品に触れていたんですね!
      ...
      ぬぬさん

      はじめまして、こんにちは^^
      コメントありがとうございます!

      すごい、すでに高校生でこの作品に触れていたんですね!
      歳を重ねると、初読時とはまた違った視点で読むことができ、違った部分に共感する作品かもしれないですね。

      素晴らしいとのお言葉嬉しいです^^
      またいつでも遊びにいらしてください◎
      お待ちしております(^^♪
      2020/08/29
  • 向かい合う相手からの善意や好意。それらを踏みにじってしまう愚かな行為。優しさに慣れないとか、自分に自信が足りない時、善意に懐疑を抱いたりする。善意や好意に見返りを求めようとする期待を感じると逃げたくなったり。その心のバランスをとりながら、社会とか家庭の摩擦を減らそうと対応しようとする。それが、適応とされるのかな。でも、思うがままに行動することが、必要な時、必要な人があるのかもしれません。
    「どこかでないここ」
    年代的なこともあるのか、この作品が、一番応えた。選択に自信があったわけではないけど、自分の選択に責任を持って生きてきただろうと思う母親。何も言わないわけではないけれど、全てを言えるわけでもない。そして、逃げるところもない。最近は、毒親を扱う小説が多いので、普通寄りの母親のジレンマに共感した。みんな悩んでるのよって。

  • 124回直木賞受賞作。乳がんの手術後に生きるのに面倒で社会復帰に興味が持てない春香。豹介はそんな春香を見守り寄り添い続ける。春香はホルモン療法によりめまい、ほてり、疲労感、倦怠感が続き性欲が湧いていない。そんな自分はプラナリアになりたい!と思う。そんなころ、入院中知り合った美人の永瀬と出会い仕事を持ち掛けられ了承する。永瀬は良かれと思って、乳がん体験記、プラナリアの写真を春香に送る。ここで春香の心のやさぐれは頂点に達する。1人の女性の術後の苦悩、働くことの苦痛、対人への倦怠感。なんだかリアルに伝わった。⑤

    https://prizesworld.com/naoki/senpyo/senpyo124.htm 「書きかたも随分手慣れていて、チャランポランのようでありながら、すぐに読み手を引きこみ、触手のようなものがまとわりついてきて、はなしてくれない。」「とにかくおもしろかった。こういうのを、「天然の資質」というのだろうかと、ひそかに思った。」BY 津本陽

  • 自転しながら〜を読んで惹かれた山本文緒さん。
    プラナリアは婚期や恋愛に苛まれるリアルな女性の一部を切り取った短編集。
    全作がえっここで終わるのかーーって区切り方なのが気になったが、進めるたびにそれが後を引いてその後を想像したり幸福になれてればいいなーってひっそり応援したくなる読後感でした。

    人生の分岐点って思い悩むよね。
    大事なものが目の前にあるときって妙に寄り道したくなるの、盲目だなーってつくづく思うよ。

  • ああわかる、こういう人いるよな(こういう事あるよな)と頷くことが多かったです。仕事に関わる(無職という闇だったり)女性の短編。
    なかでも感情移入したのは、どこかではないここ、の真穂。
    家庭の事情ややりくりのため深夜パートに出る。昼間は親の面倒でも神経を使う。ずぶ濡れになって自転車で勤務に向かう。従業員との距離感。甘ったれの娘の心配。それまで世間知らずできた主婦がありったけに奮闘する。愉快だったのは、電車で親の元へ向かう場面。真面目な真穂が、駅の高い柵に手を伸ばし乗り越える(これは不正なんとかだよね)。その潔さに、人は変えようのない現実の中、時に羽目を外すことでバランスをとることもあると、納得。
    こういう突飛押なさ、爆発したいんだができない、しないぎりぎりの所で押しとどまっている感情描写がリアルで、山本文緒さんらしくて(わたしなどが言えることでもないですが)印象深いです。
    読み始めは、はっきりしなくて重く感じたが、全部読み終えてみると、生きていればこういう時期(人間関係や仕事で悩む時期)あるよね。と、励まされ、肩の力が抜けた気分にもなりました。

