- Amazon.co.jp ・本 (342ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167741037
作品紹介・あらすじ
才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられたり、犬のボランティアのために水商売のバイトをしたり、難民を保護し支援する国連機関で夫婦の愛のあり方に苦しんだり…。自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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直木賞受賞の短編集、6編。連作短編集ではないので、何を共通項としたのかを読めれば良いなと。
読了後、裏筋で“お金よりも大切な何かのために”という表現があったけれど、各短編の主人公達は、もとよりお金と比べる何かという感覚は見当たらなかったかなと思う。今、自分が選択した生き方が、その時の優先する多少偏狭な価値あるもの。しかも、それに自信があるわけでは無い揺らぎ。そこから、その価値を再確認させてくれる瞬間。不器用な登場人物達の、気持ちや身体が収まる場所を描いたことで、読んだ後、なんとなく安堵の気持ちが広がる。
「器を探して」が一番好み。人生の岐路に、雇い主と彼氏に振り回されている女性が、結局本人がその手綱を握っているのではと思わせる痛快さがある。
「風に舞い上がるビニールシート」すれ違いの夫婦の形は多々あれど、その仕事が難民保護の国連機関となると、自分の命よりも重いものとの選択まであり、そこに愛情をどう落とし込むか、短編では惜しいストーリーに思いました。
「DIVE!!」って、飛び込みの青春物でアニメ気に入って見てたのですけど、原作が森さんと知ってびっくりです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
高校生だった頃、バラエティ番組を見て笑っている親がとても嫌いでした。世界には今こうしている間にも飢えて死んでいく人がいて、終わりのない内戦から逃げまどう人がいる、国内に目を向けても学校ではいじめがなくならず、介護疲れから肉親を殺める人もいる。バラエティなんて見ていないで、そういった問題に目を向けるべきだ、そう思っていました。でも、時が経ち、気づいたら、そういった話題から今度は自分が目を逸らして逃げていることに気づきました。普段の生活で気持ちがいっぱいいっぱいだから、考えても自分の力ではどうにもならないから、そして他人のことで重い気持ちになるなんてゴメン被る、こんな風に考えてしまう自分がいます。そして思います。あの頃の親も同じだったんだろうなって。
6つの独立した短編から構成されるこの作品。それぞれにストーリーの繋がりは全くありません。なのでどれから読んでもいいはずなのですが、6つ目の〈風に舞いあがるビニールシート〉だけがかなり異質です。というより、正直なところ、この表題作〈風に舞いあがる〉を読み始めた途端に、それ以前に読んできた5つの短編が頭の中から全て吹き飛んでしまいました。分量としては全ページ数の4分の一を占めるこの短編。冒頭からその内容のあまりの重さに逃げ出したくとなる、というより、本を閉じたくなりました。『企業戦士から国際公務員への転身をはたした』という里佳。その転職理由はあくまで『国際公務員の威光に惹かれて』というものでした。その転職先は『国連難民高等弁務官事務所(UNCHR)』。そして、その職を選んだ理由は『国連の空きポストがたまたまUNCHRだったというだけ』でした。しかし、その際に面接官だったエドとの出会いが、その後の里佳の人生を大きく変えていきます。職員になって三ヶ月経った里佳にエドは尋ねます。『難民問題への関心は芽生えてきたかな』。それに対して『私は現地採用の一般職員ですから、転勤はありません』と、あくまで他人事と捉える里佳。その後、夫婦となるも『新婚生活はまるで旋風のようだった。二十五日。これが里佳とエドの送った新婚時代のすべてだ』というように、世界のフィールドでの業務が基本のエドと、東京の事務所で内勤する里佳はすれ違いの日々を送らざるをえません。生活だけでなく、気持ちさえもすれ違っていく二人。里佳はそんな生活に不満を募らせていきます。
