アンノウン (文春文庫 こ 38-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167717094

作品紹介・あらすじ

自衛隊は隊員に存在意義を見失わせる「軍隊」だった。訓練の意味は何か。組織の目標は何か。誰もが越えねばならないその壁を前にしていた一人の若い隊員は、隊長室から発見された盗聴器に初めて明確な「敵」を実感する…。自衛隊という閉鎖空間をユーモラスに描き第14回メフィスト賞を受賞したデビュー作。

感想・レビュー・書評

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  • 自衛隊という閉鎖空間をユーモラスに描き第14回メフィスト賞(2000年)を受賞した古処誠二のデビュー作。

    遠州灘に面した強い風の土地にある自衛隊レーダー基地には14個の部隊が駐屯する。
    ある日、その部隊の1つ監視隊の隊長室から盗聴器が発見された。その調査のため防諜のエキスパート、防衛部調査班の朝香二尉(27歳)が派遣され、監視隊野上三曹(22歳)が補佐役としてともに行動することになる。
    野上三曹は自衛隊員となって4年と半年。訓練の意味は何か。組織の目標は何か。見えないゴールを追いかけるような職務に気力の萎えることも多かった。しかし今回は違う。盗聴器を仕掛けたヤツがどこかにいて、部隊情報を盗みだそうとしている。彼は初めて明確な「敵」を実感したのだ。

    予想していた以上に面白かった。
    自衛隊のミステリというと、つい対外的なものが対象となるのかと思ってしまうけど、こういう切り口もあるのかぁと意表を突かれた。
    激しいアクションのある展開や未曾有の事態に立ち向かうといったものではないので、「えー自衛隊ものなのに……」と物足りなく思うかもしれない。確かに自衛隊組織という1つのまとまりを主役に持ってくると、そういったものを期待してしまうのも分かる。そこをあえて、自衛隊は「日本の平和と独立を守り、国の安全を保つため」という使命を持つ自衛官一人ひとりによって形成されている、という当たり前と言えば当たり前なことに目を向けてみたらどうだろう。少し方向の違う展開も期待できるのではないだろうか。
    自衛隊の立場はいまだ不明瞭ではあるけれど、その組織で職務に励む彼らの存在まで否定されたり、あやふやなものにしてはいけないなとわたしは思うのだ。そのあやふやさが巡りめぐって、今回の事件の動機が生まれる「きっかけ」となったと言っても過言ではないのだから。

    調査班という朝香二尉の立場は、同じ自衛官といういわゆる〈身内〉を対象とした任務が多いのではないだろうか。そうなると身内から一線を引かれたり媚を売られたりすることもあるだろうし、どうも人間不信となりそうな任務ではある。
    ところが飄々とした彼のキャラが、その辺りをうまくかわしていて重苦しい展開とはならないのだ。彼は最後までとらえどころがないまま事件を解決へと導いていく。
    朝香二尉という人物は、イケメンでエリートでコーヒー好きで人当たりもよくて、つまりこれといった欠点は見当たらない。唯一、鼻炎気味とのことから希望していたパイロットの適正がなかった……ということが挫折になるのだろうか?いや、それも彼のなかでは大したことではなさそうだし、すでに過去のことである。
    わたしとしては、そんな完璧な人物に出会うと、つい彼にも何か抱えているものがあるのではないか……と、ちょっと意地悪な気持ちになってしまうのだけど 笑。それほど優秀な男だった。

    事件としては、国防を担う自衛隊基地の、それも監視隊隊長室から盗聴器が発見されたとなると、ストーリーは物々しい方向へと進むのが普通かもしれない。ところが、作者が元自衛官であるということが功を奏しているのだろう、物事はある意味、そう単純な方向へと向かわない。ついでにいうと、あくまでユーモラスな展開を見せながら、ちょっと自衛隊のことに思いを向けようかなという気持ちにもさせてくれる。
    また、識別不明機(アンノウン)が出現したことによる対領空侵犯措置実施時の緊迫感、基地内での自衛官の職務や生活の描写も、フィクションじゃなくて実際こんな感じなんだろうなと思わせてくれた。
    しかしながら、わたしが一番強く感じたのは、この作品は若き自衛官たちへと贈る作者のエールなのではないかということだった。
    朝香二尉と出会う前の野上三曹のように、若き自衛官が陥るであろうジレンマに対して、作者は彼らを通じて、自衛官からの観点だけで物事を見てはダメだよと気づくきっかけを与えているように思えた。更には組織とは、職務とは、それらがどういうものであるか、どういうものでなければいけないのか投げ掛けている。そしてそれはそのまま、こちら側にも返ってくる。
    決して自衛隊贔屓の作品として書かれているわけではない。ミステリとして、とても楽しめた作品だった。

  • 自衛隊出身の著者による、自衛隊の存在意義をテーマとしたミステリ。「メフィスト賞受賞」とあるのでさてどんな本か…と思ったら、正統派ですね。
    空自の隊長室の電話機に仕掛けられた盗聴器について、防衛部から派遣されたエリートと、隊員の主人公が調査を進める中で、少しずつ真相が明らかになっていき…というのが本著のストーリーです。

