プラナリア (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167708016

作品紹介・あらすじ

どうして私はこんなにひねくれているんだろう-。乳がんの手術以来、何もかも面倒くさく「社会復帰」に興味が持てない25歳の春香。恋人の神経を逆撫でし、親に八つ当たりをし、バイトを無断欠勤する自分に疲れ果てるが、出口は見えない。現代の"無職"をめぐる心模様を描いて共感を呼んだベストセラー短編集。直木賞受賞作品。

感想・レビュー・書評

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  • 山本文緒さんの作品は初。
    以前、知人が山本文緒さんに対して「『鈍痛』を描くのが上手い」と表現していたのを思い出した。
    これまで多くの作家さんに触れてきたと思う、我ながら。まだ触れてこなかった作家さんに、これほどしっくりくる作家さんがいらっしゃるとは。だから読書ってやめられない。とても、夢中になって読んだ。

    「仕事」をめぐる5人の女性の短編集。直木賞受賞作品。
    (プラナリア)働くことが面倒になった、闘病中で無職の20代女性。
    (ネイキッド)バリバリ働いていた過去がありつつも、離婚を経て無職になった30代女性。
    (どこかではないここ)ローンのために必死に働く40代の女性。
    (囚われ人のジレンマ)学生である彼氏との結婚に悩む20代女性。
    (あいあるあした)30代バツイチ男性の目線で描かれる、他人のところを渡り歩く無職20代女性。

    20代、30代と歳を重ねていき、人と関わっていると、いろんな人がいるなと思う。もっと正確に言うと、相手の発言に意図を感じてしまったり、逆に全くそこに悪意がないからこそ、ものすごく傷ついたりする。山本文緒さんは、それを具体的に表現するのがとてもうまい作家さんだと思った。「鈍痛」というのは、すごく的を得た表現だった。これなんて特にそうだ。
    P50(プラナリア)「『恋人じゃないけど、旦那様はいるわよ』 やっぱり既婚者だったのか、と私は少ししらけた気持ちになった。でも、ここでしらけるのはひがみ根性だよなと私は反省する。」
    この『恋人じゃないけど、旦那様はいるわよ』発言の直後の「やっぱり既婚者だったのか」という、一瞬襲い掛かってくる不本意、これこそが「鈍痛」ではないか。ひがみ根性であると反省する前の、誰にも邪魔されていない、生の感情。漠然とした期待。
    あるよ、こういう瞬間。この人には他に拠り所があるんだ、わたしはないのに…そんな気持ちになって、そんな自分にうんざりする。特に悪意も善意もないただの事実である発言。それなのに、そこに勝手に意図を感じてしまう。ただの事実と、裏切りが心を支配する。

    P30(プラナリア)「生きていること自体が面倒くさかったが、自分で死ぬのも面倒くさかった。だったら、もう病院なんか行かずにがん再発で死ねばいじゃないかなとも思うが、正直言ってそれが一番怖かった。矛盾している。私は矛盾している自分に疲れ果てた。」
    という部分を読んでいた時、わたしは猛烈に生きているのが面倒だった。それは仕事のストレスが酷かったからか、生理前だったからか、実は「生きるのって面倒」がわたしの根底にあって、それをこの作品によって引き出されてしまったのか、それは分からない。プラナリアの次に収録されていたネイキッドにもつながる。

    P74(ネイキッド)「十代の頃からの、がむしゃらに前へ前へと、上へ上へと進みたかった気持ちは嘘ではなかった。私は勝ちたかった。ただやみくもに勝ちたかった。でもそれは何にだったのだろう。負けず嫌いだったかつての私は、今は疲れて眠っているだけなのか、それとも最初から無理をしていただけで、この怠惰な自分が本来の自分なのか、それすらも考えるのが面倒だった。」
    わたしは仕事を通して「生きる」を定義づけること、「見えない何か」と戦うこと、そんな風にバリバリ働くことに疲れてしまった。そのくせ、誰かの扶養に入る生き方はしたくない。だとするとそれなりに働かないといけない。でもそれはやっぱり疲れる。では、どうしたらいいのだ。そう、このシーソーを動かすことにエネルギーを使うのだ。全く疲れる。