  •  相手を思っているつもりでも、相手には別の感情がある。表情や態度、行動、そして何よりも言葉から、相手の感情を考える。でもそれは、自分の想像の範囲での相手の感情でしかない。分かり合えない中で、出口を探して歩き回る、そんな息苦しさを感じた。切っても切っても再生する「プラナリア」は、そんな息苦しさを、やすやすと超えるものの象徴のように思った。だから、主人公は、本当の生態を調べたいと思うわけではない。

     大学院で「囚人のジレンマ」を研究している浅丘は、これを「登場人物が短絡的な行動をとっているときに限られる話なんだよ。」と言う。あれこれ考えて軽はずみな行動をとるより、相手を信頼することが良い結果をもたらすのだろうと思ったが、相手のことを考えず、結婚にこだわろうとするのは何故だろうと思った。
     5編の中で、主人公が男性である『あいあるあした』は希望の感じられるラストだった。

    • よんよんさん
      naonaoさん コメントありがとうございます!
      エッセイ読んでみたかったです。
      私はかなり軽はずみな行動をとって後悔したり、逆にあれこれ考...
      naonaoさん コメントありがとうございます!
      エッセイ読んでみたかったです。
      私はかなり軽はずみな行動をとって後悔したり、逆にあれこれ考えすぎてなかなか行動できなかったりの繰り返しです。
      今までもnaonaoさんにコメントをさせていただこうと、いろいろ文面を考え、下書きまでしてそのまま…ということもありました。へへへ。
      この『プラナリア』の5編の中の『囚われ人のジレンマ』で浅丘が、心理学の大学院で「囚人のジレンマ」を研究していることと、結婚にこだわることがどうも結びつかないような、「私と浅丘くんは大きいケーキを押しつけあっている」とあるけれど、そうなんだろうか、とか思ったりしています。
      2022/11/21
    • naonaonao16gさん
      よんよんさん

      あれこれ考えすぎて行動できないのもわかります…なかなかちょうどいい具合に決断して行動、というふうにいかないんですよね…

      下...
      よんよんさん

      あれこれ考えすぎて行動できないのもわかります…なかなかちょうどいい具合に決断して行動、というふうにいかないんですよね…

      下書きでそのままのコメントなんてあるんですか??是非読ませて頂きたいです。
      いつでもどこでもコメントしてくださいね!
      そのままにしておいても全然大丈夫です笑

      わたしもうすっかりこの作品を思い出せずにいるんですが…
      大学院生いましたよね、なんかバス停のシーンがあったのを覚えています。
      そもそも、心理学を勉強していて結婚にこだわるって結構珍しいですよね。そういった関係性に疑問を持って心理学を学ぼうと思う人が多い気がして。
      なんか内容うろ覚えなので変な方向のコメントになりすみません…
      2022/11/22
    • よんよんさん
      naonaoさん 
      おはようございます!
      この作品の中で、主人公がプライドが高いと思っていた浅丘を、他の人が自尊感情が低いとか言っていたり、...
      naonaoさん 
      おはようございます!
      この作品の中で、主人公がプライドが高いと思っていた浅丘を、他の人が自尊感情が低いとか言っていたり、他大学の法科から受験しなおしてきたと言っていたのは噓だったりしたことから、むしろ近くにいるからこそ、恋人という関係にあるからこそ、わからない姿があるのかなあ、なんてぼんやり思っていました。
      いろいろありがとうございます!
      2022/11/22
  • 暮らしの中で起こる気の迷いや、敷かれたレールからはみ出して暴走したくなるようなところに共感しました。