    個人的には、本著が面白いのは、犯行のカラクリが存在してはいるものの、読了した時点で「どのように」よりも「なぜ」に意識が取られてしまうことだと感じました。
    本著内で上記の2人が事件について話し合うシーンで、「いつ、どこで、だれが、なにを、どのように」というフレームワークで整理していたのですが、一般的な「5W1H」と比べると「なぜ」が抜けている。
    的外れかもしれませんが、「なぜ」が事件の犯行動機としても、自衛隊の存在意義としても、大きなテーマだったのではないかと思いました。
    自衛隊員の知己は何人かいるのですが、多かれ少なかれ自らの存在意義や目標に対する悩みはあるんだろうなぁと。彼らが非常に優秀で「精強」な人たちだからこそ、何ともやるせないような気持ちになります。
    そんなストーリーながらも、シニカルな主人公と変わり者のエリート、というキャラの取り合わせが本著を軽快に読み進めさせてくれ、上手いなぁと感じました。

    解説は著者のご指名で宮嶋茂樹氏が担当。おかげで本編と随分トーンが違いますが(笑 、本著が伝えたいことがよりクリアになったのではと。
    自衛官サイドも「独りよがり」ではいけないとして、市民サイドも自衛隊に(と言うか、自衛官に?)対してもっと理解を醸成する必要があるのではないかと思います。

  • 自衛隊の基地中で盗聴器が発見された。
    本部から派遣されて来た調査班の幹部と基地の若手隊員が謎を解く。
    地味に面白い。自衛隊を扱いながら武器も出てこない。
    階級など前にもどらないとややこしいとこともあるがすいすい読める。

  • 改めてメフィスト賞受賞作品及び作家の豪華さに惹かれ、どこかの書評で見かけて入手したと思われる本作に、まずトライ。でも本作は、正直イマイチ。自衛隊内部という舞台は斬新かもしらんけど、物語展開そのものはいたって月並み。そう思わせられる素因のひとつとして、登場キャラの魅力の低さがある。ホームズもワトソンも何だか普通の人で、もっとこの人のことを知りたい!と思わせる造形には遠い。あと細かいことだけど、”~なのであった”という語尾の多用が、文体の個性主張なのかもしらんけど、却って目障り。著者の推理協会賞受賞作も気になってるんだけど、本作を読む限り、ちょっとどうかな…と思えてしまった。

  • 自衛隊ミステリー。自衛隊が題材なのに、話が淡々と静かに起伏なく進むから不思議な感じです。自衛隊という閉鎖された基地の中で仕掛けられた盗聴器、果たして犯人は誰で、どうやって、何のために?
    ちょこちょこ自衛隊内部のことが知れて興味深いです。

  • 2019年2月17日読了。
    2019年21冊目。

  • 実戦を知らない軍隊、自衛隊。
    しかし、そんな自衛隊でも常に実戦配備についている部隊はある。
    それは日本國の権益を守るための目や耳の役割を果たす監視部隊。

    その実戦部隊において防諜にかかる事件が起きる。
    事件解決のために防衛庁から派遣された専門家の補佐のため基地司令が用意した空曹の視点から、事件解決までの一部始終を綴るフィクション。
    その事件を引き起こした犯人の姿とその動機は、戦わない自衛隊だからこそのものであった。

    なるほど〜と軽く呻る終章。
    自衛隊の姿をこの視点から描いた小説は初めて読んだと思います。

  • 自衛隊防衛部調査班 浅香二尉
    と野上三曹コンビのシリーズはこちらが先だったのか。
    知らずにアンフィニッシュトから読んでしまった。
    続きものではないので支障はなかったが。
    おもしろかった

  • 自衛隊のレーダー基地内での盗聴事件の話。
    登場人物の少なさや行動範囲の狭さもあって、コンパクトな印象。
    日常の謎的な分類に入るのかもしれません。
    自衛隊内の描写のリアルさは、実際には判断がつかないけれど、かなりリアルなんじゃないかな?
    不肖・宮崎の解説はせっかくの読後感を台無しにしている気がしました。個人的には読まないことをお勧め。

  • 自衛隊内で盗聴器が仕掛けられた、という特異な密室ミステリ。
    調査に趣いた少々変わったエリート朝香仁とバディーを組まされたのは主人公野上。状況自体はおもしろいのだが、あまりにも物語が淡々と進んでしまうので、やや読者は置いて行かれてしまう。ドラマでは10分の尺でも使いそうなところさえ、たった数行で軽く済まされてしまうので、盛り上がりに欠けてしまっているような気がするのだ。加えて野上が途中で不貞腐れたかのように謎を投げかけるので、感情移入もできそうにない。
    また「なぜ盗聴器を仕掛けられたのか」という命題については、野上と同じく憤りを超えて呆れる気持ちしかない。それも含めて古処さんは書きたかったのだろうが、なんだか腑に落ちない終わり方になってしまった気がする。
    『アンフィニッシュト』にこの後すぐ続くようだが、できればもう数年してまだ自衛隊に居る野上に朝香から声をかけて欲しかったと思う。より本書の終わり方が薄くなってしまう気がする。
    自衛隊の中で、という特異な密室ミステリの発案はおもしろく、古処さんならではだが個人的には『アンフィニッシュト』をおすすめする。

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著者プロフィール

1970年福岡県生まれ。2000年4月『UNKNOWN』でメフィスト賞でデビュー。2010年、第3回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。17年『いくさの底』で第71回「毎日出版文化賞」、翌年同作で第71回「日本推理作家協会賞(長編部門)」を受賞。著書に『ルール』『七月七日』『中尉』『生き残り』などがある。

「2020年 『いくさの底』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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