    なぜ働いているかと聞かれれば、それは生活のために他ならない。
    けれど、その「生活を送る」=「生きること」が面倒になると、非常にやっかいだ。働くことの意味を見失うからだ。けれど「自分で死ぬのも面倒くさ」いし、誰かに迷惑をかけるから、結局は生きることになる。だとしたら楽しい方がずっといい。やっぱり生きるためにはお金が必要で、どうせなら仕事に幸せを見出したい。そう思うことで気持ちを立て直す。
    作中に出てきた小学生が、夏休み明けに学校へ行くことに対して「楽しいもん。友達に会えるし」と、あっさり言う。わたしは主人公と同様「なんで学校なんか行かなくちゃいけないんだ」と思っていたタイプだから、そんな風に自然に「楽しいから生きてるけど何か?」とあっさり言ってみたいと思った。生きていく上で、死について考えることのない、生きていることに疑問を持たないその無垢な心。素直に羨ましいと思った。

    自粛生活に入って、わたしはその、安心と自由で満たされた生活に、心地よさを覚えた。
    P71(ネイキッド)「意外にもそこは暇という名のぬるま湯で満ちていた。そこに横たわっているのは想像以上に楽で、しかも私にはそこから浮上しようという動機や目的が見つけられなかった。」
    まさしく。しかし、自粛生活も終わりだ。再び満員電車にゆられて仕事に行かなければならない日々は、わたしに疲労と傷つきをもたらす。その疲労と傷つきは、わたしから前を向くエネルギーを奪い去り、生きるのを面倒にする。でもそれって、もともとあるエネルギーが奪われて、生きるのが面倒になってるってことだ。と、いうことはだ。きっと、わたしの根底にあるのは「前を向く」、つまりは「生きたい」なんだろう。そしてそのためには、それなりに働くしかないんだろう。時々面倒になる、「生きる」のために。

    • ぬぬさん
      はじめまして!『プラナリア』は高校生の時に読んだことのある作品ですが、内容は忘れていたため、この感想を読んでまた再読したくなりました!素晴ら...
      はじめまして!『プラナリア』は高校生の時に読んだことのある作品ですが、内容は忘れていたため、この感想を読んでまた再読したくなりました!素晴らしい感想文ですね✨
      2020/08/28
    • naonaonao16gさん
      ぬぬさん

      はじめまして、こんにちは^^
      コメントありがとうございます!

      すごい、すでに高校生でこの作品に触れていたんですね!
      ...
      ぬぬさん

      はじめまして、こんにちは^^
      コメントありがとうございます!

      すごい、すでに高校生でこの作品に触れていたんですね!
      歳を重ねると、初読時とはまた違った視点で読むことができ、違った部分に共感する作品かもしれないですね。

      素晴らしいとのお言葉嬉しいです^^
      またいつでも遊びにいらしてください◎
      お待ちしております(^^♪
      2020/08/29
  • 向かい合う相手からの善意や好意。それらを踏みにじってしまう愚かな行為。優しさに慣れないとか、自分に自信が足りない時、善意に懐疑を抱いたりする。善意や好意に見返りを求めようとする期待を感じると逃げたくなったり。その心のバランスをとりながら、社会とか家庭の摩擦を減らそうと対応しようとする。それが、適応とされるのかな。でも、思うがままに行動することが、必要な時、必要な人があるのかもしれません。
    「どこかでないここ」
    年代的なこともあるのか、この作品が、一番応えた。選択に自信があったわけではないけど、自分の選択に責任を持って生きてきただろうと思う母親。何も言わないわけではないけれど、全てを言えるわけでもない。そして、逃げるところもない。最近は、毒親を扱う小説が多いので、普通寄りの母親のジレンマに共感した。みんな悩んでるのよって。