    どの短編も消化不良な気持ちになるけれど、続きはあなた自身で決めなさいと投げかけられているようでした。

    山本さんの作品に登場するだらしない人達のことを、どうしようもない人と思ってしまうけれど、魅かれる部分もあるから不思議です。
    2021,11/4-7

  • H30.2.13  読了。

    ・本書の紹介文に「どうして私はこんなにひねくれているんだろう」とか「乳がんの手術以来、何もかもめんどくさくなって・・・」と書かれていて、てっきり暗い話だろうとばかり思っていた。
     だから読んでみて、こんなぬるま湯的な本当にどこかにありそうな人間臭い短編集に目から鱗が落ちる思いがした。ゆるゆるとしてどこか背中を押してあげたくなるような登場人物と作者の文章表現力に引き付けられた。私好みで好きな作風。面白かった。

    ・囚われ人のジレンマのなかに「囚人のジレンマ…両者が相手の戦略を懸命に予想した結果、両者ともが損してしまうケースのことを言う。」「損の種をまいているのは、往々にして自分なんじゃないのかなあ。」・・・何となく心の留まった一説。

    ・山本文緒さんの別な小説も読んでみたい。

  • 週末が待ち遠しくて、働くことからいつでも逃げ出したいと思っている人間にはなかなか複雑な短編集でした。なぜかすらすら読めちゃったのが不思議なんだけど。

    仕事がない、できない、色々なケースが綴られていますが、みなそれぞれ、現実に目を背けながらも、なんとかしなくちゃ、という葛藤と闘ってんだよね、結局。

    働くってことは尊い。細ーい糸だけど、なんとかギリギリそこにぶらさがっている自分をひとまずほめとこうかな。

  • どうしようも出来ない、分かっているけれども動けない、変えられない。
    女性の心模様をこんなにも描ける作者さんはやっぱりこの方だな、と思った。
    それと同時に作者さんが亡くなられていた事を知った。
    まだまだ読めてない作品は沢山あるけれども、、。
    作者さん自身にも興味を持ったので他の昨日も読みます。

  • 気持ちわからないでもないけど…
    それは違うやろーと思うお話ばかりで
    あまり共感は出来なかった。

    当然、人によって考え方価値観が違い
    「あーこういう人なんやね。」と認めることは
    頑張ってするかもしれないけど、仲良くは
    できないかもなぁ。
    と思いながら読んでいました。

  • 生きていると色々あるなと思う。損の種をまいたのは往々として、自分という一節が心に残った。私もひねくれてるから。
    人生が好転するのもそうでない時も結局、自分の行動がものをいうんだと思う。
    でも、チビケンとは、うまく行ってほしい。プライドを捨てて飛び込んで欲しかった。
    最後は自分の考え方と行動で変わるということか。
    でもどの話も尻切れトンボのような気がする。

  • ふと目に止まって、なんとなく買って、読み始めたら一瞬だった。

    綺麗事とかじゃなく、人間の生々しい感じがとても好きでした。

    軽く読書スランプだったけど、またいろいろな本を読みたいと思えました。

  • ひとくちに“無職”と言っても、そこにはいろいろな事情があり、いろんな“無職”があるんだな…とおもう、短編集。
    どっちつかずのもやもや感がどのお話も覆っているので、それも含めて受け入れられるときに読んでみるといいかもしれない。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    ・プラナリア
    乳がんの手術以来、社会復帰に気持ちが向かわず、無職のまま日々をすごす春香。
    月1回の治療通院はあるものの入院をしていない春香のことを、彼氏ですら「乳がんが治った人」として捉える。
    そんなとき、病院で見知った女性と偶然再開した春香は、女性が店長をする店でアルバイトをすることになるが…

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    ・ネイキッド
    古民家を和雑貨屋にしたいという夫と結婚し、その商いに才能を発揮していた泉水涼子。
    しかし徐々に夫と経営方針にズレが生まれていった。
    夫から切り出された離婚に応じ、仕事を辞め、慰謝料で買った家で、涼子は暇を持て余していた。

    「あんなに時間がほしかったはずなのに、今はその貴重な時間をなんと無駄に使っていることだろう。」
    (73ページ)

    幼なじみの明日香とのズレ。
    昔の会社で部下だった小原健太との再開。
    雑貨の仕事への復帰を打診してきた兵藤。
    こたえを出せないままの涼子は…