直木賞を受賞した作品であるという以上の事前情報を全く持たずに読んだこともあって、〈風に舞いあがる〉で描かれる内容にはかなり戸惑いを受けました。UNCHRという国連機関があるのは知っていましたし、弁務官として活躍され、この作品でも著作が参考図書としてあがっている緒方貞子さんのお名前も存じています。しかし、その活動の実態はおろか、そこで働く職員の生活・人生ということなど全く考えたことはありませんでした。この作品が秀逸だと思ったのは、敢えてそのフィールドでの活動内容自体はほぼ描かれていないところだと思います。この作品では、フィールドではなく、フィールドから離れた先にあるそれぞれの専門職員の人としての生き方、その生活の舞台、つまりその専門職員にも帰る家は必ずあるはずで、そこには家族が待っているだろうというバックグラウンドに光を当てることで、UNCHRの専門職員になるということ自体がどういうことなのか、まさしく人生を賭けたものであるということをいやが上にも浮き上がらせるという見せ方をしているところだと思いました。作品中では『年に何度か顔を合わせる大学時代の友人たちは皆、里佳が勝ち組との結婚に成功した』と羨ましがります。そんな彼らに里佳は『この地球から難民がいなくならないかぎり、エドは絶対に今の仕事をやめたりはしないの。そしてこれも誓えるけど、世界が今のまま機能しつづけるかぎり、難民は決してこの地球上からいなくならない』と必死に抗弁します。でも友人は『そんなあ』、『謙遜しちゃってえ』と決して真剣に捉えてはくれません。『平和ボケ』とはよく語られる言葉です。ボケていてもこの世界で現在進行形で様々なことが起こっているだろうことは誰にでもわかるはずです。でも、真実に真剣に向き合うことで自分たちが嫌な思いはしたくない、他人のことまで気を回す余裕はない、ということから結果的に目を逸らしてしまうのだと思います。作品の結末で里佳はある決意をしますが、ハッピーエンドとはとても感じられないその重さに、逆にしばらく考えこんでしまいました。
ということで、すっかり〈風に舞いあがる〉の内容だけになってしまいましたが、一方で〈器を探して〉にはこんな一文が出てきました。『ひとにはそれぞれの持ち分がある』、〈鐘の音〉にも『人それぞれ、なにをあてにして生きるか』、そして〈風に舞いあがる〉にも『人それぞれの役割がある』という言葉が出てきました。確かにUNCHRの専門職員の役割は大きく重いものだと思います。でも一方で、この世界には、6つの短編それぞれにでてきたように多くの職業があって、裏方としてそれぞれに世の中を支えてくださっている人がいる、彼らの存在だって欠かせないものであり、またそれぞれの分野でそれぞれの価値観を大切にして懸命に努力し、生きている人たちがいる。そのことも決して忘れてはいけない。そう振り返った瞬間、〈風に舞いあがる〉以外の短編についてもそれぞれ感じるところがあったなと、一度気持ちが離れてしまった5つの短編の内容にも思いを馳せました。
森さんの短編集は初めてでした。当初、全く関係を持たない6つの短編をただ一冊にまとめただけだと思っていました。でも、6つの短編を読み終えてみると、なんだか全体として一つの長編を読んだような、そんな印象も受けました。
「カラフル」とは全く違う印象のこの作品、これも森さんなんだなと、森さんの違う魅力が垣間見えた、そんな作品でした。 -
H30.3.14 読了。
・「大切な何かのために懸命に生きる人たちの、6つの物語。」。
①器を探して・・・「女子の人生迷い道小説」
②犬の散歩・・・「家族小説」
③守護神・・・「青春+自分探し小説」
④鐘の音・・・「お仕事小説」
⑤ジェネレーションX・・・「大人の友情小説」
⑥風の舞いあがるビニールシート・・・「愛情小説」
で構成されている(解説より抜粋)。
どれの作品も引き込まれるように読めて、読後にじわじわと温かな気持ちや感動に満たされていくような感覚にとらわれた。
解説の藤田香織さんのコメントも作品が要約されていて、「私が言いたいことがギュッと詰まっている。」と思えてとても良かった。森絵都さんの他の作品も読んでみたい。 -
大切な何かの為に生きる人々を描く6つの短編集。
きれいな部分だけではなく、したたかさや、人に見せないような弱い部分も書かれていて、生々しい。だからこそ、人間らしさ、いきいとした生命力、力強さを感じました。
“器を探して”、”犬の散歩”、”ジェネレーションX”は、気持ちを想像しやすくリアリティがありました。仕事への思いやジェネレーションギャップに共感。”守護神”は、リズミカルなやりとりが読んでいて楽しい章。”鐘の音”、”風に舞いあがるビニールシート”は、他の章より熱量が高い感じがしました。
”風に舞いあがるビニールシート”は、徐々に明らかになっていく過去と、ラスト4ページがとてもよかったです。想像つかなかったタイトルの意味にびっくり。心にズンときました。
主人公が難民支援に情熱を傾けるエドだったら、遠い世界の出来事で終わってしまったかも。彼を愛する里佳でよかった。ラストに勇気づけられました。 -
どの短編もすごく良かった。
周りの環境に揺さぶられながらもそれぞれの場所で自分の価値観を冷静に大事に静かに主張しているかのような現実味のある主人公たち。
とくに3つ…また読みたい。