  • 自転しながら〜を読んで惹かれた山本文緒さん。
    プラナリアは婚期や恋愛に苛まれるリアルな女性の一部を切り取った短編集。
    全作がえっここで終わるのかーーって区切り方なのが気になったが、進めるたびにそれが後を引いてその後を想像したり幸福になれてればいいなーってひっそり応援したくなる読後感でした。

    人生の分岐点って思い悩むよね。
    大事なものが目の前にあるときって妙に寄り道したくなるの、盲目だなーってつくづく思うよ。

  • ああわかる、こういう人いるよな(こういう事あるよな)と頷くことが多かったです。仕事に関わる(無職という闇だったり)女性の短編。
    なかでも感情移入したのは、どこかではないここ、の真穂。
    家庭の事情ややりくりのため深夜パートに出る。昼間は親の面倒でも神経を使う。ずぶ濡れになって自転車で勤務に向かう。従業員との距離感。甘ったれの娘の心配。それまで世間知らずできた主婦がありったけに奮闘する。愉快だったのは、電車で親の元へ向かう場面。真面目な真穂が、駅の高い柵に手を伸ばし乗り越える(これは不正なんとかだよね)。その潔さに、人は変えようのない現実の中、時に羽目を外すことでバランスをとることもあると、納得。
    こういう突飛押なさ、爆発したいんだができない、しないぎりぎりの所で押しとどまっている感情描写がリアルで、山本文緒さんらしくて(わたしなどが言えることでもないですが)印象深いです。
    読み始めは、はっきりしなくて重く感じたが、全部読み終えてみると、生きていればこういう時期(人間関係や仕事で悩む時期)あるよね。と、励まされ、肩の力が抜けた気分にもなりました。

  •  相手を思っているつもりでも、相手には別の感情がある。表情や態度、行動、そして何よりも言葉から、相手の感情を考える。でもそれは、自分の想像の範囲での相手の感情でしかない。分かり合えない中で、出口を探して歩き回る、そんな息苦しさを感じた。切っても切っても再生する「プラナリア」は、そんな息苦しさを、やすやすと超えるものの象徴のように思った。だから、主人公は、本当の生態を調べたいと思うわけではない。

     大学院で「囚人のジレンマ」を研究している浅丘は、これを「登場人物が短絡的な行動をとっているときに限られる話なんだよ。」と言う。あれこれ考えて軽はずみな行動をとるより、相手を信頼することが良い結果をもたらすのだろうと思ったが、相手のことを考えず、結婚にこだわろうとするのは何故だろうと思った。
     5編の中で、主人公が男性である『あいあるあした』は希望の感じられるラストだった。

    • よんよんさん
      naonaoさん コメントありがとうございます!
      エッセイ読んでみたかったです。
      私はかなり軽はずみな行動をとって後悔したり、逆にあれこれ考...
      naonaoさん コメントありがとうございます!
      エッセイ読んでみたかったです。
      私はかなり軽はずみな行動をとって後悔したり、逆にあれこれ考えすぎてなかなか行動できなかったりの繰り返しです。
      今までもnaonaoさんにコメントをさせていただこうと、いろいろ文面を考え、下書きまでしてそのまま…ということもありました。へへへ。
      この『プラナリア』の5編の中の『囚われ人のジレンマ』で浅丘が、心理学の大学院で「囚人のジレンマ」を研究していることと、結婚にこだわることがどうも結びつかないような、「私と浅丘くんは大きいケーキを押しつけあっている」とあるけれど、そうなんだろうか、とか思ったりしています。
      2022/11/21
    • naonaonao16gさん
      よんよんさん

      あれこれ考えすぎて行動できないのもわかります…なかなかちょうどいい具合に決断して行動、というふうにいかないんですよね…

      下...
      よんよんさん

      あれこれ考えすぎて行動できないのもわかります…なかなかちょうどいい具合に決断して行動、というふうにいかないんですよね…

      下書きでそのままのコメントなんてあるんですか??是非読ませて頂きたいです。
      いつでもどこでもコメントしてくださいね!
      そのままにしておいても全然大丈夫です笑