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    ・どこかではないここ
    高校3年生の娘が、最近家に帰ってこない。
    大学生の息子は、いまでも実家のスネをかじる。
    出向して給料が下がった夫。
    家計が危なくなり、専業主婦だった“わたし”は、深夜のレジバイトをはじめる。
    実家の母や義父の世話。

    「そこまで思い詰めて、ぷちっと思考の糸が切れた。(中略)いったいどこが悪かったのかわからない。ベストをつくしてきたつもりだったのに、娘の人生からリストラされてしまった。」(164ページ)

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    ・囚われの人のジレンマ

    7年間付き合ってきた朝丘から、結婚を切り出された。
    けれど彼はまだ“学生”の身分だ。
    なにか腑に落ちず、結婚に向かえない美都。

    美都は働いてはいるけれど実家暮らし、実は浮気もしている。
    父親は「嫁に出るときが家を出るときだ」と古い考え方を押し付けてくる。
    家は出たい。けれど、結婚して出ていくのはなにか、違う気がする…

    朝丘との結婚を選んでも選ばなくても、美都とっては不利益がある。
    それがわかっているから、どちらも選びきれない美都。
    業を煮やした朝丘のとった行動は…?

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    ・あいあるあした
    バイトの太九郎と、小さな居酒屋を営む店主。
    その店主の家には、実はいま、客のひとりであるすみ江が住み着いている。

    すみ江は働かない。
    すみ江の過去を、店主はほとんど知らない。
    店の片隅で手相占いをして、その客から飲み代をおごってもらいながら、居酒屋の「客」としていすわっているすみ江。

    そもそも店主が居酒屋をはじめたのには、ワケがあって…

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    “無職”な人が出てくることが、共通している短編集。
    そして無職である理由も、ひとそれぞれ、バラバラだ。
    働けるのに働かないのか。働きたくないのか。
    働けないのか。
    自分の捉える無職と、周囲の考える無職とのズレから生まれる亀裂。

    どの話にも、オチも解決策も出てこない。
    こんなふうに悩んでいたり生きている人がいる、というような、短い人生紹介のようだ。
    そして終わり方も、シュッとしぼんでいくような感じなので、物語のなかにあるもやもやした“もの”は、そのままだ。

    でもわたしは、この言いあらわしようのないもやもや感を、「読者が感じられている」ことに、ひどく驚く。
    文章にはもやもやしてくださいとも、「主人公たちはもやもやしている」とも書かれていないのに、そこにある出来事とモノローグを読むだけで、読み手にもやもやした感情が生まれるなんて。
    小説って不思議だな…とおもう。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    余談だが、この本の前に読んだ「第三の時効」(著・横山秀夫)という刑事ミステリー小説のなかにも「囚人のジレンマ」という短編があった。
    話運びは全然違うものの、「プラナリア」にも囚人のジレンマを絡めた「囚われの人のジレンマ」という短編か収録されている。
    2つの短編に共通するのは「囚人のジレンマ」という有名なエピソード、けれど両者の短編にはまったく共通点かないことに、驚いた。

    「囚われの人のジレンマ」では、彼氏の朝丘と結婚したくないけれど、いまのゆるい付き合いを諦めたくもない、という美都のジレンマが透けて見える。
    そしてそのジレンマのどこに線を引いたらいいのかで、美都も読者ももやもやするのだ。
    結局、美都はラストで、そのジレンマにギザギザした境界線を勢いで引いてしまう。
    だが、その境界線を知っても読者はすっきりするどころか、もやもやしたままだ。
    そんなところさえもが、「囚われの人のジレンマ」という短編の魅力、なのかもしれない。

  • 日頃言語化されないような、もやもやしたリアルな日常が切り取られた短編集。

    「ネイキッド」の「転んで怪我をしても、やがてその傷が治ったら立ち上がらなくてはならないのが人間だ。それが嫌だった。いつの間にか体と心に備わっている回復力が訳もなく忌々しかった。」という部分や、
    「どこかではないここ」の愚痴ばかり言う母に「事情は分かる。気持ちも分かる。けれど私には関係ないのではないか」と「他人に対するものに近」い気持ちを抱く部分など、あるある、と思った。