鐘の音 潔と松浦との衝突?とある種の後悔と開き直り、全てが仏様に包みこまれているかのような静けさの中にあるようだった。
ジェネレーションX 石津と健一の世代を越えた交流。ひとまず相手を受け入れることで広がった温かい時間。
風に舞い上がるビニールシート 夫婦の価値観の違いはまぁある事だけど難民問題とは…大きいテーマだけに本人達の努力ではどうにもならなくて。最後の里佳の決意にぐっときた。人の命や幸せをビニールシートに例えるなんて…すごい分かりやすかった。
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表現は変だけど、「孫の手」みたいな本だと思った、自分じゃ届かないところに手が届く心地よさって意味で。でも読書まで痒さに気付いてなかったんだから、違うか。適切な表現考え中。
あまり馴染みのない世界に身を置く人たちの細かな心の動きに意外とスッと共感することができる。
6つの短編それぞれに濃厚な色があり、中でも表題作が秀逸。
2020.8.1 -
紛争地で活躍するエドは立派だと思うが、パートナーとしては耐えられない。里佳がいうように、そばにいてほしい、子供がほしいと訴えるのは当然のことで。せめて子供がいれば、エドの心が柔軟になって家族というものを欲していたかもしれない。
が、紛争地で難民をサポートすることが自分の道と信念があるから、誰も咎めることはできない。こういう考えの人との結婚は難しすぎる。
後に、エドは少女をかばって・・。
里佳がエドとのことをひとつひとつつまみあげた箇条書きは、辛くて読めなかった。
エドが言う、「日本にいる限り、君は必ず安全などこかに着地できるよ。どんな風も君の命までは奪わない。生まれ育った家を焼かれて帰る場所を失うことも、目の前で家族を殺されることもない。好きなものを腹いっぱい食べて、温かいベッドで眠ることができる。それをフィールド(紛争地)では幸せと呼ぶんだ」
これを心のどこかに残しておこう。読んでよかった。 -
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いずれも譲れない価値観が描かれている。
共感できたりできなかったりして、様々な人の感性を感じられた。
私自身も何か譲れないものってあるのかなと考えさせられました。 -
昔、読んだ時はピンと来なかったけど、30代も後半の今、再読すると感慨深いものがありました。500円で誰でも手にいれられる確かな幸せを手に入れに行きたくなりますね( *´艸`)
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まわりがどう思うかではなく、自分がこう生きたいから、という理由で人生を歩んでいる人たちの物語。
その道が、傍からはどう思われようとも。
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意識的・無意識的にせよ、自分の中の信念を貫いて生きる人たちを描いた6本の短編集。
…と書くと、すべて“美談”のように思えるかもしれないけれど、読み手の立場としては第3者の目線で物語を見ていくため、「守りたいものがあるのはわかるけど、わたしがこの人のそばに居る人だったら、ついていけてなかったな」と思うこともありました。
お話によって、筋はわかったけれど意味はうまく受け取れなかったものもありましたが、ミステリ要素もあり、仏像の知識がゼロなわたしでも、真相の意味がしっかりわかり衝撃がはしった「鐘の音」、お互いのことは好きだけど、人生をかけて守りたいものが違った夫婦の姿を描いた表題作「風に舞いあがるビニールシート」は、印象的でした。
「鐘の音」も「風に舞いあがるビニールシート」も、仏像知識や国連・難民問題についての記述が出てきます。
噛み砕かれて書かれてはいるものの、その知識すべては理解しきれませんでしたが、そうした知識がしっかり書かれているからこそ、物語で描かれる人物たちの苦悩や思い違いがくっきりと浮かび上がっていてきました。
特に「風に舞いあがるビニールシート」は、世界の話でもあり、夫婦の話でもあり、この短いお話のなかにこれだけの視点が、違和感なくおさまっていました。
テーマはすごくよくわかりましたが、お話によって感じ方に落差があったため☆3つにしました。
「自分は自分の信念のまま、人生を進んでいるだけなのに、まわりから理解されない…」と悩んでいる人は、この小説を読むと「自分の姿はまわりから見ると、こんな風に見えているのだな」と冷静に受け止められるかもしれません。
そして「まわりに理解してほしい」という気持ちを、良い意味で捨て去ることができるかもしれない、そんなお話がつまった1冊でした。
著者プロフィール
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