      わたしもうすっかりこの作品を思い出せずにいるんですが…
      大学院生いましたよね、なんかバス停のシーンがあったのを覚えています。
      そもそも、心理学を勉強していて結婚にこだわるって結構珍しいですよね。そういった関係性に疑問を持って心理学を学ぼうと思う人が多い気がして。
      なんか内容うろ覚えなので変な方向のコメントになりすみません…
      2022/11/22
    • よんよんさん
      naonaoさん 
      おはようございます!
      この作品の中で、主人公がプライドが高いと思っていた浅丘を、他の人が自尊感情が低いとか言っていたり、...
      naonaoさん 
      おはようございます!
      この作品の中で、主人公がプライドが高いと思っていた浅丘を、他の人が自尊感情が低いとか言っていたり、他大学の法科から受験しなおしてきたと言っていたのは噓だったりしたことから、むしろ近くにいるからこそ、恋人という関係にあるからこそ、わからない姿があるのかなあ、なんてぼんやり思っていました。
      いろいろありがとうございます!
      2022/11/22
  • H30.2.13  読了。

    ・本書の紹介文に「どうして私はこんなにひねくれているんだろう」とか「乳がんの手術以来、何もかもめんどくさくなって・・・」と書かれていて、てっきり暗い話だろうとばかり思っていた。
     だから読んでみて、こんなぬるま湯的な本当にどこかにありそうな人間臭い短編集に目から鱗が落ちる思いがした。ゆるゆるとしてどこか背中を押してあげたくなるような登場人物と作者の文章表現力に引き付けられた。私好みで好きな作風。面白かった。

    ・囚われ人のジレンマのなかに「囚人のジレンマ…両者が相手の戦略を懸命に予想した結果、両者ともが損してしまうケースのことを言う。」「損の種をまいているのは、往々にして自分なんじゃないのかなあ。」・・・何となく心の留まった一説。

    ・山本文緒さんの別な小説も読んでみたい。

  • 暮らしの中で起こる気の迷いや、敷かれたレールからはみ出して暴走したくなるようなところに共感しました。

    どの短編も消化不良な気持ちになるけれど、続きはあなた自身で決めなさいと投げかけられているようでした。

    山本さんの作品に登場するだらしない人達のことを、どうしようもない人と思ってしまうけれど、魅かれる部分もあるから不思議です。
    2021,11/4-7

  • 週末が待ち遠しくて、働くことからいつでも逃げ出したいと思っている人間にはなかなか複雑な短編集でした。なぜかすらすら読めちゃったのが不思議なんだけど。

    仕事がない、できない、色々なケースが綴られていますが、みなそれぞれ、現実に目を背けながらも、なんとかしなくちゃ、という葛藤と闘ってんだよね、結局。

    働くってことは尊い。細ーい糸だけど、なんとかギリギリそこにぶらさがっている自分をひとまずほめとこうかな。

  • 生きていると色々あるなと思う。損の種をまいたのは往々として、自分という一節が心に残った。私もひねくれてるから。
    人生が好転するのもそうでない時も結局、自分の行動がものをいうんだと思う。
    でも、チビケンとは、うまく行ってほしい。プライドを捨てて飛び込んで欲しかった。
    最後は自分の考え方と行動で変わるということか。
    でもどの話も尻切れトンボのような気がする。

  • どうしようも出来ない、分かっているけれども動けない、変えられない。
    女性の心模様をこんなにも描ける作者さんはやっぱりこの方だな、と思った。
    それと同時に作者さんが亡くなられていた事を知った。
    まだまだ読めてない作品は沢山あるけれども、、。
    作者さん自身にも興味を持ったので他の昨日も読みます。

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著者プロフィール

1987年に『プレミアム・プールの日々』で少女小説家としてデビュー。1992年「パイナップルの彼方」を皮切りに一般の小説へと方向性をシフト。1999年『恋愛中毒』で第20回吉川英治文学新人賞受賞。2001年『プラナリア』で第24回直木賞を受賞。

「2023年 『私たちの金曜日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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