    大人になってから、ある程度のことを経験して、毎日平凡ながら忙しかったりなんかして、だんだん心を動かすことがとにかく面倒になる感じ、そういう気怠い憂鬱みたいなものが、正確に言葉にされている。

  • なんとも難しい…
    無職を軸に置いた5話からなる短編集。
    無職である理由や経緯はさまざまなれど、なんでどうして、やたらと捻くれていたり、素直でなく、どこまでもネガティブ思考な登場人物に共演者たちがすり減っていき読んでる私も疲れ果ててしまう…そんな5話。
    ラストのその先に救いがあるのかないのか、微妙に光を灯して終わるけれど、人の思考回路ってそんなに簡単には変わらない。
    きっと灯った光さえそのうち自分で消してしまうんじゃないかなという危うさをはらんで終わる。

    読み手がネガティブ寄りかポジティブ寄りかで印象は大きく変わりそうだけど、基本がお気楽思考の私には理解に苦しむ1冊となりました。

    ただ、こんなふうにしか生きられない人たちは少なくないんだろうなと思う。
    自分にはない思考を否定してしまっては、見て見ぬふりをすること、諦めてしまうことになってしまう。
    自身から湧き出る感情だけを〝正しい〟と思うのは驕りでしかなく、他者の感情に寄り添い受け入れる器をもてるようになれたらいいなと思うのです。簡単ではないけどね。

    2022.2.11
    今年の9冊目

  • “直木賞受賞”に惹かれて手に取った1冊。

    言葉を借りるなら
    〈働かない〉5人の女性が描かれていた。

    最後まで読む事はできた。
    でも20代前半の
    社会人数年目の私には
    彼女たちの心情を想像することも
    理解することも出来なかった。

    〈働く〉とは、〈働かない〉とは、、、。
    歳や社会人としての経験を重ねて
    様々な体験をして
    ひとりの女性として
    彼女たちの事を理解できるまで成長できたとき
    その時もう一度読みたいです。

  • 直木賞を受賞したその当時に確か読んだことがあった作品。ブクログで読んでる方のレビューを目にし、もう一度読みたいと思っていた矢先に古本屋で見つけて即購入。
    正直、表題でもある一話目の「プラナリア」しか覚えていなかったので、新鮮に再読できた。
    「プラナリア」は懐かしかったし、なんとなく、なかなかよかったかな。

  • 表題作の「プラナリア」が一番印象的だった。
    小説として読むと主人公は若くして乳癌になった自分を拗らせてしまっている印象も受けるけど、現実で想像したらそりゃそうだよな、と納得。

    子どもの頃は体の不調=治るもの、一時的なもの だった。
    だけど年を重ねるにしたがって完全に治ることは無くうまく付き合っていくという不調に遭遇するようになって、自分の体との向き合い方が変わった。
    幸い大病をしていない私でさえそうなんだから、健康な体に対する喪失感ややり切れなさは計り知れないだろう。

    乳癌になった事は主人公の中ではまだ終わっていなくて、今もずっと続いていること、というのが心に残った。

  • 受容、或いは打算もあるのだろうか、それによって誰しもが陥りかねない負の流れの中にいる主人公たち。そんな彼らの言葉や心情描写に学びを得たし感銘を受けた。

    衝撃… 僕の中にもある部分を言語化された気がする。
    "どこかではないここ" には涙出そうにも。
    そして "あいあるあした" …

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著者プロフィール

1987年に『プレミアム・プールの日々』で少女小説家としてデビュー。1992年「パイナップルの彼方」を皮切りに一般の小説へと方向性をシフト。1999年『恋愛中毒』で第20回吉川英治文学新人賞受賞。2001年『プラナリア』で第24回直木賞を受賞。

「2023年 『私たちの金曜日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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